新刊「人新世の『資本論』」斎藤幸平著のご紹介

「人新世の『資本論』」紹介
――斎藤幸平著、集英社新書、2020年刊、1020円+税――
福田玲三

 地球は新たな年代に突入したとノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは言い、それを地質学的に「人新世」と、彼は名付けた。人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代という意味だ。
地質学の時代区分は1万年あるいは数十万年を単位としている。現地質時代は1万年以来続く新生代第4世紀の「完新世」だったから、それに継ぐものだろうか。
新聞で評判の本書を読了して目の覚める感銘と不朽の感動を覚えた。
以下に本書の荒筋を記す。
第1章
2016年に発効したパリ協定が目指したのは2100年までの気温上昇を産業革命以前と比較して2℃未満(可能であれば、1.5℃未満)に抑え込むことだ。
すでに1℃の上昇が生じているなかで、1.5℃未満に抑え込むためには、今すぐ行動しなければならない。具体的には、2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、2050年までに純排出量をゼロにしなければならない。
もし現在の排出ペースを続けるなら、2030年には気温上昇1.5℃のラインを越え、2100年には4℃以上の気温上昇が危惧される。
気温上昇が4℃まで進めば、被害は壊滅的なものになり、東京の江東区、墨田区、江戸川区などは、高潮でほとんど冠水するといわれている。大阪でも淀川流域の大部分が冠水し、沿岸部を中心に日本全土で1000万人に影響するという予測もある。
世界規模で見れば、億単位の人々が現居住地からの移住を余儀なくされ、人類が必要とする食糧供給は不可能になる。こうした被害が恒常的に続くのだ。
第二次世界大戦後の経済成長とそれ伴う環境負荷の増大は、冷戦体制の崩壊後、さらに強まっている。このような時代が持続可能なはずがない。
これまでの南北問題も含め、資本主義の歴史を振り返れば、先進国の豊かな生活の裏側では、さまざまな悲劇が繰り返された。資本主義の矛盾がいまグローバル・サウス(世界化における南部問題)に凝縮されている。
グローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルは「帝國的生活様式」と呼ばれる。
グローバル・サウスの人々の生活条件の悪化は資本主義の前提条件であり、南北の支配従属関係は例外的事態ではなく、平常運転なのだ。
先進国の豊かさには、このように代償を遠くに転嫁して不可視化してしまうことが不可欠である。これは「外部化社会」と呼ばれ、絶えず外部性を作り出し、そこに負担を転嫁する。
ところが資本主義のグローバル化が地球の隅々まで及んだために、新たな収奪の対象となるフロンティアが消滅してしまった。
搾取の対象は人間の労働力だが、それは資本主義の一面で、もう一方の本質的な側面は地球環境だ。人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる略奪の対象にする。
このことが本書の基本的主張の一つだ(P.32)
そのような社会システムが無限の経済成長を目指せば、地球環境は当然危機的状況に陥る。
この帝國的生活様式は日常生活を通じて絶えず再生産されるが、その暴力性は遠くの地で発揮されるため不可視化され続ける。
それを見ないようにして、帝国的生活様式は一層強固になり、危機対応は先延ばしされた。
人類の経済活動が全地球を覆ってしまった「人新世」とは、そのような収奪と転嫁のために外部が消尽した時代だ。
この転嫁による外部性の問題点をマルクスは19世紀半ばに分析していた。
第一の転嫁方法は、環境危機を技術の発展で乗り越えようとする方法だが、例えば化学肥料の使用による農業の発展は大規模な環境問題を引き起こす。
第二の方法が空間的転嫁だだが、この試みは原住民の暮らしや生態系に大きな打撃を与え、矛盾を深める。
第三の方法が時間的転嫁だが、例えば森林の過剰伐採は気候変動を招き、将来世代に大きなツケを残す。
これらの方法による被害に周辺部が真っ先に晒される。そして資本主義より前に地球がなくなる。
第2章
資本主義は負荷を外部に転嫁することで経済成長を続けていく。
外部化がうまくいっている間は、先進国に住む私たちは環境危機に苦しむことなく豊かな生活を送ることができた。
そうしているうちに、後戻り不能点まで残された時間がわずかになった。
国連がSDGsを掲げ「緑の経済成長」を追及している。
これは現実逃避だ。経済成長か、それとも気温上昇1.5℃ 未満か、どちらかしかない。
このような現実逃避で帝国的生活は維持され、近い将来私たちはその報いを受ける。
第3章
経済成長を諦め脱成長を気候変動対策の本命としなければならない。
経済成長をしなくても既存の資源をうまく配分すれば、社会は今以上に繫栄できる。
世界全体が持続可能で公正な社会に移行しなければ地球は住めなくなり先進国の繫栄も脅かされる。
だが外部化と転嫁に依拠した資本主義では世界的な公正さを実現できない。
