(弁護士 後藤富士子)
1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ』 欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、こうした左派の『気づき』がより切実に必要なはずだ」というフレーズ。これだけで「読みたくなる」ではないですか?
私は、学生時代に社会学を専攻したせいか、松尾匡さんより北田暁大さんやブレイディみかこさんの発言に共感するところが多かった。とりわけブレイディさんの「地べたに根差した」議論に共鳴し、彼女の『子どもたちの階級闘争』を一気に読んでしまった。保育士である彼女は、「底辺託児所と緊縮託児所は地べたとポリティクスを繋ぐ場所だった。だけどそれは特定の場所だけにあるわけではなく、そこらじゅうに転がっているということをいまのわたしは知っている。地べたにはポリティクスが転がっている」と結んでいる。なお、『労働者階級の反乱―地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)も興味深い。
2 『そろ左派』の第1章の最後に「リベラル」と「レフト」という議論がある。ここでもブレイディさんの発言が面白い。彼女の11歳(当時)の息子が父親(彼女の夫)に「レフトとリベラルってどう違うの?」と訊いたら、父は「リベラルは自由や平等や人権を訴える金持ち。レフトは自由と平等と人権を求める貧乏人。だからリベラルは規制緩和や民営化をするんだ」と説明したという。納得!
また、トランプ現象に衝撃を受けたナオミ・クラインは、2017年にベストセラーになった『No Is Not Enough』で「NOと言っているだけではリベラルや左派は勝てない」と悟り、これからは「反〇〇」みたいなネガティヴなやり方ではダメだ、人びとを惹きつけるようなポジティヴなヴィジョンを打ち出さなければいけないと気づいたという。ブレイディさんのこの発言に続いて、北田さんは、そろそろ左派は「自民党にNOという自分たち」という他律的なアイデンティティを捨てて、庶民の物質的な―広義での―豊かさを追求するという原点に戻ったほうがいいという。
3 第2章では、「緊縮/反緊縮」の対立についての議論。財政破綻したギリシャで「EUが変わらなければ、借金を踏み倒すことも辞さない」という態度で財務大臣に就任したヤニス・バルファキスは経済学者で、ヨーロッパ中央銀行の意向を変えられれば、ギリシャは財政破綻を起こさずにすむことを知っていた。「反緊縮」は、「国の借金を返すために、民衆がこんなに苦しまなければならないなら、借金なんか返さなければいい!」「財政均衡をするために人を殺していくのか」というところから出ている。ノーベル賞経済学者で『世界の99%を貧困にする経済』などの著書で知られるジョセフ・スティグリッツは、「緊縮こそが欧州の禍の種なのだ」と述べている。
この議論で思い出すのは、「100年安心」の年金制度を守るためのマクロ経済スライドによる年金削減で「老後2000万円必要」という話。年金受給者が困窮して生きていけなくなる中で「年金制度」を守ることにどういう意味があるのか。人のためにあるはずの制度が、人が生きることを支えられないという矛盾。この地べたの現実を見てなお「財政均衡」とか「緊縮」を主張する人を、私は信用しない。
なお、政権が緊縮容認に転じたことで財務大臣を辞任したヤニス・バルファキスの近著『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい 経済の話。』(ダイヤモンド社)を紹介したい。ブレイディさんが絶賛しているが、この本は、父である著者が娘から「パパ、どうして世の中にはこんなに格差があるの?人間ってばかなの?」と質問されたときに、娘を納得させる答えができなかったことを踏まえた、追試の答案である。考えてみれば、「貧困」や「格差」を生み出しているのは人間であり、バカでない限り克服できるはずのものだ。
4 「経済にデモクラシーを!」というのは、優れて憲法問題である。憲法25条の生存権というより第7章の「財政」の規定が重要である。第83条は「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」と定め、第84条は租税法律主義を定めている。
ところで、2017年5月当時民進党の代表であった蓮舫さんは、「加憲」の立場から「財政健全化を義務付ける財政規律条項(財政均衡)を憲法に入れる」旨の発言をしている、という。「財政均衡」論は、消費税増税につながったことを思い出す。
一方、今回の参議院選挙で「消費税廃止」を掲げたのは、山本太郎さん率いる「れいわ新選組」だけである。その企図は「格差是正」。専門家や政治家は、「貧困」や「格差」という地べたの現実を是正する積極的役割を負っている。この点で、「消費税廃止」という提起は、鮮やかな希望を人々に与えているように思われる。
〔2019・7・26〕