渡辺眞知子(カンパーランド長老キリスト教会 海老名 シオンの丘教会員)
2023年6月マイナンバー法等の一部改正法案が可決、成立し、国民皆保険制度のもとで発行・交付が義務付けられている健康保険証は、任意取得のマイナンバーカード(以下マイナカード)と一体化されることになった。2024年12月2日からは現行保険証の新規発行が停止され、マイナカードを持たない被保険者には、資格確認書が発行される。資格確認書の有効期限は保険者によって1年から5年と異なるが、当面職権により交付される。
マイナカードの有効期限は10回目の誕生日(未成年者は5回目)までだが、カードに付いているICチップの電子証明書の有効期限は年齢を問わず5回目の誕生日までで、共に自治体に出向いての更新手続きが必須である。手続きを怠れば保険証としての利用ができず「無保険」状態になり、国民皆保険制度は脅かされ、国民の生存権(憲法25条)は棄損される。
マイナカードに保険証機能をひも付けたマイナ保険証の利用登録者は、2万ポイント付与のキャンペーン効果もあり2024年11月末で7,874万人、マイナカード保有者の82.6%となった。が、この間深刻なトラブルが続出し、ずさんな個人情報管理が明らかになったことにより、マイナ保険証の利用率は2024年11月時点で18.52%と低迷している。
今回の深刻なトラブルは単なる人為的ミスではなく、制度ごとに異なる個人を特定する仕組みを、そのまま強引にマイナカードに紐付けたことにより起こった。銀行口座の「氏名」は「カタカナ」表記で、マイナンバーに登録されている氏名は「漢字」のみ、戸籍は漢字表記で読み仮名がない。住民票を編成した住民基本台帳の氏名表記は自治体によって異なり、フリガナがあるとは限らない、等々である。
政府は急きょ戸籍法を改正し、これまで記載がなかった氏名の「読み仮名」を必須とした。改正戸籍法は2025年5月に施行され、全国民が施行後1年以内に、氏名の「読みカナ」を本籍地の市区町村に申請する必要がある。1年以内に届け出がなければ、読みカナは職権で記載される。山崎は「ヤマザキ」「ヤマサキ」、小山は「コヤマ」「オヤマ」の読みがあるように職権でどこまで正確に記載できるのか、作業は膨大であり正確さは担保されていない。
政府はトラブルの総点検をすると言うが、それぞれの仕組みを変更せず総点検をしたところで、トラブルは発生し続ける。発行数8千万を超えるマイナカードの29分野にわたる点検作業は自治体に過大な負担を強いている。
「マイナンバー」のルーツである「国民総背番号制」(1960年代後半~)は、1988年に頓挫し、2002年開始の住基ネットは、住民票コードを附番する市区町村が次々に離脱したため2015年に新規カード発行が停止されている。
国が個人番号を付番し、地方自治体の判断でシステムから離脱できないようにしたのがマイナンバー制度である。健康保険証とマイナカードの一体化により、任意取得のマイナカードは事実上義務化され、「デジタル改革関連法」(2021.5)が進める全国民の個人情報の一元管理と、個人データを政府が自由に利活用できる体制が整えられた。
マイナカードのような国民ID(身分証明書)と健康保険証を一体化している国は、先進7カ国(G7)の中では日本だけであり、世界では共通番号から分野別番号への移行が主流である。米国では社会保障番号(SSN:Social Security Number)でのなりすまし等の被害が深刻化し、国防総省は2012年に国家安全保障対策上のリスク回避のためSSNから離脱し、独自の分野別番号への一斉転換・利用に踏み切った。また独、仏では行政分野ごとに異なる番号を用いて行政事務が行われている[i]。
マイナンバー制度を強力に推進してきたのは財界である。マイナカードには12桁のマイナンバー(個人番号)とは別に、カード裏面のICチップに搭載された電子証明書のシリアル番号が存在する。このシリアル番号はマイナンバーと同じように個人を特定できるが、マイナンバーのように厳しい利用制限はなく民間企業にも開放されている。大手メディアが保険証廃止について「いったん立ち止まれ」と報道する中、経済同友会代表幹事は当時の岸田首相に「健康保険証廃止の期日を守れ」と要求した。 医療ビッグデータの利活用は世界中で進められており、経産省の調査報告書[ii]によれば、デジタルヘルスケアにおける市場規模は2016年で約25兆円、2025年には約33兆円になると推計されている。
高齢者や障害を持つ人等マイナカードの取得や管理が難しい人への対処方法は、未だに示されていない。マイナ保険証の本人確認は、「暗証番号」又は「顔認証」で行われるが、視覚障害を持つ人は、顔認証はできず暗証番号の入力は困難である。施設で暮らす人の健康保険証は施設側で一元管理されることが多いが、マイナ保険証は情報漏洩等のリスクがあり施設側も二の足を踏んでいる。
また、1年以上保険料を未納した場合に発行される短期保険証は廃止され、保険料未納者が3カ月間だけ3割負担で医療を受けることはできなくなった。2023年度の短期保険証利用者は37.8万世帯で、今後これらの人々の医療へのアクセスは困難を極める。加えて健康保険証の代わりになる資格確認書がいつまで発行されるのかは不透明で、不安は払拭できていない。
昨年12月、政府は医療や金融等幅広い分野での個人情報の利用拡大を議論する「データ利活用制度・システム検討会」の初会合を開いた。EUの個人情報保護法(GDPR)のように、個人が特定されない権利を明記した個人情報保護制度のない日本では、個人情報が企業の儲けに使われる可能性は払拭できない。
強引なマイナ保険証推進政策により国民の健康と命が犠牲になることなく、世界に誇る国民皆保険制度が存続していくようにと、私は祈り続ける。
[i] 「諸外国における共通番号制度を活用した行政手続のワンスオンリーに関する取組等の調査研究」報告書(概要版)2022年5月 アクセンチュア株式会社
[ii] 第1回新事業創出WG事務局説明資料 2021.1.29 (経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/shin_jigyo/pdf/001_03_00.pdf