私たちが環境危機の時代に、自分だけが生き延びようとしても、時間稼ぎはできても、地球は一つしかないから、最終的には逃げ場がなくなる。
平等を軸に考えたとき「人新世」の時代における未来の選択肢が4つある。
1 気候ファシズム。経済成長と資本主義にしがみついて生き残ろうとする超富裕層。
2 野蛮状態。気候変動で環境難民が増え食糧生産が落ち大衆が反乱し万人の万人に対する闘争となる。
3 気候毛沢東主義。野蛮状態を避けるためにトップダウン型の気候変動対策をとり、自由民主主義の理念を捨て中央集権的な独裁国家が成立。
4 脱成長コミュニズム。民主主義的な相互扶助による公正で持続可能な未来社会。
最後の④手がかりは脱成長だ。資本は手段を択ばない。惨事に便乗し、最後まであらゆる状況に適応する強靭性を発揮し、環境危機を前にしても自ら止まらない。
気候危機対策は一つの目安として生活レベルを1970年代後半の水準まで落とすことを求めている
資本主義は70年代に深刻なシステム危機に陥り、この危機を越えるために新自由主義が導入されたが、民営化、規制緩和で格差が拡大した。
私たちの手で資本主義を止めて脱成長型のポスト資本主義に向けて大転換することだ。
資本主義の下で先進国で暮らす大多数の人々は依然として貧しい。米国の若年層は資本主義よりも社会主義に肯定的だ。
脱成長は平等と持続可能性を目指す。
第4章
「人新世」の環境危機をマルクスならばどのように分析するか。古びたマルクス解釈を繰り返さず、新しいマルクス像を提示しよう。
マルクスにとってコミュニズムとはソ連のような一党独裁と国営化の体制を指すものではなかった。彼にとってコミュニズムとは生産者たちが生産手段を共同で管理・運営する社会のことだった。
若年時代のマルクスは資本主義の発展が、生産力の上昇と過剰生産恐慌によって革命を準備してくれるとという楽観論を抱いていた。いわゆる「生産力至上主義」だ。
だが1848年の革命は失敗し1858年の恐慌も同じだった。恐慌を乗り越える資本主義の強靭さに、マルクスは認識を修正する。それは「資本論」刊行以後のことだった。
マルクスは誤解されていた。資本主義は生産力を引き上げ、将来の社会で豊かで自由な生活を送る準備をしてくれる、つまり「進歩史観」だ。
マルクスの「進歩史観」(いわゆる「史的唯物論」)には「生産力至上主義」と「ヨーロッパ中心主義」の2つの特徴がある。
「生産力至上主義」は、生産が環境にもたらす破壊作用を完全に無視した。
マルクスの草稿やノートを大量に含む新たな全集の編集を通じて、晩期マルクスの環境保護的な資本主義批判に光が当たった。マルクスは「生産力至上主義」からはっきりと
決別していた。
「資本論」第1巻刊行以後、マルクスは「ヨーロッパ中心主義的な進歩史観」からも決別した。
晩期マルクスは大転換した。
第5章
経済成長のための「構造改革」が繰り返されることで、世界で最も裕福な資本家26人は貧困層38億人(世界人口の約半分)の総資産と同額の富を独占している。
第6章
欠乏を生んでいるのは資本主義だ。私財が公富を減らしていく。
資本主義発足以前、土地や水といった公富は潤沢だった。公富は電力や水だけではない。生産手段そのものも公富にしてゆく必要がある。労働者たちが共同出資して生産手段を共同所有し共同管理する組織が労働者協同組合だ。
労働者協同組合は労働者の自治・自律に向けた一歩として重要な役割を果たす。それが可能なのは、社長や株主の私有ではなく国営企業でもなく労働者たち自身による社会的所有だからだ。
脱成長コミュニズムは豊潤な経済を作る。
第7章
脱成長コミュニズムが世界を救う。
マルクスの脱成長の思想は150年近く見逃されてきた。今はじめて「人新世」の時代へと「資本論」が更新される。
脱成長コミュニズムの柱①――使用価値経済への転換
②――労働時間の短縮
3 ――画一的な分業の廃止
4 ――生産過程の民主化
⑤――働集約型産業の重視(ケア労働など)
くだらない仕事の軽視(マーケティング、広告、金融業、保険業など)
第8章
マルクスが進歩史観を完全に捨て脱成長を受け入れるようになった背景にはグロ-バル・サウスへのまなざしがあった。
気候変動を引き起こしたのは先進国の富裕層だが、その被害を受けるのはグローバル・サウスの人々と将来世代だ。この不公平を解消すべきだというのが気候正義だ
晩期マルクスのグローバル・サウスから学ぶ姿勢は21世紀にますます重要性を増している。資本主義が引き起こす環境危機はグローバル・サウスにおいて、その矛盾が激化しているからだ。
バルセロナの気候非常宣言(2020年1月)は気候正義を革命のテコにしようとしている。バルセロナの運動は国境を越えて広がっている。
「資本主義の超克」、「民主主義の刷新」、「社会の脱炭素化」という三位一体のプロジェクトの着地点は相互扶助と自治に基づいた脱成長コミュニズムだ。
おわりに
フィリピンのマルコス独裁を打倒した革命(1986年)やシュワルナゼ大統領を辞任させたグルジア革命(2003年)は、3.5%の非暴力的な市民の不服従がもたらした社会変革の一例だ。
地球の未来は本書を読んだあなたが3.5%のひとりとして加わるかどおうかにかかっている。                            (以上)

