緊急警告003号 「ナチスの手口」、緊急事態条項の危険性

安倍首相は今年の年頭から憲法改定を目指す意向を繰り返し語り、その具体的項目の一つとして「緊急事態条項」を挙げている。自民党の古屋圭司改憲推進本部長代理も昨年9月30日、「本音は9条(改憲)だが、リスクも考えないといけない」ので、「大災害や他国からの武力攻撃の際、首相の権限を強化する緊急事態条項新設から着手したい」との本音を漏らしている。参院選で仮に改憲勢力が3分の2以上を占める事態となれば、真っ先に発議される改憲案は緊急事態条項の新設になることが予想される。ところが、自民党が2012年4月に公表した改憲草案 の98・99条に規定された「緊急事態条項」(下記参照)を見ると、ヒトラーがワイマール憲法を骨抜きにして独裁権力を掌握するために成立させた「民衆および帝国の苦難を除去するための法律」(通称、「授権法」または「全権委任法」)とそっくりなのだ。安倍首相の盟友である麻生太郎副総理兼財務相は2013年7月29日、憲法改定に関して「ナチスの手口を学んだらどうか」と発言したが、安倍政権はまさにそれを地で行こうとしているのである。

福島みずほ議員は2016年1月19日、参議院予算委員会で、自民党改憲草案中の「緊急事態条項」について、「内閣限りで法律と同じ効力を持つことができるのであれば、これはナチス・ドイツの『国家授権法』と全く一緒です」と、その危険性を警告した。
具体的には以下のような危険性が指摘されている。
1.内閣総理大臣が、国会の審議・承認なくして「緊急事態」を宣言することができる。しかも「緊急事態」の要件は法律でいくらでも自由に決めることができる。
2.「緊急事態」が宣言されれば、国会の審議・承認がなくとも、立法権・予算編成権を内閣が掌握することができる。
3.国民のあらゆる基本的人権を内閣が制限することができる。
4.国民の選挙権も内閣が停止することができる。
5.これらの内閣に与えられた独裁的権限を阻止する手段を国民は持てない。

これは、現憲法に照らしてみれば、国民主権と基本的人権という民主主義の二大原理を圧殺するものであり、憲法前文(「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」)と憲法97条、98条1項に抵触する、憲法違反そのものである。

このように、大災害や非常事態への対処を口実とした「緊急事態条項」の新設は、権力を内閣に集中させて、人権保障を骨抜きにし、立憲主義と憲法そのものを破壊するものである。ナチスの国家授権法がワイマール憲法を破壊し抹殺した二の舞を避けるためには、「緊急事態条項」新設という改憲を絶対に阻止しなければならない。

【参考】(ゴチック化は編集委員会)
■自民党憲法改正草案(2012年4月27日決定)
第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2~4 略
第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 略
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 略

■ドイツ国家授権法(=全権委任法、1933年3月23日成立)(括弧内の条文は要旨)
第1条 帝国の法律は、帝国憲法によってあらかじめ規定されている手続による以外に、帝国政府によっても決定されることができる。これは、帝国憲法第85条第2項(*1)および第87条(*2)に示されている法律についても妥当する。
第2条 帝国政府によって決定される法律は、それらが帝国議会および州代表協議会の構成それ自体を対象とするのでないかぎり、帝国憲法に違反することができる。帝国大統領の諸権限は従来と変わらない。
第3条 帝国政府によって決定された帝国の法律は、帝国首相によって認証され、官報で公示される。それらは、別段の規定がないかぎり、公示の翌日から効力を持つ。
(法律は、国会で定めるという憲法第68条の規定は、政府によって決定された法律には適用しない。)
第4条 (国内法との関連が生じる外国との条約の締結に当たっては、それに関する立法の権限を持つ諸機関の承認を得なくてもよい。)
第5条 この法律は、公示の日から効力を持つ。それは1937年4月1日をもって効力を失う。さらに、現在の政府が別の政府と交代するときは効力を失う。(*3)


(*1) 「国家予算は会計年度の初めまでに法律によって確定される」。
(*2) 「国債の発行および債権の引き受けは法律に基づいてなされなければならない」。
(*3) このように、形式上は4年間の時限立法の形をとっていたが、実際には4年後、さらに1941年までの4年間延長され、41年には再び43年まで延長されたが、43年には総統布告により無期限に延期され、第三帝国が崩壊するまで効力を持ち続けた。このことは、悪法はいったん制定されると、権力者に都合のいいようにいくらでも改悪されうるということを実例を持って示している。つまり、悪法に形式上盛り込まれた「制限条項」などほぼ無意味であることを教えてくれる。

