完全護憲の会・会員ブログ


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「ミサイル」より「核シェルター」 ――世界の核シェルター事情

(弁護士 後藤富士子)

 核シェルターは、戦争時の各種攻撃を避けて生き延びるために人間が一時的に利用する空間であり、世界で多くは地下に設置され、収容人数が数千人規模のものから一般家庭用の小型のものまで様々ある。世界各国では、核ミサイルの脅威への備えの重要性を認識し、核シェルターの整備を政府主導で進めている。人口当たりの核シェルターの普及率は、スイス・イスラエルで100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、ロシア78%、イギリス67%、シンガポール54%であるが、日本は僅か0.02%で無いに等しい。
 スイスは「シェルター精神」を持つことで有名であり、1962年のキューバ危機を受けて、翌63年に全戸に核シェルターの設置を義務付ける連邦法が成立している。2012年に法改正され国民の自宅設置義務はなくなったが、自治体に代価を支払い、最寄りの公共シェルターに家族全員分のスペースを確保する必要がある。こうした政策により30万基以上の核シェルターが設置され、人口約800万人の114%、国民全員以上の収容が可能となっている。 (さらに…)

草野論文を拝読して

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2022年12月24日 稲田恭明

完全護憲の会御中

はじめに

このたび、貴会編『危機に立つ日本国憲法』を大変興味深く拝読いたしました。全4章いずれも貴重な情報の詰まった力作揃いでしたが、今回はその中の第2章「9条「自衛隊明記」のもたらすもの」(以下、「草野論文」と記す)についての感想を述べさせていただきます。
同論文の中でも草野氏が最も力説されていたのは、「攻められたらどうするか」という問いにどう答えるかという問題と、護憲派内部におけるいわゆる「専守防衛」派と「非武装」派の対立をいかにすれば止揚できるのか、という問題だったのではないかと思います。そこで、以下では、この2つの論点に絞り、私が元々考えていたことに加え、草野論文を読んで触発され、いわば私の思考と化学反応を起こした結果新たに得た着想とを併せた考察を記します(以下、本文は「だ・である」調に切り替えます)。 (さらに…)

2022年12月27日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 管理人

攻められたらどうする? ――国民の「いのち」と「くらし」を守る

(弁護士 後藤富士子)

 第22回大佛次郎論壇賞を受賞した、板橋拓己東京大学教授の『分断の克服 1989-1990 統一をめぐる西ドイツ外交の挑戦』に関する朝日新聞記事(12月21日)によれば、ゲンシャー外相は、旧ソ連を含む「全ヨーロッパ的平和秩序」が持論だった。統一にあたっては、東ドイツ領域にNATOを拡大させず、NATOとワルシャワ条約機構がともに軍事同盟から政治同盟へと転換し、協調的な関係を結びながら全欧安保協力会議(CSCE:現OSCE=欧州安保協力機構)へ収められて解消する、そんな「和解型」の構想を描いていた。
 そこで、ゲンシャー外相の構想が実現していれば、ロシアのウクライナ侵攻は防げたか?と問われ、板橋教授は「構想が完全に実現する可能性は低かっただろう」としながらも、「実現していれば侵攻はなかっただろう」という。つまり、「外交による平和」といっても、その外交自体が、目先の実現可能性は低い「構想」を実現することにほかならない。そして、このような外交なしに憲法9条を護ることもできないように思われる。
(さらに…)

2022年12月27日 | カテゴリー : ⑦戦争 | 投稿者 : 後藤富士子

政治と反社会的宗教団体の関係を徹底解明せよ

2022年12月10日、「法人等による寄附の不当勧誘の防止等に関する法律」(被害者救済新法)が、自民・公明・立憲民主・維新・国民民主の賛成多数で可決・成立した。7月4日、安倍晋三元首相が銃撃され、その容疑者が統一教会(※)に恨みを持ち、広告塔的存在の安倍元首相が狙われたことが発覚。その後、統一教会への多額の寄付が原因で信者や家族が悲惨な状況に追い込まれた実態が多数明らかになったことから、被害者救済新法の制定を野党が迫り、急遽臨時国会の大きなテーマとなり成立したものである。与野党妥協の産物としてできたことから、①マインドコントロール状態と自由な意思の認定、②被害者家族の取消権の範囲、③寄付金額の上限規制など不十分な部分が多く、被害者や家族、弁護士などからは骨抜きで実効性がないとの批判もあるが、附帯決議にある「新法の適用外となる被害者」を含めた被害者救済に必要な措置を、政府は早急に進めなければならない。

