「行政がゆがめられたという事実は確認できない」
これは、総務省の身内調査を受けての、武田総務大臣の国会答弁である。
2月24日総務省は、同省の許認可事業である衛星放送を営む(株)東北新社による幹部官僚接待が、過去5年間、13名に対し39回行われていたこと、及び接待を受けた官僚の処分を発表した。調査は総務省が幹部官僚へのヒアリングと東北新社への聞き取りで行い、週刊文春で報道された4人以外の9人が自己申告することはなく、主に東北新社への聞き取りで判明したとのこと。こうした身内調査を受けての総務大臣の発言を、誰が信用できるというのか
実際、今国会衆院予算委員会では、菅総理の長男・菅正剛氏が取締役を務める東北新社グループの子会社「株式会社囲碁将棋チャンネル」が2018年に総務省から業務認定を受けたが、「東北新社子会社だけハイビジョン未対応で認定」(毎日新聞 2021年2月12日)されるという疑惑も指摘されているのだ。この認定を決定した当時の情報流通行政局のトップが今回内閣広報官を辞任した山田真貴子氏だというのである。
安倍長期政権以降、政治家と、政治家に忖度する官僚の虚偽答弁が何回繰り返されてきたことか。政府トップの首相や閣僚が平気で虚偽答弁をするのにつられて、官僚も虚偽答弁に対する罪悪感がなくなっているという、極めて嘆かわしい状況である。今回の接待問題でも、「東北新社は利害関係者に当たらないと思っていた」、「衛星放送、BS・CSの話はなかった」などと官僚が虚偽答弁し、証拠の音声が報道されると止むを得ず認めるという体たらくである。農水省官僚への接待問題も発覚し、正に官僚は倫理崩壊状態である。
こうした官僚の目も当てられないような倫理崩壊状況をもたらした根本には、安倍自公長期政権と、これを継承した菅政権の政治腐敗があると言わなければならない。
今回の総務省不祥事を受けて菅首相は、当初の「長男は別人格」発言から一転し、「長男の関与」について謝罪したが、単なる謝罪で収まる問題ではなく、もっと深い闇があるのではないか。
総務省の調査報告書には、単に官僚名と接待の回数、金額、処分内容が記されているに過ぎない。いかにも早く幕引きを図りたいとの思惑が見え隠れするが、この問題の本質は、なぜこれだけ多くの官僚が接待を受けていたかである。総務省は放送や通信事業の許認可権限を持ち、事業者との付き合いには、特に注意を要することを、幹部官僚が承知していないはずはない。にもかかわらず、リスクを冒してまで接待に応じていたのはなぜなのか。その真相が判明していないのである。
どの業界にしろ、民間事業者が接待する目的は、相手が民間人であろうと公務員であろうと、単に世間話をするためではない。例えば東北新社が農水省の職員を接待することは考えにくい。会社事業に無関係な懇親費用を、まともな会社であれば経費で落とすことなど認めないはずである。具体的な事業の話がなくとも、相手との良好な関係を保つため、あるいは一般的な事業の情報収集のためなど、何らかの目的がある。そうした事業者の目的があるからこそ、公務員にあっては国民の不信を招かないために、国家公務員倫理法で利害関係者からの接待を禁止しているのである。
国家公務員倫理法第3条第3項
職員は、法律により与えられた権限の行使に当たっては、当該権限の行使の対象となる者からの贈与等を受けること等の国民の疑惑や不信を招くような行為をしてはならない。
身内の調査に対する処分は、総務審議官2名の減給2/10、3カ月が最高で、音声が公開された担当局長の処分は減給1/10、3カ月と極めて軽く、引責辞任する官僚は出ていない。そんななか、高額接待を受けていた当時の総務審議官で、現在内閣広報官の山田真貴子氏が、体調不良を理由に辞職した。菅首相の意向で初の女性広報官に抜擢した山田氏を、最後まで辞職させなかった菅首相の判断に非難が集中するのは当然である。
巷間言われているのは、「菅首相長男のいる会社からの誘いを断れなかった」という、ある種官僚への同情論的推測だが、首相本人が直接政治献金500万円を受け取り、会食もしている事実がある。総務副大臣、総務大臣を務め、官房長官になってからも総務省に強い影響力を持ち続けた菅首相が、東北新社創業家と極めて近い関係にあることを、官僚は承知していたはずである。長男の存在のみならず、首相自身の東北新社びいきが根源にあるのではないか。首相は国会答弁で、「東北新社の歴代社長の個人献金で、適正に処理している」「パーティー券も適正に処理している」と回答しているが、会食については「したことはあるが、時期は記憶がない」とし、調査にも応じていない。更には、東北新社が総務省の許認可事業者であることも知らなかったと答弁しているのである。
菅首相は、信念として「自助・共助」を「公助」に優先する政治姿勢であるが、自身がその地位を利用して長男を大臣秘書官にしたり、コネを利用して東北新社に入社させたりしたことを、自分の信念に反すると思っていないのか。思っていないのであれば、余程鈍感と言わざるを得ない。
菅首相は、学術会議会員任命拒否の理由として、憲法第15条第1項の「公務員の選定・罷免が国民固有の権利である」を引っ張り出し、あたかも自身にその権限があるかのように間違って拡大解釈をさせた経緯があるが、今首相に求められるのは、第15条第2項を正しく理解し、そのうえで行政がゆがめられた事実と、自らの責任を明らかにすることである。
憲法第15条第2項
すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。
2021年3月1日