徴用工問題を考える

草野好文(完全護憲の会会員)

常軌を逸した日本政府の対応
元徴用工問題に対する韓国大法院(最高裁)の日本企業に対する「慰謝料」支払命令判決(2018年10月30日)以降、日本政府(安倍政権)の韓国文在寅政権に対する対応は常軌を逸しているとしか思えない。
居丈高に「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難を浴びせ、はなからけんか腰なのである。
何より問題なのは、大法院判決と韓国政府(文政権)を一体のものとして、司法府と行政府の区別もなしに批判し文政権を攻撃していることである。文大統領の「政府は司法府の判決を尊重しなければならない」との三権分立を踏まえたまともな発言にも耳を貸そうとしない。
安倍政権にしてみれば、日本では最高裁も内閣の意のままになるのだから、お前も何とかできるだろう、と言いたいのかも知れないが、もはや言いがかりとしか言いようがない。大法院判決に異議があるなら、文政権批判といっしょくたにして論じるべきではない。
日本のテレビを始めマスコミは、こうした安倍政権の理不尽な対応に対して無批判に同調し、韓国の「国際法違反」をオウム返しに唱え、「国と国との約束を守らない国」との韓国たたきを連日の如く垂れ流している。
こうした安倍政権と一体となったマスコミの扇動によって、国内世論は圧倒的に韓国悪者論に吸引され、冷静に真実を見極めようとする姿勢を見失っている。大変危険な状況に陥っていると言わなければならない。
安倍政権の韓国に対するこうした居丈高な対応は、一体どこから出てくるのであろうか。
徴用工問題は「慰安婦」問題と同様、過去に日本が韓国・朝鮮に対して行なった侵略と植民地支配の結果もたらされた問題である、という事実認識、そしてこうした事実への深い反省の意識が安倍政権に欠落しているからなのだと思う。
1993年8月に宮沢内閣の河野洋平官房長官が発表した「慰安婦」問題についての「河野談話」(慰安所の設置や管理、慰安婦の移送について旧日本軍が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」とし、元慰安婦に対して「心からお詫びと反省の気持ち」を表明)。
1995年8月15日に閣議決定した村山富市首相による「村山談話」(「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と公式に植民地支配を認め、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明)。
1998年10月8日、小渕恵三首相と金大中大統領による「日韓共同宣言」(21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ)(小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた)。
戦後50年近くたっての遅きに失したとは言え、こうした歴代政権による「謝罪と反省」を真に継承するならば、韓国政府や元徴用工に対する現在のような横柄で居丈高な態度などとれるはずがないのである。
口先では歴代日本政府の見解と立場を踏襲していると言いながら、内心は不満で折あらばこれを覆したいと思っていることの現れなのではないか。
安倍政権は明らかに韓国を見下している。継承しているのは旧宗主国としての気分なのかも知れない。
これを象徴するかのような信じられない一幕があった。先の外務大臣・河野太郎外相の韓国大使に対する「無礼」発言である。
「『極めて無礼』。河野太郎外相が19日、元徴用工問題を巡り、韓国の南官杓駐日大使を外務省に呼んだ際、韓国側の発言を遮って怒りをあらわにする一幕があった」(毎日新聞 2019年7月19日)という。
河野外相は同じ言葉をアメリカの駐日大使に対して言えるであろうか、絶対に言えるはずがないのである。
河野氏は安倍内閣に入閣する以前には、原発問題等で理性的な発言をする人であっただけに、政治家として取り返しのつかない汚点を残したと言えよう。願わくば、いずれかの時点での謝罪と反省の弁を聞きたいものである。

「国際法違反」とは何か
安倍政権が「国際法違反」と声高に居丈高に叫び、マスコミも同調して喧伝する韓国の「国際法違反」とは何なのか。
安倍首相は韓国大法院判決直後の国会答弁で「一九六五年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決しています。今般の判決は、国際法に照らせば、あり得ない判断であります」(2018年11月1日 第197回国会予算委員会)と述べている。ここから「国際法違反」との言葉が一人歩きを始める。一体、どんな国際法に違反するのかの説明はない。それに国際法という名の法律はない。
国際法と言った場合、一般には国家間または多国間で取り交わす条約と国際慣習法とを指すようであるが、前述の安倍首相の発言からすると、条約の一種である「日韓請求権協定」とは別の、条約に関する取り決めをまとめた「条約法に関するウィーン条約」(1969年国連条約法会議で採択、日本は1980年に署名・81年発効)に違反している、と言いたいようである。
確かにウィーン条約第26条(「合意は守られなければならない」)には「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」とある。誰もが認めうる当然の条規と言えよう。
要するに、「合意は守られなければならない」という「ウィーン条約」に違反しているということは、「日韓請求権協定」に違反している、ということなのである。ここから「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難も生じてくる。すべては「日韓請求権協定」の中身が問題となる。

「日韓請求権協定」のどこに違反しているのか
「日韓請求権協定」は1965年に締結された「日韓基本条約」に付随して結ばれた協定で、正式名称は「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(略称 韓国との請求権・経済協力協定)である。
同協定の焦点は以下の第一条と第二条である。
第一条
1 日本国は、大韓民国に対し、
(a)現在において千八十億円(一〇八、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される三億合衆国ドル(三〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたって無償で供給するものとする。(以下、略 下線引用者)
(b)現在において七百二十億円(七二、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される
二億合衆国ドル(二〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の額に達するまでの長期低利の貸し付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極めに従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたって行なうものとする。(下線引用者)…(略)…
前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。(下線引用者)

第一条はよく言われているように、日本が韓国に対して無償で3億ドル、有償の貸し付けを2億ドル、計5億ドルを支出するとしていることであるが、注意を要するのがこれら5億ドルのすべてが現金ではなく、現物支給であったということである。また、第一条の末尾に「前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならい」との条件が付けられていたことである。(下線引用者)
問題は第二条である。安倍首相も含めて韓国非難の論者によってよく口にされる「完全かつ最終的に解決された」との文言がここに出てくる。
確かに第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が」とあり、これが「完全かつ最終的に解決された」となっている。字面を読んでいる限りは日本政府の言っていることが正しいと思えてくる。
だが、果たしてこの文章が、韓国大法院が判決で示した元徴用工らの「慰謝料」まで含んでいるかは定かではない。
大法院判決は「不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は「請求権協定の適用対象に含まれない」とし、請求権協定によって「個人請求権自体が放棄(消滅)されたとの主張」は「受け入れることができない」との立場である。
国家間の協定によって、個人の請求権を消滅させることはできないとするのは、多くの論者の指摘するところである。
韓国大法院の判決論理とこれを正しいとする説得力ある論はすでに多くの学者・弁護士らによってなされている。改めて私が検討を加える余地はないと思われるので目にすることができたいくつかの紹介にとどめる。(実は大法院判決の論理やこれを支持する論者の主張に若干の疑問点があるのではあるが、ここでは省略する)
一つは大法院判決直後の2018年11月5日に出された「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」
http://justice.skr.jp/statement.html
二つは「完全護憲の会」のニュース№64(2019/4/10)にも掲載された経済学者で一橋大学名誉教授の田中宏氏論考「元徴用工・韓国大法院判決確定についての覚書」
http://kanzengoken.com/
三つは元外務省職員・外交官で政治学者の浅井基文氏論考「日韓関係を破壊する安倍政権」
https://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2019/1155.html
以上、紹介した三つの文章は、それぞれ重要な視点と示唆を与えてくれるので、是非とも目を通してもらいたい内容である。

