日本国憲法の「司法の型」

(弁護士 後藤富士子)

1 「三権分立」と司法
 立憲主義の大黒柱の一つである「三権分立」は誰でも知っているだろう。国家作用を立法・司法・行政の三権に分け、それぞれを担当する者を相互に分離独立させ、相互に牽制させて人民の政治的自由を保障しようとする自由主義的な統治組織原理。ロックやモンテスキューが唱道した。
 しかし、現実の「三権分立」制は、国により異なっている。たとえば、アメリカの大統領制はほぼ完全な三権の分立を認めているが、イギリスの議院内閣制はむしろ立法・行政の融合を示している。また、フランス・ドイツなどの「大陸法系」の諸国では、行政裁判制度により行政権の司法権からの独立を強調するのに対し、「英米法系」の諸国は、これを認めない。
 戦前の大日本帝国憲法も一応三権の分立を認めていたが、天皇の統治権総攬の原則によって統合されていた。戦後の日本国憲法では、立法権は国会に、行政権は内閣に、司法権は裁判所に分属させているが、議院内閣制であり、裁判所の法令審査権を認めている。また、旧憲法で認められていた行政裁判は、現行憲法では「終審として」は認めていない。議院内閣制という点で日本の三権分立制はイギリスとアメリカの中間だと言われることがあるが、そのことに何の意味もない。むしろ重要なのは、戦後の司法は、「大陸法系」の行政裁判が排除されている点で「英米法系」に転換されたこと、そして、裁判所の法令審査権を認める点で完全に「アメリカ型」になったということである。 続きを読む

2021年5月7日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

護憲勢力の歴史的勝利を祝う

さる8月28日午後2時、安倍晋三首相の辞意表明がテレビで伝えられ衝撃が走った。ついで午後5時からの記者会見で安倍首相は持病再発のためとして辞任の意向を表明した。第2次安倍政権は、2012年12月26日の発足から約7年8カ月で幕をとじる。
記者会見で「改憲の機運が高まらなかった理由は」と聞かれ、首相は「国民的な世論が充分盛り上がらなかったのは事実で、それなしに進めることはできないと痛感してる」と答えた。選挙の度に公約に掲げて信任されたから「改憲は国民に支持された」と強弁していた首相が、初めて国民の支持を得られなかったことを認めた。
続きを読む

2020年9月2日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 福田 玲三

コロナの夏に憲法を考える―「主権」と「自治」

(弁護士後藤富士子)

1 「主権」というとき、その主体が誰かによって「国家主権」と「国民(人民)主権」に区分される。
 日本は、第二次世界大戦で負けるまで、他国を武力侵略して植民地化した経験はあっても、他国によって自国が植民地化されることはなかった。敗戦によっても他国の植民地になることはなかったが、沖縄問題や日米安保体制・地位協定にはっきり刻印されているように、「独立国家」は見せかけにすぎない。
 一方、「国民主権」についていえば、戦前は絶対主義的天皇制であり、「主権在民」を叫べば「国体の変革を企てる」という理由で、治安維持法により殺人的な弾圧を受けた。「主権在民」は日本国憲法によって初めてもたらされたのである。 続きを読む

2020年8月19日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「法の理想」を指針として――「共同監護」を創造するために

(弁護士  後藤富士子)

1 「単独親権」から「共同親権」への法の進化
民法818条は「父母の共同親権」を定めている。家父長的「家」制度をとっていた戦前の民法が「家に在る父」(一次的)または「家に在る母」(二次的)の単独親権制を定めていたのと比較すると、革命的転換であった。その根拠になったのは、「個人の尊厳と両性の本質的平等」を謳った日本国憲法24条である。「個人の尊厳」という点から親権に服する子は未成年者に限定され、親権は未成熟子の監護教育を目的とする子のための制度であることが明らかにされた。また、「両性の本質的平等」という点で「父母の共同親権」とされている。すなわち、戦後の日本の出発点は、家父長的「家」制度を廃止し、「単独親権」から「父母の共同親権」へ進化したのである。換言すれば、「父母の共同親権」は、まさに「法の理想」であったのだ。 続きを読む

「夫婦別姓」と「子の姓」――韓国の「父姓優先主義」廃止論

(弁護士 後藤富士子)

 「選択的夫婦別姓」論者は、「アイデンティティー」に拘るが、私にはそういう気持が全く湧かない。なぜか?と自問してみると、私の旧姓「松浦」だって、私の「父の姓」であり、拘る理由がない、というに尽きる。もっといえば、「富士子」という名だって、親が適当につけたもので、「アイデンティティー」などと大袈裟な感覚はない。どんな氏名であれ「私は私」というところか。 続きを読む

「社会は存在する」とジョンソン英首相

(弁護士 後藤富士子)

