「大崎事件」再審の扉を閉じる最高裁の罪

1979年に発生した「大崎事件」の再審請求審で、2025年2月26日、最高裁は請求を棄却。殺人の主犯として10年間服役した原口アヤ子さんの再審への扉が四度最高裁によって閉ざされた。

事件の概要は、アヤ子さんの義弟が酒に酔って自転車で道路の側溝に転落し、通行人から連絡を受けた近所の人によって自宅に運び込まれ、翌々日遺体が牛小屋で発見された。解剖した医師は、死因を窒息死と推定し、他殺ではないかと鑑定した。(この医師は後に、義弟が自転車で側溝に転落した事実を聞かずに鑑定したとして、「鑑定は間違いだった。他殺か事故かわからない」と証言している)

事件を捜査した鹿児島県警は、当初から「面識のある者、あるいは、近親者による殺人事件」という見立てのもと、アヤ子さんが、いずれも軽度の知的障碍があり共犯者とされたアヤ子さんの夫(長男)、義弟(次男)、甥(次男の息子)に指示して、酒乱の義弟(四男)を保険金目的で殺害・遺棄したとして捜査。知的障碍という供述弱者3人を誘導して証言をとり自供させた。これに対して知的障碍のないアヤ子さんは終始関与を否定。しかし、それは認められず、4人の懲役刑が確定し服役した。

服役した4人は犯行を否定。アヤ子さんは再審請求し、次のような経過ををたどる。

1995年:アヤ子さんが鹿児島地裁に第一次再審請求

2002年:鹿児島地裁が再審請求決定。検察が不服申立し即時抗告

2004年:福岡高裁宮崎支部が再審開始決定取り消し。2006年:最高裁が特別抗告棄却

2010年:アヤ子さんが第二次再審請求

2013年~2015年:地裁、高裁、最高裁が請求棄却

2017年:第三次再審請求で地裁が再審決定。検察が不服申立し即時抗告

2018年:高裁が検察の即時抗告を棄却し再審決定。検察が不服申立し特別抗告

2019年:最高裁が再審決定取り消し

2020年:第四次再審請求

2022年~2025年:地裁、高裁、最高裁が請求棄却

 

上記下線部分の通り、大崎事件の再審請求においては、3度の再審開始決定判決が出ている。特に第三次請求審においては、新証拠の信用性を高く評価し、地裁・高裁が再審決定したにもかかわらず、最高裁は書面審理のみで下級審の決定を無視して取り消しているのである。少なくとも地裁・高裁が再審決定したということは、「疑わしきは被告人の利益」にすべき合理的な理由があるはずであり、人権救済の最後の砦とも言うべき最高裁の存在価値が問われてもおかしくない。何か政治的圧力があったとも勘繰られる。

今回の最高裁第三小法廷の判決では、5人中4人が賛成し、ただ一人、学者出身の宇賀克也裁判官は再審決定を支持した。彼の反対意見は非常に的を射ている。彼は「第四次再審請求審に提出された証拠のみならず、これまでの再審請求審に提出された証拠も含めて総合評価を行って結論を導いている」のである。

最高裁のホームページには、15人の裁判官が最高裁判事としての心構えを記している。そこには中立・公正な判断、広い視野、誠実等々、一般的なことを謳っているが、「疑わしきは被告人の利益に」や、「冤罪を生まない」などの言葉はない。司法が求めるのは「証拠を精査し、真実を追求する」ことであり、冤罪は晴らさなければならない。

袴田事件の再審無罪判決以降、再審法の改正議論が高まり、議員立法の動きもある。そこには、「検察の不服申し立て禁止」案も盛り込まれている。大崎事件にあっては、3度の再審決定がいずれも検察の不服申し立てで、結局冤罪が晴らされていないことは誠に残念である。

(2025年2月28日  栁澤 修)

2025年2月28日 | カテゴリー : ⑧司法 | 投稿者 : o-yanagisawa

元刑事裁判官、木谷明氏の死を悼む

栁澤 修

元刑事裁判官で、弁護士の木谷明氏が11月21日、86歳で亡くなられたとの報道がありました。裁判官現役時代に30件以上の無罪判決を出し、上級審でも逆転有罪がなかったという極めて稀有な存在であり、尊敬すべき方でありました。