肝心の問題点は解明されたのか
前述の紹介した三つの文章は、いずれも基本的に韓国大法院判決や韓国政府の主張に理があり正しい、とするもので、日本政府の主張する「日韓請求権協定」違反、「国際法違反」はあたらない、とするものである。
とりわけ、国家間の協定で個人の請求権は消滅しないし消滅させることはできない、とするこの問題の核心点は十分に説得力のあるものだと思う。
しかし、私には前述のような正しい主張だけで問題が解決できたとは思えないのである。問題は残っていると思う。特に安倍政権やこれに同調したテレビを始めとするマスコミが「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難をまき散らした結果、国民の多くが韓国が悪くて日本政府の言っていることが正しい、と信じ込まされている状況を変えるための、もう一つの説得力ある説明が必要なのではないか、と思う。
残された問題点はやはり「国と国との約束」である条約・協定の問題である。
先に見たように、「日韓請求権協定」第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」となっている。たとえ韓国大法院判決が元徴用工の請求権について「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は請求権協定の適用対象に含まれていないとし、この判決が確定したとしても、「国と国との約束」である「日韓請求権協定」を締結した国の責任が消えてなくなるわけではないからである。
そうであるなら、「日韓請求権協定」第二条にある「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」という文言は一体何を意味するのかが問われる。

日韓双方の思惑を込めた妥協の産物としての「日韓請求権協定」
「日韓請求権協定」第二条の「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」との文言だけでは、なぜ、何を根拠としてこのような文言が日韓双方で合意されたのかが不明である。
この意味を理解するためには、詳細な交渉記録と合意議事録が不可欠である。この点に関しては、実は韓国大法院判決がかなり詳細に記している。これに対して日本政府はきちんとした説明もせず「完全かつ最終的に解決された」との文言を繰り返し、「国際法違反」を言いつのるだけに終始してきたが、さすがにまずいと判断したのか、外務省は以下の内容の交渉記録を公表した。
「外務省は29日、韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた元徴用工訴訟を巡り、1965年の日韓請求権協定に関する交渉記録を公表した。韓国人の請求権問題は協定により解決済みとする日本の主張を裏付ける証拠としている。元徴用工訴訟問題に関する記者団への説明会で配布した。記録は、61年5月10日に開催された協定交渉小委員会会合の一部。この会合で韓国側代表は『強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し補償を要求する』と言及。これらの交渉を経て請求権協定では日韓間の請求権問題について『完全かつ最終的に解決された』と明記された」(日本経済新聞 2019/7/29)
この交渉記録公表について「菅義偉官房長官は30日の記者会見で、外務省が元徴用工訴訟を巡り、日韓請求権協定に関する交渉記録を公表したことについて『日本側の考えを対外的に説明し、正しい理解を求めていくことは当然の役割だ』と述べた。『韓国政府に国際法違反の状態の是正を含め、具体的な措置を早急に講じるように強く求める立場に変わりはない』と語った」(日本経済新聞 2019/7/30)という。
通常、交渉記録などは公表しないという不文律があるのかも知れないが、韓国大法院判決から9カ月もたってからの公表には不自然なものがある。日韓請求権交渉の不明朗な内幕を明かしたくない、という思いがあってのことであろう。この点は日本側だけでなく、当時の韓国側にも同じ思いがあったと推測できる。

「韓国の対日請求要綱」(対日請求8項目要綱)
外務省が7月29日に記者団に発表した交渉記録の一部というのは、韓国側が日本に対して請求した「韓国の対日請求要綱」いわゆる「対日請求8項目要綱」に関する交渉記録と思われるが、韓国側はこれを第一次日韓会談(1952年2月15日)の当時から「韓・日間財産及び請求権協定要綱8項目」(大法院判決文)として提示していたものである。
「8項目要綱」の内容は以下である(各項の内訳は省略)。
要綱1 朝鮮銀行を通じて搬出された地金と地銀の返還を請求する。
要綱2 1945年8月9日現在の日本政府の対朝鮮総督府債務の弁償を請求する。
要綱3 1945年8月9日以後韓国から振替又は送金された金員の返還を請求する。
要綱4 1945年8月9日現在韓国に本社、本店又は主たる事務所があつた法人の在日財産の返還を請求する。
要綱5 韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。
要綱6 韓国人(自然人及び法人)の日本政府又は日本人(自然人及び法人)に対する権利の行使に関する原則。
要綱7 前記諸財産又は請求権から生じた諸果実の返還を請求する。
要綱8 前記の返還及び決済は協定成立後即時開始し、遅くとも6ヵ月以内に終了すること。
上記「8項目」中、徴用工問題に関連するのが第5項で、「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。」とある。(下線引用者)
この文章を見る限り、韓国側が明確に元徴用工に関して請求を行っていたことがわかる。これに関して、7月29日に外務省が公表した交渉記録の内容として産経新聞が以下のようなやりとりがあったことを報じている。
「要綱と併せて公表された交渉議事録によると、1961(昭和36)年5月の交渉で日本側代表が『個人に対して支払ってほしいということか』と尋ねると、韓国側は『国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる』と回答した」(THE SANKEI NEWS 2019.7.29)
一方、韓国側は第5次の日韓会談予備交渉(1961年5月10日)で、「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及し請求の根拠を示すとともに、第6次韓日会談予備交渉(1961年12月15日)において「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドルを基準とする)」(大法院判決文)し要求した。
これを見ると、最終決着が無償3億ドルであったから、韓国側は当初の請求に対して4分の1に値切られたことになるが、「日韓請求権協定」は13年7次に及ぶ交渉の結果妥結し、1965年6月22日、「日韓基本条約」とともに調印された。
「日韓請求権協定」において、前述の「8項目要綱」の扱いがどうなったかは、次の「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録」に示されている。
議事録は「2 協定第二条に関し」の「(g)同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる八項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがつて、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」(下線引用者)となっており、金額はともかく、8項目の請求がすべて含まれた、ということである。

以上見てきたことから明らかなように、徴用工の「補償」については韓国側が国として請求し、支払いは国内措置として行う、ということが明確に明文化されている。「国と国との約束」は確かに行われたのである。
しかしその実態は、「日韓請求権協定」締結交渉において、韓国側は請求の根拠を「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」(大法院判決文)として日本からの「補償」を含めた援助額をできるだけ多く引き出そうとしたのに対して、韓国大法院判決が「請求権協定の交渉過程で日本政府は植民支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を根本的に否認」し「請求権協定第1条の資金は基本的に経済協力の性格であるというものであった」と指摘するように、両者の主張は基本的に折り合えないまま、政治的妥協が図られたのである。
時の外相・椎名悦三郎が国会答弁で次のような答弁をし、これを裏付けている。
「請求権が経済協力という形に変わったというような考え方を持ち、したがって、 経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らこの間に関係はございません。あくまで有償・無償5億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、 この経済協力を認めたのでございます」(第50回国会参議院本会議1965年11月19日)
なんという姑息かつ不誠実な態度であろう。日本国内に向けては「賠償」ではなく「経済協力」だと言う。これが「国と国の約束」だ、と安倍政権は胸を張って言えるのだろうか。