※世界基督教統一神霊協会(統一教会)は、2015年に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に名称変更したが、実態は変わらないことから、本稿では「統一教会」と表記する。

さて、今回の銃撃事件をきっかけにあぶりだされた統一教会に関する問題は、大きく分けると次の二点になる。

1.憲法で「信教の自由」が保障されていることを利用して、正体隠しの勧誘や高額寄付を募るなど、「公共の福祉」に反する行為を繰り返し、困窮などの被害者を多数出していたこと。

2.国や地方の議員に接触して選挙応援等で支援し、自らの思想に基づく政策の実現を図ろうとし、議員は結果的に反社会的集団の広告塔となり、政策実現にも関与した疑いがあること。

上記「1」については、冒頭に記した「被害者救済新法」を制定するほか、文科省が宗教法人法に基づき質問権を行使し、正体隠しの勧誘やマインドコントロール下の多額寄付、宗教二世、合同結婚式、養子縁組斡旋、多額寄付金の韓国への送金などの問題を調査しており、宗教法人法上の認証取消も視野に入れている。銃撃事件の容疑者は信者ではなかったものの、多くの宗教二世は憲法が保障する信教の自由を親に制限され、幸福追求の権利も奪われていたことは許しがたく、早急な救済が求められる。

「2」の政治との関係、特に自民党と統一教会の癒着の構造は何も解明されていない。自民党現職国会議員の約半数が何らかの接点があり、その結果、政策に何らかの影響があったのではないかとの疑問は残されたままである。にもかかわらず岸田政権は、各議員の自主点検と称する曖昧な調査結果を公表しただけで収束させる構えである。

憲法20条1項及び3項は、信教の自由と政教分離について次の通り規定している。

第1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

第3項 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

統一教会は、その傘下にいくつもの団体を作り、反共や伝統的な家族観を訴えて巧みに議員に近づき、選挙応援をする代わりに、その思想の実現を政治家に託してきた。特に、長期政権に君臨した安倍元首相の政治思想と一致するところが大きく、国家の政策に何らかの影響があったとも考えられる。来春設置される「こども家庭庁」の名称が、当初の「こども庁」から急遽変更された経緯などが典型である。逆に韓国の徴用工補償に最も強く反発していた安倍氏が、真逆の思想(アダム国家とエバ国家)をとなえる統一教会になぜ接近していたのか。統一教会票を差配していた事実も前議員から証言されており、選挙の為なら手段を選ばない姿も垣間見える。だが、岸田首相は本人が死亡したので調査できないと拒否している。

その他、細田博之衆議院議長の細田派会長時代の関わり、下村博文元文科大臣の名称変更問題への関与、萩生田光一政調会長の密接な関係など、何ら解明されないままである。

憲法20条における政教分離主義は、「創価学会と公明党」に見られるように、宗教団体が政治に関わってはならないという解釈ではないとされるが、統一教会のような反社会的宗教団体と政治が結びつくことは、全く論外で許されない。

統一教会と政治家の関係で明らかになったのは、政治家は「来る者拒まず」、即ち票になる、あるいは選挙応援してくれる団体ならば、見境なく受け入れてしまうという危険な体質である。「関係団体との認識がなかった」という言い訳ばかりが聞こえてきたが、関係団体の運営資金と人は、統一教会が提供しているのであり、言い訳は通用しない。我々国民は、反社会的団体に関わった政治家には、選挙でNOを突きつけなければならない。

2022年12月26日 柳澤 修

2022年12月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : o-yanagisawa

「安保3文書」「敵基地攻撃」を憂う  時事短歌4首

                      曲木草文

隣国を敵意むき出し名指しして 相手どう見る「専守防衛」
どこまでも「専守防衛」言いわけに 着手と見たら先制攻撃
誰がどう見極め判断するのやら 着手と見たら敵基地攻撃
反撃の反撃までは考えず ミサイル合戦戦場日本

2022年12月10日 | カテゴリー : ⑦戦争 | 投稿者 : 曲木 草文

軍事費倍増、法相発言を憂う 時事短歌2首

                              曲木 草文

軍事費の倍増結局シワ寄せは 福祉教育庶民のふところ

救いなし金にも票にもならんとぞ 死刑のはんこ押すだけ大臣

2022年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 曲木 草文

アベの国葬は”国葬を見る会“と通称すべし!

