『布施杜生』の紹介

先ごろ、戦争体験を語るよう私が求められたが、抜き差しならぬところに追い込まれた戦地の体験を語るよりも、戦争の危機を警告して非情に弾圧された人たちの実情を伝える方が、適切だろうとの思いが私にある。
その悲劇の最も痛ましい例として作品「布施杜生(ふせもりお)」(『国鉄詩人』2015年秋号掲載)を紹介したい。

布施杜生(ふせもりお)

ゆき・ゆきえ

布施杜生という珍しい名前の人がいる
父は戦前からの左翼弁護士布施辰治で
トルストイ(杜翁)の非戦論と人道主義に感銘し
その一字をもらって三男につけた

杜生は一風変わった娟(けん)介な人で
ドモリでもあり
自分の名前のことで 小ブル的センチメンタリズムと
猛烈に父をけなし
京都大学の学生時代に学生結婚の問題で
父と袂(たもと)を分かった

野間宏の小説「暗い絵」に
彼をモデルにした木山省吾が書かれている
「深見進介は …… 木山省吾の横に立ったまま、木山省吾の汚い見すぼらしいよれよれの夏の学生服を着けた、薄い肉のない、何処か身体が或る箇所に不治の病気を持っているような頚筋を見つめながら、意味のない言葉を云った。少し尖った大きな耳の後に、項の毛がちぢれて垢のついているような木山省吾の頚に目をやり、彼は右ポケットの煙草を探った。」
「『信じんね、俺は。』木山省吾が強く云った。そして胸幅の狭い栄養のよくない虚弱そうな上半身を右に向け、漸く伸び出した髪の毛が羽毛の伸び始めた牝鶏の尻尾のように滑稽に見える頭を左右に振った。」
「病的な何処かに腐敗したものの感じを抱かせるにかかわらず、また何処かのんびりした所のある表情、軽快な機智などの全くない知性、言語反応の遅鈍な頭脳、極めて鈍い挙動、木山省吾はこうした外貌を持ちながら、しかし対人関係に於て極めて鋭敏な神経を持つているのである。彼自身、肉体的の欠陥を持ち、常に苦悩の連続の生活をしている故に、特に他の者の心の苦しみをじっと見抜く眼を持っている。そして彼は他人の苦しみを見抜いた時、それに対してこの上なく細心な心使いをするのである。」

杜生は京都帝国大学文学部哲学科で
田辺元教授に師事したが
やはりこの学生結婚の問題で田辺教授にも反対され
京大を退学する

それより先
京大に入学して二年目
春日庄次郎らが組織した日本共産主義者団の
活動に彼は参加し
「京大ケルン」関係者一同とともに逮捕され
京都山科未決監に収容され
一〇ヵ月後に執行猶予で出所している

出所の翌年
京大退学の元となった
団の同志松本歳枝と東京で結婚し
出版社、ついで業界新聞社に勤める

その年の大晦日
栄養不良の皺だらけの女の子が逆子で生まれ
病弱なこの乳飲み子をかかえた
窮乏のきわみの生活のなかで
杜生は詩歌、小説の創作に没頭する

長女誕生の翌年九月、治安維持法違反の嫌疑で再検挙され
その二年後の昭和一九年二月四日
京都拘置所内独房で衰死
愛児は杜生検挙の二ヵ月後に急逝

中野重治、野間宏監修の
布施杜生遺稿集『獄中詩・鼓動』が
昭和五三年、永田書房から二五〇〇円で刊行された
石田嘉幸に頼んで その古書を五一七円で手に入れた

古書には刊行の栞(しおり)がついていて
「布施杜生のこと」を
中野重治、野間宏、松本歳枝が書いている
中野も野間も杜生の人柄を丁寧に書いているが
一番衝撃的なのは松本歳枝による
杜生検挙のときの記録だ

