天皇の「生前退位」問題 護憲派は積極的な関与を

草野好文

天皇の切なる想い

現天皇が8月8日、「生前退位」の意向をにじませる「お言葉」を表明した。
「お言葉」は、日本国憲法第4条が定める「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」という規定に抵触しないよう、慎重に言葉を選びつつ、ご自身が高齢化によって象徴としての務めを十分に果たせなくなっていることにふれ、この先も「皇室が国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」ていると述べたのである。(天皇のこの発言をめぐっては、象徴天皇として許されない政治的発言であり憲法違反だ、との見解があるが、私は許容範囲と考える。)
現憲法が定める「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」としての象徴天皇像を自らの行いを通じてつくりあげてきた、そしてこの天皇像を次世代の後継者にも引き継ぎたいとの想いのこもったものであった。
その意味で「お言葉」は、現憲法が定める象徴天皇制の継続こそが皇室の存続と国民の幸福をもたらすものだとの切なる願いがこめられたものであったし、現日本国憲法を擁護するものであったと言えよう。天皇の元首化と改憲をもくろむ安倍自民党政権の現憲法敵視・改憲志向とくらべたとき、天皇の現憲法尊重・擁護の姿勢は鮮明である。
この「お言葉」を受けて、国民の大多数が敬愛の念を込めて「生前退位」を肯定的に受け止めた。各紙の世論調査によれば、国民の約8割が「生前退位」を認めるべきだと回答したのである。
しかしながら、天皇の主観的思いとしての憲法擁護姿勢はまぎれもないとしても、現天皇が「象徴的行為」としての「公的行為」を拡大してきたことは、国民の共感と支持として結実したとは言え、「象徴」としての枠を超えて政治的影響力を発揮しかねない危うさもある。同時に、この拡大する「公的行為」に対して内閣が関与し責任を持つということは、内閣が天皇を政治利用する危険性も増大する可能性があることを押さえておかなければならない。
もともと、この「公的行為」をめぐっては憲法違反との学説もあり、天皇が「公務」として行う仕事は憲法第4条、第7条が定める「国事行為」のみなのであり、「第三の行為」(私的行為以外の)としての「公的行為」などはあり得ないとするものである。
九州大学横田耕一名誉教授(憲法学)は「憲法の規定に忠実であるならば、事実行為を含む象徴としての天皇の公的な形式的・儀礼的行為を憲法の定める一二(ないし一三)の行為に限っているので、「第三の行為」などあり得ず、天皇の『公務』は『国事行為』だけである」(『世界』2016年9月号)としている。
これは憲法を素直に読めば当然の結論と思われるのだが、学界、法曹界、政府見解含めて、象徴としての天皇の行為には国事行為と私的行為以外に、その象徴としての立場上、私的行為とは言えない公的な仕事があり、これを「公的行為」として合憲とする説が多数を占めているとのこと。
これは自衛隊合憲論と似たところがあり、既成事実の積み重ねの結果もたらされたものとも言える。

