走る高齢者たち!! オールドランナーズヒストリー

 

 

 

 

 

 

 

当会福田玲三代表がご自身の半生と走る楽しさ、および、福田さんが取材された全国の高齢者マラソンランナーの皆さんを紹介する「走る高齢者たち!!」を梨の木舎から上梓されました。

福田さんは21才で学徒動員され、スマトラ島で敗戦、マレー半島でJSP(日本降伏軍人)として労役、1947年、24才で復員されています。
国鉄労組書記として勤務していた36才の時、とある運動会を見に行き走りたいという思いに駆られ走り始めます。福田さんは幼いころからひ弱で、徴兵検査では甲種でも乙種でもなく第二乙種「筋骨薄弱」だったそうで、初めて第一回佐倉朝日健康マラソンを完走したのが58才です。以来、毎年5時間制限の佐倉マラソンに参加、タイムオーバーすると7時間制限の東京・荒川マラソン、8時間制限の大阪・淀川マラソン、10時間制限の伊豆大島マラソン(92才)、無制限のホノルルマラソン(63才)と対象を移し、スイス・ローザンヌマラソン(94才)では10キロウォークに参加しています。私が知っているのは完全護憲の会が発足してからで、大島マラソンからですが、10時間制限の前に、8時間、7時間、5時間制限をタイムオーバーしてきたことを知り、改めて、福田さんの諦めずに挑戦するマラソン人生と福田さんの反戦、平和、護憲への強い思いが重なりました。

尚、ホノルルマラソンについては、福田さんが当会の会員ブログに体験記を投稿されています。

ホノルルマラソンの報告 2016年12月    

新刊紹介 『自衛隊も米軍も、日本にはいらない! 「災害救助即応隊」構想で 日本を真の平和国家に』(花岡しげる著)

平和を愛し、戦争を憎む国民にとって待望の本が現れた。
『自衛隊も米軍も、日本にはいらない!――「災害救助即応隊」構想で日本を真の平和国家に』(花岡しげる著 花伝社 1月27日刊)だ。第1章の冒頭にはこう書かれている。
「自民党や9条改憲を支持する人たちは、二言目には『野党は改憲反対と言うばかりだ。もし改憲に反対ならばきちんとした対案を出すべきである』と言います。……

そこで本書では、第9条の自民党改憲案への対案として、現行憲法と全く矛盾しない安全保障政策を提案します。」と。
そして「第5章 外国から攻められたらどうする? の心配は無用」では、その(1)「日本は国境を天然の要塞でまもられている」とあり、四方を海に囲まれている利点を挙げ、しかし空襲や宇宙からの不意の攻撃は防ぎようがなく、つまるところ、友好的な話し合いしかないことを示している。「話し合いで解決しないから戦争が起きる」と反論する人には、「話し合いで解決しない問題が、武力で解決できるのか」と再反論。そして、「時間をかけて最後まで話し合いで……折り合うしかないのです。」ときっぱり断言する。

本書の最大の特色は「第7章 防災平和省と『災害救助即応隊(ジャイロ)』実現のロードマップ」である。その(1)「国会で実現させるためには」では、「①新党の立ち上げ」と「②『護憲連合会派』の結成」を挙げ、政策実現の具体的な段取りを示しているところが注目される。
非常に説得力のある、読みやすい本だ。

表紙の帯には、東京新聞の望月衣塑子記者が推薦文をこう書いている。
「9条の理念をいかに守り、体現していけるのか、本書にはそのエッセンスが詰まっている。」
著者の花岡さんには「平和創造研究会」(宇井さん主催)でお目にかかったことがあり、その容姿から音楽関係の方と思っていたが、実は東大法学部卒、カリフォルニア大学バークレー校経営学修士で、国内外で働いた実務家であることを初めて知った。

花岡さんのこの貴重な構想を、みんなで話し合い、肉付けし、伝え、そして広げていこうではありませんか。まずは図書館にリクエストなどして、読んでいただければ幸いです。
福田玲三

2020年2月9日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人

「消費税廃止」が発信する「格差是正」―― 経済にデモクラシーを!

