緊急警告051号 尖閣諸島をめぐる緊張の緩和を図れ 

去る 2 1 日に中国が海警法を施行したことを機に、尖閣諸島沖に中国海警局の公船が侵入 したというニュースが相次いでいる。日本政府は 2 25 日、外国公船が尖閣諸島への「上陸 を目的として島に接近した場合」(読売・2/26)「危害射撃」が可能になる場合があるとの見解 を示すまでに至った。 

尖閣をめぐり日中間の緊張が高まっている今、この問題の経緯を振り返る必要があろう。 

1972 年、田中角栄首相が訪中して日中国交を樹立した際、周恩来中国総理が「『これ(尖閣問 題)を言い出したら、双方とも言うことがいっぱいあって、首脳会談はとてもじゃないが終わ りませんよ。だから今回はこれは触れないでおきましょう』と言うと、田中首相も『それはそ うだ。じゃ、これは別の機会に』と応じ、交渉はすべて終わり日中共同声明が実現したといわ れ て いる 」〔 横浜 市立 大 学名 誉教 授の矢 吹 晋氏 によ る〕(丹 羽 宇一 郎 元中国 大 使 東洋 経済 ONLINE 2017/09/29)。 

こうして双方が「棚上げ」に合意するかたちで「共同声明」を成立させた事実に対して、日本 政府・外務省は後になって(80 年代半ばから今日まで)「棚上げ」の事実はない、と否定する ようになる。だが、こうしたやり取りの事実は、当の外務省の記録にもある。情報公開法に基 づいて読売新聞社が外務省に開示を求めて公開された文書には、以下のようなやり取りが記さ れている。 

第三回首脳会談(9 27 日)
田中総理:尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。
周 総理:尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油 が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。 

ここには両首脳 1 回ずつの発言しか記されていないが、中国側記録には田中首相 4 回、周総理 3 回の発言として残されている。 

さらに 1978 10 月、「日中平和友好条約」の批准書交換式に参加するため来日した鄧小平中 国副首相は、同月 25 日の記者会見で次のように述べている。 

「(釣魚島、尖閣列島)この問題については双方に食い違いがある。国交正常化のさい、双方は これに触れないと約束した。今回、平和友好条約交渉のさいも同じくこの問題にふれないこと で一致した。中国人の知恵からして、こういう方法しか考えられない。というのは、この問題 に触れると、はっきりいえなくなる。確かに、一部の人はこういう問題を借りて 中日関係に水 をさしたがっている。だから両国交渉のさいは、この問題を避ける方がいいと思う。こういう 問題は一時タナ上げしても構わないと思う。十年タナあげしても構わない。われわれの世代の 人間は知恵が足りない。われわれのこの話し合いはまとまらないが、次の世代はわれわれより

もっと知恵があろう。その時はみんなが受け入れられるいい解決方法を見いだせるだろう。」 (外務省 HP:日中間の戦後処理と尖閣諸島の関係について。1978/10/25) 

この鄧小平副首相の発言に対して、当時、日本政府や外務省は特段の反論をしてはいない。さ らには、「日中共同声明」やその後の「日中平和友好条約」締結に関わった大平正芳首相、園田 直外相、鈴木善幸首相などの国会答弁その他の発言には、尖閣諸島問題を「棚上げ」とする中 国との暗黙の合意があったことが示されている。 

こうした事実を踏まえれば、いかに後の日本政府・外務省の態度が中国側に対して非礼であり、 不誠実な対応であるかが歴然としている。これは日中関係に緊張をもたらそうとする政治的意 図に基づいたものであり、日中国交回復に努めた先人の業績をないがしろにする誠に不誠実な 対応と言わなければならない。 

このような日本側の不誠実な対応の変化(政権与党である自民党の右傾化――右翼議員の台頭 と良識保守派の衰退による)は、中国側の反発を招き、尖閣諸島をめぐって次第に緊張が高ま っていった。 

そうした状況下、2012 年4月に当時の石原慎太郎都知事が、氏特有の右翼反動的パフォーマン スで、この島の購入計画を示して挑発し、同年 9 月、民主党野田佳彦内閣が中国政府の反発を 和らげ「平穏かつ安定的な維持管理」をするとして、同島を国有化した(共同通信・2012/9/5)。 だが、これは、過去の中国政府との「棚上げ」合意を踏みにじる決定的な誤りであった。 

日本政府は尖閣諸島への主権を主張している。しかし米政府は 1972 5 月沖縄返還時に中台 両国の領有権主張に配慮し、主権の帰属については判断を避けた。今年、改めて「尖閣諸島を めぐっては、米政府は日本の施政権は認めるものの、主権については特定の立場を取らない方 針を堅持している」と報じられた(ワシントン時事・2021/2/27)。このように、日本による主 権の主張は相対的で、国際的に認知されているものではない。確かに日米安保条約第 5 条では 

「施政の下」にある日本の領土をアメリカが守ることを定めているが、日本の主権を完全には 認めていない状況下、アメリカが守ってくれる保証はないのである。 

日本政府がいかに主権を主張しようとも、中台両国も主権を主張している現実がある以上、両 国公船や漁船の尖閣諸島海域侵入をいたずらに騒ぎ立てるのは、紛争の火種を大きくする極め て危険な政治的行為と言わざるを得ない。まして、海上保安庁巡視船や自衛隊艦船が「危害射 撃」可能などとして武力行使を振りかざすことなど、正気の沙汰ではない。日本政府の尖閣諸 島「国有化」宣言を既成事実化させまいとして、あえて「領海」(中国側からすれば自国の領海) 侵入を図ってくる艦船との衝突が不測の事態を招きかねないからである。 

1978 年の日中平和友好条約の第 1 条第 2 項には、「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武 力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」 とある。尖閣諸島問題は、あくまで当事国の外交 で解決すべき問題である。そのためには、「棚上げ」合意を破った誤りを認め、中国側との協議 を開始するべきである。その協議では、お互いが「領海」とする海域の自由航行と両国漁船の

操業の安全を保証する日中漁業協定の再確認が求められる。 

領土や領海の主権をめぐって対立した場合、絶対に戦争はしないと誓った日本には、外交努力 による妥協的平和的解決以外に選択肢はないのである。尖閣諸島の場合、小さな無人島でもあ り、漁業の安全操業が保証され、海底資源の共同利用など、相互に利益が得られる妥協的解決 ができるはずである。 

中国との「棚上げ」合意を破って「国有化 」を死守し、アメリカの後ろ盾を頼りに武力行使も可能とする 小競り合いを繰り返して得るものは何か。それは、偶発的な武力衝突をもたらし大きな戦争の引き金 とも なり得る危険性の増大であり、漁業の安全操業も資源の有効活用もできない結果をもたらすも のでしかない。 

前記「日中平和友好条約」の第 2 条には次の反覇権条項がある。「 (両国の)いずれも、アジア・太 平洋地域において……覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかな る国又は国の集団による試みにも反対する……」 。日中両国政府は今こそこの条約に従い、尖閣諸島 をめぐる緊張の緩和を図るため、誠実な外交努力を開始すべきである。 

憲法前文にある「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の 玉条を改めて噛みしめ実践すべきときである。 

2021 3 5 日)

 

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