「布施は将来に明るい展望をもっていた。(一)詩歌集。(二)長編小説。(三)論理学序説。(四)民族史の概念及び方法。これらは近い将来彼が必ずなし遂げるべきはずの、彼の労作の四つのプランであった。」
「それは昭和17年の9月中旬位だったろうか。正確な日は想い出せない。何しろ前の晩はかなり風雨が強く嵐のようだった。嵐ではなく、早い野分けが通り過ぎたのかも知れない。ドンドン、ドンドン、突然激しく玄関の戸を叩く音。
『何だろう』
二人は同時に身を起こした。カーテンを少し引いて硝子戸越しに庭の方を覗いてみたが、外は風もやんでまだ深い暁闇につつまれ静かであった。無気味な予感がスーと走る。間をおいて、ドンドンと又ひつこく繰返してくる。」
「男どもは総勢で六、七名位いた。彼等は警視庁特高課の私服刑事だった。」
「彼等は前と後に別れ、杜生を真中に挟んで、ぞろぞろと動き出した。玄関の上り間口の柱のところまできて、ガチャリと杜生に手錠がかかった。と、突然
『俺は行きたくない!俺は行けないんだあ――』
びっくりする大声で杜生は叫んだ。そして柱にしがみつき、オンオンと声を挙げて泣き出した。一瞬たじたじとなって刑事どもはお互いの顔を見合わせたが妙に白けた気分で沈黙した。
『なに大丈夫ですよ。そう四、五日で帰れますからね……』
年輩の刑事が困惑しきって、幼児をなだめるように、柱から彼を引き離そうとした。
『いやだよ!俺はいま行けないんだ!』
杜生は地だんだ踏んで癇癪玉を破裂させて、もっともっと大声を張り上げて泣き叫んだ。
『仕様がねえなあ……』
誰かが云うと、他の者も薄ら笑いを噛み殺した。やがて、きりがないと云う顔で、背後にいた男が、手荒くドーンと杜生の背中を押した。そして、罪人を引き立てるように彼を家の外へ引きずり出した。」

「いやだよ!」
杜生の叫びは いま私の身体のなかで
改憲をねらう人たちに
的をしぼって 響きわたる

<付記>
もし、戦争の実相を知りたいと願う若い読者がいるなら、私は東史郎『わが南京プラトーン―一召集兵の体験した南京大虐殺―』(青木書店、1996年刊、定価2060円)をお勧めしたい。筆者、東氏は京都府出身、昭和12年京都第16師団に入隊、南京攻略戦などに参加、昭和14年除隊。この間、行軍「日誌」を書き続け、それを帰国直後に清書したものが本書。
本書の「まえがき」は次のように始まっている。
『わしは……、機関銃で……むごいことをした』
病床から、やせた腕をしっかりとのばし、私をつかみながら、元機関銃中隊隊員の老兵は悔恨と懺悔の涙にかきくれていた。」
「その老兵は、私の手を握って離さなかった。涙がとめどなく流れ、彼の頬をいく本もの光る筋となって止まなかった。

天皇陛下の「生前退位」に賛同を

最近、天皇陛下の「生前退位」の話題が良く目につく。

右のほうから「絶対反対」の論調が聞かれるが、左からは音沙汰なしである。

このままでは「生前退位」が吹っ飛んでしまう。

護憲派としては「生前退位」に諸手を挙げて賛同すべきである。

かつて「女帝」の問題が上がったこともある。

私は「女帝大賛成」と言っていた。

護憲派の多くは「非武装中立、天皇制反対」である。

私も同じ立場だ。

だからと言って天皇制を論じないというのは誤りだ。積極的にかかわって、より良い制度にしなければならない。

天皇制の何がいけないのか。護憲派の中に「身分制度」という人が多い。

私は「天皇の神格化」と思っている。

護憲派の言うように、直ちに天皇制をなくすことは無理である。

でも、「神様」でなくすることは可能だ。まずは「万世一系=男系」を破ること。「女帝」推進である。

そして「生前退位」だ。生前退位が認められれば天皇は国家公務員の「天皇職」になる。

皇族から「定年制」の話が出たこともあるらしい。

これも、国家公務員の「職」レベルの話になる。身分制度でもなくなる。

「象徴」として居て戴いていいのでは。多くの国民も望んでいるのだから。

私達も声を上げよう。「生前退位」賛成と。

映画のなかの言葉

綾瀬はるかさんによる朗読劇、映画「いしぶみ」観ました。

ヒロシマって、ともすると、遠いことだと思っちゃう。
遠いむかし。白黒の映像、白黒の写真。
ものすごく怖いけど、何もかも今とは違う遠い世界。

でも、アイスクリームって聞いたら、えっ?って思った。なんだか変だけど、アイスクリームが、白黒の世界と今ここにいる私をつなぐかけ橋みたいに思えちゃったんだ。アイスクリームが妙に心の中に浮かび上がっちゃって。