(弁護士 後藤富士子)

1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
 まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、 続きを読む

菅野完『日本会議の研究』(扶桑社新書、2016)

安倍政権は、単にイデオロギー的に右であるとか、強権的であるとかいうだけではなく、戦後史において極めて特異な、異形の政権である、ということは、すでに多くの人が気づいているだろう。憲法解釈も衆院解散(選挙)も税金も年金も内閣法制局や日銀やNHK経営委員の人事も、すべて自分の私利私欲のために私物化し、他人の批判には絶対に耳を貸さず、気に食わない意見は封殺し、自分の言いたいことだけを言い、平気でうそをつく。ここまで幼稚で横暴な首相は日本の歴史上前代未聞であろう。

しかし、なぜ、これほど異常な政権が誕生したのか、しかも第1次政権も含めると4年半も続いているのか。これは私にも長い間謎であった。日本社会全体が右傾化したからだ、という人もいるが、本書の著者、菅野完はそれを否定する。そうではなく、一部の人々の長期にわたる粘り強い努力の“成果”なのだ、というのである。「一部の人々」とは誰か? それを多くの人々に対するインタビューと膨大な文献の読み込みによって解き明かしたのが本書である。

本書の元になったのは、扶桑社の「ハーバー・ビジネス・オンライン」で2015年2月から1年にわたって連載された「シリーズ『草の根保守の蠢動』」である。私がこのシリーズに気が付いたのは今年の2月頃だから、連載も最終盤にさしかかる頃であったが、過去記事をすべて読み返し、その取材力・分析力に感嘆した。本書も発売前からアマゾンで予約注文し、発売(5月1日)と同時に入手してすぐに読んだのだが、この間仕事等で忙しく、感想を書くのが遅くなった。

安倍政権の閣僚の多くが日本会議国会議員懇談会のメンバーである、といったニュースは、東京新聞や朝日新聞なども時折取り上げてはいたが、その実態に関する報道は極めて表層的なものにとどまっていた。ところが、日本会議の関連団体ばかりでなく、その源流にまでさかのぼって検証したのが本書の画期的なところである。

日本会議そのものは、日本最大の右翼団体とはいっても、神道系、仏教系、キリスト教系、新派神道系など種々雑多な宗教団体の寄り合い所帯であるが、事務局を取り仕切っているのが日本青年協議会/日本協議会であり、その会長である椛島有三が同時に日本会議の事務総長なのである。

この椛島有三は今から半世紀前の1966年、長崎大学で起こった「学園正常化」運動で、「長崎大学学生協議会」を結成し、左翼学生から自治会を奪い返すことに成功し、一躍、民族派学生のヒーローとなり、この経験を全国の大学に広げるため、1969年、「全国学生自治連絡協議会(全国学協)」を結成した。この頃、大分大学で学生協議会を率いていたのが若き日の衛藤晟一・現首相補佐官である。なお、椛島ら全国学協の中心メンバーは生長の家の学生信徒たちであった。1970年、全国学協のOB組織として日本青年協議会が結成されるが、その後、路線対立から日本青年協議会が全国学協から除名されると、74年、日本青年協議会は自前の学生組織として「反憲法学生委員会全国連合(反憲学連)」を結成した。「反憲法」とは、現行憲法を呪詛し続けた生長の家の創始者・谷口雅春の愛弟子を自称する彼らが「現憲法を徹底的に否定する」ために掲げたスローガンである。

日本会議の前身のひとつである「日本を守る会」は1974年に結成され、元号法制定運動に取り組んでいたが、事務局を取り仕切っていた村上正邦(後に「参院の法王」と呼ばれる存在となる)が、日本青年協議会の椛島有三に目をつけ、77年、同協議会が日本を守る会の事務局に入ると、椛島の戦略により、元号法制化のための「草の根運動」を展開し、各地の自治体で元号法制化決議を上げさせ、わずか2年間で元号法制化を実現した。

一方、日本会議のもうひとつの前身である「日本を守る国民会議」は、「元号法制化実現国民会議」を衣替えして1981年に誕生している(初代会長・石田和外・元最高裁長官)。