木谷さんの著作や講演を読み聞きした中で、彼の事件審理に対する対応が何故他の裁判官は取れないのかと思ってしまいます。

裁判官も検事も司法官僚と化してしまった現在の法曹界。そんな中にあって、30件以上の刑事裁判で無罪判決を出した稀有な裁判官である木谷明氏。父親が数々の有名囲碁棋士を育てた木谷實氏で、学校も東大法学部。「無罪を見抜く 裁判官・木谷明の生き方」という、彼の長時間インタビューをまとめた著作の中に名前が出てくる先輩・同僚・後輩裁判官の肩書が最高裁長官や最高裁判事、高裁長官など錚々たる方達と仕事をしてこられ、その実績から言っても、高裁長官や最高裁判事になってもおかしくない方だと思うのですが、司法官僚にとっては、検事に逆らって無罪判決を数々出したことで、最高裁事務総局から恨まれたのでしょうか、水戸地裁所長が最高ポスト。彼のような無罪を見抜く力のある裁判官が、出世できなかったことが残念です。本人は特に出世云々は語っていません。現場一筋の人生が好きであったことも事実なのでしょう。

それにしても、なぜ木谷裁判官のような勇気ある裁判官が少ないのか。否認事件にあっては徹底的に裁判官自らが調査もし、証人尋問も行い、真実を確かめることは当然なのですが、それをやっていないのが今の裁判所。ただ、数をこなせ、事件をためるなでは、裁判所の本来の役目を果たせないことはわかっているのでしょうが、どうせ一審で無罪にしても高裁、最高裁ではひっくり返されるのが常態となってしまった中では、やる気が起きないのか。木谷明さんのような貴重な裁判官がいてこそ、冤罪者にとっては裁判所が最後のよりどころとなるはずが、官僚裁判官では、その希望は風前の灯火としか言いようがありません。第二、第三の木谷裁判官の出現が待たれます。

(2024年12月1日)

伊部正之氏報告レジメ批判

福田玲三

完全護憲の会ニュース124号の第10頁に次の記事がある。

 「5月26日に開催された『三鷹事件から75年 事件の真相究明と再審開始決定を求めるシンポジウム』主催:三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会」の参加報告を鹿島委員が行った。要旨は以下の通り。

  ……福島大学松川資料館開設に尽力された伊部正之氏(福島大学名誉教授)は、『アメリカ単独占領下の情勢について』報告し、『三鷹事件』は終戦後、GHQ・連合国総司令部の当時下で、国鉄が95000人・首切り合理化、労使紛争の下における謀略事件として発生したことを詳述した。」

 5月26日当日、筆者(福田)は母校大阪外語訪問の予約があって、東京のこのシンポに欠席したので、シンポに出席した鹿島委員から、当日配布された伊部正之氏の報告レジメ(「戦後謀略事件の背景―アメリカ単独占領下の日本」)を見せてもらった。この報告レジメはA4版20頁に及んでいるが、その中に見逃し得ない個所がある。それは11~12頁に掲載されている下山事件についての項目だ。この項目は次のように結ばれている。

 「NHK・BS『未解決事件・下山事件』完全版(2024)……新たな事実も発掘

  田口滋夫(読売新聞記者)『下山事件』……正式タイトル未定

   伊部も協力惜しまず(詳細略)  →2024年夏発刊予定(中央公論新社)」

 この「NHKスペシャル 未解決事件 下山事件」は第1部ドラマ、第2部ドキュメンタリーとして、さる3月30日に放映され、さらに4月29日に再放映されている。

 この「NHKスペシャル」の結論は「他殺」であり、誰が殺したかは、さまざまな情報を集めて右往左往し、結局は迷路に踏み込んで出られず、お手上げしている。

 しかし、国鉄総裁下山定則氏の轢死は物的証拠により自殺であることが明らかだ。

 他殺説のすべては東京大学法医学教室による死後轢断という鑑定に寄っている。

 ところが東大法医学教室主任の古畑種基は弘前事件、罪田川事件、島田事件、松山事件で誤った鑑定を生み、その著『法医学の話』(岩波書店)は出版停止、ついで絶版とされた。

 その後、交通事故にかかわる法医学は格段に進歩し、北海道大学の錫谷徹氏は下山総裁が立ったまま機関車に激突、絶命したことを明らかにしている。

 下山総裁が初老期のうつ憂病によって自殺に至った事情について、私は『地域と労働運動』誌289(2024年10月号)に詳述し、それを本稿に添付したので、関心のある方は一覧されたい。

 伊部正之氏は福島大学内に設置されている松川資料室や松川運動記念会の世話に当たっていただいているようだが、今回の報告レジメには思いもよらぬ偏狭、セクト性のある記述が見られる。佐藤一氏は松川事件被告団の実質的な団長のような役割を果たされた方だが、この佐藤氏がその妄言の対象になっている。