今、私はヒロシマを知っている。知らなかった人達が作った歴史と同じ歴史を、知っているのに作っちゃだめだって、ほんとに思う。

映画は8月中旬まで、ポレポレ東中野で観られます。

2016年7月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : きくこ

放送法って何だろう

映画『海よりもまだ深く』観てきました。
是枝裕和監督の作品の鑑賞はこれがはじめて。これを機に、今の自分の時間と空間の使い方を考え直してみようと思いました。気づかないうちに昔とは変わってたなーと。樹木希林さんの落ち着いた演技が良かったな。息子役の吉澤太陽くんの演技もとっても自然で良かった。
ところで、この是枝監督がご自身のホームページ上で表現の自由に関して放送法の歴史を紐解いていらっしゃるのがとてもわかりやすい。本来は第三者機関が持っていた放送局への監督権を、国民の目の届かぬところで、ちゃっかりと政府が手にするまでのいきさつもわかる。放送法を理由に国家が放送局を取り締まるのはやっぱりおかしい。
法律って為政者に都合よく読み替えられちゃうことが多いから、ちょっと法解釈ずれたぞ、という時点で随時指摘していかないと、いつの間にか修正のきかないような読み替えが慣習になっちゃったりするので、自由を抑制するような内容を含む法律には気をつけなきゃいけないな、と思いました。
是枝監督のホームページの論考は今回はじめて選挙権を得た人達に向けてのメッセージにもなっているので選挙の参考にもなりそう。

行政府の越権

「国会解散は首相の専権事項」の空語が常識化されて久しく、それによって、この夏の衆参同日選挙との噂が飛び交わない日はなく、これでは「国会は、国権の最高の機関」(憲法第41条)との条規は空文に等しい。一行政府の長の胸先三寸によって国会が揺すられ、脅かされるようなことは、まともには考えられなく、このままでは、第二次大戦の悲惨な経験から生まれた条文「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」(憲法前文)との強い警戒感は、藻屑になろう。

憲法の解釈について様々な学説はあるにせよ、「国会は、国権の最高の機関」の大綱を忘れて何の意味があろう。さらに「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令(判例)……は、その効力を有しない。」(第98条)と定められているのに。

行政府の越権をいつまで黙視するのか。「専権」に対しては誰も卑屈で、無気力で、冷淡で、従順であってはならない。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(第12条)と、明示されているのだから。憲法からの逸脱を重ねる安倍首相の専横を前に、国会議員、マスコミ当事者の自覚と奮起を促したい。

風とともに去ったのか立法府の優位

 このごろ衆院予算委員会のTV中継放映を見ていると立法府の行政府に対する卑屈さが感じられて仕方がない。「政府寄りでない」野党議員が首相に、「お願いします」とか、質問の締めくくりに「有難うございました」と礼を言っている。
 憲法前文第1項第1文の「正当に選挙された国会における代表者を通じて」国民が行動するのが、わが憲法の最高政治原則であり、これに対比して、政府には、その「行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」、国会は厳格に憲法を適用して政府を統御しなければならない。
 憲法によって、国会が国権の最高機関であって、内閣は国会によって、その職を与えられる下級機関でありながら、国会のひな壇に大臣が座り、議員は平場に座らせられている。アメリカでは国務長官ですら平場にあって、ひな壇にいる議員の質問に答えている。
 これらのことはパンフ『日本国憲法が求める国の形』作成の過程で、私が教わったことだが、アメリカの大統領制、日本の議院内閣制という政治制度の違いが、国会と政府の重み逆転の原因なのだろうか。どうしてもそうとは考えられない。
 日本の議員は自分で行政府の立法府に対する優位を日本の常識にしようとしているとしか見えない。だから2月10日の衆院予算委員会で「次の選挙前に議員定数削減を決めよ」と迫る野党議員に、首相は2021年以降に先送りすると答弁する過程で、「総理の国会解散権は何ら制約されるものではありませんが」との片言をぬけぬけと公言しても、会場になんの風波も立たないほど、行政権の立法権に対する優位が常識にまでなっている、と憤慨するのは、古風過ぎるのだろうか。
 憲法制定時にあったと思われる立法府の優位は風とともに去ったのだろうか。