 朝日新聞5月9日の「多事奏論」によれば、ジョンソン英首相は、コロナに感染して自己隔離中の3月末、ビデオメッセージで「今回のコロナ危機で、すでに証明されたことがあると思う。社会というものは、本当に存在するのだ」と締めくくった。医療崩壊を避けるために退職した医師や薬剤師らに復職を呼びかけたところ、2万人が応じ、さらに75万人もの市民がボランティアに名乗りを上げてくれたことに感謝して。 続きを読む

「安全保障」で「平和」は創れない ――「安倍9条改憲」の本質

(弁護士 後藤富士子)

1 現在焦眉の急となっている「安倍9条改憲」案は、憲法9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。その1項は「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そ 続きを読む

2019年5月20日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「なるちゃん天皇」と「民が代」――戦後生まれの天皇誕生!

(弁護士 後藤富士子)

1 次期天皇になる皇太子は、美智子皇后が定めた「なるちゃん憲法」を指針として育てられた(と記憶している)。多才な美智子皇后は、オリジナル子守唄まで作って歌っていたという。その「なるちゃん」が天皇になるのだ。
続きを読む

2019年3月8日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

天皇の「戦争責任」と日本国憲法

(弁護士 後藤富士子)

1 「慰安婦問題」は天皇の謝罪で解決できる・・・
 韓国の文喜相国会議長は、2月7日に行われた米ブルームバーグ通信とのインタビューで、慰安婦問題について天皇が元慰安婦に直接謝罪すれば解決できるとの考えを示した、と報道されている(2月10日朝日夕刊)。文氏は「一言でいいのだ。日本を代表する首相か、間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方(天皇)は戦争犯罪に関わった主犯の息子ではないか。おばあさんの手を握り、申し訳なかったと一言言えば、問題は解消されるであろう」と語ったという。
 ちなみに、今年1月28日に亡くなった元慰安婦・金福童さんは、日本政府に「心からの謝罪」を求め、2015年末に朴槿恵政権が強行した日韓合意について「歴史を売った」と韓国政府を厳しく批判した。彼女が14歳のときに、日本人と一緒に韓国南部居住地の区長と班長がきて「娘を軍服を作る工場に出せ。拒否すれば反逆者だ」と脅し、連れて行かれた先は中国・広東の慰安所だった。1日に15人、時には50人を超える軍人の相手をさせられた。インドネシアやマレーシアなど前線を連れ回され、米軍の捕虜収容所などを経て、終戦から2年後に帰国を果たした。この壮絶な被害体験を語る真意について、彼女は「私たちはお金がほしいわけじゃない。女性だもの、知られるのがつらいときもあった。でも私たちは尊厳を回復したいのです」と述べている(2月8日赤旗「潮流」)。
 なお、李在禎・元統一相は、日本では65年の日韓請求権協定で解決されたとの意見が強いが、韓国の多くの被害者は今も心に傷を負い、癒されていない、と実情を述べている。そして、韓国の国民は、慰安婦問題や歴史教科書の問題で日本国内から出てくる言動を見るたびに、心から謝っているわけではないと感じてしまうのだという(2月11日朝日日刊)。実際、日本政府は、元慰安婦が亡くなったとき、弔問や弔花を行っていない。金福童さんは、謝罪の手紙1枚でも送ってほしいと言っていたという(2月14日朝日日刊)。
 要するに、日本を代表する安倍首相の「カネで解決した」という態度が、韓国の反発を招いている。安倍首相は、「天皇の謝罪」という韓国国会議長の発言に怒り狂う前に、日本国憲法で国政に関する権能を有さないとされる天皇に代わって、「心からの謝罪」をするのが筋である。ちなみに、憲法3条は、天皇の国事行為に対する内閣の助言・承認と責任を定めている。