80年代に入り、谷口雅春・生長の家初代総裁が引退し、生長の家が政治活動から撤退すると、生長の家の元幹部の一人だった伊藤哲夫は84年、「日本政策研究センター」を立ち上げている。現在、安倍晋三の筆頭ブレーンとも、「安倍内閣の生みの親」とも言われる伊藤哲夫に安倍を引き合わせたのが衛藤晟一だと言われている。2004年8月15日、「チャンネル桜」の開局記念番組に当時自民党幹事長だった安倍晋三と伊藤哲夫が出演して対談しているが、そのタイトルは「改憲への精神が日本の活力源」というものだった。当時の安倍は、当選回数も少なく大臣経験もない「若造」議員にすぎなかったが、小選挙区制の下で公認権を独占していた小泉純一郎が「総幹分離」(総裁と幹事長を別派閥から選ぶこと)という自民党の長年の慣習を無視して幹事長に大抜擢したのであった。そのため、権力基盤も頭も脆弱な安倍は、「一群の人々」がその周囲に群がり、つけ込むのにうってつけだったのではないかと筆者は分析している。

伊藤率いる日本政策研究センターは昨年(2015年)8月2日、「第4回『明日への選択』首都圏セミナー」と題するセミナーを開催したが、その中で、「憲法改正のポイント」として、「1.緊急事態条項の追加」「2.家族保護条項の追加」「3.自衛隊の国軍化」の3点を挙げているが、これが現在の自民党の改憲戦略と軌を一にしている。なお、このセミナーで、質疑応答になった際、ある質問への回答で、日本政策研究センターは「もちろん、最終的な目標は明治憲法復元にある」と答えている。ここでも安倍政権の最終目標と一致しているように見える。

時間は前後するが、2001年には日本会議のフロント団体として「「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会」(通称・民間憲法臨調)が設立され、「憲法フォーラム」と題するパネルディスカッションを全国各地で展開しているが、現在、その副代表は、西修・駒沢大名誉教授、代表委員は長尾一紘・中大名誉教授、事務局長は百地章・日大教授である。この3人、昨年6月4日、衆院憲法審査会で3人の憲法学者が安保法制を「憲法違反」と明言し、安保法案「廃案」を求める憲法学者が200名を超えたという情勢を受けて、同月10日、衆院特別委員会で辻元清美議員から「合憲だという憲法学者の名前を挙げて下さい」と迫られた菅義偉官房長官が名前を挙げた3名の「学者」である。3名がそろいもそろって日本会議のフロント団体の役員という特殊な集団メンバーなのであるが、こういうところにしか人材供給源がない、というのが安倍政権の実態なのである。百地章にいたっては、1969年、全国学協のフロントサークル「全日本学生文化会議」結成大会実行委員長を務め、2002年には「生長の家原理主義」グループである「谷口雅春先生を学ぶ会」の機関紙「谷口雅春先生を学ぶ」の創刊号編集人を務めるなど、憲法学界では有名ではないが、その筋では“筋金入り”の人物なのであろう。

日本会議は2013年11月13日、全国代表者大会を開き、全国の地方議会で「憲法改正の早期実現を求める意見書」採択を促す運動方針を決定し、次々と成功させている。これはまさに、椛島有三率いる日本青年協議会が元号法制化運動で採用し、成功した方法である。さらに14年10月1日には、憲法改正のための別働団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立総会を開いているが、この事務局長も椛島有三である。つまり、椛島有三は日本協議会/日本青年協議会の会長であり、事務総長として日本会議を取り仕切り、事務局長として「美しい日本の憲法をつくる国民の会」も切り盛りしているのである。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は昨年11月、「今こそ憲法改正を!武道館一万人大会」を開催したが、その際、共同代表である櫻井よしこは改憲の具体的項目として「緊急事態条項」と「家族条項」の追加を挙げた。

「国民の会」が集めた改憲署名はすでに700万筆に達したとのことである。

生田暉雄『最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』(三五館、2016年)

会員のKさんに頂いたので、一気読みしたが、大変面白かった。

本書は、日本の裁判所はなぜ、ほとんど違憲判決を出さないのか、特に行政訴訟や政府・行政が当事者となる訴訟においては、絶望的なまでに違憲判決が出づらく、仮に奇跡的に地裁で違憲判決が出たとしても、最高裁では100%棄却されるのはなぜなのか、その仕組みを、自らの体験に基づき、説得的に描き出している。

