「役人」である前に「検事」たれ!――「法曹一元」の基盤となる「ロイヤー」

(弁護士 後藤富士子)

1 黒川検事の定年延長をめぐるドタバタ劇
 黒川弘務東京高検検事長は、今年2月8日に満63歳となる前日、検察庁法の規定に従って定年退官するはずだった。ところが、1月31日、安倍政権は、1981年に改正された国家公務員法81条の3第1項の定年延長規定を用いて同氏の定年を6か月延長する閣議決定をした。しかし、検察庁法により検察官は一般公務員よりも厚い身分保障がされていることから、国家公務員法の定年延長規定は検察官に適用されないと解され、1981年の人事院答弁でも明示されている。そして、2月12日、松尾恵美子人事院給与局長は、81年答弁について「現在まで同じ解釈」と国会答弁した。すると翌13日、安倍首相が国会で「法解釈を変更した」と表明し、19日には松尾局長が12日の答弁を撤回した。さらに、20日に国会に提出された、法解釈変更をめぐる政府内協議文書には日付がなく、森雅子法相は「口頭決済で行った」と述べ、一宮なほみ人事院総裁は「口頭決済もありうる」「日付がなくても問題はない」と言い張った。
 こうして、3月13日、政府は検察庁法改正案を国会に提出した。なお、この法案は、一般公務員の定年を延長する他の法案と束ねたものであるが、法務省がまとめ、昨秋に内閣法制局の審査もほぼ終わっていた当初案には、検察官の定年の段階的引き上げと役職定年制の導入だけがあり、留任の特例は盛り込まれていなかった。ところが、前記閣議決定の直前になって法案の見直しが行われ、「役職定年」の年齢になっても政府の判断で検察幹部を留任させられるようにする特例が入ったのである。

2 「検察官」と「検事」
 ところで、「検察官」と「検事」とは、どこが違うのだろうか?
 「検察官」といえば、いかにも「国家機関」という感じがする。しかし、日本の「検察官」は「検事」だけで占められているのではない。すなわち、司法試験に合格して統一修習を修了した法曹有資格者が「検事」であり、法曹資格を有さない「副検事」もかなりの割合で存在する。それは、法曹人口が極端に少なく、必要な数の検事を確保できなかったからである。ちなみに、若年合格者を増やす司法試験改革の端緒は検事不足に対処するためであり、当時、法曹有資格者は第一線の検察官の約半数に過ぎなかった。同じ「検察官」といえども、法曹資格の有無という違いがある。これは、「検察官」という「国家機関」も具体的な「人」がいなければ実在できないのだから、法曹資格を有する人とそれを有さない人の違いに帰する。そして、法曹資格を有する人のことを「ロイヤー」というのである。
 5月15日に元検事総長を含む検事OBが法務省に提出した法案反対意見書をみると、それがどこから来るのかは別にして、「ロイヤー」の自負を看取できる。OBの異例の反対表明について、ある検察幹部は「役人である前に検事たれ、ということだろう」と歓迎したという(5月16日朝日日刊)。このことこそ、国家公務員法の適用除外の本質を示している。

3 「ロイヤー」の不在
 森雅子法相は弁護士、一宮なほみ人事院総裁は元裁判官である。また、弁護士である与党公明党の山口那津男代表は、5月12日夜に「改正案の趣旨が国民に伝わるよう、政府として丁寧に説明していただきたい」とツイートして批判が殺到した。弁護士の吉村洋文大阪府知事は、5月11日、「ぼくは賛成。検察トップの人事権をもつのは、選挙で選んだ人たちで成り立つ内閣がベストではないがベター。反対する人は人事権を誰が持つのかをオープンにしなければならない」と持論を述べたという(5月18日赤旗「波動」)。
 この人たちはいずれも、司法試験に合格して統一修習を修了した法曹有資格者である。しかし、この人たちに「ロイヤー」の自負を見ることはできない。皆、「ロイヤー」というより「法相」「人事院総裁」「連立与党代表」「知事」として振舞っている。日本の「法曹有資格者」は、「ロイヤー」とは別物らしい。考えてみれば、戦後の「統一修習」制度は、戦前の司法官(判事と検事の総称)養成に「在野法曹」である弁護士を加えたものだから、法曹資格として単一の「ロイヤー」が生まれるはずがない。ちなみに、アメリカでは「ロイヤー」というのは弁護士資格を有する者のことであり、それはロースクールで養成される。しかるに、日本では国の司法修習制度で公務員の身分保障をされて弁護士が誕生するのだから、弁護士も「ロイヤー」になれないのである。
 今般のドタバタ劇の主役であった黒川検事長は、緊急事態宣言下で新聞記者と賭けマージャンをしていた不祥事が発覚して、5月21日辞表を提出した。1983年に任官した黒川検事は、若い時代は東京地検特捜部にも籍を置いたが、経歴の大半は法務省で枢要ポストを歴任し、官房長を経て事務次官となり(通算7年半在任)、2019年1月に東京高検検事長になった。結局、彼は、「検事」というより「官僚」そのものであった。だからこそ、違法・異例の「定年延長」辞令を臆面もなく受け入れたのであろうし、賭けマージャンで失脚する愚かさである。そこには「ロイヤー」の自負など微塵もない。

〔2020・5・26〕

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「役人」である前に「検事」たれ!――「法曹一元」の基盤となる「ロイヤー」」への2件のフィードバック

  1. 大変貴重な投稿、ありがとうございました。
    検察官と検事の違いなど、非常に参考になりました。お恥ずかしながら、副検事が区検察庁(簡易裁判所に相当)に所属することなども知ることができました。
    その中で、「しかるに、日本では国の司法修習制度で公務員の身分保障をされて弁護士が誕生するのだから、弁護士も「ロイヤー」になれないのである。」の意味が理解できないのですが、教えていただければ幸いです。

    • アメリカでは、弁護士のことをロイヤーといいますが、もっと厳密にいえば、「弁護士資格を有する者」です。
      そして、ロイヤーは、ロースクール(大学院)で教育され、修了して司法試験(弁護士資格試験)に合格すると弁護士や検事になり、OJTで法律実務家として経験を積み、その中から優れた法曹が裁判官に選任されます。ですから、「ロイヤー」というのは「弁護士資格を有する者」という単一のもので、換言すると、弁護士こそが法曹の基本なのです。
      一方、日本では、司法試験受験資格は厳格ではなく(ロースクール不要)、実務法曹の養成は司法修習制度で行うのです。司法試験は法曹資格取得試験ではなく、司法修習生採用試験です。そして、修習修了時に「2回試験」(司法試験の2回目ということでしょう)に合格すると、いきなり検事、判事補、弁護士に別れていく。単一の「ロイヤー」が成立しないだけでなく、官製養成の弁護士が生まれるのです。日本の統一修習制度は、弁護士は付け足しで、「法曹の基本」ではないのですから、ロイヤーになれないのでしょう。

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