韓国政府の責任
締結された「日韓請求権協定」は、日本の韓国への植民地支配と徴用工らへの強制労働に対する不法・不当も認めない、謝罪の文言の一つもないものであった。それにもかかわらず、韓国側はこれを受け入れた。屈辱的と言っていい内容である。
当時の韓国政権は朴正煕(パク チョンヒ)軍事独裁政権であったから、国内世論を強引に抑え込むことができた、ということもあるが、何より日本の植民地支配下でアジア・太平洋戦争に巻き込まれ、日本の敗戦後は南北に分断されたうえ朝鮮戦争によってさらに国内は混乱し、韓国経済が疲弊の極にあったからだと言えよう。
だが、この無償・有償5億ドルの資金(現物支給)によって韓国経済が「漢江の奇跡」と呼ばれる復活を遂げることができたのは事実である。しかし日本がこれを恩着せがましく言えるものではない。韓国経済の復活によって、支給した資金以上の利益が日本に還流したとも言われている。
いずれにせよ、「日韓請求権協定」は「国と国の約束」ではあるが、建前と本音の入り混じった妥協の産物であり、それゆえ曖昧さのある後に紛糾の種になる内容であった。
韓国大法院判決はこうした曖昧さを切り捨てて、「日韓請求権協定」の文言そのものとその背景を緻密に検討して結論を下したものと言えよう。その結果が「国と国の約束」に反するかのような判決になったのだと思う。しかし、大法院判決は「日韓基本条約」も「日韓請求権協定」も否定しておらず、独自の論理でこの判決を導き出したのであるから、「国と国の約束」を破ったわけではない。いや、司法府は「国と国の約束」に反する判決を出すことがあったとしても問題はない。それが司法の役割であり司法の独立というものだ。
日本の最高裁のように、日米安保条約が憲法に違反するかどうか問われている時に、「統治行為」論なるものを持ち出して司法判断を回避し(違憲審査権の放棄!)、結果として行政府の判断と行為を追認することがあってはならないからである。
問題は先に見たような「日韓請求権協定」という「国と国の約束」を結びこれを継承してきた韓国歴代政権にその責任があるということ、したがって現政権の文在寅政権にもその責任がある、ということである。
不思議でならないのは、文在寅政権が日本の安倍政権から「国際法違反」とののしられ、輸出制限やホワイト国から外されたりしながら、何ゆえきちんとした声明を出さないのか、ということである。聞こえてくるのは日本政府の攻撃に対する断片的な反論や対抗処置のみである。これは推測でしかないが、文政権は国内世論への配慮が先行して、きちんとした対応がとれないでいるのではないかと思う。
大法院判決を尊重して受け入れるのであれば、「国と国の約束」が守れなくなる部分があるのは確かなのだから、少なくともこの部分については日本政府に対して遺憾の意を表明し対応策を提案すべきではないかと思う。その上での事態の打開策の提案でなければ、相手側への説得力があるまい。

問題は元徴用工らの人権問題、日韓両政府は打開策を
元徴用工と言われる人々は韓国政府が認定しただけでも22万6千人(死亡者含む)、とも言われる。訴訟に訴えているのはそのごく一部に過ぎない。自由を奪われ過酷な労働を強いられたこれらの人々はすでに高齢である。人権侵害されたこれらの人々の救済が何よりも優先されなければならない。
韓国政府はこれまでこれらの人々への救済・補償をまったくしてこなかったわけではない。大法院判決が認定しているように、歴代韓国政府は1971年に「対日民間請求権申告に関する法律」(「請求権申告法」)、1974年「対日民間請求権補償に関する法律」(「請求権補償法」)、2007年「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」(「2007年犠牲者支援法」)、2010年「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援に関する特別法」(「2010年犠牲者支援法」)などを制定し、一定の救済・補償を行ってきた。
韓国は「日韓請求権協定」に基づく約束を履行してきたと言える。しかし、補償の金額が低かったり、支給対象者範囲が狭かったりして、十分な補償ができなかったことから、韓国政府に対して千数百人規模の訴訟が起こされている現実がある。
しかしながら、韓国政府が行なってきたこれらの措置は、当然のことながら謝罪や賠償ではなく、人道上の見地からの救済措置でしかない。肝心の加害企業や日本政府は「日韓請求権協定」によって解決済みとの対応を取ってきたのである。
文在寅政権が今年の6月19日、韓国外交部を通じて明らかにした打開策は、「訴訟当事者である日本企業を含んだ韓日両国企業が自発的拠出金で財源を作って確定判決被害者に慰謝料該当額を支給することによって、当事者間の和解が成り立つ」ようにしようとの提案だった。
これに対する日本政府の対応は、前河野外相の「無礼」発言に見るように、「日韓請求権協定」によって徴用工らへの支払いは済んでおり、「完全かつ最終的に解決した」問題としてにべもなく拒否、日本製鉄(新日鉄住金)や三菱重工などの当該企業にも同調するよう働きかけている結果、当該企業も同様の対応を取っている。
文在寅政権の提案は当面の対策として妥当と思えるものであるが(請求権協定の交渉過程やその結論から言えば、民間任せではなく韓国政府の関与が求められると思うが)、いかんせん、先にも触れたように、「国と国との約束」が守れなくなったことへの遺憾の意の表明もなしのものであり、外交上の礼を失したものと言え、安倍政権の対応だけを非難して済むものではない。
文在寅政権にはあらためて問題を整理し、韓国政府としての見解をきちんと述べた上で、打開策を提案して欲しいと思う。
日本側、特に加害者としての当該企業は、元徴用工らにきちんと向き合い謝罪するとともに、主体性を持って事態の解決に臨むべきである。
日本政府は何としても現在の韓国に対する対応を改めなければならない。安倍政権は、徴用工問題に対して、従来日本の歴代政権がとってきた見解とは明らかに異なる見解と行動をとっている。国家間の取り決めで個人の請求権が消滅しないということは、歴代政権が踏襲してきたことだし、最高裁の判断も同様である。それにもかかわらず、「日韓請求権協定」に「完全かつ最終的に解決された」という文言があることをもって現在のような対応を取っているのは、別の意図があるのではないかとさえ思えてくる。安倍政権の無知が原因とも思えないのである。
もしかすると、そんなことがあっては欲しくないし、あってはならないことだが、戦勝国のアメリカが日本の政権がアメリカからの自立を強めようとすると、国内の親米利権勢力を使ってその政権をつぶしてきたように、旧宗主国気分の安倍政権は文在寅政権を日米利権勢力から自立を図ろうとする危険な存在と見て、これを潰そうとしているかのようである。
2016年10月から2017年3月にかけて100万、200万規模の市民がソウルを埋め尽くし、腐敗した朴槿恵(パク クネ)政権を退陣に追い込んだ「ローソク革命」によって生み出されたのが文在寅政権である。
韓国民主化運動の前進を妨害し敵対するような行為に、われわれ日本国民が加担するようなことがあってはならないし、これを許してはならないと思う。

終わりに蛇足だが、今回、徴用工問題について自分なりの考えをまとめようと思い立ち、簡単にまとめられるだろうと思って取りかかってみたら、とても難しかった。調べても調べてもきりがなく、調べれば調べるほど自分が知らなかった新たな問題が浮上してきた。それら調べて学んだ多くの事柄の大半を、この文章に反映させることができなかった。
考えて見れば当然のことなのだが、戦前戦後を含む日韓(日朝)関係史やアジア・太平洋戦争敗戦後の日本の歩んだ道にも関係する広範で根の深いテーマだったのである。あらためて我が身の勉強不足も思い知った。
それ故、今回の徴用工問題で、簡単に韓国が悪いと思い込んでいる人には、改めて考え直して欲しいと思う。また、侵略と植民地支配の贖罪もあってか、はたまた安倍政権の問題性の大きさ故にか、一方的に韓国が正しい、という見方も正しくないと思う。自分の頭で考え、学び、行動したいと思う。人生の残り時間がわずかとなっての、いまさらながらの感想である。

2019年10月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

「消費税廃止」が発信する「格差是正」―― 経済にデモクラシーを!

(弁護士 後藤富士子)

1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ』 欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、こうした左派の『気づき』がより切実に必要なはずだ」というフレーズ。これだけで「読みたくなる」ではないですか? 続きを読む

「安全保障」で「平和」は創れない ――「安倍9条改憲」の本質

(弁護士 後藤富士子)

1 現在焦眉の急となっている「安倍9条改憲」案は、憲法9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。その1項は「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」とし、第2項は「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」である。すなわち、自衛隊は「自衛の措置をとるための実力組織」であって、9条2項が保持しないとしている「戦力」ではないから、「自衛隊を憲法に明記するだけで何も変わらない」と説明される。 続きを読む

2019年5月20日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「共同親権制の導入」か、「単独親権制の廃止」か?