新聞掲載の広告によれば、本書は2021新書大賞第1位で20万部を突破!とある。20万人といえば日本の大学生総数の1割弱に当たり、頼もしいことだ。
たまたま当会ニュース読者の深田哲士氏(鳥取県・『象徴としての日本国憲法』著者)が本書の愛読者と知った。同好の有志の拡大を期待している。

走る高齢者たち!! オールドランナーズヒストリー

 

 

 

 

 

 

 

当会福田玲三代表がご自身の半生と走る楽しさ、および、福田さんが取材された全国の高齢者マラソンランナーの皆さんを紹介する「走る高齢者たち!!」を梨の木舎から上梓されました。

福田さんは21才で学徒動員され、スマトラ島で敗戦、マレー半島でJSP(日本降伏軍人)として労役、1947年、24才で復員されています。
国鉄労組書記として勤務していた36才の時、とある運動会を見に行き走りたいという思いに駆られ走り始めます。福田さんは幼いころからひ弱で、徴兵検査では甲種でも乙種でもなく第二乙種「筋骨薄弱」だったそうで、初めて第一回佐倉朝日健康マラソンを完走したのが58才です。以来、毎年5時間制限の佐倉マラソンに参加、タイムオーバーすると7時間制限の東京・荒川マラソン、8時間制限の大阪・淀川マラソン、10時間制限の伊豆大島マラソン(92才)、無制限のホノルルマラソン(63才)と対象を移し、スイス・ローザンヌマラソン(94才)では10キロウォークに参加しています。私が知っているのは完全護憲の会が発足してからで、大島マラソンからですが、10時間制限の前に、8時間、7時間、5時間制限をタイムオーバーしてきたことを知り、改めて、福田さんの諦めずに挑戦するマラソン人生と福田さんの反戦、平和、護憲への強い思いが重なりました。

尚、ホノルルマラソンについては、福田さんが当会の会員ブログに体験記を投稿されています。

ホノルルマラソンの報告 2016年12月    

新刊紹介 『自衛隊も米軍も、日本にはいらない! 「災害救助即応隊」構想で 日本を真の平和国家に』(花岡しげる著)

平和を愛し、戦争を憎む国民にとって待望の本が現れた。
『自衛隊も米軍も、日本にはいらない!――「災害救助即応隊」構想で日本を真の平和国家に』(花岡しげる著 花伝社 1月27日刊)だ。第1章の冒頭にはこう書かれている。
「自民党や9条改憲を支持する人たちは、二言目には『野党は改憲反対と言うばかりだ。もし改憲に反対ならばきちんとした対案を出すべきである』と言います。……

