2020年8月4日、自民党のミサイル防衛に関する検討チームが、安倍首相に「他国領域内への打撃力保持」を含む抑止力向上のための提言を行い、首相は記者団に「提言を受け止め、しっかり新しい方向性を打ち出し、速やかに実行していく」と表明した。
杜撰な立地選定や住民への説明不足で候補地が決まらず、さらに技術的に大きな欠陥があることも発覚して、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」配備計画が頓挫した。4,500億円以上の巨費が見込まれた計画で、その費用対効果も不明な計画の中止は喜ばしいことと思っていた矢先、代替として唐突に出てきたのが上記の提言である
「他国領域内への打撃力保持」と表現は変えているものの、意味するところは「敵基地攻撃能力の保持」である。河野太郎防衛大臣が計画中止を発表したのが6月15日。その後の1か月半の、まさにコロナの第二波が日本中に拡大している最中に、こうした危険極まりない提言を作り、首相がこれを受け取り、政府で検討すると約したのである。
「敵基地攻撃能力」とは、日本が攻撃を受けた、あるいは攻撃を受けそうな国の軍事基地を先制又は予防のために攻撃し、その国の領域内で軍事施設や武器を破壊し、自国を守る軍事的能力のことである。今までの専守防衛とは全く違う概念である。
そもそも、日本は憲法9条によって永久に「戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認」を規定している。この9条の下で、専守防衛論の立場を1956年の鳩山一郎首相の答弁を基軸として、自民党の長期政権は一貫して政府見解としてきた。その見解とは、
「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」
しかし、自民党はあえて引用していないが、鳩山答弁には後段がある。すなわち、
「相手国領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らない」
と釘を刺しているのである。
この答弁から見ても、「敵基地攻撃論」はこの歴代自民党政府の「専守防衛論」さえ反故にし、東アジアの緊張激化を扇動するものだ。
そして、国連憲章もまた、以下の通り自国に向けた「武力攻撃が発生した場合」に限り、対抗手段としての武力攻撃を認めているが、先制攻撃や予防攻撃は禁止しており、国際法違反となる。
国連憲章第51条の条文は次の通り。
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基づく権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」
以上の通り、先制攻撃や予防攻撃は国内法、国際法のいずれにおいてもできないのである。
自民党は第二次安倍政権下で2度、敵基地攻撃能力の検討を提言してきたが、さすがに安倍政権もこれを採用してこなかったのであるが、今回「イージス・アショア」の頓挫をチャンスと捉えたのか、歴代防衛大臣等国防族議員を中心とする前記検討チームが、代替案の一つとして出してきたのが「敵基地攻撃能力」なのである。おそらくは、安倍首相あるいはアメリカからの何らかの指示なり圧力があってのことではないかと推測される。
さて、百歩譲って鳩山首相の前段の答弁を認めたとして、「攻撃してきた」あるいは「攻撃してきそうな」をどうやって判断するかである。
2003年3月、アメリカはイラクに先制攻撃を仕掛け、イラク戦争が始まる。その時の大義は「大量破壊兵器の存在」であったが、結局大量破壊兵器は見つからなかった。世界最高水準の軍事的情報力・技術力を持つアメリカでさえ、確実な情報を掴むのは至難の業なのである。
そんなアメリカと軍事同盟を結び、盾(専守防衛)と矛(敵国攻撃)の役割分担をしてきた日本の情報力や技術力で、他国が攻撃を仕掛けてくることを察知できるのか。あるいは攻撃してきた場合、それが日本領土めがけてきているかを瞬時に判断できるのか。いずれの場合も非常に難しく、不可能に近いと言わざるを得ない。「イージス・アショア」計画の頓挫に見られるような無計画性や技術力・情報力のない日本にそんな高度な能力は期待できず、時間と金の無駄である。
安倍政権は、憲法の解釈変更によって安保法制を強引に成立させた時も、中国・北朝鮮の軍事力増強の脅威をあげ、「日本の領土と日本人の生命・財産を守っていくのは政府の責務」と強調してきたが、多くの国民が求めているのは軍事力の増強ではなく、平和的な対応と外交努力である。
日本の対東アジア外交は、北朝鮮はもちろんのこと、韓国とも戦後最悪の状況と言われ、米中関係悪化のあおりを受けて、いつ日中関係が悪くならないとも限らない。アメリカ一辺倒の追随外交の故に、東アジア諸国との外交は空白状態が続いている。これを平和的話し合いで改善する事こそが、最大の自国防衛であることを政権は認識し、不断の努力を傾注すべきである。「敵基地攻撃能力」という暴挙によって、戦争の惨禍を再び繰り返してはならない。
2020年8月15日