2 「八月革命」の真相 ― 日本は主権国家ではない?
 宮沢俊義は、ポツダム宣言の受諾により、天皇主権から国民主権になったとし、主権者の交代をもって「革命」と説明した。
 しかしながら、ポツダム宣言受諾から対日講和条約発効までの占領期における日本の法体制については、「占領体制」自体が固有の法体制と考えられる(長尾龍一『日本憲法思想史』講談社学術文庫、1996年)。すなわち、ポツダム宣言を憲法とし、マッカーサーを主権者とする絶対主義的支配体制。新旧両憲法ともにこの主権者の容認する限度でのみ効力をもち、主権者は両憲法に全く拘束されない。主権者が法に拘束されるのが法治国家であるならば、日本は法治国家でない。日本国民の意思は議会や政府を通じて表明されるが、主権者はこれに拘束されず、これを尊重するのはあくまで恩恵である。民意による政治が民主主義なら、これは民主主義ではない。
 この立場から、「八月革命」説は次のように批判される。間接統治とはいえ占領軍の統治を受け、いわば占領軍を主権者とする体制において、そのことを捨象して天皇主権とか国民主権とかがありうるかのように議論している点である。比喩的にいえば、ポツダム宣言受諾によって、主権は天皇から国民にではなく、マッカーサーに移ったのである。
 このことを最も雄弁に物語るのは、日本国憲法9条による戦後日本の武装解除とその後の再武装(1950年の警察予備隊創設)である。後に自衛隊となる実力組織の創設は、ポツダム政令によって行われた。戦後日本の非武装を決定した権力と同じ権力が、いかなる民主主義的プロセスをも抜きにして再武装を命じたのである。
 なお、日本国憲法の制定過程をみると、明治憲法の改正手続に則って、昭和天皇が草案を発議し、最終的に裁可して改正されたという点で、欽定憲法である。すなわち、日本国憲法は、形式において欽定憲法でありながら、内容において主権在民であり、民定憲法である。しかし、国民主権における「国民」は制憲過程において一貫して不在であり、GHQが日本国民の主権者としての地位を代行・擬制しているにすぎない。この矛盾をもって、枢密院での議決において新憲法に反対したのは美濃部達吉だけであった。

3 天皇制の存続・戦争放棄・沖縄の犠牲化
 「占領政策の道具としての天皇」といわれるのは、日本人は真の民主主義あるいは真の人民主権を実行する能力がない、天皇がそうせよと命ずる場合にのみ、「民主主義」を受け入れるだろうという見解をマッカーサーが有していたからである。ジョン・ダワーは、「天皇制民主主義」と呼び、マッカーサーの発明としている。このためにこそ、天皇の戦争責任の免責が必要だった。そして、「昭和天皇は平和主義者で、戦争責任は一切ない」という物語が作出されたのである。
 一方、天皇制を守るために、戦争放棄が必要だった。「ヒトラー、ムッソリーニに比すべきヒロヒト」と考える人々が世界中にいた。国内でも、敗戦の責任を取って退位すべきであるという主張は、三笠宮や木戸幸一からも出されていたほどである。こうした国際世論と国内世論を納得させるためには、日本が完全なる非武装国家となるという大転換を打ち出さなければならなかった。
 ちなみに、マッカーサーは、昭和天皇の退位を強硬に禁じた。GHQは、1946年の明治節(11月3日)を新憲法の公布の日とし、また、48年の12月23日、当時の皇太子(平成天皇)の誕生日にA級戦犯を処刑したが、この時ばかりは昭和天皇も「辞めたい」と側近にもらしたという(原武史『昭和天皇』岩波新書、2015年)。天皇の上に「青い目の大君」といわれたマッカーサーが君臨していたのである。
 「天皇制の存続」は憲法9条による絶対的な平和主義を必要としたが、他方で、日米安保体制を、すなわち世界で最も強力かつ間断なく戦争を続けている軍隊が「平和国家」の領土に恒久的に駐留し続けることを必要とした。この矛盾に蓋をする役割を押し付けられたのが沖縄である。沖縄は、天皇が象徴する「日本国」や「日本国民の統合」から予め除外されていた。
 ところで、私も「八月革命」説に全く疑問をもたなかった一人であるが、日本国憲法の成り立ちと象徴天皇制について、もっと深い学習が必要だと痛感している。

【参考文献】
 白井聡『国体論―菊と星条旗』(集英社新書)
 なお、本文2,3に引用した文献は、上記の孫引きです。

〔2019・2・14〕

2019年2月14日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「辺野古埋立」を決めたのは誰か? ――「国民主権」と「権力分立」

(弁護士 後藤富士子)

1 「普天間飛行場の返還」という政治の欺瞞
 事の発端は、「世界一危険な普天間飛行場の除去」であったのではないか。それが、いつの間にか「普天間基地の辺野古移設」になり、辺野古に代替基地が建設されない限り普天間飛行場は除去できないとすりかえられている。
 まず、1995年に発生した米兵による少女暴行事件の翌年、日米政府が「普天間飛行場の返還」に合意し、それから四半世紀経過しようとしている。また、辺野古の海を埋め立てて新基地建設工事に着工しても、設計や工法などの変更を余儀なくされて大幅な工期延長が予想されるうえ、超軟弱地盤があるために最終的に完成できないおそれがあるといわれている。
 一方、普天間基地所属のオスプレイやヘリの墜落事故、所属機の保育園・小学校への部品や窓の落下事故が相次ぎ、単に騒音(轟音)だけでなく「世界一危険な基地」になっている。そのため、「普天間基地の危険除去」が辺野古推進の理由に強調される有様である。すなわち、「普天間飛行場の返還」「世界一危険な普天間飛行場の除去」は、辺野古新基地完成が条件とされる限り、まるで架空の話であって、政治・政策として実効性をもつとはいえない。
 しかし、これは「言語の腐敗」「政治の堕落」の見本にすぎないのだから、「辺野古」にかかわらず、政治の力で速やかに普天間基地の運用を停止すべきである。ちなみに、安倍首相は、辺野古新基地完成前でも普天間基地の運用を停止する方針であったことから、政府は、仲井真弘多知事(当時)に「19年2月」までに運用を停止すると約束していた(赤旗2018年11月3日記事)。