そこで本書では、第9条の自民党改憲案への対案として、現行憲法と全く矛盾しない安全保障政策を提案します。」と。
そして「第5章 外国から攻められたらどうする? の心配は無用」では、その(1)「日本は国境を天然の要塞でまもられている」とあり、四方を海に囲まれている利点を挙げ、しかし空襲や宇宙からの不意の攻撃は防ぎようがなく、つまるところ、友好的な話し合いしかないことを示している。「話し合いで解決しないから戦争が起きる」と反論する人には、「話し合いで解決しない問題が、武力で解決できるのか」と再反論。そして、「時間をかけて最後まで話し合いで……折り合うしかないのです。」ときっぱり断言する。

本書の最大の特色は「第7章 防災平和省と『災害救助即応隊(ジャイロ)』実現のロードマップ」である。その(1)「国会で実現させるためには」では、「①新党の立ち上げ」と「②『護憲連合会派』の結成」を挙げ、政策実現の具体的な段取りを示しているところが注目される。
非常に説得力のある、読みやすい本だ。

表紙の帯には、東京新聞の望月衣塑子記者が推薦文をこう書いている。
「9条の理念をいかに守り、体現していけるのか、本書にはそのエッセンスが詰まっている。」
著者の花岡さんには「平和創造研究会」(宇井さん主催)でお目にかかったことがあり、その容姿から音楽関係の方と思っていたが、実は東大法学部卒、カリフォルニア大学バークレー校経営学修士で、国内外で働いた実務家であることを初めて知った。

花岡さんのこの貴重な構想を、みんなで話し合い、肉付けし、伝え、そして広げていこうではありませんか。まずは図書館にリクエストなどして、読んでいただければ幸いです。
福田玲三

2020年2月9日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人

「消費税廃止」が発信する「格差是正」―― 経済にデモクラシーを!

(弁護士 後藤富士子)

1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
 まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、 続きを読む

菅野完『日本会議の研究』(扶桑社新書、2016)

安倍政権は、単にイデオロギー的に右であるとか、強権的であるとかいうだけではなく、戦後史において極めて特異な、異形の政権である、ということは、すでに多くの人が気づいているだろう。憲法解釈も衆院解散(選挙)も税金も年金も内閣法制局や日銀やNHK経営委員の人事も、すべて自分の私利私欲のために私物化し、他人の批判には絶対に耳を貸さず、気に食わない意見は封殺し、自分の言いたいことだけを言い、平気でうそをつく。ここまで幼稚で横暴な首相は日本の歴史上前代未聞であろう。

しかし、なぜ、これほど異常な政権が誕生したのか、しかも第1次政権も含めると4年半も続いているのか。これは私にも長い間謎であった。日本社会全体が右傾化したからだ、という人もいるが、本書の著者、菅野完はそれを否定する。そうではなく、一部の人々の長期にわたる粘り強い努力の“成果”なのだ、というのである。「一部の人々」とは誰か? それを多くの人々に対するインタビューと膨大な文献の読み込みによって解き明かしたのが本書である。

本書の元になったのは、扶桑社の「ハーバー・ビジネス・オンライン」で2015年2月から1年にわたって連載された「シリーズ『草の根保守の蠢動』」である。私がこのシリーズに気が付いたのは今年の2月頃だから、連載も最終盤にさしかかる頃であったが、過去記事をすべて読み返し、その取材力・分析力に感嘆した。本書も発売前からアマゾンで予約注文し、発売(5月1日)と同時に入手してすぐに読んだのだが、この間仕事等で忙しく、感想を書くのが遅くなった。

安倍政権の閣僚の多くが日本会議国会議員懇談会のメンバーである、といったニュースは、東京新聞や朝日新聞なども時折取り上げてはいたが、その実態に関する報道は極めて表層的なものにとどまっていた。ところが、日本会議の関連団体ばかりでなく、その源流にまでさかのぼって検証したのが本書の画期的なところである。

