(弁護士 後藤富士子)
1 「共同親権」の由来と「単独親権」
戦前の家父長的家制度が憲法24条によって否定され、親権制度も父優先の単独親権制は廃止された。それに代わる親権制度が、現行民法818条の「父母の共同親権」原則である。
憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と定める。注意すべきは、「夫婦の同権」と「夫婦の平等」が異なる点である。ここでは、夫婦間の「平等」よりむしろ、その前提にあるはずの、夫婦が相互にもつ同等の「権利」を定めている。すなわち、父母の共同親権は、憲法24条2項に立法の指針として謳われている「両性の本質的平等」に基づくというより、夫婦が相互にもつ父母としての「同等の権利」を定めた1項に由来する。
ところが、民法では、父母の共同親権は「婚姻中」だけのことであり、未婚や離婚の場合には絶対的に単独親権とされている(民法818条3項、819条)。「未婚」と「子の出生前の離婚」の場合には、原始的に母の単独親権とされ、父母の協議で父を親権者と定めることができる。これに対し、「離婚」の場合には、父母の「どちらか」を単独親権者と決めなければ離婚が成立しない。
しかし、婚姻によって父母の共同親権とされたものが、離婚によって絶対的に単独親権とされるのは論理的に飛躍している。とりわけ、共同親権が憲法24条1項の「夫婦の同等の権利」として保障されていることに照らすと、離婚によって絶対的に単独親権とされるのは違憲の疑いが濃厚である。
2 「離婚の自由」と単独親権制
また、憲法24条1項は、「両性の合意」のみを要件とする婚姻の自由を個人に保障するだけでなく、その消極面としての非婚・離婚の自由をも個人に保障する。さらに、婚姻を維持する自由も保障される。そして、それらの「自由」が個人に保障されるということは、国家による干渉を受けないということである。
ところが、戸籍制度の実務に照らし、単独親権者が決まらなければ離婚が成立しない。それは本末転倒の倒錯した法現象であるが、法的にみれば、「離婚の自由」を保障している憲法24条1項に違反する。
3 離婚訴訟の陳腐化
現行民法は、当事者の合意による離婚を原則型としており、協議離婚の場合、離婚原因は不問にされる。婚姻と同様に、当事者の合意があれば離婚できるのであり、破綻しているか否かは問題にならない。 続きを読む