安倍政権の冷たい対応

安倍政権は現天皇の「生前退位」意向表明を受けて、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(座長=今井敬経団連名誉会長、御厨貴東大名誉教授ら6人)を設置した。
「有識者会議」は初会合で、女性・女系天皇の是非などは議論のテーマとしない方針を早々と決め、「今生陛下の公務の負担軽減に絞って議論する」(菅官房長官)とし、第2回会合では新たに16人の「専門家」からのヒアリングを行うことを決めた。
有識者会議の構成にも問題があるが、選定された「専門家」の顔ぶれの多くは、歴史学者の大原康男・国学院大学名誉教授、憲法学者の百地章・国士舘大院客員教授(ともに日本会議政策委員)など、日本会議系の学者や櫻井よしこ氏ら右派論壇を賑わせている人物が多数を占めるものであった。この専門家の選定には安倍首相の強い意向が反映されたとのことである。
「有識者会議」の構成と役割の限定、「専門家」16人の選定からも明らかなように、安倍政権の「生前退位」に対する対応は、現天皇の象徴としての安定的な皇位継承を願う切なる想いに対しては冷たいものであった。
現天皇の「生前退位」意向表明は、改憲によって天皇の元首化(自民党改憲草案に明記)と神格化をめざす安倍政権にとっては実に忌々しいものであったのだ。それゆえ、現天皇一代に限っての特例として「生前退位」を可能とする特例法(特別法、特措法とも表現されている)を制定しようとしているのである。
「有識者会議」の設置も「専門家」からのヒアリングも、安倍政権の既定路線を補強するための隠れ蓑にすぎないと言えよう。
だが、この特例法(特別法、特措法)による皇位継承は、明白な憲法違反と言わなければならない(著名な憲法学者の長谷部恭男(※1)早大大学院教授や今回のヒアリング対象者となった高橋和之(※2)東大名誉教授らが合憲との判断を示しているが)。
なぜなら、憲法第2条は「皇位は、世襲のものであって、国会で議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と規定しているからである。「生前退位」とは即「皇位継承」問題なのであり、皇室典範を改正して「生前退位」を正式に認める以外にないのである。一部報道によると、この憲法違反を回避するために、皇室典範の附則に「特別な場合」に限定して「生前退位」を可能とする文言を付加してしのごうとしているとの報もあるが、このような姑息なやり方は許されない。
※1 「皇室典範の定めるルールによって継承順位は自動的に決まると言っているだけですので、退位について特別法という可能性はないわけではない」(『世界』2016年10月号)
※2 「天皇制自体が身分制に基づく点で憲法上の一般原則の例外であり、世襲制は事実上特定集団を対象としているのであるから、天皇制の中に一般原則を持ち込むことは憲法の想定していないことというべきであろう。したがって、特例法により対応することが憲法に違反するとまではいえない」(『世界』同)

天皇の意向を無視し続けた安倍政権

今回のビデオメッセージによる「生前退位」を強くにじませた意向表明は、現天皇にとっては、もはや残された時間がない、との危機感のあらわれであったのだと思う。
もちろん、天皇の意向を指示として受け止め、これをすぐさま法制化するとなれば、憲法第4条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」に抵触するのであるから、安倍政権が天皇の意向を冷たくあしらい、無視してきたとしても、それ自体は憲法違反でもなく、あり得ることである。
問題は、天皇の意向を冷たくあしらい無視してきたことの理由にある。それは天皇があまりにも現憲法を擁護し、憲法に即した象徴天皇制を体現し、将来においてもこれを継続しようとしてきたからである。これは現憲法を否定し、天皇の元首化と神格化をはかり、戦前回帰の明治憲法体制に回帰しようとする安倍政権には容認できないからである。
8月のビデオメッセージに先立つ7月、NHKが「天皇陛下が『生前退位』の意向」とのニュース報道をした時、安倍内閣の菅官房長官は怒りもあらわに、ただちにこの事実を否定したが、その後、「5月以降、天皇の意向を受けた宮内庁幹部たちが水面下で検討を進めていた」との報道が各紙でなされことからして、この動きを全く知らされていなかったなどということはあり得ない。天皇が昨年の誕生日記者会見で「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と述べられたことも含めて考えると、おそらく天皇の意向はもっと以前から官邸に伝えられていたはずである。
NHKの報道は、天皇の意向を伝えられながら、これを無視するかたちで先延ばししている安倍官邸に対する関係筋のリークと推測できる。そしてこれが引き金となって、8月のビデオメッセージが実現したと言えよう。