日本会議そのものは、日本最大の右翼団体とはいっても、神道系、仏教系、キリスト教系、新派神道系など種々雑多な宗教団体の寄り合い所帯であるが、事務局を取り仕切っているのが日本青年協議会/日本協議会であり、その会長である椛島有三が同時に日本会議の事務総長なのである。

この椛島有三は今から半世紀前の1966年、長崎大学で起こった「学園正常化」運動で、「長崎大学学生協議会」を結成し、左翼学生から自治会を奪い返すことに成功し、一躍、民族派学生のヒーローとなり、この経験を全国の大学に広げるため、1969年、「全国学生自治連絡協議会(全国学協)」を結成した。この頃、大分大学で学生協議会を率いていたのが若き日の衛藤晟一・現首相補佐官である。なお、椛島ら全国学協の中心メンバーは生長の家の学生信徒たちであった。1970年、全国学協のOB組織として日本青年協議会が結成されるが、その後、路線対立から日本青年協議会が全国学協から除名されると、74年、日本青年協議会は自前の学生組織として「反憲法学生委員会全国連合(反憲学連)」を結成した。「反憲法」とは、現行憲法を呪詛し続けた生長の家の創始者・谷口雅春の愛弟子を自称する彼らが「現憲法を徹底的に否定する」ために掲げたスローガンである。

日本会議の前身のひとつである「日本を守る会」は1974年に結成され、元号法制定運動に取り組んでいたが、事務局を取り仕切っていた村上正邦(後に「参院の法王」と呼ばれる存在となる)が、日本青年協議会の椛島有三に目をつけ、77年、同協議会が日本を守る会の事務局に入ると、椛島の戦略により、元号法制化のための「草の根運動」を展開し、各地の自治体で元号法制化決議を上げさせ、わずか2年間で元号法制化を実現した。

一方、日本会議のもうひとつの前身である「日本を守る国民会議」は、「元号法制化実現国民会議」を衣替えして1981年に誕生している(初代会長・石田和外・元最高裁長官)。

80年代に入り、谷口雅春・生長の家初代総裁が引退し、生長の家が政治活動から撤退すると、生長の家の元幹部の一人だった伊藤哲夫は84年、「日本政策研究センター」を立ち上げている。現在、安倍晋三の筆頭ブレーンとも、「安倍内閣の生みの親」とも言われる伊藤哲夫に安倍を引き合わせたのが衛藤晟一だと言われている。2004年8月15日、「チャンネル桜」の開局記念番組に当時自民党幹事長だった安倍晋三と伊藤哲夫が出演して対談しているが、そのタイトルは「改憲への精神が日本の活力源」というものだった。当時の安倍は、当選回数も少なく大臣経験もない「若造」議員にすぎなかったが、小選挙区制の下で公認権を独占していた小泉純一郎が「総幹分離」(総裁と幹事長を別派閥から選ぶこと)という自民党の長年の慣習を無視して幹事長に大抜擢したのであった。そのため、権力基盤も頭も脆弱な安倍は、「一群の人々」がその周囲に群がり、つけ込むのにうってつけだったのではないかと筆者は分析している。

伊藤率いる日本政策研究センターは昨年(2015年)8月2日、「第4回『明日への選択』首都圏セミナー」と題するセミナーを開催したが、その中で、「憲法改正のポイント」として、「1.緊急事態条項の追加」「2.家族保護条項の追加」「3.自衛隊の国軍化」の3点を挙げているが、これが現在の自民党の改憲戦略と軌を一にしている。なお、このセミナーで、質疑応答になった際、ある質問への回答で、日本政策研究センターは「もちろん、最終的な目標は明治憲法復元にある」と答えている。ここでも安倍政権の最終目標と一致しているように見える。

