(弁護士 後藤富士子)
1 「検察事務官」から「検事正」が誕生
検察事務官から出発した岡田博之氏(61歳)が、今年9月14日付で盛岡地検検事正に就任した。出身地旭川市の高校を卒業後、旭川地検の検察事務官に採用され、視野を広げようと旭川大学経済学部の夜間部に通った。内部試験により、1993年に副検事、2001年に検事となり、東京地検刑事部副部長や名古屋地検公安部長を経て、昨年11月から神戸地検姫路支部長を務めた(ニュース・弁護士ドットコム9月29日)。
私は、「検事」になるには、〈司法試験 → 統一修習修了〉のルートしかないと思い込んでいたが、誤りである。検察庁法によれば、検察官の種類は、検事総長、次長検事、検事長、検事、副検事の5種であり(3条)、等級に1級と2級があり、副検事は2級である(15条2項)。そして、3年以上副検事の職にあって政令で定める考試を経た者は2級検事になれるし(18条3項)、2級検事になると、1級検察官(検事総長、次長検事、検事長)の任命資格として「司法修習生の修習を終えた者」とみなされる(19条3項)。すなわち、「統一修習」という障壁は、大昔から決壊していたのである。
一方、検察庁法改正問題で一躍有名になった黒川弘務東京高検検事長(当時)は、東京大学法学部 →司法試験 → 統一修習修了→ 検事という経歴で、検事になってからの経歴の大半は法務省の枢要ポストを歴任し、官房長を経て事務次官となり、昨年1月に東京高検検事長になっている。しかるに、緊急事態宣言下で新聞記者と賭けマージャンをしていた不祥事が発覚し、今年5月21日に辞任した。
岡田氏と黒川氏を比べると、もはや〈司法試験 → 統一修習修了〉のルートが「よき法曹」を得るための制度として機能していないことは歴然としている。むしろ、「司法試験」も「統一修習」も、単なる「権威主義の残骸」にすぎないのではないだろうか?
2 「裁判官」の種類と任命資格
最高裁は、長官と14名の判事がいる。長官は、内閣の指名に基づき天皇が任命し(憲法6条2項)、判事は、内閣が任命し、その任免は天皇が認証する。任命資格は、「識見の高い、法律の素養のある年齢40年以上の者」で、少なくとも10人は、①10年以上高裁長官・判事の職にあった者、②高裁長官・判事・簡裁判事・検察官・弁護士・別法で定める大学法学部教授または准教授の職に通算20年以上の者、である(裁判所法41条1項)。
下級裁判所は、高裁長官、判事、判事補、簡裁判事がいるが、最高裁の指名した者の名簿によって、内閣で任命する(憲法80条1項)。高裁長官の任免は天皇が認証する。高裁長官と判事の任命資格は、判事補・簡裁判事・検察官・弁護士・裁判所調査官等・別法で定める大学法学部教授または准教授の職に通算10年以上の者、である(裁判所法42条1項)。判事補の任命資は、司法修習生の修習を終えた者、である(裁判所法43条)。簡裁判事の任命資格は、判事補・検察官・弁護士・裁判所調査官等・別法で定める大学法学部教授または准教授の職に通算3年以上の者(裁判所法44条)のほかに、選考委員会の選考による例外がある(裁判所法45条)。
すなわち、裁判官も、選考任命簡裁判事や学者を通して、〈司法試験 → 統一修習修了〉のルート外から任官できるのである。
3 「弁護士」の資格 ―「法曹養成」の矛盾
弁護士には種類がなく単一であり、弁護士の資格の原則は、「司法修習生の修習を終えた者」である(弁護士法4条)。その例外として、①司法試験に合格したが統一修習を修了していない者で、法務大臣が認定した場合(同5条)、②〈司法試験 → 統一修習修了〉のルートを通らなかった最高裁判事(同6条)がある。すなわち、弁護士も、〈司法試験 → 統一修習修了〉のルートに限定されていない。
ところで、司法修習生は、司法試験に合格した者の中から最高裁判所が任命する(裁判所法66条)。司法試験は、裁判官、検察官または弁護士となろうとする者に必要な学識およびその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とした国家試験である(司法試験法1条1項)。その受験資格は、法科大学院課程修了者または司法試験予備試験合格者である(同法4条)。
しかし、司法試験は、現行制度上「司法修習生採用試験」であり、司法試験法1条1項と矛盾する。すなわち、司法試験の目的が法の定めるとおりなら、受験者に、必要な学識と応用能力を取得する教育がなされていなければならない一方、この試験に合格した者が司法修習を修了しなければならないはずがない。また、予備試験についても、法科大学院課程修了者と同等の学識と応用能力と法律実務の基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的としているから(同法5条)、司法修習は無用である。そして、本質的な問題は、予備試験という「試験による選抜」は、法科大学院課程修了という「教育による法曹養成」の理念と相容れない。これが、法曹の「質」を低下させている根本原因であろう。
ところが、弁護士は、司法試験合格者数を減らすことや、法科大学院の相対的軽視と統一修習の充実を求めている。それは、弁護士の「既得権益」を守るために、自らが受けてきた法曹養成制度に回帰することしか考えつかず、新しい法曹養成制度を敵視する態度というほかない。
しかし、弁護士が社会に有用な専門職で在り得るためには、無用の長物と化した「統一修習」を廃止し、法科大学院での教育による法曹養成を貫徹させるべきである。それは、弁護士の「質」の多様化・高度化・専門化を推進するはずである。それなしに、日本の司法と法曹の発展は期待できない。一方、裁判所も検察庁も、現行の統一修習制度で「よき法曹」が得られるとは信じていないのではないか。それを信じているかのごとく思考停止しているのは、弁護士だけであろう。
4 「司法試験」と「判事補」の再定義
司法修習生は、司法試験に合格した者の中から任命される(裁判所法66条)。また、判事補は、司法修習生の修習を終えた者から任命される(裁判所法43条)。そうすると、現行「統一修習」を廃止した場合、定義をし直さなければならない。まず、「司法試験」は、法科大学院課程修了を受験資格にする。そして、司法試験合格者は法曹資格を取得する(現行の二回試験に相当)。すなわち、判事補も検事も弁護士も、資格要件は「司法試験合格者」に一本化される。
私は、長年の「法曹一元」論者であったが、現今の法曹の「質」の低下に危機感を抱き、「法曹一元」を封印することにした。「官僚制をやめればよくなる」という命題は、現在の危機に対応できない。「判事補」も「キャリアシステム」も前提にして、それを担う人の質を抜本的に向上させることが先決である。そして、法科大学院という法曹養成制度は現存しており、素直に発展させれば足りるのだから。
〔2020・11・2〕