(弁護士 後藤富士子)

1 民法は、父母が婚姻中のみ共同親権としており、父母が法律婚をしていない場合や離婚した場合、父母のどちらか片方の単独親権としている。婚姻中のみであっても父母の共同親権とされたのは、単に「両性の平等」というだけでなく、それが「子の福祉」に適うと考えられたからである。その根本には、「家」制度が否定され、夫婦・親子という家族構成員個人が尊重される「家庭」が措定されている(憲法24条)。
 一方、未婚や子の出生前に父母が離婚したときには、一義的に子を産んだ母の単独親権とされ、父母の協議または家裁の審判により父を親権者とすることができるが、いずれにせよ単独親権である。この場合、子が生まれた時点で父母が法律上の夫婦でないために、共同親権を是とする「家庭」が存在しない。これに対し、子が生まれた後に父母が離婚した場合、共同親権から単独親権に変更される。この場合には、共同親権を是としていた「家庭」が消失するのである。
 すなわち、共同親権か単独親権かの区別は、専ら父母が法律婚関係にあるか否かによっている。それは、法律婚のみを「正統な家庭」とみなし、「家庭の在り方」の多様性を許容しない。だから、父母が法律婚関係になくても、実質的に共同親権行使が可能か否かは一顧だにされない。そして、父母が法律婚関係にない場合には、法制度として単独親権制こそが子の福祉に適うと擬制されている。
 しかしながら、これでは、父母が法律婚関係にあるか否かで親権について極端な差を設けることになり、父母にとっても、子にとっても、社会的身分により社会的関係において差別されることにほかならず、憲法14条に違反する。また、別の視点でみれば、離婚や未婚を「家庭の在り方」として異端視することでもあり、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にも違反する。

2 父母が婚姻中は共同親権とされたのは、それが子の福祉に適うとされたからである。それでは、父母が法律婚関係にない場合には、共同親権は例外なく子の福祉に反するのであろうか?
 1985年に日本でも発効した女性差別撤廃条約16条1項(d)は、子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わない)としての同一の権利及び責任を定め、あらゆる場合において、子の利益は至上である、としている。また、1994年に日本でも発効した児童の権利条約18条では、①子どもの第一次的養育責任は親にあり、国はその責任の遂行を援助する立場にあるとする基本原理を定め、②子どもの発達・養育に対しては、親双方が共同の責任を有するとしている。
 これらの規定からすれば、父母が法律婚関係にないからといって共同親権制が排除される理由はなく、むしろ共同養育が子の福祉に適うと前提されている。そのうえで、親権の行使が子の福祉に反する場合には、父母が法律婚関係にあるか否かに関わらず、また、共同親権であるか単独親権であるかに関わらず、国の介入が認められる。実際、民法でも、親権喪失・停止や管理権喪失の審判が制度化されているが、離婚が親権喪失事由とはされていない。
 しかるに、婚姻中は父母の共同親権であったものが離婚により単独親権となるのは、父母のどちらか片方について離婚を親権喪失事由とするものであって、「子の福祉」が論じられる余地がない。換言すると、婚姻中は父母の共同親権が子の福祉に適うとされているのに、離婚によって単独親権となることが子の福祉に適うと論証することは不可能である。

3 ところで、昨年7月17日の記者会見で、上川陽子法務大臣は「親子法制の諸課題について、離婚後単独親権制度の見直しも含めて、広く検討していきたいと考えています」と述べた。私は、「離婚後単独親権制度の見直し」=「離婚後単独親権制の廃止」と受け止めたが、憲法学の木村草太教授は「共同親権制度導入」と言い換えて論難している。
 私がこの10年余り主張してきたのは、「離婚後単独親権制の廃止」である。それは、ある日突然に妻が幼い子を連れて失踪する「離婚事件」が頻発し、離婚紛争として想像を絶する悲惨な家庭破壊・人間破壊が繰り広げられるのを目の当たりにしたからである。すなわち、離婚が成立していないのに、事実上片親の親権行使が不可能になる事態が生じ、「婚姻中は父母の共同親権」という民法の規定は踏みにじられる。しかも、裁判所がそれを違法としないばかりか、離婚判決では連れ去った親を単独親権者に指定するのである。こうなると、「離婚後の共同親権制導入」などと寝言を言ってはいられない。「単独親権制の前倒し」を止めさせるしかないのである。しかし、離婚前に子を連れ去るのは、離婚後の単独親権者になるためである。したがって、「離婚後単独親権制」がある限り、「連れ去り」「引き離し」の横行を防ぐことはできない。
 また、離婚後単独親権制では、離婚と単独親権者指定が同時決着しなければならない。そのことが、離婚紛争の解決手続を荒廃させ、親にも子にも全く理不尽な辛苦を強いている。この理不尽で不合理な手続を解消するためには、離婚後単独親権制を廃止すれば足りる。すなわち、離婚後の共同親権の具体的なあり方について、家裁の手続により解決すればよいのである。民法766条は、それを想定している。
 こうしてみると、「共同親権制度の導入」と「単独親権制の廃止」と、問の立て方によって答えが正反対になりうることが見て取れる。実際に生起する「リアル」に基づいて論理を構築しなければ、理屈だけの「バーチャル」に打ち勝つことはできない。法律には素人の当事者が、「離婚後単独親権制の廃止」(民法改正)という正確な目標を掲げて運動することが極めて大切と思われる。

〔2019・4・7〕

2019年4月8日 | カテゴリー : ⑨その他 | 投稿者 : 後藤富士子

自滅する「法科大学院」 ── 「法曹三者」養成との矛盾

(弁護士 後藤富士子)

1 「法曹コース」「在学中受験」への法改正が意味するもの
 「法科大学院」は、多様な経歴をもつ法曹(裁判官、検察官、弁護士)の育成を目指し、実務を担う専門職大学院として2004年以降に74校が開校した。法学部出身者らが進む既修者コース(2年間)のほか、未修者コース(3年間)もあり、他学部出身者や社会人も受け容れる。修了すれば司法試験の受験資格を得られるが、司法試験の合格率が低迷する中、志願者の減少で定員割れが深刻化し、本年3月までに39校が廃止や学生募集停止を決めている。
 この惨状に照らし、政府は、3月12日、法科大学院の最終学年で司法試験が受験できるようにするなど法曹養成に関する改正法案を一括して閣議決定した。最短5年で法学部入学から法科大学院修了に至る「法曹コース」も導入。受験生の時間的、経済的負担を軽減し、法曹の志願者減に歯止めをかける狙いという。
 しかし、司法試験受験生の時間的・経済的負担という見地からすれば、そもそも法科大学院の創設は、反対に負担が加重になる制度であった。だから、法科大学院を回避して予備試験が繁盛するのも当然である。

