新刊「人新世の『資本論』」斎藤幸平著のご紹介

「人新世の『資本論』」紹介
――斎藤幸平著、集英社新書、2020年刊、1020円+税――
福田玲三

 地球は新たな年代に突入したとノーベル化学賞受賞者のパウル・クルッツェンは言い、それを地質学的に「人新世」と、彼は名付けた。人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代という意味だ。
地質学の時代区分は1万年あるいは数十万年を単位としている。現地質時代は1万年以来続く新生代第4世紀の「完新世」だったから、それに継ぐものだろうか。
新聞で評判の本書を読了して目の覚める感銘と不朽の感動を覚えた。
以下に本書の荒筋を記す。
第1章
2016年に発効したパリ協定が目指したのは2100年までの気温上昇を産業革命以前と比較して2℃未満(可能であれば、1.5℃未満)に抑え込むことだ。
すでに1℃の上昇が生じているなかで、1.5℃未満に抑え込むためには、今すぐ行動しなければならない。具体的には、2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、2050年までに純排出量をゼロにしなければならない。
もし現在の排出ペースを続けるなら、2030年には気温上昇1.5℃のラインを越え、2100年には4℃以上の気温上昇が危惧される。
気温上昇が4℃まで進めば、被害は壊滅的なものになり、東京の江東区、墨田区、江戸川区などは、高潮でほとんど冠水するといわれている。大阪でも淀川流域の大部分が冠水し、沿岸部を中心に日本全土で1000万人に影響するという予測もある。
世界規模で見れば、億単位の人々が現居住地からの移住を余儀なくされ、人類が必要とする食糧供給は不可能になる。こうした被害が恒常的に続くのだ。
第二次世界大戦後の経済成長とそれ伴う環境負荷の増大は、冷戦体制の崩壊後、さらに強まっている。このような時代が持続可能なはずがない。
これまでの南北問題も含め、資本主義の歴史を振り返れば、先進国の豊かな生活の裏側では、さまざまな悲劇が繰り返された。資本主義の矛盾がいまグローバル・サウス(世界化における南部問題)に凝縮されている。
グローバル・サウスからの資源やエネルギーの収奪に基づいた先進国のライフスタイルは「帝國的生活様式」と呼ばれる。
グローバル・サウスの人々の生活条件の悪化は資本主義の前提条件であり、南北の支配従属関係は例外的事態ではなく、平常運転なのだ。
先進国の豊かさには、このように代償を遠くに転嫁して不可視化してしまうことが不可欠である。これは「外部化社会」と呼ばれ、絶えず外部性を作り出し、そこに負担を転嫁する。
ところが資本主義のグローバル化が地球の隅々まで及んだために、新たな収奪の対象となるフロンティアが消滅してしまった。
搾取の対象は人間の労働力だが、それは資本主義の一面で、もう一方の本質的な側面は地球環境だ。人間を資本蓄積のための道具として扱う資本主義は、自然もまた単なる略奪の対象にする。
このことが本書の基本的主張の一つだ(P.32)
そのような社会システムが無限の経済成長を目指せば、地球環境は当然危機的状況に陥る。
この帝國的生活様式は日常生活を通じて絶えず再生産されるが、その暴力性は遠くの地で発揮されるため不可視化され続ける。
それを見ないようにして、帝国的生活様式は一層強固になり、危機対応は先延ばしされた。
人類の経済活動が全地球を覆ってしまった「人新世」とは、そのような収奪と転嫁のために外部が消尽した時代だ。
この転嫁による外部性の問題点をマルクスは19世紀半ばに分析していた。
第一の転嫁方法は、環境危機を技術の発展で乗り越えようとする方法だが、例えば化学肥料の使用による農業の発展は大規模な環境問題を引き起こす。
第二の方法が空間的転嫁だだが、この試みは原住民の暮らしや生態系に大きな打撃を与え、矛盾を深める。
第三の方法が時間的転嫁だが、例えば森林の過剰伐採は気候変動を招き、将来世代に大きなツケを残す。
これらの方法による被害に周辺部が真っ先に晒される。そして資本主義より前に地球がなくなる。
第2章
資本主義は負荷を外部に転嫁することで経済成長を続けていく。
外部化がうまくいっている間は、先進国に住む私たちは環境危機に苦しむことなく豊かな生活を送ることができた。
そうしているうちに、後戻り不能点まで残された時間がわずかになった。
国連がSDGsを掲げ「緑の経済成長」を追及している。
これは現実逃避だ。経済成長か、それとも気温上昇1.5℃ 未満か、どちらかしかない。
このような現実逃避で帝国的生活は維持され、近い将来私たちはその報いを受ける。
第3章
経済成長を諦め脱成長を気候変動対策の本命としなければならない。
経済成長をしなくても既存の資源をうまく配分すれば、社会は今以上に繫栄できる。
世界全体が持続可能で公正な社会に移行しなければ地球は住めなくなり先進国の繫栄も脅かされる。
だが外部化と転嫁に依拠した資本主義では世界的な公正さを実現できない。
私たちが環境危機の時代に、自分だけが生き延びようとしても、時間稼ぎはできても、地球は一つしかないから、最終的には逃げ場がなくなる。
平等を軸に考えたとき「人新世」の時代における未来の選択肢が4つある。
1 気候ファシズム。経済成長と資本主義にしがみついて生き残ろうとする超富裕層。