「生前退位」に反対する右翼保守派

7月NHK報道、さらには8月ビデオメッセージ以降、天皇の「生前退位」をめぐって右翼保守派から反対論が噴出している。
安倍政権を支える日本会議の副会長・小堀桂一郎氏(東大名誉教授)は天皇の「生前退位」について、「天皇の生前後退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である」(産経新聞7月16日)と発言。
「有識者会議」が選定した16人の一人である平川祐弘東大名誉教授(日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」代表発起人)は第1回ヒアリング後の記者取材に「ご自身で拡大解釈した役割を果たせなくなるといけないから元気なうちに皇位を退き、次に引き継ぎたいというのは異例のご発言だ。……退位せずとも高齢化への対処は可能で、摂政を設けるのがよい」(朝日新聞11月8日)と天皇が自らその可能性を否定した摂政について言及した。
同じく16人のメンバーの一人である大原康男国学院大名誉教授(日本会議政策委員会代表)は「お一人の天皇が終身、その地位にいることにより、日本社会が保たれる」(「朝日」11月8日)として「生前退位」に反対を表明。
同じく櫻井よしこ氏(「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表)は「譲位には賛成いたしかねる。……摂政を置かれるべき」(「朝日」11月15日)と述べた。
同じく渡部昇一上智大名誉教授も「皇太子殿下を摂政として、代わりに公務に出ていただければ何の心配もない」(「朝日」11月15日)と発言。
第3回のヒアリングをうけた八木秀次麗澤大教授(「新しい歴史教科書をつくる会」元会長)は「一代限りの特例法であっても、……皇位の安定性を一気に揺るがし、皇室制度の存立が危うくなる」(「朝日」12月1日)と表明した。
この他、笠原英彦慶大名誉教授、今谷明帝京大特任教授も同様の発言を行っており、ヒアリング対象者16人中7人が「生前退位」に反対を表明したのである。国民の約8割が「生前退位」を肯定していることと比較すると、「有識者会議」の16人の人選がいかに偏ったものであったかがわかる。しかもその反対理由が現憲法下の「象徴天皇」像とは言い難い、「国体の破壊」などという表現に見られるように、明治憲法下の神格化された現人神的天皇像をベースにしていることが垣間見えるのである。
このような日本会議系学者や一部右派論者の見解には、同じ右翼保守派の中からも強烈な批判が浴びせられており、深刻な対立が生み出されている。
小林よしのり氏などは、「政府は速やかに皇室典範を改正し、陛下のご意向を叶えてあげてほしい。それが常識ある国民の願いなのだから」(『週刊ポスト』8月19・26日合併号)とした上で、「自称保守派の者たちは、82歳の天皇の『退位』の自由すら妨害しようとしてるではないか! 彼らは天皇陛下を敬愛してはいない! 天皇の『自由意志』を封殺したがる」として激烈な批判を展開している。
それゆえ、日本会議系論者の見解は、象徴天皇制を維持しようとするまともな保守派の見解とは大きな亀裂があり、対立が潜在していると考えられる。

皇室典範改正にあたってなすべきこと

皇室典範の改正にあたっては、附則での一代限りなどではなく、本則において天皇の「生前退位」を正式に認める改正をなすべきである。
その上で、皇室典範第1条が「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」としているが、女性に皇位継承権を認めない、このようなあからさまな男女平等に反する女性差別は明白な憲法違反であり、直ちに改正しなければならない。
憲法第14条は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」としているのであるから、憲法の下位にある法律である「皇室典範」は当然にこの規定に反してはならないからである。男女にかかわらず皇位継承権を認め、女性天皇を認めなければならない。
なお、天皇という特別な存在や皇位の世襲に関しては憲法第1条、第2条に定めがあるため、第14条に優先する。
さらに、男系男子に限定することによる皇位継承者の減少は、皇室の存続の危機をももたらす。
小泉政権時代に設置された「皇室典範に関する有識者会議」は、皇位継承やそれに関連する制度について2005年(平成17年)1月より17回の会合を開き、同年11月24日には皇位継承について女性天皇・女系天皇の容認、長子優先を柱とした報告書を提出した。
だが、当時内閣官房長官であった安倍氏は、有識者会議が「男系維持の方策に関してはほとんど検討もせず、当事者であるご意見にも耳を貸さずに拙速に議論を進めた」として、有識者会議の報告書を批判した。この後、2006年に秋篠宮家に男子の悠仁親王が誕生したことにより、法案提出は見送られた。(Wikipedia)
さらに民主党・野田政権時の2011年、悠仁親王が誕生にもかかわらず、依然として皇位継承者の減少が続くことを回避するために、「女性宮家」創設に向けた検討を開始。2012年10月、女性宮家の創設案と、結婚した女性皇族が国家公務員として皇室活動を継続する案をまとめた。だが、この年の12月、衆院選で自民党が勝利し、「男系男子」にこだわる安倍内閣が発足して立ち消えとなったのである。
以上の経過からも明らかなように、皇位継承者の減少を食い止めるためには、「男系男子」にこだわっていてはならず、女性・女系天皇も認めようというのがまともな保守の考えであり、国民の大多数の意向でもあるということである。