2 「基地移設」か、「新基地建設」か、はたまた「埋立」か?
 まず、「移設」は事実に反する。2006年の閣議決定では「普天間飛行場(基地)のキャンプ・シュワブへの移設」とされており、辺野古の海を埋め立てるのは普天間飛行場の現有機能を超える「新基地建設」である。とはいえ、キャンプ・シュワブに附属する形で辺野古の海を埋め立てることを考慮すると、全くの「新基地建設」とも言えないように思われる。
 翻って、辺野古の埋め立てに反対するのは、なにも「新基地建設」という理由だけではない。サンゴやジュゴン等々多様な希少生物の絶滅のおそれや自然環境破壊など回復不能な打撃を与えるため、「辺野古の海を埋め立てる」こと自体に反対する意見である。これは、埋め立ての目的・用途にかかわらない絶対的な理由である。そうすると、「辺野古埋立」は、日米安保条約に基づく「日米地位協定」の範疇で処理できる問題ではないのではないかと疑問がわく。
 しかるに、現実には2006年の閣議決定で進めているのであり、日米合同委員会で両政府が合意すれば米軍は全国どこでも基地使用が許されるとする日米地位協定2条に準拠しているのであろう。しかし、この場合でも、国権の最高機関であり唯一の立法機関と定められている国会の議決を要さずに、閣議決定だけで足りるというのは疑問である。
 一方、具体的な「埋立工事」の法律関係をみると、根拠法は公有水面埋立法(公水法)で、2013年に仲井真弘多知事が国に承認を与えたことから始まった。ちなみに、公水法は、国土の合理的利用、環境保全あるいは災害防止を承認の審査基準とする法律であり、「米軍基地新設」など守備範囲を超えている。そして、ここで「埋立工事」の当事者は沖縄防衛局と県知事であり、「辺野古埋立」を閣議決定し、県民の多数意思に反して知事が承認した形である。すなわち、「辺野古埋立」は、国会の関与も県議会の関与もなしに、行政だけで独断専行している。

3 「辺野古埋立」の民意を問え!
 「立憲主義」とは、「憲法による政治」のことである。しかし、大日本帝国憲法と日本国憲法と比べれば、その意味は歴然と異なる。前者は「外見的立憲主義」といわれ、憲法上人権(自然権)の観念が認められていないし、天皇主権であり、権力分立も原理とされていなかった。権力の主要な行使者である天皇は、権力の所有者であるから、憲法で明示的に禁止されていないことは全て行うことができることになる。すなわち、憲法は、権力の所有者たる天皇との関係では、「授権規範」ではなく、「禁止規範」にすぎない。
 これに対し、後者では、権力の所有者は国民であり、権力を担当する者は、国民の所有する権力を国民のために行使する国民の手段にすぎないから、憲法で明示的に授権されていることしかすることができない。すなわち、憲法は、権力行使者との関係では「授権規範」なのである(杉原泰雄『立憲主義の創造のために/憲法』10~11頁、岩波書店1991年第3刷)。また、権力分立についていえば、立法とは、広く国政の基準となる一般的抽象的法規範を定立することであり、司法と行政は、ともに立法府が定立した一般的抽象的法規範を個別的具体的な場合にあてはめる執行行為として捉えられ、司法は、一般的抽象的法規範を適用することによって法律上の争訟を裁定する作用、行政は、それ以外の場合における法律の執行作用と規定される(同106~107頁)。
 この原理に照らすと、安倍首相の振る舞いは「専制君主」のように見えるが、それは国民主権と権力分立を踏みにじっているからである。これを憲法に適合するようにするには、「米軍基地のための辺野古埋立」についての法案を国会で審議すべきである。その場合、憲法95条は、一の地方公共団体のみに適用される特別法を国会が制定するには、その住民投票で過半数の同意を得なければならないと定めているから、県民投票で過半数の同意が必要である。
 考えてみれば、「辺野古」は「沖縄問題」ではなく、日本国の問題である。したがって、国民代表による国会審議と県民投票こそ、憲法で保障された国民主権の実現にほかならない。

(2019.1.21)

2019年1月21日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子