沖縄県主催シンポジウム「日米地位協定の改定に向けて」に参加しました。

沖縄県主催シンポジウム「日米地位協定の改定に向けて」に参加しました。参加者500人(主催者数字)、パネラーの顔が確認できない程遠い広い会場が満席でした。

先ず、玉城沖縄県知事による「他国地位協定調査」の報告。
数年かけて調査したもの(資料1欧州、資料2オーストラリア・フィリピン、資料3韓国)を、限られた時間の中で、早口で一気に熱意を込めて報告されました。この資料1、2、3は沖縄県ホームページの地位協定ポータルサイトからダウンロードできます。項目別に比較でき、日本がどれほど酷い状況にある明白です。https://www.pref.okinawa.lg.jp/…/1017465/1017466.html
次にzoomでレオナルド・トリカリコ氏のお話。
トリカリコ氏は元イタリア空軍参謀長、現NATO第5戦術空軍司令官で、伊米地位協定交渉のイタリア側担当者だった。「条文を変えたわけではなく、国民の怒りの声をバックに、少しずつ運用の改善を実現して来た。」ことを強調されていました。
最後は、パネルディスカッション。

玉城知事以外の登壇者が若い。最年長のフリージャーナリスト布施祐仁氏でも48才。平和問題というと高齢者ばかりという現実を見ているので、ここに惹かれてこのシンポジウムを申し込んでいます。

川名晋史教授(40代半ば)は「他の学問は外国の先例がある。このテーマ日本独自の問題。孤独になる。若い研究者もいる。このように多くの人が関心を持っていることは彼らの励みなる。」と。

沖縄出身の三宅千晶弁護士(30代)は、この若さで日米合同委員会担当官僚とやり合ってきた。開示請求拒否の理由がアメリカのノーだと言われ、ノーの文書を見せろ、文書ではないメールだった、メールを見せろ、メールもなし、で黒塗りがいっぱいあったけれど開示はされたそう。日本の官僚はアメリカの意向を確認せず、忖度なのかサボりなのかアメリカがダメだと言ってるからダメなんだと門前払いして来たのかもしれない。トリカリコ氏が言ったように国民が怒りの声を上げ続けなければ何も変わらないということだろう。

このシンポジウムを企画コーディネートを担当した猿田佐世氏も40代、新外交イニシアティブ(ND)の代表です。彼女の企画、コーディネートは宣伝、参加申込み受付、申込者への前日の確認メール、当日の現場設営、運営、マスコミ取材手配、終了後のアンケート回収(配布されたアンケート用紙のQRコードでスマホで答えてくれ、「手書きを入力するのが大変なんです」とアナウンスしていた)までの一切を請負っているよう。玉城知事は当日朝の飛行機で上京したそう。

知事は「沖縄の基地は今も増えている」と。日米安保条約は全土基地方式であり、つまり、米軍の占領状態であり、日本の許可なしに何時でも、何処にでも基地にできうる。今は宿舎需要ではあるか、不動産屋に基地用地求むという広告が出ており、地主がOKならすぐに米軍基地になると。

最後に、フィリッピンがアセアン加盟国であり、アセアン諸国と連携してフィリッピンに有利な地位協定に成功しているということから、沖縄はどう考えているかという質問に対し、知事は、アメリカが沖縄の基地能力の一部を移転する計画があるグアム、ハワイ、オーストラリア、サイパン、テニアン、北マリアナ諸島と連携していきたいと。

安保も地位協定も日米関係の問題なのに、沖縄だけに頑張らせているようで心が痛みます。政府が沖縄側に立ちアメリカと交渉する覚悟がありさせすれば、辺野古の裁判も違う結果になったはず。沖縄県外の国民が声を上げてこなかったのが原因ではないかと確認させられるセミナーでした。

終了後、猿田ND代表の声と思うが、今日の500人が10人に伝えてくれれば5,000人に、5人でも2,500人に届く。よろしくと言ってました。
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