<本の紹介>『労働組合とは何か』木下武男著(岩波新書・新刊、900円+税)

 福田玲三  

 新聞広告に『人新生の「資本論」』著者斎藤幸平氏の推薦「労働組合は死んだ。だが、その再生こそ民主主義再建には必要だ。必読の一冊」とあった。それに惹かれて読んでみて、内容は期待を超えた。
  本書は3部に分かれている。第1は労働組合の歴史、第2は労働組合の目的、機能、方法であり、第3は労働組合の未来だ。
 第1には、歴史編1「ルーツを探る」2「職業別労働組合の時代」3「よるべなき労働者たち」4「アメリカの経験」5「日本の企業別組合」がある。
 第2には、分析編1「労働組合の機能と方法」2「ユニオニズムの機能」がある。
第3には、分析編3「日本でユニオニズムは創れるのか」がある。
労働組合の目的は労働条件の向上であり、労働者の競争を規制する機能でこれを実現し、その機能を3つの方法を使って果たす。これが「本当の労働組合」である。
一時期、総評による華々しい労働運動の高揚は次の3つの運動でもたらされた。  第1は春闘の展開、第2は官公労の運動、第3は国民的政治課題の運動である。(187p.)
 しかし1956年に定着した春闘の陰で労使関係の地殻変動が進行した。大企業労働者の企業主義的統合と、それを基盤とした労働組合の労使協調への転成だ。1975年は戦後労働組合運動の最大の転換点となる。
 この年、労働運動側は2つの歴史的敗北をなめた。1つは春闘の敗北。政府と日経連の提起した「賃上げ自粛」に民間大企業労組がつぎつぎに賛同した。今1つは公労協のスト権ストの敗北である。
 1973年と79年の2度のオイルショックを経て、労働戦線の統一を旗印に、労使協調的な組合がついに一国のナショナル・センターの主導権を獲得するにいたった。すなわち1989年に総評が解散し、企業別労働組合主義の連合が結成された。
 日本における労働運動の解体はくい止めなければならない。そのためには戦後労働運動の負の歴史、企業別組合主義と完全に決別することだ。労働運動の衰退の淵に立って、そして過去の歴史と断絶した地点から、あらたなユニオニズム(産業別の本当の労働組合)を展望することだ。(205p.)
 1992年、バブルの崩壊とともに、かつてない悲惨な3つの現象(貧困・過重労働・雇用不安)が生まれた。
 日本的労使関係は、年功賃金・終身雇用・企業別組合を3本柱にしている。このうち年功賃金と終身雇用の慣行を経営側が廃棄した。
    すなわち、2000年代に入ると経営者側は、終身雇用制を捨て、希望退職の名目で従業員の大リストラをはかった。他方で期限を区切った非正社員を大々的に雇用した。労働市場には職を求める者たちであふれている。
 日本的雇用慣行の賃金と雇用の保障は、企業に居ることによって受けることができる。そのため退路を断たれた従業員たちに、経営側は長時間労働を課す絶大な指揮命令権と、単身赴任や人員削減などの専断的人事権を持つことができる。(221p.)
 「逃げられない世界」は、過酷な加害システムとして働く者を傷つけ、過労死・過労自死や「引きこもり」を生む。
 ユニオニズムの創造は、転職可能な労働市場をつくることで、この加害システムを打ちこわすだろう。
 ユニオズムの創造によって、家族形成可能な賃金や企業による人格的な支配のない労働、転職可能な横断的な労働市場での雇用保障、これらを日本社会で実現できる。(223p.)
 日本の労働組合は大企業労働者や公務員など比較的恵まれた労働者のところにある。それとは逆の下層労働者が、しかも産業別労働組合を立ち上げる貴重な挑戦が日本にある。関西における生コンクリートを運ぶ労働者たちだ。彼らが産業別労働組合を切り開いた道筋は、日本のユニオニズム創造が不可能ではないことを教えている。
 生コン労働者は1965年に関西地区生コン支部を結成し、この労働組合が産業別労働組合に成長してゆく。 1980年に東京生コン支部が結成され、全国的には77年に運輸一般の全国セメント生コン部会が確立し、全国指導部をもつ業種別部会へと発展した。
 この関生型運動の広がりは経営側を震撼させた。弾圧は82年から始まった。関西での不当逮捕につづいて東京でも「恐喝罪」として東京生コン支部の3名を逮捕した。
 2005年、またしても弾圧。「強要未遂」「威力業務妨害」として武健一委員長を始め7名の支部役員が逮捕された。武委員長は第一次弾圧では拘留はニ三日だったが、第二次では一年におよんだ。
 2017年12月、貯蔵出荷基地から生コン企業に輸送する運賃値上げのストライキを関生が行った。これに対して2018年7月から11月まで、のべ89名が逮捕され、71名が起訴された。いずれも組合員の要求が「恐喝未遂」、ストライキが「威力業務妨害」とされた。
 ふりかえれば、1897年設立の「労働組合期成会」による職業別組合を日本に移植する試みは挫折した。ついで戦前、産業別組合を確立する運動は1921年の川崎・三菱造船所の争議敗北で終わった。戦後、全日本自動車産業労働組合による産業別組合をめざす志は1953年の日産争議の敗北でついえた。
 そして1965年に結成された関生支部は70年代に日本に一般組合を形成する運動のなかで成長し、幾多の試練をへて今、産業別組合として存在する。このことは、「本当の労働組合」を確立する4回目の挑戦において勝利したことを意味する。
 だが、その勝利は危うい。産業別組合であるがために弾圧される。この危機を見過ごしてはならない。支配的な企業別組合のあり方もまた問われている。(249p.)
 流動的労働市場で働く「非年功型労働者」を下層労働者と呼ぶならば、そのような労働者は「下層」であるがゆえに、ユニオニズム創造の主役になる資格をもっている。現に欧米の産業別組合・一般組合は下層労働者によって構成されている。
 今の日本で起きている多くの人の離職、転職、泣き寝入り、パワハラ離職、パワハラによる引きこもりなどは反抗に行きついていない。しかし集団的反抗の門口にあると見てよい。
 自然発生的な運動エネルギーの大きな蓄積と旧来型労働組合の守旧性、このあいだの巨大なギャップこそが現局面の焦点である。(277p.)
 2000年以降の経験の蓄積は「非年功型労働者」につぎの論法を受け入れさせている。①会社にいても生活は良くならない、②転職しても変わらない、③それならユニオンで闘う以外にない。
 戦後すぐの労働運動は燎原の火のようにひろがった。それは企業別組合というあだ花を咲かせた。今は形を変えユニオニズムが芽生え、花咲く時代を迎えようとしている.火の勢いは自覚的意思で結ばれた活動家集団の勢力いかんにかかっている。
 今、ユニオン運動を支える労働者、学生、退職者などのボランチアがたくさんいる。さらに多くの人々がこの流れに合流するならば、ユニオニズムの創造と日本社会の根本的な変革は可能であろう。(278p.)

 以上が本書の荒筋で、当面する労働社会の局面を見事に分析している。この局面をとらえ社会を根本的に変革する運動の過程に、立ち会いたい願いに筆者は燃えている。