(弁護士 後藤富士子)
1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 現在焦眉の急となっている「安倍9条改憲」案は、憲法9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。その1項は「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そ 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 民法は、父母が婚姻中のみ共同親権としており、父母が法律婚をしていない場合や離婚した場合、父母のどちらか片方の単独親権としている。婚姻中のみであっても父母の共同親権とされたのは、単に「両性の平等」というだけでなく、それが「子の福祉」に適うと考え 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 「法曹コース」「在学中受験」への法改正が意味するもの
「法科大学院」は、多様な経歴をもつ法曹(裁判官、検察官、弁護士)の育成を目指し、実務を担う専門職大学院として2004年以降 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 昨年11月17日の土曜日に開始された「黄色いベスト」運動は、フランス全土で展開された。行動の直接的な契機は燃料税の引き上げだった。SNSで拡散された彼らの主張(2018年11月29日発表・12月5日訂正)は、次のようなものである。 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 次期天皇になる皇太子は、美智子皇后が定めた「なるちゃん憲法」を指針として育てられた(と記憶している)。多才な美智子皇后は、オリジナル子守唄まで作って歌っていたという。その「なるちゃん」が天皇になるのだ。
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(弁護士 後藤富士子)
1 「こころざしつつたふれし少女」
伊藤千代子(1905~29)は、2歳で母と死別し、翌年には実父が離縁になり、養祖母に育てられたが、14年(小学3年生)に亡母の実家へ引き取られた。諏訪高女へ入学した18年、アララギ歌人 続きを読む
2019、2、19、 田中 宏
第一報を聞いた時、「やはりね…」というのが私の感想だった。その感想には、それなりの経緯があるので、ここに書き留めておきたい。
1960年の「安保闘争」の直後、私は、一橋大の指導教授から、北京 続きを読む
(弁護士 後藤富士子)
1 「慰安婦問題」は天皇の謝罪で解決できる・・・
韓国の文喜相国会議長は、2月7日に行われた米ブルームバーグ通信とのインタビューで、慰安婦問題について天皇が元慰安婦に直接謝罪すれば解決できるとの考えを示した、と報道されている(2月10日朝日夕刊)。文氏は「一言でいいのだ。日本を代表する首相か、間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方(天皇)は戦争犯罪に関わった主犯の息子ではないか。おばあさんの手を握り、申し訳なかったと一言言えば、問題は解消されるであろう」と語ったという。
ちなみに、今年1月28日に亡くなった元慰安婦・金福童さんは、日本政府に「心からの謝罪」を求め、2015年末に朴槿恵政権が強行した日韓合意について「歴史を売った」と韓国政府を厳しく批判した。彼女が14歳のときに、日本人と一緒に韓国南部居住地の区長と班長がきて「娘を軍服を作る工場に出せ。拒否すれば反逆者だ」と脅し、連れて行かれた先は中国・広東の慰安所だった。1日に15人、時には50人を超える軍人の相手をさせられた。インドネシアやマレーシアなど前線を連れ回され、米軍の捕虜収容所などを経て、終戦から2年後に帰国を果たした。この壮絶な被害体験を語る真意について、彼女は「私たちはお金がほしいわけじゃない。女性だもの、知られるのがつらいときもあった。でも私たちは尊厳を回復したいのです」と述べている(2月8日赤旗「潮流」)。
なお、李在禎・元統一相は、日本では65年の日韓請求権協定で解決されたとの意見が強いが、韓国の多くの被害者は今も心に傷を負い、癒されていない、と実情を述べている。そして、韓国の国民は、慰安婦問題や歴史教科書の問題で日本国内から出てくる言動を見るたびに、心から謝っているわけではないと感じてしまうのだという(2月11日朝日日刊)。実際、日本政府は、元慰安婦が亡くなったとき、弔問や弔花を行っていない。金福童さんは、謝罪の手紙1枚でも送ってほしいと言っていたという(2月14日朝日日刊)。
要するに、日本を代表する安倍首相の「カネで解決した」という態度が、韓国の反発を招いている。安倍首相は、「天皇の謝罪」という韓国国会議長の発言に怒り狂う前に、日本国憲法で国政に関する権能を有さないとされる天皇に代わって、「心からの謝罪」をするのが筋である。ちなみに、憲法3条は、天皇の国事行為に対する内閣の助言・承認と責任を定めている。
2 「八月革命」の真相 ― 日本は主権国家ではない?