2 「法科大学院」が内蔵する制度的矛盾
 そもそも法科大学院が設置されたのは、法律家たる者は「大学院」の高度な専門教育によって養成されるべきだというのが原点である。
 実際、アメリカのロースクール制度をみれば、4年制の大学教育を受けた後に進学するものであり、4年制の大学には法学部がないから、「多様性」と「専門性」が制度自体に内蔵されている。そして、司法試験は、ロースクールの修了試験のようなもので、弁護士試験である。すなわち、ロースクール制度においては、裁判官・検察官・弁護士という「法曹三者」の育成を目的としていない。これを「出口」から見ると、裁判官は弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」が選任されるという「法曹一元」制度に直結している。
 ちなみに、韓国でも、ロースクール制度と法曹一元制度がセットになって実現している。ロースクールを設置する大学は法学部を廃止しなければならないし、修了者が受ける司法試験は「弁護士試験」である。「法曹三者」の育成を目的とする司法修習制度も廃止され、弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」として裁判官が選任される「法曹一元」制度に移行したのである。
 これに比べ、日本の法科大学院は、4年制の法学部を修了した者に「既修コース」のメリットを付与するだけのもので、法学部と連結されている限り「多様性」は期待できなかった。そして、何よりも問題なのは、司法試験が「司法修習生採用試験」であることにある。司法修習制度は「法曹三者」の育成を目的としており、修了者の中から「官僚司法の担い手」として適任者が「判事補」という半人前の裁判官に採用される。このように、「法学部」と「司法修習」に挟まれて法科大学院を設置したのだから、最初から制度的矛盾を抱えていたのである。
 私は、制度設計段階で、「統一修習廃止」「法科大学院生に給費奨学金を」と主張していた。だからこそ、いずれ法科大学院は行き詰るであろうと予見していたが、まさか「元の木阿弥」の方向へ向かうとは考えなかった。それは、「法曹人口増大」という基盤さえできれば、そこから生まれる「法律家」によって「統一修習廃止」と「法曹一元実現」に向かうはずだ、と考えたからである。すなわち、法科大学院こそ純化されて発展し、それが必然的に「統一修習廃止」と「法曹一元実現」を帰結すると期待された。
 しかるに、私が期待した方向で矛盾が止揚されるのではなく、法科大学院が自滅する方向に向かっている。その根幹にあるのは、「国営統一修習」に固執し、司法試験合格者減員を主張してやまない、弁護士の特権依存的体質ではないかと思われる。

3 裁判における「リアル」と「バーチャル」
 2014年5月21日に大飯原発の運転差止を命じた福井地裁の樋口英明・元裁判官は、「危険性に注目すれば結論は明らか」と述べている(週刊金曜日2019.3.15号)。ここでいう危険とは、事故被害の大きさだけでなく、事故の発生確率が高いことである。しかるに、多くの裁判官は、現実的な危険性の有無に目を向けないで、従前の裁判例を踏襲して「規制基準の辻褄が合っているかどうか」に着目している。しかも、踏襲される伊方原発に係る最高裁判決(1992年10月29日)の理解が間違っているという。すなわち、「規制基準の辻褄が合っているかどうか判断する」のではなく、「規制基準が真に国民の安全を確保する内容になっているかを裁判所が確認しなさい、それが確認できなければ住民側が勝つのだ」と言っていると樋口氏は解釈している。
 また、伊方最高裁判決が原発は専門技術訴訟だと指摘し、現在の法体系が原子力規制委員会に大きな権限を与えているため司法消極主義になりがちである点について、樋口氏は、その枠組みに立っても「司法が口出しできるほどおかしい」という立場があっていいはずだという。現に、樋口氏も大飯原発訴訟を担当するまで原発のことは全く知らないまま争点予想を立て、「震度7の地震に原発が耐えられるか」という耐震性に関わる専門性の高い論争になると考えていた。ところが、被告側は「将来にわたって原発の敷地には強い地震は来ない」と主張していたので、樋口氏は「えっ、強い地震が来ないなんて断言できるの」と驚いた。換言すると、「強い地震に原発は耐えられない」ことは前提とされており、「専門技術」訴訟というより、「強い地震は来ない」と断言できるかを判断すれば足りることになる。それで、審理の比較的早い段階で大飯原発が危険であることが分かったという。ちなみに、大飯原発の判決時の基準地震動は700ガルであり、日常的に起きているM5クラスでも700ガルを超えるのである。
 樋口氏は、大飯原発の基準地震動を超える地震が現に発生していたことを重視して「恐ろしい」と思うのが科学だという。ややこしい計算式で緻密そうに見える議論は単なる仮説にすぎないことを認識する大切さを、「私たちの命や生活をロシアンルーレットにまかせるわけにはいかない」と表現している。そして、原発を徐々に減らすという考えは一見穏当そうだが、次の地震の発生場所がわからない以上、この考えを採ることはできないとして、全原発の即時停止を求めている。民主主義の原理に照らせば、国民の過半数が全原発の即時停止を求めれば、全原発は止まるのである。
 法的紛争における真の争点が何かを、理性的にも感性的にも認識できる法律家の存在こそ希望である。法科大学院が、そのような法律家を社会に送り出す基地となることを願ってやまない。

〔2019・3・28〕

2019年3月29日 | カテゴリー : ⑨その他 | 投稿者 : 後藤富士子

仏「黄色いベスト」運動が証しする「人民主権」

(弁護士 後藤富士子)

1 昨年11月17日の土曜日に開始された「黄色いベスト」運動は、フランス全土で展開された。行動の直接的な契機は燃料税の引き上げだった。SNSで拡散された彼らの主張(2018年11月29日発表・12月5日訂正)は、次のようなものである。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 フランスの代議士諸君、我々は諸君に人民の指令をお知らせする。これらを法制化せよ。
 1)ホームレスをゼロ名にせよ、いますぐ。
 2)所得税をもっと累進的に(段階の区分を増やせ)。
 3)全産業一律スライド制最低賃金を手取り1300ユーロに。
 7)すべての人に同一の社会保障制度。自営業者社会福祉制度の廃止。
 8)年金制度は連帯型とすべし。つまり社会全体で支えるべし。マクロンの提案するポイント式年金はNG。
 10)1200ユーロ未満の年金はNG。
 15)雇用の安定の促進:大企業による有期雇用をもっと抑えよ。我々が望んでいるのは無期雇用の拡大だ。
 17)緊縮政策の中止。政府の国内外の不当と認定された債務の利払いを中止し、債務の返済に充当するカネは、貧困層・相対的貧困層から奪うのではなく、脱税されている800億ユーロを取り立てる。
 27)司法、警察、憲兵隊、軍に充分な手立て(予算・設備・人員)の配分を。治安部隊の時間外労働に対し、残業代を支払うか代替休暇を付与すること。
 29)民営化後に値上がりしたガスと電気を再公営化し、料金を充分に引き下げることを我々は望む。
 39)源泉徴収の廃止。
 40)大統領経験者への終身年金の廃止。
・・・・と42項目が挙げられている。そのうえで、 「このリストは網羅的なものではないが、早期に実現されるはずの人民投票制度の創設という形で引き続き、人民の意思は聞き取られ、実行に移されることになるだろう。
   代議士諸君、我々の声を国民議会に届けよ。
   人民の意思に従え。この指令を実行せしめよ。
                             黄色いベストたち」
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 政府は、燃料税引き上げを今年5月まで延期すると発表し、マクロン大統領は「大討論」を呼びかけ、1月15日から2か月間、各地で開催されている。

2 パリで2月9日に行われた第13次デモの参加者の声(2月23日赤旗)。
 「それが法だから正しいのではない。正しいことが法とならなければならない」というモンテスキューの言葉をプラカードに掲げた中学校女教師(32歳)。
 2人の子どもを持つシングルマザー(44歳)は「何も変わらないからまた革命をしなければいけない。マクロンは王様気取りで民衆の要求を無視している」という。
 指導者がなく、労組や既存の政党などと無関係にソーシャルメディアを通じて始まった毎週土曜日のデモ。パリの定番のデモコースとは違い、凱旋門から目抜き通りのシャンゼリゼ、高級ブティック街や富裕層の住む通りなどを、宣伝カーやシュプレヒコールもなくひたすら歩く。速度は速く、距離は長い。