 私は松川事件対策協議会の会長・広津和夫、同事務局長・小沢三千雄氏に師事し、ほとんどすべての松川運動史に引用されている「東京都松川懇談会のなりたちと要綱」の起草者として、伊部氏報告レジメの記述に反論しないわけにはいかない。

 伊部氏が振りまこうとしている妄言は、松川の名を掲げて松川運動の心とは正反対の偏狭性を表明していると。その筆致からすると、これは一部セクト的潮流の見解を代弁しているようにも見える。心ある人は『勝利のための統一の心』(小沢三千雄私家版、1979年刊)を読んでみてほしい。いかに松川運動の心が汚されているか、地下における両師の嘆きが聞こえるようだ。しかし真実は不変だ。いつか暗雲が去れば太陽は輝くだろう。

NHKスペシャル未解決事件下山事件

☝をクリックして表示されるWord文書を開いてください。

 

2024年10月18日 | カテゴリー : ⑧司法 | 投稿者 : 福田 玲三

憲法14条「法の下の平等」は未だ達せられず

2023年2月27日、大阪地裁で、聴覚支援学校に通学していた井出安優香さん(当時11歳)が、2018年に重機にはねられて死亡した事故の損害賠償訴訟の判決があった。両親は健常者と同水準の逸失利益を求めていたが、判決は全労働者の平均賃金の85%というものであった。聴覚障害というハンデを、裁判官は差別の対象としたのだ。

憲法14条第1項は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と謳う。この条項後段には、確かに障害の有無云々は記されていないが、本旨は前段の「すべて国民は平等」でなければならない。まだ11歳で無限の可能性があり、労働環境がリモートワークの普及など、こちらも無限に改善する可能性がある今日、聴覚障害があるからと言ってなぜ15%減額しなければならないのか。こうした判決がまかり通る限り、日本では障碍者差別がなくならないし、男女の経済的差別もなくならない。何よりも、障害を持つ子供たちの自己否定感の増幅にもなりかねない。

アメリカ同時多発テロで亡くなった方の遺族への補償を扱った映画「ワース 命の値段」が今公開されているが、命の値段は収入の高低で決まるものではないことが語られる。お金を右から左に動かして大金を稼ぐ人と、20人の命を救った消防士のどちらの命が高いかなんて、誰も決められないのだ。

「過去の裁判よりも高くしてあげたよ」的な裁判官の思考回路は、今の世の中では通用しないと言いたい。

2023年3月2日 柳澤 修

最高裁の限界が露呈された「原発事故に国の責任なし」

3.11東日本大震災で福島第一原子力発電所が全電源喪失という未曽有の事態となり、1号機から4号機が危機的状況になった事故から11年が経過。福島県民はその間多大な被害を受けてきたが、その被害に対する損害賠償は東電が国の支援を受けて行っている。これに対して、被災者が国の責任を求めていた4件の集団訴訟の最高裁判決が6月17日にあり、最高裁は国の責任は認めない判決を下した。

判決の要旨は、政府機関が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づいて東電が2008年に実施した試算と比べ、東日本大震災の津波は規模が大きく、襲来した方角も想定と異なったと指摘。「国が想定に基づいて東電に対策を取らせても、大量の海水が主要建屋に浸入して同様の事故が起きた可能性がある」というもの。

国が国策として電力会社に原発をつくらせ、経産省及び原子力安全保安院という組織が深く関与していた背景も顧みず、ただただ民間の電力会社に責任を押し付けるのが正しい選択ということを判例として残してしまったことになる。ちなみに4件のうち3件の高裁判決では国の責任が認められていたのであるから、残念ながらこれが最高裁の限界と言わざるを得ない。官民挙げて「安全神話」を作り上げてきたにもかかわらず、いざ事故が起こればすべて電力会社が悪く、国には責任がないという論理を最高裁は容認する結果になった。

日本の裁判所、特に最高裁は「統治行為論」、すなわち「国家統治の基本に関する高度な政治性」を有する国家の行為については、司法審査対象外としているのが実態。これは憲法81条の「法令などの合憲性審査権」を放棄しており、これ自体違憲なのだが、原発問題のような、国が積極的に関与してきた政策は政治性が強く、これに沿った判断しかできないのが最高裁の限界。「国策」として官民一体で進めてきた原発政策に対しても、まともな審判ができないのだ。したがって、津波予想に応じた高さの防潮堤を造っていても、事故は避けられなかったという単純な結論になっている。