宮沢俊義は、ポツダム宣言の受諾により、天皇主権から国民主権になったとし、主権者の交代をもって「革命」と説明した。
しかしながら、ポツダム宣言受諾から対日講和条約発効までの占領期における日本の法体制については、「占領体制」自体が固有の法体制と考えられる(長尾龍一『日本憲法思想史』講談社学術文庫、1996年)。すなわち、ポツダム宣言を憲法とし、マッカーサーを主権者とする絶対主義的支配体制。新旧両憲法ともにこの主権者の容認する限度でのみ効力をもち、主権者は両憲法に全く拘束されない。主権者が法に拘束されるのが法治国家であるならば、日本は法治国家でない。日本国民の意思は議会や政府を通じて表明されるが、主権者はこれに拘束されず、これを尊重するのはあくまで恩恵である。民意による政治が民主主義なら、これは民主主義ではない。
この立場から、「八月革命」説は次のように批判される。間接統治とはいえ占領軍の統治を受け、いわば占領軍を主権者とする体制において、そのことを捨象して天皇主権とか国民主権とかがありうるかのように議論している点である。比喩的にいえば、ポツダム宣言受諾によって、主権は天皇から国民にではなく、マッカーサーに移ったのである。
このことを最も雄弁に物語るのは、日本国憲法9条による戦後日本の武装解除とその後の再武装(1950年の警察予備隊創設)である。後に自衛隊となる実力組織の創設は、ポツダム政令によって行われた。戦後日本の非武装を決定した権力と同じ権力が、いかなる民主主義的プロセスをも抜きにして再武装を命じたのである。
なお、日本国憲法の制定過程をみると、明治憲法の改正手続に則って、昭和天皇が草案を発議し、最終的に裁可して改正されたという点で、欽定憲法である。すなわち、日本国憲法は、形式において欽定憲法でありながら、内容において主権在民であり、民定憲法である。しかし、国民主権における「国民」は制憲過程において一貫して不在であり、GHQが日本国民の主権者としての地位を代行・擬制しているにすぎない。この矛盾をもって、枢密院での議決において新憲法に反対したのは美濃部達吉だけであった。
3 天皇制の存続・戦争放棄・沖縄の犠牲化
「占領政策の道具としての天皇」といわれるのは、日本人は真の民主主義あるいは真の人民主権を実行する能力がない、天皇がそうせよと命ずる場合にのみ、「民主主義」を受け入れるだろうという見解をマッカーサーが有していたからである。ジョン・ダワーは、「天皇制民主主義」と呼び、マッカーサーの発明としている。このためにこそ、天皇の戦争責任の免責が必要だった。そして、「昭和天皇は平和主義者で、戦争責任は一切ない」という物語が作出されたのである。
一方、天皇制を守るために、戦争放棄が必要だった。「ヒトラー、ムッソリーニに比すべきヒロヒト」と考える人々が世界中にいた。国内でも、敗戦の責任を取って退位すべきであるという主張は、三笠宮や木戸幸一からも出されていたほどである。こうした国際世論と国内世論を納得させるためには、日本が完全なる非武装国家となるという大転換を打ち出さなければならなかった。
ちなみに、マッカーサーは、昭和天皇の退位を強硬に禁じた。GHQは、1946年の明治節(11月3日)を新憲法の公布の日とし、また、48年の12月23日、当時の皇太子(平成天皇)の誕生日にA級戦犯を処刑したが、この時ばかりは昭和天皇も「辞めたい」と側近にもらしたという(原武史『昭和天皇』岩波新書、2015年)。天皇の上に「青い目の大君」といわれたマッカーサーが君臨していたのである。
「天皇制の存続」は憲法9条による絶対的な平和主義を必要としたが、他方で、日米安保体制を、すなわち世界で最も強力かつ間断なく戦争を続けている軍隊が「平和国家」の領土に恒久的に駐留し続けることを必要とした。この矛盾に蓋をする役割を押し付けられたのが沖縄である。沖縄は、天皇が象徴する「日本国」や「日本国民の統合」から予め除外されていた。