アベによる“桜を見る会”は、国費を使っての、極めてプライベートな宴会に過ぎませんでした。が、この度の国葬もほぼ同じものだと断じてよいと考えます。

もし仮に、アベが国葬に相応しい人物であるとするならば、世の中には国葬にすべき人々が数え切れないほど現れて、我が国では毎日々々国葬をし続けなくてはならないと思います。いいえ、国民は全て国葬としなくては、釣り合いが取れなくなってしまうとさえ申せましょう。

敢えて乱暴な書き方をしておりますが、同じく銃撃によって殺害された“中村哲さん”などは、アベなどよりも遥かに国葬に相応しい人物でありましたし、もしもその様な形のトータルな判断基準を設定した上で、アベを国葬にするというのであれば、実際に我が国は、年がら年中国葬を繰り返さなくてはならなくなってしまうでしょう。

いずれにしても、今回のアベの国葬は、我が国の歴史における重大なる汚点となるしかないものと断言させていただきます!

勿論、今回の国葬を決めたのは岸田総理でありますし、その意味ではアベの罪ではありません。ましてや彼は悲劇的な死を遂げておりますので、私自身も死者を鞭打つつもりはないのです。が、しかし、死んだからと言って生前の罪がすべて帳消しになる訳もなく、その様な罪に対しては、きちんとケジメを付けることこそが、国家なる存在が示すべき公正な態度と考えます。

であるにも拘わらず、今回の国葬は、正に彼が仕出かした罪の数々を隠蔽し、更にはこれまでの与党政治の悪しき部分を洗い流してしまいたいという思惑が見え々々の形で執り行われようとしているものなのです!

アベという人物は、自己満足するために、徹底的に政治を私物化してまいりました。その為に手段を選ばぬやり方は、どこか統一協会的な手法に似ております。例えば、自らの命令に逆らえぬ者達のみを人事的に配置して、組織全体を牛耳ってしまおうとするやり方とかが、実によく似ております。

その手の事柄を、きちんと検証する時間があれば、この国の闇を暴き、一気にこの閉塞した状況から抜け出す切っ掛けを作り出すこともできると信じます。

だからこそ、アベの国葬などさせてはならないのです。それがマネーロンダリングならぬ、悪質政治のロンダリングを意図するものであることが明らかだからです!

国葬をすることによって、何もかもが水に流されてしまうことは、私だって思いたくありません。ですが、この国の歴史においては、暫々その様なことが起こるのです・・・。

岸田内閣の仕切りにより、感動的なセレモニーへと演出された国葬が、多くの日本人にどの様な感覚の変化を生じさせるか?私には予想し切れません・・・。多分、その為の演出は、念入りに検討されている筈です。それこそ徹底的に!

そもそも国葬とは誰のためにするものなのでしょうか?今一度乱暴な決めつけを記すことをお許し下さい・・・。それは“現行経済の為”だと思います。宗教以上にカルト化しつつある、現行の経済システムの為にです!

その様な意味からも、アベの国葬などしてはならないのです。そして、それが一部の人々の極めてプライベートな欲求に過ぎないことを知らしめる為に、アベの国葬は“桜を見る会”ならぬ“国葬を見る会”であると強調したいのです!

2022年8月30日  川村茂樹

2022年9月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : o-yanagisawa

「十人十色」はアナーキー ―――「檻」の外にある自由

(弁護士 後藤富士子)