時間は前後するが、2001年には日本会議のフロント団体として「「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会」(通称・民間憲法臨調)が設立され、「憲法フォーラム」と題するパネルディスカッションを全国各地で展開しているが、現在、その副代表は、西修・駒沢大名誉教授、代表委員は長尾一紘・中大名誉教授、事務局長は百地章・日大教授である。この3人、昨年6月4日、衆院憲法審査会で3人の憲法学者が安保法制を「憲法違反」と明言し、安保法案「廃案」を求める憲法学者が200名を超えたという情勢を受けて、同月10日、衆院特別委員会で辻元清美議員から「合憲だという憲法学者の名前を挙げて下さい」と迫られた菅義偉官房長官が名前を挙げた3名の「学者」である。3名がそろいもそろって日本会議のフロント団体の役員という特殊な集団メンバーなのであるが、こういうところにしか人材供給源がない、というのが安倍政権の実態なのである。百地章にいたっては、1969年、全国学協のフロントサークル「全日本学生文化会議」結成大会実行委員長を務め、2002年には「生長の家原理主義」グループである「谷口雅春先生を学ぶ会」の機関紙「谷口雅春先生を学ぶ」の創刊号編集人を務めるなど、憲法学界では有名ではないが、その筋では“筋金入り”の人物なのであろう。

日本会議は2013年11月13日、全国代表者大会を開き、全国の地方議会で「憲法改正の早期実現を求める意見書」採択を促す運動方針を決定し、次々と成功させている。これはまさに、椛島有三率いる日本青年協議会が元号法制化運動で採用し、成功した方法である。さらに14年10月1日には、憲法改正のための別働団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立総会を開いているが、この事務局長も椛島有三である。つまり、椛島有三は日本協議会/日本青年協議会の会長であり、事務総長として日本会議を取り仕切り、事務局長として「美しい日本の憲法をつくる国民の会」も切り盛りしているのである。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は昨年11月、「今こそ憲法改正を!武道館一万人大会」を開催したが、その際、共同代表である櫻井よしこは改憲の具体的項目として「緊急事態条項」と「家族条項」の追加を挙げた。

「国民の会」が集めた改憲署名はすでに700万筆に達したとのことである。

生田暉雄『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館、2016年)

会員のKさんに頂いたので、一気読みしたが、大変面白かった。

本書は、日本の裁判所はなぜ、ほとんど違憲判決を出さないのか、特に行政訴訟や政府・行政が当事者となる訴訟においては、絶望的なまでに違憲判決が出づらく、仮に奇跡的に地裁で違憲判決が出たとしても、最高裁では100%棄却されるのはなぜなのか、その仕組みを、自らの体験に基づき、説得的に描き出している。

著者の生田氏は1970年から92年まで22年間裁判官を務めた後、弁護士に転身した人で、裁判官時代には、本書で痛烈に告発しているような、最高裁を頂点とする裁判所の根深い歪みには気づいておらず、弁護士になって、その歪みに気づいたという。

私はこれまで、渡辺洋三・江藤价泰・小田中聰樹『日本の裁判』(岩波書店)、井上薫『狂った裁判官』(幻冬舎新書)、新藤宗幸『司法官僚』(岩波書店)、秋山賢三『裁判官はなぜ誤るのか』(岩波新書)といった本を読んでいたので、最高裁事務総局による人事権を通じた裁判官統制の仕組み(その結果として生まれる、出世のために“上”=最高裁事務総局=の意向ばかり気にする「ヒラメ裁判官」の存在)や判検交流の問題点など、現在の日本の司法を取り巻く問題点については、大まかなことは知っていたつもりだが、合議制の裁判においては、生田氏のように、自分の出世のことなど気にしない例外的な裁判官でさえ、同僚(先輩あるいは後輩)の将来を閉ざしてしまうことを恐れる気持ちから、自分の良心に反する判決を出してしまうという人間臭い話を聞き、なるほどなぁと考えさせられてしまった。

また、著者が手掛けたエクソンモービルを相手取った訴訟では、勝訴を確信した審理の終盤、あと1回で結審というときに、突然裁判官全員を替えられて敗訴した、という話にも、「最高裁はそこまでやるのか」とうならされた。これは、日米関係に重大な影響をもたらすことを恐れた最高裁が、何としても原告を敗訴させなければならないと決心して仕組んだ人事である(と著者は推測するが、もちろんこの推測は正しいだろう)。交替した裁判官には、原告敗訴の判決を出せなどと最高裁事務総局が指示する必要はない。このような不自然な交替があれば、交替した裁判官は、それまでの裁判記録を読んだうえで、当然その背後にある最高裁事務総局の意図を忖度し、おのずと自らに与えられた使命を理解し、その通りの判決を出す、というわけである。