ところで、私も「八月革命」説に全く疑問をもたなかった一人であるが、日本国憲法の成り立ちと象徴天皇制について、もっと深い学習が必要だと痛感している。
【参考文献】
白井聡『国体論―菊と星条旗』(集英社新書)
なお、本文2,3に引用した文献は、上記の孫引きです。
〔2019・2・14〕
(弁護士 後藤富士子)
1 「徴用工」裁判は私人間の民事訴訟
「徴用工」裁判について、専ら1965年に締結された日韓請求権協定の問題として論じられている。しかし、私は、まず「時効」の問題が頭に浮かんだ。原告は第二次大戦中に強制労働をさせられた韓国人、被告は新日鉄住金、三菱重工など日本の私企業であり、第二次大戦中の不法行為責任を問う民事訴訟である。仮に日本の裁判所であれば、「時効」「除斥期間」の問題で、原告の請求を棄却するのではなかろうか。この点は、韓国の本件準拠法がどうなっているのか。この種の被害者の名誉と尊厳の回復のために、請求権の「消滅時効」について特別の立法措置がとられているのかもしれない。
私人間の問題ではないが、国に対する関係では、盧武鉉政権下の2005年に「過去事整理基本法」が国会を通過し、「真実・和解のための過去事整理委員会」が設立され、足掛け5年の間に8000件に及ぶ事件の真相が明らかにされた。国による恣意的な人権蹂躙、暴力・虐殺などの事案を究明し、国がその過ちを認めて被害者たちの名誉を回復し、金銭賠償をするだけでなく、和解のために、「心からの謝罪」と「過去の事実を整理して被害者の名誉を回復すること」を目指した。「過去事整理基本法」は時限立法で申請期間が定められていたが、「過去の疑問死真相糾明法」や「光州補償法」など類似の法律では、法改正によって申告期間を延長している。
ちなみに、「過去事整理委員会」の真相究明決定によって、多くの事件で再審が開始され、誤った過去の裁判が正されている。盧武鉉大統領が直接乗り出して取り組んだ「済州島4・3事件」(1948年4月3日、南北に分断された朝鮮半島の南部だけで総選挙を実施するという国連案に、分断が固定化するとして反対する南朝鮮労働党の済州島組織が武装蜂起したことがきっかけとなり、多くの住民が無差別に殺害され、軍事裁判により内乱罪などで関係者が有罪判決を受けた)の元受刑者18人が求めていた再審で、今年1月17日、済州地裁は、事実上の無罪となる公訴棄却の判決をしている。
なお、2014年に起きたセウオル号事件でも、遺族が長期のハンガーストで求めたのは、「真相究明のための法」であった。日本では、「真相究明のための法」という発想すらなさそうである。真相究明は訴訟でなければできないと考えられがちであるが、私人間の民事裁判で真相が明らかになるとは期待できない。現在問題になっている「強制不妊手術」の被害救済に関する国会論議をみると、国民全体が加害者として謝罪し、僅かな見舞金を定める法律で対応しようとしている。これでは、真相究明も和解もできないが、かといって司法に救済を求めても、期待する結果が得られる保証はない。
2 大法院前院長の逮捕
今年1月24日、ソウル中央地検は、元徴用工らの訴訟を遅らせた職権濫用などの疑いで大法院前院長・梁承泰を逮捕した。元徴用工が日本企業を相手取った賠償請求訴訟をめぐり、大法院が当時の朴槿恵政権の意向をくみ判決を先送りしたとされる裁判への介入や、憲法裁判所の内部情報不法収集など40あまりの嫌疑がもたれている。余談だが、「職権乱用罪」といえば、共産党の緒方副委員長宅電話盗聴事件で「密かに行えば職権乱用罪に該当しない」という通説・判例に驚愕したけれど、韓国ではどうなっているのであろうか。