2016年2月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 福田 玲三

憲法は断末魔を生きている

安保法案が通って、憲法9条はなくなったなどの話があふれているらしい。またまた騙されて、安倍の思い通りになるんじゃない。憲法も、9条もの生きているのだ。
依然として、自衛隊は専守防衛。つまり、先に銃を撃ってはならない。通常の軍隊ではありえない。敵を見たら即殺すのが軍隊なのだから。これは9条の縛りだ。
憲法76条第2項に「特別裁判所はこれを設置することができない」とある。明確に軍法会議を禁止している。
戦地に行って、脱走する兵士がいても、今の法律でしかさばけない。軍は普通に「軍法会議」という「軍裁判所」を持っている。これがなければ、脱走兵や敵前逃亡に速効的・効果的な裁判が出来ない。いまの自衛隊は一般の裁判にかけるしかないのだ。
憲法が死んだと思って捨てるか、生きているところを最大限活用するかに今後がかかっている。憲法は断末魔を生きている。負けてはならない。

2015年12月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 大西

辺野古バス体験談

20150712辺野古バス沖縄のイベントでこのバスのチラシを見て、私も行って来ようかと思ったら、乗車体験談が届きました。
魚住 昭さんのウェブマガジン「魚の目」からの抜粋です。
週刊現代に連載したもの。http://uonome.jp/article/uozumi-wakimichi/3007
。。。。。。。。。
もし機会があったら、一度乗ってみられるといい。那覇市の沖縄県庁前から毎朝10時に出発する辺野古バス(「島ぐるみ会議」運行)に、である。 予約は不要で料金は往復1000円。たったそれだけで辺野古(那覇から約60㌔北東)の美ら海を眺め、新基地反対運動の現場を見ることができる。 私が乗ったバスの同乗者は30人。6割強が那覇市近辺の住民で、あとは北海道や東京、大阪などから来た人たちだった。 乗車前、私の気持ちは少し重かった。だって沖縄に基地を押しつけているのは「本土」の私たちだ。基地を引き取ろうともせず、現場を見学に行っても地元の人たちには迷惑なだけだろう。冷ややかな視線を向けられても仕方ないと思っていた。
ところが車内の空気はまるでちがった。和やかだ。60代後半と思しき沖縄女性が仲間とマイクを握る。「私たち、ぴちぴちの辺野古フラワーズです。ドライフラワーじゃないですよ(笑)。歌いたくてうずうずしてるんですが、いいですか」と断って、山本リンダのヒット曲「どうにも止まらない」の替え歌をノリノリで歌いだした。

♪噂はまったくその通り おいらの狙いは9条さ いつでも戦のできる国 それがおいらの夢なのさ ああ憲法は変えればいいさ お友達で決めればOKさ 魔法の言葉 解釈改憲 もう どうにも止まらない

これを皮切りに皆が替え歌を次々と歌う。その中には抵抗の志気を鼓舞する歌もあれば、自分たちの姿を戯画化して笑い飛ばす歌もある。傑作だったのはやはり辺野古フラワーズの「呆けない小唄」である。

♪辺野古 辺野古で今日もゆく 笑い忘れず よくしゃべり 頭と足腰使う人 辺野古大学 呆けません ♪入れ歯入れても 白髪でも 頭はげても まだ若い ゲート前での座り込み 座るだけなら まだできる♪ ゲート前での座り込み 後ろ機動隊迫り来る 駈けてるつもりが ノロノロと 息を切らして 呆けません

爆笑の渦である。ああ、こうして「本土」の人間をもてなしてくれているんだなと私は感じた。彼女たちにも心の底では言いたいことが一杯あるだろう。でも、そんな素振りは微塵も見せない。どこまでも朗らかだ。