このように最高裁事務総局が裁判官に圧倒的な影響力を及ぼし得るのは、裁判官の報酬と人事について、フリーハンドの裁量権が認められているからなのだ。最高裁に対して従順で協力的な裁判官は順調に出世できるが、違憲判決を出したり、再審決定をしたり、最高裁判例と異なる判決を出すなど、最高裁に「盾突いた」と見なされた裁判官は、報酬ランクにおいて3号(場合によっては4号)以上には上がらず、地方の地裁・簡裁・家裁などを「ドサ回り」させられることになる。最近では、高浜原発3・4号機の再稼働差止判決を出した福井地裁の樋口英明裁判長は、「大方の予想通り」名古屋家裁に左遷された。砂川事件の一審判決で駐留米軍を違憲と断じた東京地裁の伊達秋雄裁判長が、辞表を用意して法廷に上がったのは有名な話だが、2008年、自衛隊のイラク派遣違憲訴訟で、(傍論ながら)違憲判決を出した名古屋高裁の青山邦夫裁判長は、判決公判の直前に依願退職している。さらに、住基ネット訴訟で、原告勝訴の違憲判決を書いた大阪高裁の竹中省吾裁判長は、なんと判決の3日後に自宅で首を吊った状態で発見されたという。遺書はなく、首を吊った状態も不自然だったが、警察は自殺と断定した。この国では裁判官が違憲判決を書くのは命がけなのである。

しかし、著者の生田氏が本書で最も訴えたいことは、このような絶望的な裁判所の実態を知ったうえでなお、主権者である市民が主権を行使する手段として、積極的に裁判を利用すべきだということである。それこそが憲法12条にいう「国民の不断の努力によって」人権を保持するための最も有効な手段であり、そのためには、「あきらめないこと」「真実を知る努力をすること」「行動を起こすこと」が最も重要である、と生田氏は言う。本書のタイトルは、安保法をひっくり返す裏ワザを伝授するといったことではなく(そのようなものがあるはずもない)、一人一人の市民が主権者意識を持ち、おかしいことにはおかしいと声を上げ、自らの権利を守るためには裁判に訴えることを辞さない――そうした意識を持ち続けることが、長い目で見た時、裁判所を真に「憲法と人権の砦」に変えるための近道なのである、と説いているのである。

私の1960年代 山本義隆

20151118book山本義隆さんの私の1960年代を読みました。
東大全共闘議長の山本義隆さんです。
非常にわかりやすく科学技術史について語ってます。
口語調なので講演を聴いているようです。
当時のことを初めて語ってます。

金曜日から出版
2100円プラス税です。

ぼくは満員電車で原爆を浴びた

2015080670年前の8月6日広島に原爆が投下されました。あの日、母親と別れひとり電車に乗り原爆を浴びた11才の少年が体験した広島が描かれています。

被爆しながらも生き残り、あの不幸を二度と繰り返してはならないと、悲惨な体験を語ってきた「原爆の語り部」のみなさんもご高齢になりお亡くなりになっています。この少年も今年は81才でしょうか。
原爆の語り部がみんな死んでしまったら、原爆をの悲惨さを語れる人がいなくなったら、原爆の惨劇も忘れ去られなかったことになってしまう。そんな思いで語ってきたものを本にして残すことにしたのだそうです。

この本の企画には会員の室崎さんが関わっておられるようです。児童書として作られていますが、大人の本としても読めるレベルになっています。読み進むのが辛い本ですが、多くの人に読んでいただきたいです。
2013年7月の出版です。店頭にはないと思いますが、アマゾンサイトなら購入できます。
図書館にもあるのではないでしょうか。

2015年8月7日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人

「集団自衛権の行使に反対する」総理大臣を訴えた裁判記録

総理大臣を訴えた私の裁判記録著者の平正和氏より、事務局に紹介依頼がありました。
2014年7月1日に安倍内閣がおこなった閣議決定に対して、日本国憲法または信義誠実の原則に違反するとして、最高裁までの訴訟を提起した平氏の記録です。

書名:集団的自衛権の行使に反対する。
総理大臣を訴えた私の裁判記録
著者/編集者:平正和
定価:1,080円(税込)
出版社:ウィンかもがわ/かもがわ出版

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 訴訟提起
第2章 第一審判決ー却下
第3章 控訴
第4章 第二審判決ー却下
第5章 上告

 福田

 

2015年7月8日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人