著者の生田氏は1970年から92年まで22年間裁判官を務めた後、弁護士に転身した人で、裁判官時代には、本書で痛烈に告発しているような、最高裁を頂点とする裁判所の根深い歪みには気づいておらず、弁護士になって、その歪みに気づいたという。

私はこれまで、渡辺洋三・江藤价泰・小田中聰樹『日本の裁判』(岩波書店)、井上薫『狂った裁判官』(幻冬舎新書)、新藤宗幸『司法官僚』(岩波書店)、秋山賢三『裁判官はなぜ誤るのか』(岩波新書)といった本を読んでいたので、最高裁事務総局による人事権を通じた裁判官統制の仕組み(その結果として生まれる、出世のために“上”=最高裁事務総局=の意向ばかり気にする「ヒラメ裁判官」の存在)や判検交流の問題点など、現在の日本の司法を取り巻く問題点については、大まかなことは知っていたつもりだが、合議制の裁判においては、生田氏のように、自分の出世のことなど気にしない例外的な裁判官でさえ、同僚(先輩あるいは後輩)の将来を閉ざしてしまうことを恐れる気持ちから、自分の良心に反する判決を出してしまうという人間臭い話を聞き、なるほどなぁと考えさせられてしまった。

また、著者が手掛けたエクソンモービルを相手取った訴訟では、勝訴を確信した審理の終盤、あと1回で結審というときに、突然裁判官全員を替えられて敗訴した、という話にも、「最高裁はそこまでやるのか」とうならされた。これは、日米関係に重大な影響をもたらすことを恐れた最高裁が、何としても原告を敗訴させなければならないと決心して仕組んだ人事である(と著者は推測するが、もちろんこの推測は正しいだろう)。交替した裁判官には、原告敗訴の判決を出せなどと最高裁事務総局が指示する必要はない。このような不自然な交替があれば、交替した裁判官は、それまでの裁判記録を読んだうえで、当然その背後にある最高裁事務総局の意図を忖度し、おのずと自らに与えられた使命を理解し、その通りの判決を出す、というわけである。

このように最高裁事務総局が裁判官に圧倒的な影響力を及ぼし得るのは、裁判官の報酬と人事について、フリーハンドの裁量権が認められているからなのだ。最高裁に対して従順で協力的な裁判官は順調に出世できるが、違憲判決を出したり、再審決定をしたり、最高裁判例と異なる判決を出すなど、最高裁に「盾突いた」と見なされた裁判官は、報酬ランクにおいて3号(場合によっては4号)以上には上がらず、地方の地裁・簡裁・家裁などを「ドサ回り」させられることになる。最近では、高浜原発3・4号機の再稼働差止判決を出した福井地裁の樋口英明裁判長は、「大方の予想通り」名古屋家裁に左遷された。砂川事件の一審判決で駐留米軍を違憲と断じた東京地裁の伊達秋雄裁判長が、辞表を用意して法廷に上がったのは有名な話だが、2008年、自衛隊のイラク派遣違憲訴訟で、(傍論ながら)違憲判決を出した名古屋高裁の青山邦夫裁判長は、判決公判の直前に依願退職している。さらに、住基ネット訴訟で、原告勝訴の違憲判決を書いた大阪高裁の竹中省吾裁判長は、なんと判決の3日後に自宅で首を吊った状態で発見されたという。遺書はなく、首を吊った状態も不自然だったが、警察は自殺と断定した。この国では裁判官が違憲判決を書くのは命がけなのである。

しかし、著者の生田氏が本書で最も訴えたいことは、このような絶望的な裁判所の実態を知ったうえでなお、主権者である市民が主権を行使する手段として、積極的に裁判を利用すべきだということである。それこそが憲法12条にいう「国民の不断の努力によって」人権を保持するための最も有効な手段であり、そのためには、「あきらめないこと」「真実を知る努力をすること」「行動を起こすこと」が最も重要である、と生田氏は言う。本書のタイトルは、安保法をひっくり返す裏ワザを伝授するといったことではなく(そのようなものがあるはずもない)、一人一人の市民が主権者意識を持ち、おかしいことにはおかしいと声を上げ、自らの権利を守るためには裁判に訴えることを辞さない――そうした意識を持ち続けることが、長い目で見た時、裁判所を真に「憲法と人権の砦」に変えるための近道なのである、と説いているのである。