1 なぜ単色の「法律婚」を目指すのか?
 「選択的夫婦別姓」論と「結婚の自由をすべての人に」論に、私は強い違和感を覚える。
 「選択的夫婦別姓」論についていえば、婚姻により96%の女性が夫の姓を選択している現実が「女性差別」「女性にとって結婚の自由が保障されていない」という。だが、それで、なぜ婚姻によって姓を変更しないことが例外である「法律婚」を目指すのか?なぜ「選択的夫婦同姓」制度を標榜しないのか?「婚姻により姓を変更しない」という普遍的な制度を原則とし、「同姓」を希望する夫婦にはその選択を認める制度こそ、普遍的かつ個人の尊厳に基づく法律婚であろう。
 また、「結婚の自由をすべての人に」論は、「同性婚」という特別な制度を作るのではなく、異性間で認められている婚姻制度を同性間でも平等に利用できるようにとの趣旨であり、「婚姻平等」を問うているようである。でも、個人のセクシャリティは本来多様である。したがって、多数派と同じ婚姻制度を利用できなければ「差別」というわけではない。むしろ、「同性婚」の合法化の方が分かりやすいし、現実的であろう。
 結局、本来個人の多様性を基礎にした婚姻制度にしなければ解決できないのに、単色の「法律婚」を志向するところに根本的矛盾を内包しているように思われる。翻ってみれば、そもそも「法律婚」は国家が認定する婚姻制度なのだから、その枠組に参入することを忌避する個人がいても不思議はない。だから、優遇された「法律婚」を標榜する人は、私の目には「事実婚」差別主義者と映る。

2 外国の法制に学ぶ
 台湾でもかつては夫婦同姓制度であり、多くの女性が結婚により姓の変更を強いられていた。これが女性差別とされ、1998年、夫婦別姓を原則とする法改正がされている。
 本年6月に杉並区長になった岸本聡子さんは、日本でオランダ人パートナーとの間の長男を出産した。日本で婚姻していないのでパートナーと別姓であるが、仮に日本で法律婚をしたとしても、外国人のパートナーには戸籍がないから別姓になる。つまり、夫婦同姓制度の守備範囲は、夫婦のいずれもが日本国籍を有する場合に限定されている。その後、岸本さんはオランダへ渡り、パートナーシップ登録をした。長男が4歳になったときに結婚したが、夫婦別姓は当然で、自分の姓と夫の姓をふたつくっつけることもできるし、夫の姓に変える選択もある。日本では外国人が長期で住むには婚姻関係がなくてはならないために、日本に移住する場合に備えて結婚したのである。その後、一家はベルギーに移住するが、ここでもオランダと同様である。 (さらに…)

2022年9月28日 | カテゴリー : ⑩ その他 | 投稿者 : 後藤富士子

国葬を憂う 2 時事短歌2首

                         曲木草文

憲法も法も無視した宰相を 「勇気の人」と讃えし国葬

元帥を夢見ていたか霊柩車 防衛省のみ回りしは

「戦争の放棄」なしに「平和」は創れるか?

(弁護士 後藤富士子)

 参議院選挙で改憲派が3分の2を大幅に上回る議席を確保したことで、改憲発議に向けた動きが具体化されそうな情勢にある。ここで「改憲」というのは、自衛隊を憲法に明記する、安倍9条改憲論のことを取り上げることにし、この改憲を阻止しようという意思は「平和主義」つまり「平和の実現」を指向するということになる。
 そこで、「自衛隊が憲法に明記されると何が変わるか?」と問えば、憲法9条がある第2章のタイトルが、現在の「戦争の放棄」から「安全保障」に変わることを、まずもって指摘したい。それは、「安全の道を通って〈平和〉に至る道は存在しない」からである。
 これは、ドイツの神学者ディートリヒ・ボンヘッファー牧師が1934年に「教会と世界の諸民族」という講演で、「いかにして平和は成るのか」について述べた言葉である。続けて「平和は敢えてなされねばならないことであり、それは一つの偉大な冒険である。それは決して安全保障の道ではない。」「安全を求めるということは、自分自身を守りたいということである。平和とは、全く神の戒めにすべてをゆだねて、安全を求めないということであり、自分を中心とした考え方によって諸民族の運命を左右しようとは思わないことである。武器をもってする戦いには、勝利はない。神と共なる戦いのみが、勝利を収める。それが十字架への道に導くところでもなお、勝利はそこにある。」という。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)のである。
 私は、憲法9条の条文を守りたいのではない。平和を実現したいのだ。だからこそ、平和への道標である第2章と9条を変えたくない。それに、「安全保障」というのは、際限のない軍拡にすぎないし、誰が考えても、「安全保障」自体も叶わない。平和を実現するには、「戦争の放棄」が原点なのではないですか?

(2022年8月23日)

2022年8月23日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子
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