米軍テニアン島移転案

20151106

1973~76年に米政府がテニアンに米軍基地を 整備することを検討していた計画案の文書

米、在沖海兵隊撤退を検討 復帰直後 機密文書明記 日本が残留望む

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151106-00000006-ryu-oki

全保障会議(NSC)が1973~76年に、72年の沖縄復帰を契機とした政治的圧力で在沖米海兵隊を撤退する事態を想定し、海兵遠征軍をテニアンに移転する案を検討していたことが、機密指定を解除された米公文書などで分かった。遠征軍は米本国以外で唯一沖縄に拠点を置く海兵隊の最大編成単位。米海兵隊は普天間飛行場などを運用しているが、当時米側はその「本体」である海兵遠征軍ごと沖縄から撤退し、テニアンに移転することを想定していた。文書はテニアンに滑走路や港湾などを備えた複合基地を整備する必要性に触れ、同基地は「返還に向けて沖縄の戦略部隊や活動を移転できる」とした上で、対応可能な部隊として「最大で遠征軍規模の海兵隊」と挙げている。日米両政府が沖縄を海兵隊の駐留拠点にする理由として説明する「地理的優位性」の根拠が一層乏しくなった形だ。
米軍統合参謀本部史によると、73年に在韓米陸軍と在沖米海兵隊を撤退させる案が米政府で検討され、国務省が支持していた。同文書もテニアンの基地建設に言及しているが、計画は74年に大幅縮小された。理由の一つに「日本政府が沖縄の兵力を維持することを望んだ」と記し、日本側が海兵隊を引き留めたこともあらためて明らかになった。
文書は野添文彬・沖国大講師が米ミシガン州のフォード大統領図書館で入手した。野添氏は統合参謀本部史でも詳細を確認した。
フォード図書館所蔵の文書はNSCが73~76年に作成した「ミクロネシア研究」つづりに含まれている。海外の基地は「受け入れ国からの政治的圧力に対して脆弱(ぜいじゃく)だ」と分析し、米領内での基地運用を増やす利点に触れている。
一方、米軍統合参謀本部史(73~76年)は、ニクソン政権が73年2月の通達に基づき太平洋の兵力を再検討、在沖海兵隊と在韓米陸軍の撤退を含む4案を議論したと記している。国務省は77~78年度にかけ最大の削減案を支持、軍部は最少の削減を主張した。73年8月、大統領は「現状維持」を選んだ。統合参謀本部史は「沖縄返還で当初予想された部隊移転を強いられることにはならなかった」と振り返っている。(島袋良太)

緊急署名と、9条ノーベル賞賛同サイトをご紹介します。

下記のご検討いただければ幸いです。
前者は弁護士さんたちの声明を読んでも納得でき(若手弁護士中心ですが伊藤真さんも参加、後藤さんたちはもっか不参加)、よさそうな切り口に思いますが蟻の一穴になれるかどうか。
とりあえず、考え得る抗議表現は何でもトライ、賛同者も多いほうがいいと思います。
締め切りまで24時間を切りましたが、署名自体は簡単ですぐにすみ、ネット環境にない方々の代筆も可、というのもいいですね。

=====
★緊急署名のお願い 締め切りは明日25日10時AM!
先日の参院特別委での強行採決はまったく意味不明でしたが、あの混乱の最中、安保関連法案2本以外に3本、合わせて5本の採決をした(!)ことになっているそうです…絶句。
ここまで国会と国民を愚弄したやり方が「議決」の前例となること自体、将来に禍根を残すかもしれず、現在を生きる私たち同世代人の恥とも感じます。
そこで緊急署名、もっか筆数急増中!
今国会の会期末(9月27日)までに署名簿を提出するため、9月25日午前10時が締切りです。
ネット署名が主になるため、代筆も可能!住所は都道府県名だけでいいそうで超簡単、是非ご検討下さい。

> 「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」への賛同のお願い
http://netsy.cocolog-nifty.com/fusonnzai.pdf
http://form1.fc2.com/form/?id=009b762e6f4b570b

弁護士によるわかりやすい指摘
参議院特別委員会での安保関連法案の議決の不存在確認及び審議の再開を求める声明」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/bengoshiyusi_seimei.pdf#_ga=1.268685425.1699058439.1443009869
https://www.facebook.com/asunojiyuu/posts/889311564437370

★「日本国憲法9条にノーベル平和賞を」賛同署名のお願い
昨年はエントリーできて一度は受賞予想のトップになりましたが、
残念ながら受賞には至りませんでした。
今年こそ、私たち国民がこの運動をこぞって支えることによって、
「立憲主義も、議会制民主主義も、国民主権も、平和主義も、土足で踏みにじったクーデター政権」に対し、
世界中の注目と警戒を喚起しませんか?!

日本国憲法第十二条:
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。」

なお、昨年来すでに賛同された方は署名をご遠慮下さい。
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