私の1960年代 山本義隆

20151118book山本義隆さんの私の1960年代を読みました。
東大全共闘議長の山本義隆さんです。
非常にわかりやすく科学技術史について語ってます。
口語調なので講演を聴いているようです。
当時のことを初めて語ってます。

金曜日から出版
2100円プラス税です。

ぼくは満員電車で原爆を浴びた

2015080670年前の8月6日広島に原爆が投下されました。あの日、母親と別れひとり電車に乗り原爆を浴びた11才の少年が体験した広島が描かれています。

被爆しながらも生き残り、あの不幸を二度と繰り返してはならないと、悲惨な体験を語ってきた「原爆の語り部」のみなさんもご高齢になりお亡くなりになっています。この少年も今年は81才でしょうか。
原爆の語り部がみんな死んでしまったら、原爆をの悲惨さを語れる人がいなくなったら、原爆の惨劇も忘れ去られなかったことになってしまう。そんな思いで語ってきたものを本にして残すことにしたのだそうです。

この本の企画には会員の室崎さんが関わっておられるようです。児童書として作られていますが、大人の本としても読めるレベルになっています。読み進むのが辛い本ですが、多くの人に読んでいただきたいです。
2013年7月の出版です。店頭にはないと思いますが、アマゾンサイトなら購入できます。
図書館にもあるのではないでしょうか。

2015年8月7日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人

「集団自衛権の行使に反対する」総理大臣を訴えた裁判記録

総理大臣を訴えた私の裁判記録著者の平正和氏より、事務局に紹介依頼がありました。
2014年7月1日に安倍内閣がおこなった閣議決定に対して、日本国憲法または信義誠実の原則に違反するとして、最高裁までの訴訟を提起した平氏の記録です。

書名:集団的自衛権の行使に反対する。
総理大臣を訴えた私の裁判記録
著者/編集者:平正和
定価:1,080円(税込)
出版社:ウィンかもがわ/かもがわ出版

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 訴訟提起
第2章 第一審判決ー却下
第3章 控訴
第4章 第二審判決ー却下
第5章 上告

 福田

 

2015年7月8日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人

今、なぜ真珠湾攻撃を学ぶか。孫崎亨著「日米開戦の正体」

20150707

孫崎亨さんの最新刊「日米開戦の正体」です。

日露戦争から真珠湾攻撃までの日本を、後世の人間による「後知恵」ではなく、当時の人々の生の声で語ってもらい、他にも選択肢があったのに、なぜ真珠湾攻撃を選択したかを考えようという本です。

日米開戦当時のアメリカの工業生産力は日本の10倍、少し頭を使えば壊滅的な結果になることは日本人にもわかるはず、それを国家の中枢にある人たちは「民主主義国家の米国はは長期の戦争に耐えられれずに途中でやめる。」という詭弁で日本を破壊に導きました。

今の日本はどうか。
安倍首相は「戦後レジームのからの脱却」とか「日本を取り戻そう」と言います。戦後の日本はそんなにひどい国だったでしょうか。国民が真面目に働いて経済を復興、発展させ、70年も戦争がなく、長寿で、世界から信頼されています。そういう今の日本を否定し、日露戦争から日米開戦に至る日本の何処に戻ろうというのでしょう。

原発⇒国民の大半が反対しています。福島原発の事故処理の見通しも立っていません。安部さんは詭弁を使って再稼働を急がせます。
TPP⇒これも少し学べば、世界規模の企業にとって都合がいいだけだとわかります。TTPのルールが日本の法律より上になり、違反すれば多額の損害賠償金を請求され、長年培ってきた日本の食文化も健康保険制度も壊れかねない制度です。
集団自衛権⇒憲法学者のほとんど、歴代の内閣法制局長官までも憲法違反だといっています。国民の大半も反対しています。それでも、安部さんが勝手にアメリカに約束した夏までに、数の論理で成立させようとしています。

日米開戦という史上最悪の愚策は日露戦争の勝利から始まった。
 なぜ、日本は勝てる見込みのない闘いを仕掛けたのか?

この本に登場する人々の言葉が教えてくれます。

 

2015年7月7日 | カテゴリー : ⑤図書紹介 | 投稿者 : 管理人