緊急警告003号 「ナチスの手口」、緊急事態条項の危険性」への2件のフィードバック

  1. 2月3日の衆院予算委員会において、とうとう9条改憲に議論が及んだ。日本国憲法が制定されるまでの幾多の人々の犠牲を思うとやりきれないが、9条改憲だけでなく緊急事態条項を憲法に盛り込むことは独裁体制を永続的に認める危険な可能性を持つことがわかり、このことを多くの人が意識する必要があると思う。
    憲法改正の議論について自民党は、一方では党是(昭和30年)だから改正したいと意欲を示し、他方では今日を「もはやどの国も一国だけで自国の安全を守ることはできない時代」と捉え「憲法改正」を「正々堂々と議論」したいと述べられる(平成28年2月22日 首相施政方針演説)。およそ60年前の昭和30年に書かれた「党の政綱」では、憲法改正は 「独立体制の整備」の中で占領諸法制の再検討、改廃及び駐留外国軍隊の撤退と共に掲げられている。およそ70年前憲法が定められ、その10年後憲法改正の党是を掲げ、その60年後の今、時代の変化を理由に憲法改正を訴えるところに問題はないのだろうか。60年前と今と、何が違って何が同じと考えた上で、同じように憲法改正を言い続けているのだろうか。

  2. きくこ様、コメントありがとうございます。

     おっしゃる通り、自民党は結党以来、「憲法改正」を党是に掲げており、その理由として、現憲法が占領下でGHQに押し付けられたものである、ということを一貫して挙げています。彼らが主張する「押しつけ憲法論」の実態がどのようなものであったかは、最近私が投稿しました「「押しつけ憲法論」の深層」(1)~(3)をご参照ください。
     お爺ちゃんを師と仰ぐ三代目ボンボン政治家(どこかの独裁政権とそっくりです)の安倍首相は、岸信介が行った安保条約の改定は「日本を真の独立国」にする第1歩であって、日米同盟をさらに強固にするために集団的自衛権の行使をできるように解釈変更し、さらには憲法9条も変えなければならないと言っています。しかし、これこそまさに、米国に対して無限に従属を深めていく道そのものです。「押しつけ」と言えば、自衛隊も安保条約もまさにアメリカによって押しつけられたものです。自衛隊の前身(の前身)である警察予備隊は朝鮮戦争勃発直後にマッカーサーの命令によってできたものであり、旧安保条約は、アメリカ側の交渉責任者であったダレス自身、いかなる独立国も受け入れることは難しいだろうと判断していた「米国が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を認めた屈辱的な条約でした(豊下楢彦『安保条約の成立』)。その改定交渉を行った岸信介はといえば、CIAの指示を受けて、「日本の外交政策をアメリカの望むものに変えていくことを約束した」(ティム・ワイナー『CIA秘録(上)』221頁)という、まさに対米従属を絵に描いたような売国政治家でした。そして、山本太郎議員が国会で暴露したように、集団的自衛権の行使容認も、改憲も、TPPも、安倍政権が進めている政策のほとんどすべては、『アーミテージ・レポート』の中で、アメリカが日本に要求してきたものばかりであり、まさしく安倍政権はアメリカの「押しつけ」を忠実に実行しようとしているのです。昨年4月、安倍首相が、国会に提出すらしていない安保関連法案について、米上下両院合同会議で「この夏までに成就させる」と約束してきたことは記憶に新しいでしょう。
     このように、安倍政権は宗主国・アメリカに自発的に隷従する属国に日本を造りかえようとしていると言わざるを得ません。
     一方、「国際情勢の変化」など、改憲の理由になるはずがありません。中国・韓国・北朝鮮との関係を悪化させているのは安倍政権自身です。平和的で友好的な外交を行えば、国際情勢が今よりはるかに好転することは明らかです。しかも米ソ冷戦体制の真っ只中であっただけでなく、朝鮮戦争やベトナム戦争という「熱戦」が繰り広げられていた50年代や60年代より現在の方が「国際情勢が悪化している」などとは到底言えないことは、歴史を振り返れば明らかです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください