「単独親権制」は、なぜ廃止されないのか?

(弁護士 後藤富士子)

1 民法の「親権」についての条文の冒頭に「成年に達しない子は、父母の親権に服する。」と規定されている(第818条1項)。ところが、父母が未婚や離婚で「婚姻中」でない場合には「成年に達しない子は、父又は母の単独親権に服する。」と規定されている(第819条)。
 なぜ、父母が「婚姻中」でないと単独親権になるのか、合理的な理由が思い浮かばない。むしろ、憲法第14条が禁止する、「社会的身分」により「社会的関係」において差別するものではないか。また、憲法第24条2項に定められた、「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した」法律という点でも、明らかに反している。

2 「親権」は、戦前の民法にも規定があった。戦前は家父長的「家」制度であり、「戸主」(「家に在る父」または「家に在る母」)の単独親権であった。
 ところが、「家」制度は日本国憲法第24条に抵触するので、廃止された。「親権」についていえば、婚姻中は「父母の共同親権」となり、未婚や離婚の場合の単独親権についても「父母のどちらか」という点で、性に中立となった。問題は、単独親権者を決める方法である。まず、父母の協議によるが、協議がまとまらなければ、家庭裁判所が決めることになった。
 ちなみに、戦前の「家」制度の下では、国家との関係で、「家」は自治体であった。だから、単独親権であっても、国家が介入することはなかったのである。それが、「家」制度の廃止によって「家」という自治体も完全に破壊され、夫婦親子という「核家族」は国家の直轄領地になったというわけである。

3 一方、「親権」の法的意義について、民法には正面から規定した条文がない。そのことに法律家が疑問すら感じないできたのは驚くべきことである。
 当該子の養育について何の責任も負わない官僚裁判官が、なぜ父母のどちらか一方を単独親権者に指定して、他方の親の親権を剥奪できるのか? 実質的な正当性を示せないのに、条文で規定されているからといって、疑問も持たずに無責任な単独親権者指定ができてしまうところに恐ろしさを覚える。ちなみに、憲法第76条3項は「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めている。
 ところで、ドイツ基本法第6条2項では、ワイマール憲法に由来する「子の養育及び教育は、両親の自然の権利であり、かつ、第一次的に両親に課せられる義務である。国家は、両親の活動を監督する。」という規定がある。すなわち、「親権」は、両親の自然の権利であり、国家は両親が第一次的に課せられている義務の履行を監督するという構造である。
 「家」制度の廃止によって国家の直轄領地になってしまった日本の「家族」であればこそ、このような規定が必要である。それには、民法第820条を総則に置き、第1項「子の養育及び教育は、両親の自然の権利であり、かつ、第一次的に両親に課せられる義務である。」、第2項「国は、両親の活動を監督する。」と改正すべきであろう。それによって、「家」制度の名残である単独親権制を廃止できる。

(2021年5月13日)

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2021年5月13日 | カテゴリー : ⑨その他 | 投稿者 : 後藤富士子