3 「黄色いベスト」運動が始まって以来、治安部隊の暴力的弾圧で多くの負傷者が出ている。デモのごく一部が銀行のATMを打ち壊したり、治安部隊に暴力を振るったのは事実だが、平和的参加者に対しても、硬質のゴム弾を装填する「フラッシュボール」銃、催涙手りゅう弾などのデモ鎮圧用兵器を多用している。アムネスティ・インターナショナルによれば、デモに対してこの種の兵器使用を認めているのは欧州ではフランスだけであり、兵器使用を非難している。労働総同盟(CGT)や「連帯」、人権同盟(LDH),弁護士や裁判官の組合もフラッシュボールの使用禁止を求めたが、政府は拒否。
 仏国立科学研究センター(CNRS)のロシェ研究部長は、「フランスでは警察の民主化が完了していない」と述べ、「国民の基本的人権を守る義務」を警察が果たしていないと批判している(2月24日赤旗)。

4 マクロン大統領が呼びかけた「大討論」は、討論相手の殆どが地元首長で、国民が発言の機会を封じられ、大統領の独壇場になっている。しかも、大統領は、「黄色いベスト」の要求を聞き入れる気配もない。一方で、裁判所を通さず、県知事が特定の人物のデモ参加を事前に禁じることができる「破壊分子防止法」を導入した。
 こうした中、「服従しないフランス」(FI)が提案した「市民の発議による国民投票」法案は、議会の絶対多数を握るマクロン与党「共和国前進」に棚上げされた。仏共産党は、富裕税の復活、最低賃金の引き上げ、低年金の是正の3点の法案を提案する予定であるが、与党が絶対多数を握る議会の勢力に照らすと道は険しい。同党のブーレ国際局次長は、「黄色いベスト」運動が「失望」に終わった場合、「破滅的な事態になりかねない」と述べ、左翼による政治的対応の重要性を指摘している(2月26日赤旗)。
 翻って、日本も「安倍1強」である。喫緊の課題は、消費税増税。これは、国民生活の破綻をもたらす「国難」である。保守層も巻き込んだ一大国民運動によって、増税を阻止すると同時に、応能負担の公平な税制を実現しなければならない。

〔2019・3・11〕

「なるちゃん天皇」と「民が代」――戦後生まれの天皇誕生!

(弁護士 後藤富士子)

1 次期天皇になる皇太子は、美智子皇后が定めた「なるちゃん憲法」を指針として育てられた(と記憶している)。多才な美智子皇后は、オリジナル子守唄まで作って歌っていたという。その「なるちゃん」が天皇になるのだ。
 考えてみれば(考えるまでもなく)、次期天皇は、戦後生まれの最初の天皇である。彼は、生まれたときから日本国憲法の下ですごしてきた。彼が天皇になってからも、この憲法がますます輝くことを願わずにはいられない。
 ところが、下村博文・自民党憲法改正推進本部長は、3月5日、国会内の会合で「新たな御世(みよ)に。新たな国家ビジョン」と題して改憲について講演し、5月の新元号の施行など天皇代替わりにあわせて改憲論議を盛り上げるよう呼びかけた、という(3月6日赤旗)。全くアベコベ、転倒、逆立ちというほかない。

2 去る2月24日、政府主催の「天皇陛下在位30年記念式典」が国立劇場で開かれた。その「おことば」では、象徴天皇の道が如何に険しく難しいかが語られ、美智子皇后の一首を引用して胸中が吐露された。それは「ともどもに平らけき代を築かむと 諸人のことば国うちに充つ」であった。閉会に際して、安倍首相は「天皇陛下万歳」の音頭を取って三唱した。NHKテレビで映し出された天皇の顔は苦渋に満ち、かたわらの皇后はうつむいたままだったという(週刊金曜日3月8日号矢崎泰久「下段倶楽部」)。
 平和憲法を守ろうとする象徴天皇と改憲政権の、この冷徹な「亀裂」。「なるちゃん天皇」が改憲勢力に政治利用されないように、主権者である国民は肝に銘じよう。
 それには、国歌「君が代」を「民が代」に歌詞を変更することである。「御世」だの「君が代」だのというのは、象徴天皇制にそぐわない。「民が代」なら、天皇自身が気分よく国歌を歌えるはずだ。新元号も、こうした空気を反映したものにしてほしい。

3 「天皇制」をめぐっては、左右の改憲論が賑々しい。右派の改憲論は時代錯誤であり、戦後生まれの天皇が続く中で力を失っていくはずだ。
 それに比べ、左派の「天皇制廃止」論は、「護憲」の立場からすると、あまりにも有害である。左派は、政治的リアリズムと法的プラグマティズムに欠けている。それでは、「護憲」は不可能というほかない。

〔2019・3・8〕


2019年3月8日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「治安維持法拘禁精神病」―― 伊藤千代子の生涯

(弁護士 後藤富士子)

1 「こころざしつつたふれし少女」
 伊藤千代子(1905~29)は、2歳で母と死別し、翌年には実父が離縁になり、養祖母に育てられたが、14年(小学3年生)に亡母の実家へ引き取られた。諏訪高女へ入学した18年、アララギ歌人土屋文明が着任し、高4のときには土屋文明の自宅でテル子夫人から英語の補習を受け、22年、生徒総代で卒業証書授与された。尋常高等小学校代用教員を経て、24年5月、仙台・尚絅女学校高等科英文予科入学、翌25年、東京女子大英語専攻部2年に編入学した。この年(大正14年)は、治安維持法公布、男子普通選挙法公布、日本労働組合評議会結成、『女工哀史』出版という情勢で、千代子は東京女子大学内の社会科学研究会結成に参加している。翌26年、学外のマルクス主義学習会に参加し、浅野晃と出会い、27年には女子学連結成に参画し、9月に浅野晃と結婚した。28年2月下旬に共産党に入党(中央事務局所属)したが、3・15弾圧で検挙され、特高の拷問を受け、起訴、市ケ谷刑務所に勾留された。29年、千代子に直接指示を出していた事務局長水野成夫や夫が獄中で転向するも、千代子は頑強に闘い、8月1日、拘禁精神病を発症し、同月17日、松澤病院へ収容され、9月24日、急性肺炎により24歳で死亡。
 この前後の情勢として、22年に日本共産党創立、26年労農党結成、27年金融恐慌、山東出兵、28年赤旗(せっき)創刊、治安維持法死刑改悪、3・15弾圧(小林多喜二『1928年3月15日』)、29年山本宣治刺殺、4・16弾圧、33年多喜二築地署で虐殺、34年野呂栄太郎品川署の拷問で病状悪化絶命。そして、35年、土屋文明が東京女子大で「伊藤千代子がこと」を講演。6首詠われたうちの3首は、
  まをとめのただ素直にて行きにしを 囚へられ獄に死にき五年がほどに
  こころざしつつたふれし少女よ 新しき光の中におきておもはむ
  髙き世をただめざす少女らここに見れば 伊藤千代子がことぞかなしき

