静岡地裁の再審裁判で無罪判決を受けた袴田巌さんについて、2024年10月8日、畝本直美検事総長は控訴断念を発表し、完全無罪が確定した。しかし、同検事総長はその発表の中で、判決が「(証拠の)5点の衣類が捜査機関のねつ造であると断定した上で、検察官もそれを承知で関与していた」との部分に対して、「到底承服できず、控訴して上級審に判断を仰ぐべき内容だ」と、大きな不満を表明したのである。唯一謝罪らしき言葉が「相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」だった。
これに対して弁護団は10月10日、「無罪判決を受けた袴田さんを犯人視するもので、名誉棄損にもなりかねない」と批判、「有罪立証の判断の誤りを率直に認め、袴田さんに直接謝罪すべきだ」と表明した。
袴田さんを58年間、容疑者、被告人、死刑囚、確定死刑囚として拘束した責任が全く感じられない検察の態度には憤りを覚える。 袴田事件に限らず、冤罪事件では警察の違法捜査と証拠ねつ造、その証拠に絶対的に依存する検察、そして検察のあげた証拠をそのまま採用して判決を下す刑事裁判官が必ず存在する。そんな彼らが実際に日本の刑事司法を担っているのである。
袴田事件の無罪判決が良い意味で影響したのか、10月28日、再審が決定したのが1986年に発生した「福井女子中学生殺人事件」で懲役7年の刑に服した前川彰司さん。この事件では捜査が行き詰まる中、1年後に逮捕された前川さんは、取り調べ時から一貫して容疑を否定。警察はねつ造ともいえる目撃証言を唯一の証拠として送検して、検察はそれを根拠に起訴。一審は無罪になるも、控訴審で逆転有罪、上告も棄却され7年間服役した。そして2度目の再審請求で再審を勝ち取ることになった。この事件でも上記したように、警察の違法捜査、警察の証拠を信じ込む検察、上に行けば行くほど証拠を精査しない裁判官が存在したのである。
以上の2件の殺人事件の他にも、冤罪と警察・検察の不祥事のニュースが今年目に付く。
・現在民事裁判中の「大河原化工機事件」は、警視庁公安部が生物兵器に転用可能な機械を無許可で輸出したとして、社長ら幹部3人を逮捕し、1年近く長期拘留し、検察が起訴したものの、公判直前になって起訴を取り下げた事件。全く違法性のない機械にもかかわらず、公安警察及び担当警察官の得点稼ぎのために証拠をねつ造し、検察が証拠を精査しないまま起訴したのだ。拘留中にがんが発症した一人は、仮釈放も許されず亡くなるという悲惨な事件だった。会社側は国家賠償訴訟を提起して、現役の同僚警察官の証言などから、証拠ねつ造の事実も明らかになり、一審は会社側の勝訴。両者控訴して控訴審で審理中であるが、刑事事件で警察・検察は起訴を取り下げたにもかかわらず、未だ謝罪もしていないという驚くべき組織である。
・現在民事裁判中の「プレサンス事件」は、2019年にプレサンス社(不動産業)の当時の社長が詐欺に加担したとして逮捕され248日間の長期拘留後無罪となった事件。同社の社員が担当する案件で違法な取り調べを受け、社長も加担していたという虚偽の調書が作成されたことが判明し、無罪となり、現在大阪地検特捜部の違法取り調べと長期拘留について損害賠償訴訟中である。この民事裁判では18時間におよぶ録音録画映像が証拠として採用され、特捜部の違法取り調べが赤裸々になることが期待される。特捜部の「見立て」を貫こうとする組織的犯罪ではないか。
・鹿児島県警本部長の警察不祥事隠蔽疑惑は、当時の野川明輝本部長が、警察官のトイレ盗撮事件を隠蔽(いんぺい)したという疑惑。当時鹿児島県警では警察官の不祥事が相次ぎ、本部長が事件を表沙汰にしたくないという自己保身的行動である。この件を生活安全部長が告発文書を個人ジャーナリストに送っていたが、逆に生安部長は国家公務員法(守秘義務)違反で逮捕・起訴されている。野川本部長も犯人隠避と公務員職権乱用容疑で刑事告発されたが鹿児島地検は不起訴処分とした。この事件を聞いた時に、2002年に検察の裏金問題を内部告発しようとしていた大阪高検公安部長の三井環氏が、告発直前に検察に逮捕された事件を思い出さずにはいられなかった。告発の情報をキャッチした検察が微罪をでっちあげて告発を止め、逆に報復に出た事件である。組織防衛のためなら何でもやるという警察・検察には呆れるとともに恐怖を覚える。
・京都府警本部長パワハラ事件は、今年8~9月に発生した当時の白井利明本部長の不祥事。庁舎内で部下から説明を受けている際「殺すぞ」などの不適切発言したことが表面化。複数の職員から訴えが寄せられたとのこと。さすがの警察庁も、仲間を庇いきれず更迭となったが、鹿児島県警と同じく、トップがこういった人間性を持つ組織が、まともな刑事司法を全うできるのか、甚だ疑問である。
・最後にあげるのが大阪地検の現役検事正の性暴行事件。2018年9月、当時地検トップの検事正だった北川健太郎被告が、酒に酔って抵抗できなくなった部下の女性検察官に性的暴行を行い、起訴されたもの。今年10月25日に初公判が開かれ、容疑を認めた。被害者の女性検察官は検事正から脅迫的な口止めを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し休職に追い込まれた。検事正本人は2019年に円満退職し弁護士となり、企業の顧問弁護士としてコンプライアンスにも関与しているというのだ。こんなトップのいる検察がまともな事件捜査ができるのか、首を傾けざるを得ない。ちなみに、検事正在任中は森友学園問題の財務省決裁文書改竄事件を大阪地検が不起訴にした時期と重なり、当然検事正が関与しているはずであり、判断の正当性まで疑いがもたれる。
私たち一般市民は、犯罪被害者になったか、あるいは被害を受けそうになった時に頼るのは警察であり、被疑者を起訴して裁判にかけるのは検察である。最後は公正・公平に判決を下す裁判所がある。そこには警察官、検察官、裁判官がおり、彼らを管理するのが警察であり検察であり裁判所という組織である。この刑事司法を担う組織の機能が内向き、即ち組織防衛の方向に行ったときに何が起きるのか。そこには市民の犠牲が待っているのではないか。殺人事件などの重大犯罪が発生し、なかなか犯人が捕まらない状況から生じるのは、警察への信頼喪失という組織としての焦りであり、そこから冤罪を作り出す芽が出てくるのではないか。「疑わしきは被告人の利益」ではなく、「疑わしきは組織の利益」になるのは、多くの事例が証明している。
憲法15条第2項は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」
と定めている。したがって公務員を管理する警察、検察は真正な証拠に基づき真犯人を逮捕・起訴することに専念し、裁判所は「疑わしきは被告人の利益」を貫き、組織優先の刑事司法から脱却しなければならない。
(2024年10月29日)