第2小法廷の4人の裁判官のうち、検事出身の三浦裁判官だけは国の責任を認めたが、他の3人の多数意見だったとのこと。草野・岡村両判事は多彩な経歴があるので期待したが、裁判官出身の菅野裁判長に引っ張られたのか。

いずれにせよ、国の責任を認めない判決しか出せない最高裁がある限り、日本における法の支配はまだ闇の中だ。

2022年6月20日  柳澤 修

2022年6月20日 | カテゴリー : ⑧司法 | 投稿者 : o-yanagisawa

選挙演説での「ヤジ排除裁判」で憲法違反判決

2022年3月25日札幌地裁は、2019年の参議院選挙の応援演説をしていた当時の安倍首相に対して、「安倍辞めろ」「増税反対」などのヤジを飛ばした男女が、北海道警の違法な排除を受け、憲法に保障された「言論・表現の自由を侵害された」として道に損害賠償請求した訴訟の判決で、原告の訴えを全面的に認め、88万円の賠償を命じた。

判決は表現の自由について「民主主義社会を基礎づける重要な権利であり、公共的・政治的表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されるべきだ」と指摘。原告らのヤジは公共的・政治的表現行為だと認めた。さらに、警察官らは原告らのヤジが安倍氏の演説の場にそぐわないものと判断して「表現行為そのものを制限した」と結論づけた。

今国際社会の関心はウクライナ戦争で、特にロシアでは「戦争反対」を叫ぶこともできない「表現の制限」社会となっており、日本もまた太平洋戦争中は極端な「表現の制限」を経験した。また現在でも日本の表現の自由度は国際的にも低ランクと言われる中、至極真っ当な判決ながら、大ニュースにならざるを得ない現状である。

この判決の新聞社のネット報道を見ると、朝日、毎日、東京などは専門家の意見を載せるなど大きく扱っているが、読売は事実のみ、産経は記事さえ見つからない有様で、新聞社が最も関心を寄せなければならない政権批判などの「表現の自由」に対する矜持が全く感じられないのは残念としか言いようがない。

なお、排除された原告は警察官7名を刑事告発していたが、札幌地検は違法性はなかったとして不起訴処分としていた事件。全国の警察はこの判決を重く受け止めるとともに、地検の不起訴処分を根拠に、間違っても控訴などしてはならない。

2022年3月26日 柳澤 修

旧優生保護法で不妊手術強制 初めて国に賠償命じる大阪高裁判決

緊急警告055号「旧優生保護法による人権侵害被害者への国家賠償を実施せよ」で、当会は「除斥期間」という国家賠償請求訴訟の高い壁を、当該悪法の被害者に適用すべきではないと訴えたが、2022年2月22日、大阪高裁が除斥期間を適用すべきではないという初めての判断を示し、国に対して2,750万円の賠償を命じる判決を下した。

訴えていたのは、近畿地方に住む男女3人で、一審の大阪地裁は除斥期間を理由に国賠を却下されていたが、大阪高裁の太田晃詳裁判長は、「除斥期間の適用をそのまま認めることは著しく正義・公平の理念に反する。適用の制限が相当」などと指摘し、除斥期間が過ぎていることを理由に請求を退けた一審判決とは、異なる結論となった。

これまで6件の一審判決は、いずれも除斥期間を理由に原告敗訴となっていたが、今回の大阪高裁の判断こそが「正義・公平」であり、国は上告を断念し、広く被害者への手厚い補償を行うべきである。

2022年2月23日 | カテゴリー : ⑧司法 | 投稿者 : o-yanagisawa

国会と司法が試されるとき

「桜を見る会前夜祭」で、安倍前首相の事務所が会費を補填していたことが、東京地検特捜部の捜査で明らかになった。そもそも都内一流ホテルで会費5,000円、領収書は参加者個人にホテルが発行、明細書も何ももらっていないなど、信じがたい国会答弁を繰り返してきた前首相だが、すべてが虚偽であったことが白日の下にさらされつつある。こうした国会や国民を馬鹿にした答弁を繰り返してきた前首相がとる戦術が、「秘書が独断でやったことで、知らなかった」であることは容易に想像できる。そして、検察は「政治資金規正法も公職選挙法も不起訴」とする方向との報道も取りざたされる。果たしてそれでいいのか。国会は国民の負託を受けた国権の最高機関であるが、国会及び国民は行政の最高権力者の嘘に1年近く騙され続けてきたのである。