2 「治安維持法拘禁精神病」の発見
 35年に松澤病院に勤務した秋元波留夫医師は、拘禁精神病という診断で入院している、治安維持法で投獄された人たちがいるのに驚愕した、という。それらの患者の病状は、激しい興奮や幻覚妄想で、分裂病(統合失調症)の急性期と殆ど区別できないものであった。これは単なる拘禁が原因ではなく、苛酷な取調べと、良心の囚人としての精神的葛藤でおこる心因反応である。その発症のメカニズムは、第一に、治安維持法によって逮捕勾留された人が拘禁中に精神障害におちいるのは、特高警察の残酷な取調べ(拷問、転向の強要など)による身体的、精神的苦痛に加えて、自分の信念と肉親の情愛との葛藤、将来の不安、その他、様々な解決困難、精神的苦悩が限界を越えること。第二に、治安維持法による拘禁精神病が一般の受刑者のそれと異なり病像が重く、多項で、分裂病に酷似するのは、原因となった精神的苦悩、精神的外傷が強烈であり、分裂病症状が強烈な精神的外傷に対する生体反応であること。この意味で、治安維持法による拘禁精神病は「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)というべきものである、という(『実践精神医学講義』第32講「治安維持法と拘禁精神病」2002年刊)。
 なお、千代子の直接の死因である急性肺炎は、当時、硫黄の湯が気分の鎮静に効果があるとして取り入れられていたことによる。千代子が収容されていた狂躁患者病棟では、日中、食事の時間を除く大部分を硫黄の湯に入れられ、夕食がすむと、湯の中から追い上げられ、裸のままで看護婦の持ち出した布団を病室に敷いて、その中にもぐりこむのである。千代子は、裸のまま監禁され、ついに肺炎を起こして死んでしまった(中本たか子『わが生は苦悩に灼かれて』1973年刊)。

3 「国家賠償要求」―「哲学の貧困」
 暴虐を極めた治安維持法に関して、現在も運動している「治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟」という組織がある。しかし、この「同盟」の目的・目標は、誰が考えても実現不可能である。それは、治安維持法の真の「犠牲」を克服するための要求ではなく、安直に既存の法律枠に流し込むことによって、市民的・政治的自由の確固たる実現を圧殺するからである。
 治安維持法が断罪され、その犠牲者の名誉回復がされなければ、歴史的に清算できない。それをなしうるのは、韓国の「過去事整理法」のような法律を成立させる政権である。ちなみに、文在寅大統領は、3・1独立運動100年の記念式典における演説で、「親日(日本の朝鮮半島統治に積極的に協力した人)は反省すべきで、独立運動は礼遇されなければならないという、最も単純な価値を定めることだ」「親日残滓の清算は、あまりに長く先送りされた宿題だ」と述べている(3月1日朝日夕刊)。
 翻って、日本では、人間を破壊する治安維持法が歴史的に清算されただろうか? 治安維持法など法律は「支配の道具」であったが、日本国憲法の下で、それは変わったのだろうか?
 驚くべきことに、3月2日未明の衆院本会議において、日本維新の会の足立康史議員が共産党と立憲民主党など野党の共闘を批判する文脈の中で「破防法(破壊活動防止法)の監視対象と連携する政党がまっとうな政党を標榜するのはおかしいと考えているし、そう思う国民は少なくない」と発言した。ちなみに、2016年3月22日、国会議員の質問主意書に対し、共産党を「現在においても、破防法に基づく調査対象団体である」と指摘する答弁書を閣議決定している(3月3日朝日日刊)。共産党は政党交付金を受領拒否しているが、同法では正当な受領資格を認められているにもかかわらず、破防法調査対象団体とはどういうことか。憲法が保障する政治結社の自由は侵害され、法律の解釈適用者の責任も曖昧である。「破防法に基づく調査対象団体である」としている責任(誰なのか)の究明と足立議員に謝罪させることができないのでは、現在が治安維持法と地続きにあるというほかない。

※本文は、藤田廣登『時代の証言者 伊藤千代子』(2017年改訂新版)を引用しています。

(2019.3.5)

韓国の文喜相・国会議長の天皇発言に接し、思い起こすこと

2019、2、19、   田中 宏

 第一報を聞いた時、「やはりね…」というのが私の感想だった。その感想には、それなりの経緯があるので、ここに書き留めておきたい。

 1960年の「安保闘争」の直後、私は、一橋大の指導教授から、北京大学での留学を終え、帰国途中で日本に寄るインド人青年の世話を仰せつかった。中国語を話すインド青年とひと夏を過ごすことになる。岡山の郷里に一緒に帰った時、村の公民館でのインド青年を囲んでの懇談の席での会話を思い出す。村人が「日本にきて一番驚いたことは何ですか」と問うと、インド青年は「天皇が健在で、東京のど真ん中に大きな居を構えていたことです。すでに退位して、どこか遠くに隠居していると思っていました」。村人:声なし。彼はつづけて「あの大戦では、おびただしい人が犠牲になり、皆さんにも大きな苦難をもたらしたのではないですか」。再び、村人:声なし。要するに、話はかみ合わなかった。通訳をした、私も大きな衝撃を受けたことは言うまでもない。

 戦時中、サハリンに送られた韓国人について、戦後、日本政府が、すでに「外国人」であることを口実に、日本人の引揚げから除外し、サハリンに置き去りにした問題は、朝鮮植民地統治が残した問題の一つだった。かつて 「テレビ朝日」の深夜番組≪トゥナイト、司会:利根川裕》が、この問題を取り上げた時のことは忘れられない。ブラウン管に登場した年配の女性の発言は、鮮明に覚えている。「日本政府が何もしないのなら、天皇さまにお願いしたいです、私たちを助けてください」と。利根川氏の番組は1980~94年までであるが、残念ながら、いつの放送かは確認できない。

 1977年9月の日本赤軍によるダッカ事件に関して、アジア人留学生からの意外なコメントを思い出す。パリ発東京行きの日航機が、インド上空で日本赤軍にハイジャックされ、バングラデシュのダッカ空港に強行着陸(乗員14名、乗客142人=5人の犯人クループ含む)。日本赤軍は、「身代金600万ドル=当時約16億円、日本で服役・拘留中の9人の釈放と日本赤軍への参加」を要求。拒否された場合は人質を順次殺害するという。
日本政府は、時の福田赳夫首相が、「一人の生命は地球より重い」として、身代金の支払いと「超法規的措置」により収監メンバーの引き渡しを決定。赤軍参加を拒否した3人を除く6人が釈放され、運輸政務次官を長とする派遣団が、日航特別機で身代金ともどもダッカに向かい、人質は全員救助された。
 この時、東南アジア出身の華人系留学生が、次のようにコメントしたのが忘れられない。「日本赤軍は、自分たちの仲間を得るために、日本政府に「超法規的措置」を取らせることに成功したが、『天皇に戦争責任を取って退位させる』ことを条件としたら、どうなっただろう、その方が『東アジア反日武装戦線』の名にふさわしいように思うのだが…」。日本人とアジアの人びととの間に、「天皇」についての見方に大きな開きがあることは間違いなさそうだ。

 戦後に放置された問題の一つに、台湾人元日本兵の補償問題があった。インドネシアのモロタイ島で「中村輝夫」名を持つ台湾人元日本兵が「発見」されたのは、1974年12月のこと。その少し前に「発見」された横井庄一さんと小野田寛郎さんには、恩給法などにより応分の戦後補償がなされたが、「中村さん」には何もなされなかった。日本の恩給法をはじめとする戦争犠牲者援護法令にはいずれも「国籍条項」が設けられ、旧植民地出身者を悉く除外していたのである。そんなことから、1977年8月、台湾在住の13人の元日本兵又は遺族が、日本政府を相手に国家賠償請求訴訟を東京地裁に起こした。台湾人元日本兵の問題を、TBSの「報道特集」が取り上げ、台湾現地を取材して当事者の肉声などを紹介してくれた。その時、一人の傷痍軍属が発した言葉も、やはり私の脳裏に焼き付いている。「私たちは、天皇の赤子として、お国のために尽くしたわけでしょう。日本政府は放置しても、『一視同仁』を説かれた天皇が、そんなことを許すはずがないでしょう」と。