検察は、大統領府による司法への介入は、「憲法秩序を脅かす重大な犯罪」と指摘し、メディアも「大統領府との『裁判取引』は、三権分立と司法権の独立という国家の基本的な枠組みと憲法秩序まで危険にさらす」とし、逮捕について世論の多数も支持している(1月25日赤旗)。安倍首相は、文大統領に対して、大法院判決を無効化するように迫っているが、「陳腐」というほかない。それは、ハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』で指摘したように、「悪の凡庸」を思わせる。
翻って、韓国でこういう議論が国民多数の常識となっているのは、主権者である国民が「民主憲法争取」の経験をもち、また、弁護士として「民主憲法争取」を国民と共に闘った盧武鉉や文在寅が大統領になっているからではないか。ちなみに、韓国の最低賃金引き上げや労働時間の上限の大幅な引き下げ(「夕方のある暮らし」)など「働き方改革」では、「実現不可能」に見える政策でも、とにかく実行して、それで矛盾が出てきたら、それを解決していく、というやり方をしている(1月28日朝日新聞「課題露呈 国・企業の対策始動」)。
3 トランプ大統領の「政府封鎖」
メキシコ国境の壁の建設は、トランプ大統領の目玉公約であった。しかし、昨年11月の中間選挙では下院で野党民主党に大敗し、「ねじれ議会」になった。大統領は、壁の建設費を政府機関の閉鎖と絡め、閉鎖を「人質」に民主党に妥協を迫る戦略を取った。
一方、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、一般教書演説を「人質」に政府再開を迫った。一般教書演説は下院本会議場で開く上下両院合同本会議で行われるが、下院議長が大統領に招待状を送り、同演説のため大統領を招くことを承認する決議案を両院が通して実現する。決議案採決は形式的で、通常は両院とも発声投票で可決される。ペロシ下院議長は、自らの権限である「招待」の時期を遅らせることで対抗したのである。
世論の多数は政府閉鎖は大統領に責任があるとし、トランプ支持率も40%を切る過去最低レベルとなった。さらに、閉鎖の影響で航空管制職員らが欠勤したため到着便の受け入れを一時停止する空港がでるなど混乱が追い打ちをかけた。そこで、1月25日、大統領は、35日間続いた政府閉鎖を一時解除する決断をした。
争点は、メキシコ国境の壁の建設予算であり、大統領の前に下院の「壁」が立ちはだかっている。一方、大統領が国家非常事態宣言を利用すれば、自ら歳出法案の成立を認めて政府を再開し、議会の決議がなくても壁建設を独自に進めることができる。しかし、大統領の国家非常事態宣言の権限は憲法で定められたものではなく、その権限濫用を防止するため議会は1976年国家緊急事態法を制定し、宣言時には大統領に何が「非常事態」かを明示するよう求めている。壁の建設で非常事態を証明できるか疑問視され、民主党は大統領を裁判に訴える構えでいる。
この応酬をみると、「権力分立」の、なんとダイナミックなことか! その基盤にあるのは、政治を法律に変換する能力を有する膨大な法律家の存在であろう。
4 のさばる「行政」、かすむ「立法」「司法」
韓国でも米国でも、政治が法律に変換されていく。それを日本に当てはめれば、まず、国権の最高機関であり唯一の立法機関である国会でその変換作業が行われ、行政が法律の執行という権限を逸脱すれば、司法の場で法律の適用によってチェックされる。すなわち、法律家は、「司法界の住人」という以上に、立法によって「政治を法律に変換する人」でなければならないのである。
そうすると、最高裁の統制する「司法修習」によって、法律家(lawyer=弁護士)ならぬ「法曹三者」が養成される現行制度を抜本的に改めることから始めるべきではないか。ちなみに、平成天皇の国会開会最後の「お言葉」で、「国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」と述べられている(1月29日各紙報道)。
〔2019・1・31〕