緊急警告056号 教科書への政府介入を許すな

文部科学省は9月8日、慰安婦問題や第2次大戦中の朝鮮半島からの徴用を巡る教科書の記述について、教科書会社5社から「従軍慰安婦」「強制連行」との記述の削除や変更の訂正申請があり、同日付で承認したと明らかにした。政府は4月、「従軍慰安婦」という表現は誤解を招く恐れがあるとして、単に「慰安婦」とするのが適切とする答弁書を閣議決定。朝鮮半島から日本本土への労働者の動員を「強制連行」とひとくくりにする表現も適切でないとした。(2021.09.08日経新聞電子版)

 菅内閣は、2021年4月27日の定例閣議において、日本維新の会、馬場伸幸議員の「従軍慰安婦」や「強制連行」「強制労働」という表現の不適切性を訴えた質問主意書をそのまま是認した答弁書で、「従軍慰安婦」は単に「慰安婦」、「強制連行」は「徴用」の表現が適切であるとし、「強制労働」に該当するものはなかったとの閣議決定を行った。この決定を受けて文科省は、翌5月に教科書発行会社20社に対して閣議決定の内容を説明し、「従軍」、「強制連行」、「強制労働」の表現を使っていた各社が訂正を申請し承認されたのである。これは、安倍政権下の2014年1月、文科省による教科書検定基準の改定を受けての動きである。改定内容は、主に歴史等の社会科教科書において、次のように規定した。

1 未確定な時事的事象を記述する場合は、特定の事柄を強調し過ぎないこと。
2 近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項記述する場は、通説的な見解がないことが明示し、児童生徒が誤解しないようにすること
3 閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合は、それらに基づいて記述をすること。

 今回の閣議決定では、1993年の河野内閣官房長官談話(注1)については継承するとしている。官房長官談話は1993年5月4日付だが、1991年12月から1年半調査し、その結果として、「いわゆる従軍慰安婦問題については、(中略)慰安所は軍当局の要請により設営され、慰安所の設置、管理、運営及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接に関与し、募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。(以下略)」との見解を発表したもの。にもかかわらず今回の閣議決定では、朝日新聞が吉田清治氏発言記事を撤回したことをひたすら強調して、軍の関与や強制連行を否定する立場からの表現変更と言わざるを得ない。慰安所は、あくまで軍のために設置されたことは明らかであり、そこで働く慰安婦は「従軍」そのものなのである。

朝鮮人労働者の「強制連行」については、1938年4月に「国家総動員法」が施行され、政府は朝鮮総督府にも労務動員計画数を割り当て、総督府は1939年から本格的に労働者募集を開始する。当初は自由意志による応募が多かったとされるが、太平洋戦争の長期化に伴い日本本土の労働力不足が深刻化し、次第に割り当て数達成が困難になり、強制的な動員が行われたとの証言も多数ある。更には、動員された朝鮮人の多くが、北海道や九州の炭鉱など、過酷な現場で就業させられ、多くの逃亡者が発生したのも事実である。したがって、「強制連行」も「強制労働」も歴史的事実として極めて適切な表現なのである。すべてが「強制連行」、「強制労働」ではなかったとしても、その表現自体を否定することは論外である。

以上を踏まえ、次の通り指摘したい。

1.1993年の官房長官談話は、1年半の調査に基づいて発表された、日本から被占領国をはじめ、諸外国に向けて発せられた公式のメッセージである。今回の問題は単なる用語の表現ではなく、過去の歴史を否定する行為である。官房長官談話を継承すると言いながら実はその変質を図っている。

2.「閣議決定」項目で最も多いのは、国会議員の「質問主意書」に対する「答弁書」とされる。すなわち「閣議決定」は首相や大臣の「国会答弁」とイコールである。安倍元首相は、「桜を見る会」関係で118回もの虚偽答弁を行ったことが明らかになった。また、黒川検事長定年延長を違法に閣議決定したことは周知のとおりである。「閣議決定」なるものの危うさ、軽さが透けて見える。自民党以上に自虐史観批判に熱心な日本維新の会の一議員の質問主意書を利用した閣議決定で歴史を捻じ曲げ、表現の自由を奪うことは到底許されるものではない。

3.歴史教科書は学術研究の知見と到達点を基に記述されなければならない。一内閣の意図的な閣議決定を教科書記述に強要するなど、検閲そのものであり、絶対にあってはならないのである。しかも、今回のように教科書会社が自ら削除・訂正を願い出たかに装うのは、さらに罪深い。家永教科書裁判において、教科書検定制度を、「一般図書としての発行をなんら妨げるものではない」から「検閲には当たらない」として合憲判断を下した最高裁判決(1997.8,29)がもたらした現実である。これは早急に改められなければならない。

ドイツのヴァイツゼッカー元大統領は、ドイツの敗戦40年にあたる1985年に連邦議会で、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」と演説し、国民に対して、ドイツの過去をありのまま見つめる勇気を持つように求めた。

安倍元内閣及び菅前内閣は、まさに「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になっている」と言えるのではないか。

今回の閣議決定と教科書表現への介入は、憲法21条の「言論、出版の自由、検閲の禁止」に反し、かつ、戦後最悪と言われる日韓関係の中、憲法前文にある「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という外交原則を無視した、自己に不都合な歴史を闇に葬り去ろうとする試みで、断じて放置すべきではないと考える。

                            2021年10月9日

注1)慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 (mofa.go.jp)

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