護憲派は積極的関与を

天皇の「生前退位」をめぐって国民の約8割が大きな関心を寄せ、右翼保守派内部でも激烈な対立があり、さらに右翼保守派とまともな保守派との対立が繰り広げられている状況の中で、一体護憲派は何をしているのであろうか。
「九条の会オフィシャルサイト」を検索してみても、「生前退位」問題についてのアピールもコメントもない。各地の「九条の会」や護憲団体にもこの「生前退位」問題についての言及が見あたらないのである。
野党各党の対応はどうか。
民進党は護憲派とは言えないが、岡田克也代表(8月当時)は「陛下のお気持ちが示された以上、しっかりと応えていく必要がある」(「朝日」8月9日)として、「生前退位」を受け入れる考えを示した。その後、蓮舫代表のもとで「皇位検討委員会」を設置して党としての議論を開始している。
同じく護憲派とは言えない「生活の党」(現自由党)の小沢代表は「これまでの陛下のご労苦などを踏まえ、大変重く厳粛に受け止めたいという思いであります。……具体的な内容につきましては、『天皇の地位』に関する問題でありますので、政治的な立場にあるものが軽々にコメントするべき性質の問題ではないと認識致しております」(「産経ニュース」8月8日)とする談話を発表した。
日本共産党は志位委員長の談話として、「高齢によって象徴としての責任を果たすことが難しくなるのではないかと案じるお気持ちは理解できる。政治の責任として生前退位について真剣な検討が必要だ。……『人権は保障されなければならない』として、皇室典範など法改正による生前退位の実現に理解を示した」(「朝日」8月9日)。
社民党は又市幹事長が「公務の負担のあり方や国事行為の臨時代行、摂政を含めて論議し、必要があれば皇室典範を改正するなどの対応を行うべきである。……象徴といえども、一人の人間として人権やその思いは尊重されるべきである」(「産経ニュース」8月8日)とする談話を発表した。
その後、護憲派の共産党、社民党からの新しいメッセージはない。護憲派政党として、その立場上何らかの態度表明が避けられない故、「生前退位」について最小限の見解を表明しただけと言えよう。
市民運動体としての「護憲団体」は沈黙、護憲政党は最小限の見解表明、という現状である。
護憲派は今回の「生前退位」問題に限らず、天皇制が直面する現実問題については積極的にかかわろうとせず、否定的傍観者として振る舞っているように思う。言わば自らを蚊帳の外に置いているかのようだ。
その理由は、護憲派の多くが天皇制否定の立場に立っているからである。天皇制などという人間平等に反する、あってはならない制度をより良くするなどということは考えられない、ということなのであろう。
しかし、「生前退位」問題とは憲法第2条が定める「皇位継承」問題であり憲法問題なのである。護憲を標榜する護憲派がきわめて重要な憲法問題に直面して傍観者的に振る舞っていいわけがない。安倍政権はじめ右翼保守勢力が、象徴天皇制を元首天皇制に改編しようとの意図をもってこの「生前退位」問題に対応しようとしているからである。
憲法上の重要問題である「生前退位」問題を、右翼保守派と象徴天皇制を維持しようとするまともな保守派との論争にまかせていては、天皇制が本質的に持つ問題性を多くの国民に知らせることもできない。
それゆえ護憲派は、「生前退位」を自らに突き付けられた問題としてとらえ、護憲派としての見解を明確に提起し、安倍政権が皇室典範の改正によらない現天皇に限っての退位を認める特例法の制定によってしのごうとしていることに対して、明確に反対の意思表示をすべきなのである。
安倍政権はじめ右翼保守勢力にとっては、天皇を「元首」化するためにも「生前退位」など認めたくないであろうし、ましてや天皇神格化の根源となっている男系男子による継承が断ち切られ、女性天皇が誕生することなど絶対に認められないであろう。
それゆえ、護憲派は、憲法違反条項を持つ皇室典範改正に踏み込んで今回の「生前退位」問題を論じるべきであり、かつ、女性にも皇位継承権を与えるべきことを主張し展開すべきなのである。小泉政権時代の「皇室典範に関する有識者会議」がまとめた女性天皇・女系天皇を容認するとした報告書は、多くの国民がこれを支持した経緯もある。
まさに今回の「生前退位」問題と「皇位継承」問題は、右翼保守派の弱点なのであり、彼らがいかに戦前回帰の国家主義・反民主主義勢力であるかをあぶりだす好機なのである。現天皇の「生前退位」問題は国民の関心も高く、さまざまに議論が噴出するであろう。このような状況の中で、これまでのように護憲派が否定的に傍観者的に振る舞うようなことがあってはならないと思う。
象徴天皇制は遠い将来はともかく、国民意識の現状からしてなくすことはできないし、存続し続ける。そうであれば、国家主義者に天皇を政治利用させない闘いが不可欠となる。これは国民主権を守る民主主義のための闘いでもある。
いまこそ護憲派は、天皇・皇族にも人権はある、「生前退位」賛成、女性にも皇位継承権を認める皇室典範改正を、と訴えるべき時である。