野党は国会で安倍前首相の証人喚問を要求しているが、菅首相もまた同罪であることから、前首相の負の遺産を見事に継承し、国会を愚弄した答弁を続けるだけで、全く信用できない存在。

しかし、かつてはリクルート事件で中曽根元首相、佐川急便事件で竹下元首相が証人喚問されたこともあり、自民党政権時代であっても、首相経験者の証人喚問の実績がある。自民党議員もこの1年間騙されてきたこと、そしてモリ・カケ・サクラ・定年延長など、数々の政治の私物化疑惑のある安倍前首相の証人喚問に応じることは、国会議員の矜持を示す時でもある。行政監視機関としての国会の機能が試されている。

そして検察・裁判所の対応である。かつて政界のドンと言われた金丸信が、5億円の闇献金問題が明るみになったが、東京地検特捜部は金丸に事情聴取もせずに略式起訴し、東京地裁が20万円の略式命令をしたことから、その刑罰の軽さに関して司法が世論の大反発を受けたことがあった。その反発を受け、その後検察は脱税で金丸を逮捕・起訴せざるを得なくなった。今回安倍前首相を不起訴にするような判断は決して許されるものではない。

安倍前首相は9月に体調不良で突然辞任したが、最近はすこぶる元気だったとのこと。現役首相で前夜祭問題の真相が発覚することを恐れたための辞任とも推測される。安倍前首相には、議員辞職という形で政治責任を取ってほしいものである。

2020.11.29 栁澤

河井夫妻事件を法と正義に基づき裁いてほしい

河井克行前法務大臣と妻の案里参議院議員が、通常国会閉会後の6月19日、案里氏の参議院選挙における公職選挙法違反容疑で逮捕された。多額の現金を選挙区広島県の首長や自治体議員、支援者など、100名近い人に配ったことが報道されており、現に受領したことを公表して、辞職した人もいる。時期的に見て、選挙協力依頼の為と誰もが推測できる。自民党から1.5億円の多額の資金を提供されていたこともわかっており、お金は余るほどあったことは間違いない。

検察は、今のところ現金をもらった収賄側の首長や議員などは起訴しない方針と言われる。これを聞いて思い出したのが、志布志事件である。

17年前の2003年、鹿児島県議選で鹿児島県警が捏造し、鹿児島地検が加担した志布志事件。数万円の金銭のやり取りや焼酎等飲食接待を捏造して、立候補して当選した中山信一県議と妻が贈賄、志布志地区の住民11名が収賄罪に問われ、長期の拘留による人質司法で6名が自白し、これを唯一の証拠に検察が起訴。鹿児島地裁の公正・正当な判断で無実となった公選法違反事件。こんなちっぽけな事件で収賄したとされる住民が起訴されたのに、河井事件での収賄側は不起訴。志布志事件で、身に覚えのない罪で苦しんだ方から見れば、許容できるものではない。常習賭博麻雀容疑で告発されていた、検察NO.2の東京高検検事長だった黒川弘務氏も不起訴となり、検察の判断に首を傾げざるを得ない。日本の刑事司法の正義はいったいどこにあるのか?

検察庁法改悪案には、国民がSNSで大きな声を上げ、巨悪追及に対する検察への期待感が示された。河井事件で中途半端な追及は決して許されない。

1.5億円の政治資金の原資と使途を含めて、検察と裁判所は、法と正義に基づいて、公正に裁いてもらいたい。

2020.07.12

柳澤 修

「法曹養成制度」としての「法科大学院」――日本の弁護士はなぜ「統一修習」にしがみつくのか?

(弁護士 後藤富士子)

1 「司法試験」と「法曹養成」の関係
日本では、法科大学院が創設された前後を通じて、司法試験は司法修習生採用試験であり、法曹養成の基本は「統一修習」に委ねられている。それは、司法試験受験資格として体系的な法学教育を受けたことを要件としないことからも明らかである。ちなみに、法曹養成制度として法科大学院が創設されたにもかかわらず、統一修習制度を維持したために、司法試験を法曹資格試験とすることができず、移行期の旧試験、その後の予備試験というバイパスを設けたことによって、法曹養成制度としての法科大学院の存在意義は決定的に減殺されることになった。現状をみると、法科大学院は、司法修習生に採用されるためには「無駄」でしかなくなっている。翻って、法科大学院を法曹養成の基本制度にするなら、統一修習を廃止しなければならなかったのだ。 続きを読む

2020年7月7日 | カテゴリー : ⑧司法 | 投稿者 : 後藤富士子