 いずれにしても、日本では、凡そ登場しない「天皇」が、アジアの人々が「日本の過去」に言及するとき、こうした形で登場することに、私は遭遇してきた。今回の文議長の天皇発言もその一つではないだろうかと、私は思った。
 2016年5月、伊勢志摩サミットの後、オバマ米大統領が広島を訪問し、生存被爆者のお二人に言葉をかけるシーンは印象的だった。原爆投下は、戦争の早期終結のための正しい選択だったとする戦勝国アメリカの大統領が、その被害者と直接対面したのである。その脇に立つ日本の安倍晋三首相は、「米大統領がそこまでされるのなら、自分は韓国のナヌムの家に元慰安婦のハルモニを訪ねよう」と思わないのだろうか。テレビを見ながら、私は、そう感じた。なぜなら、安倍首相は、前年の戦後70年「安倍談話」で、「私たちは、…戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、わが国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい」と述べたのである。
 このように見てくると、文喜相議長の今回の天皇発言に、私はさほど違和感を感じなかったのである。

2019年2月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管理人

天皇の「戦争責任」と日本国憲法

(弁護士 後藤富士子)

1 「慰安婦問題」は天皇の謝罪で解決できる・・・
 韓国の文喜相国会議長は、2月7日に行われた米ブルームバーグ通信とのインタビューで、慰安婦問題について天皇が元慰安婦に直接謝罪すれば解決できるとの考えを示した、と報道されている(2月10日朝日夕刊)。文氏は「一言でいいのだ。日本を代表する首相か、間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方(天皇)は戦争犯罪に関わった主犯の息子ではないか。おばあさんの手を握り、申し訳なかったと一言言えば、問題は解消されるであろう」と語ったという。
 ちなみに、今年1月28日に亡くなった元慰安婦・金福童さんは、日本政府に「心からの謝罪」を求め、2015年末に朴槿恵政権が強行した日韓合意について「歴史を売った」と韓国政府を厳しく批判した。彼女が14歳のときに、日本人と一緒に韓国南部居住地の区長と班長がきて「娘を軍服を作る工場に出せ。拒否すれば反逆者だ」と脅し、連れて行かれた先は中国・広東の慰安所だった。1日に15人、時には50人を超える軍人の相手をさせられた。インドネシアやマレーシアなど前線を連れ回され、米軍の捕虜収容所などを経て、終戦から2年後に帰国を果たした。この壮絶な被害体験を語る真意について、彼女は「私たちはお金がほしいわけじゃない。女性だもの、知られるのがつらいときもあった。でも私たちは尊厳を回復したいのです」と述べている(2月8日赤旗「潮流」)。
 なお、李在禎・元統一相は、日本では65年の日韓請求権協定で解決されたとの意見が強いが、韓国の多くの被害者は今も心に傷を負い、癒されていない、と実情を述べている。そして、韓国の国民は、慰安婦問題や歴史教科書の問題で日本国内から出てくる言動を見るたびに、心から謝っているわけではないと感じてしまうのだという(2月11日朝日日刊)。実際、日本政府は、元慰安婦が亡くなったとき、弔問や弔花を行っていない。金福童さんは、謝罪の手紙1枚でも送ってほしいと言っていたという(2月14日朝日日刊)。
 要するに、日本を代表する安倍首相の「カネで解決した」という態度が、韓国の反発を招いている。安倍首相は、「天皇の謝罪」という韓国国会議長の発言に怒り狂う前に、日本国憲法で国政に関する権能を有さないとされる天皇に代わって、「心からの謝罪」をするのが筋である。ちなみに、憲法3条は、天皇の国事行為に対する内閣の助言・承認と責任を定めている。

2 「八月革命」の真相 ― 日本は主権国家ではない?
 宮沢俊義は、ポツダム宣言の受諾により、天皇主権から国民主権になったとし、主権者の交代をもって「革命」と説明した。
 しかしながら、ポツダム宣言受諾から対日講和条約発効までの占領期における日本の法体制については、「占領体制」自体が固有の法体制と考えられる(長尾龍一『日本憲法思想史』講談社学術文庫、1996年)。すなわち、ポツダム宣言を憲法とし、マッカーサーを主権者とする絶対主義的支配体制。新旧両憲法ともにこの主権者の容認する限度でのみ効力をもち、主権者は両憲法に全く拘束されない。主権者が法に拘束されるのが法治国家であるならば、日本は法治国家でない。日本国民の意思は議会や政府を通じて表明されるが、主権者はこれに拘束されず、これを尊重するのはあくまで恩恵である。民意による政治が民主主義なら、これは民主主義ではない。
 この立場から、「八月革命」説は次のように批判される。間接統治とはいえ占領軍の統治を受け、いわば占領軍を主権者とする体制において、そのことを捨象して天皇主権とか国民主権とかがありうるかのように議論している点である。比喩的にいえば、ポツダム宣言受諾によって、主権は天皇から国民にではなく、マッカーサーに移ったのである。
 このことを最も雄弁に物語るのは、日本国憲法9条による戦後日本の武装解除とその後の再武装(1950年の警察予備隊創設)である。後に自衛隊となる実力組織の創設は、ポツダム政令によって行われた。戦後日本の非武装を決定した権力と同じ権力が、いかなる民主主義的プロセスをも抜きにして再武装を命じたのである。
 なお、日本国憲法の制定過程をみると、明治憲法の改正手続に則って、昭和天皇が草案を発議し、最終的に裁可して改正されたという点で、欽定憲法である。すなわち、日本国憲法は、形式において欽定憲法でありながら、内容において主権在民であり、民定憲法である。しかし、国民主権における「国民」は制憲過程において一貫して不在であり、GHQが日本国民の主権者としての地位を代行・擬制しているにすぎない。この矛盾をもって、枢密院での議決において新憲法に反対したのは美濃部達吉だけであった。

3 天皇制の存続・戦争放棄・沖縄の犠牲化
 「占領政策の道具としての天皇」といわれるのは、日本人は真の民主主義あるいは真の人民主権を実行する能力がない、天皇がそうせよと命ずる場合にのみ、「民主主義」を受け入れるだろうという見解をマッカーサーが有していたからである。ジョン・ダワーは、「天皇制民主主義」と呼び、マッカーサーの発明としている。このためにこそ、天皇の戦争責任の免責が必要だった。そして、「昭和天皇は平和主義者で、戦争責任は一切ない」という物語が作出されたのである。
 一方、天皇制を守るために、戦争放棄が必要だった。「ヒトラー、ムッソリーニに比すべきヒロヒト」と考える人々が世界中にいた。国内でも、敗戦の責任を取って退位すべきであるという主張は、三笠宮や木戸幸一からも出されていたほどである。こうした国際世論と国内世論を納得させるためには、日本が完全なる非武装国家となるという大転換を打ち出さなければならなかった。
 ちなみに、マッカーサーは、昭和天皇の退位を強硬に禁じた。GHQは、1946年の明治節(11月3日)を新憲法の公布の日とし、また、48年の12月23日、当時の皇太子(平成天皇)の誕生日にA級戦犯を処刑したが、この時ばかりは昭和天皇も「辞めたい」と側近にもらしたという(原武史『昭和天皇』岩波新書、2015年)。天皇の上に「青い目の大君」といわれたマッカーサーが君臨していたのである。
 「天皇制の存続」は憲法9条による絶対的な平和主義を必要としたが、他方で、日米安保体制を、すなわち世界で最も強力かつ間断なく戦争を続けている軍隊が「平和国家」の領土に恒久的に駐留し続けることを必要とした。この矛盾に蓋をする役割を押し付けられたのが沖縄である。沖縄は、天皇が象徴する「日本国」や「日本国民の統合」から予め除外されていた。
 ところで、私も「八月革命」説に全く疑問をもたなかった一人であるが、日本国憲法の成り立ちと象徴天皇制について、もっと深い学習が必要だと痛感している。

【参考文献】
 白井聡『国体論―菊と星条旗』(集英社新書)
 なお、本文2,3に引用した文献は、上記の孫引きです。

〔2019・2・14〕

2019年2月14日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子