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天皇の「生前退位」問題 護憲派は積極的な関与を」への5件のフィードバック

  1. 興味深く拝読いたしました。そのうえで、2点質問させて下さい。

    【質問その1】
     「天皇という特別な存在」は憲法14条に優先するとのご意見ですが、その根拠は何でしょうか? 憲法自身に1条や2条の規定があるのはその通りですが、人間に「特別な存在」を認めることは人間の平等原則を定めた憲法14条の理念に真っ向から矛盾する背理だとはお考えになりませんか? 言い換えれば、天皇制は憲法の中に埋め込まれた異物(矛盾)だとはお考えになりませんか? ちなみに、すべての人間の平等原則と差別禁止原則は、単に憲法が14条で認めたから認められているということではなく、世界人権宣言前文及び第1条、国際人権B規約前文及び第2条など、今や世界中の国が保障しなければならない普遍的人権と認められた原則です。

    【質問その2】
     「天皇・皇族にも人権はある」とのご指摘ですが、天皇には、選挙権・被選挙権、政治的表現の自由、信教の自由、移転の自由、職業選択の自由、外国移住の自由、国籍離脱の自由があるとお考えでしょうか? 少なくとも、これら重要な人権のいくつかが天皇には認められていないということはお認めになるのではないでしょうか? そして、それらは天皇制に必然的に付随する人権制約ですから、天皇をこれらの人権制約から完全に解放するためには、天皇を天皇制から解放すること、すなわち、天皇制を廃止して真に天皇を人間に戻すことが必要不可欠だとはお考えになりませんか? これは「国民意識の現状」がどうのこうのとか、「当面不可能ではないか」といった問題ではなく、理念の問題として、本来あるべき姿はどうなのか、という質問です。

    • 「生前退位」問題 宇井宙氏質問への回答
       草野好文

      【質問その1】
       「『天皇という特別な存在』は憲法14条に優先するとのご意見ですが、その根拠は何でしょうか?」
       「憲法14条に優先する」との表現は不適切だったのかも知れません。それゆえ、「人間に『特別な存在』を認めることは人間の平等原則を定めた憲法14条の理念に真っ向から矛盾する背理だとはお考えになりませんか?」との質問となったのだと思います。
       宇井氏のここでのご指摘とご主張は、私も同意できますし、その通りだと思います。
       私が「憲法14条に優先する」としたのは、人間の平等原則と差別禁止を規定した14条の内容に優先するという意味ではなく、天皇制という特別な存在はこの14条とは相いれない規定ではあるが、憲法第1条、第2条に特別な定めがあるため、憲法違反とはならない、という意味での表現だったのです。いわば、特別法は一般法に優先する、という観点での表現でした。
       しかし、宇井氏ご指摘のように、14条の内容に優先する、と理解される可能性があるわけで、ここはもう少し詳しく表現すべきだったと思います。

      【質問その2】
       宇井氏のご主張に全面的に賛成です。私も理念としては、天皇・皇族に課せられた人権制約は、これを全面的に解放するためには天皇制を廃止する以外ないと思っています。現状は宇井氏が例示された人権のほとんどが保障されていません。
       しかし、現状のもとでも人権制約を少しでも取り払い、天皇・皇族の人権確保を押し広げていくことが大切ではないかと思っています。「生前退位」もその一つではないでしょうか。
       問題は護憲派が理念にとどまっていて、天皇制に関しては現状を少しでも改善していこうとする姿勢がなく、あるいは現状の改悪にきちんと立ち向かっていないということなのだと思います。