2 野蛮状態。気候変動で環境難民が増え食糧生産が落ち大衆が反乱し万人の万人に対する闘争となる。
3 気候毛沢東主義。野蛮状態を避けるためにトップダウン型の気候変動対策をとり、自由民主主義の理念を捨て中央集権的な独裁国家が成立。
4 脱成長コミュニズム。民主主義的な相互扶助による公正で持続可能な未来社会。
最後の④手がかりは脱成長だ。資本は手段を択ばない。惨事に便乗し、最後まであらゆる状況に適応する強靭性を発揮し、環境危機を前にしても自ら止まらない。
気候危機対策は一つの目安として生活レベルを1970年代後半の水準まで落とすことを求めている
資本主義は70年代に深刻なシステム危機に陥り、この危機を越えるために新自由主義が導入されたが、民営化、規制緩和で格差が拡大した。
私たちの手で資本主義を止めて脱成長型のポスト資本主義に向けて大転換することだ。
資本主義の下で先進国で暮らす大多数の人々は依然として貧しい。米国の若年層は資本主義よりも社会主義に肯定的だ。
脱成長は平等と持続可能性を目指す。
第4章
「人新世」の環境危機をマルクスならばどのように分析するか。古びたマルクス解釈を繰り返さず、新しいマルクス像を提示しよう。
マルクスにとってコミュニズムとはソ連のような一党独裁と国営化の体制を指すものではなかった。彼にとってコミュニズムとは生産者たちが生産手段を共同で管理・運営する社会のことだった。
若年時代のマルクスは資本主義の発展が、生産力の上昇と過剰生産恐慌によって革命を準備してくれるとという楽観論を抱いていた。いわゆる「生産力至上主義」だ。
だが1848年の革命は失敗し1858年の恐慌も同じだった。恐慌を乗り越える資本主義の強靭さに、マルクスは認識を修正する。それは「資本論」刊行以後のことだった。
マルクスは誤解されていた。資本主義は生産力を引き上げ、将来の社会で豊かで自由な生活を送る準備をしてくれる、つまり「進歩史観」だ。
マルクスの「進歩史観」(いわゆる「史的唯物論」)には「生産力至上主義」と「ヨーロッパ中心主義」の2つの特徴がある。
「生産力至上主義」は、生産が環境にもたらす破壊作用を完全に無視した。
マルクスの草稿やノートを大量に含む新たな全集の編集を通じて、晩期マルクスの環境保護的な資本主義批判に光が当たった。マルクスは「生産力至上主義」からはっきりと
決別していた。
「資本論」第1巻刊行以後、マルクスは「ヨーロッパ中心主義的な進歩史観」からも決別した。
晩期マルクスは大転換した。
第5章
経済成長のための「構造改革」が繰り返されることで、世界で最も裕福な資本家26人は貧困層38億人(世界人口の約半分)の総資産と同額の富を独占している。
第6章
欠乏を生んでいるのは資本主義だ。私財が公富を減らしていく。
資本主義発足以前、土地や水といった公富は潤沢だった。公富は電力や水だけではない。生産手段そのものも公富にしてゆく必要がある。労働者たちが共同出資して生産手段を共同所有し共同管理する組織が労働者協同組合だ。
労働者協同組合は労働者の自治・自律に向けた一歩として重要な役割を果たす。それが可能なのは、社長や株主の私有ではなく国営企業でもなく労働者たち自身による社会的所有だからだ。
脱成長コミュニズムは豊潤な経済を作る。
第7章
脱成長コミュニズムが世界を救う。
マルクスの脱成長の思想は150年近く見逃されてきた。今はじめて「人新世」の時代へと「資本論」が更新される。
脱成長コミュニズムの柱①――使用価値経済への転換
②――労働時間の短縮
3 ――画一的な分業の廃止
4 ――生産過程の民主化
⑤――働集約型産業の重視(ケア労働など)
くだらない仕事の軽視(マーケティング、広告、金融業、保険業など)
第8章
マルクスが進歩史観を完全に捨て脱成長を受け入れるようになった背景にはグロ-バル・サウスへのまなざしがあった。
気候変動を引き起こしたのは先進国の富裕層だが、その被害を受けるのはグローバル・サウスの人々と将来世代だ。この不公平を解消すべきだというのが気候正義だ
晩期マルクスのグローバル・サウスから学ぶ姿勢は21世紀にますます重要性を増している。資本主義が引き起こす環境危機はグローバル・サウスにおいて、その矛盾が激化しているからだ。
バルセロナの気候非常宣言(2020年1月)は気候正義を革命のテコにしようとしている。バルセロナの運動は国境を越えて広がっている。
「資本主義の超克」、「民主主義の刷新」、「社会の脱炭素化」という三位一体のプロジェクトの着地点は相互扶助と自治に基づいた脱成長コミュニズムだ。
おわりに
フィリピンのマルコス独裁を打倒した革命(1986年)やシュワルナゼ大統領を辞任させたグルジア革命(2003年)は、3.5%の非暴力的な市民の不服従がもたらした社会変革の一例だ。
地球の未来は本書を読んだあなたが3.5%のひとりとして加わるかどおうかにかかっている。                            (以上)

新聞掲載の広告によれば、本書は2021新書大賞第1位で20万部を突破!とある。20万人といえば日本の大学生総数の1割弱に当たり、頼もしいことだ。
たまたま当会ニュース読者の深田哲士氏(鳥取県・『象徴としての日本国憲法』著者)が本書の愛読者と知った。同好の有志の拡大を期待している。

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