      【補足】【補足その2】に関して
       宇井氏は【補足その2】で「草野さんが生前退位を擁護しておられる理由は何だろうかと気になって再読しましたところ、天皇の『元首』化や神格化を図ろうとする安倍政権はじめ右翼保守勢力に対抗し、それらを阻止するために『生前退位』や女性天皇を認めるべきだと主張されているように感じました。これが私の誤読でないとしたら、それはまさに天皇(制)を政治利用しようとするものであり、天皇の政治利用は右翼によるものであれ左翼によるものであれ、改憲派によるものであれ『護憲』派によるものであれ、憲法の容認するところではないと思います」と述べられていますが、私には「それはまさに天皇(制)を政治利用しようとするものであり……憲法の容認するところではない」とする結論が理解できません。
       現憲法に反して、天皇の「元首」化や神格化を図ろうとする安倍政権や右翼保守勢力に対抗して、それを阻止するための闘いは、憲法擁護の、憲法に則った闘いなのであり、右翼保守勢力に対抗する政治闘争ではあっても、天皇の政治利用などではあり得ないからです。(山本太郎参議院議員が原発問題で天皇に直訴したような場合は政治利用となるとは思いますが。)
      「生前退位」や女性天皇の実現は、天皇の神格化を阻止する上でも、天皇・皇族の制約された人権の拡張、男女平等の実現の上でも不可欠なことであり、単に安倍政権はじめ右翼保守勢力との闘争手段とすべきものではないと思います。
       「生前退位」や女性天皇の実現、天皇・皇族の制約された人権の拡張は、象徴天皇制が遠い将来において眠るように市民社会に溶け込んでゆき、いずれは天皇制そのものがなくなる日が来るのではないかと思い描いています。

  2. 【補足】
     天皇制に批判的な“古い護憲派”は生前退位の問題に無関心でけしからん、というのが、本稿のご趣旨のひとつのようですので、念のために私の考えも申し添えます。
     天皇制を廃止することが「国民意識の現状」からして政治的に当面不可能であることは私も重々承知しています。ですから、天皇制の廃止を将来的な目標としつつも、当面は天皇制が存続するという現実を認めたうえで、皇室典範を改正して生前退位を認めることには賛成です。(特例法での対応に反対なのは、草野さんと同様です。)その理由は、これだけ人権の制約された天皇に自発的退位の権利を保障することは、憲法の枠内で天皇制を維持するための「最低限度の人権保障」だと思うからです。
     なお、私も横田耕一・九大名誉教授と同様、天皇の「公的行為」は憲法違反だと考えますので、天皇が憲法6条・7条に規定された国事行為だけをしていれば、それほど多忙でも激務でもなく、高齢であっても十分こなせると思いますので、「高齢・多忙・激務」といったことは、私が「生前退位」を認めるべきだと考える理由ではありません。

  3. 【補足その2】
     再度の連投失礼します。
     先ほど私は、生前退位擁護論の理由として、「最低限度の人権保障」ということを述べました。それに対して、草野さんが生前退位を擁護しておられる理由は何だろうかと気になって再読しましたところ、天皇の「元首」化や神格化を図ろうとする安倍政権はじめ右翼保守勢力に対抗し、それらを阻止するために「生前退位」や女性天皇を認めるべきだと主張されているように感じました。これが私の誤読でないとしたら、それはまさに天皇(制)を政治利用しようとするものであり、天皇の政治利用は右翼によるものであれ左翼によるものであれ、改憲派によるものであれ「護憲」派によるものであれ、憲法の容認するところではないと思います。

  4. 今、一番危惧しているのは、天皇の退位の問題について、国の様々な問題について決定すべき国会ではなく、時の首相のにわかに設置した私的諮問機関である「有識者会議」において先行して寡占的に “ 静かに ” 議論され、国会の議論への布石とされることです。
    憲法上、このようなことはあってよいのでしょうか。
    「会議」での議論の公表を受け、それを題材に国民の議論も深まればいいとも言えるかもしれませんが、会議での議論が規定の路線のように国を導くことになったとすれば、首相のいっとき設置したに過ぎない「会議」で、国のどのようなことでも決められることになってしまいかねず、それは今後に禍根を残すことになるのではないかと思います。
    そういう意味では、2016年8月の天皇のお言葉が、国民に対して広く語りかけられたことは、良かったのではないかと思います。天皇の示唆であれ何かの「会議」であれ、私達の知らないところで粛々と国の根幹にもかかわるような内容の変更が行なわれてしまったとしたら、それこそ政治的に、憲法上も問題があるのではないかと思うので。

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