完全護憲の会ニュースNo.66   2019年6月10日

完全護憲の会ニュース No.66

発行:完全護憲の会
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《目  次》

【1】第65回 例会・勉強会の報告
【2】別紙1 事務局報告
【3】別紙2 第4回 上映に先立つ勉強会の報告(要旨)
【4】別紙3 『テレビ報道の深刻な事態』(広瀬隆・著)より抜粋 
【5】第64回 運営・編集委員会の報告

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【1】第65回 例会・勉強会の報告

5月26日、都内港区三田いきいきプラザで例会を開催。参加者9名。会員73名。
まず「事務局報告」(別紙1)が提出され、ついで第4回「映画上映に先立つ勉強会」として、山岡聴子氏より『日本がおこなった戦争をこころに刻む11章』(映画『侵略』上映委員会・製作)の第6章と第7章についての報告(別紙2)があった。

ついで、同委員会製作のドキュメンタリー映画『語られなかった戦争 侵略4 中国の大地は忘れない』(旧「満州」・42分)を上映した。
この作品は「満州国」を作ったいきさつから始まり、現地取材した平頂山虐殺事件に及んだ。その大惨劇の実相は参加者に衝撃を与え、日本の加害責任が国民にほとんど伝えられていない現実を改めて認識させた。
「この生々しい侵略の実相を『日本会議』の面々に見せたい」
「日本人の歴史認識は弱い」
「『坂の上の雲』のような面白い物語にして若い人に伝えるべきだ」
「逆に、五日市憲法のような日本の進歩的歴史を掘り起こすべきだ」
「日本軍の戦死者の大半が飢えによるなどの事実を知らせよう」
などの意見が口々に提起され、次の例会では『侵略5』を上映することとした。

次回例会
日時:6月23日(日) 13:30~16:30
場所:三田いきいきプラザ A集会室(都営三田線・三田駅1分)
『語られなかった戦争 侵略5 細菌戦部隊731』(60分) 上映
5年間に及ぶ、中国・韓国・シンガポール、そして日本各地の取材を経て完成。731部隊を中心とした細菌戦部隊の犯罪を、加害・被害の両面から記録。
※本ニュースは、例会・勉強会で配布した資料などを一部編集し、情報を更新・追加した。

 

【2】別紙1事務局報告”事務局報告
福田玲三(事務局)2019.5.26

1) 当会ニュース読者からの来信 (首都圏・秋山葉子氏<仮名>より)
なぜ日本は日本にとって不利・理不尽なことでも、それに対してアメリカに何も言えないのか?沖縄での米軍機墜落事故が起きても、事故の検証、調査もできないの、ずっと。どうして、どうしてなの。沖縄県民の民意が県民投票で辺野古基地建設反対を示しているのに、普天間飛行場の返還を理由に軟弱地盤で巨額の建設費を投入して建設する。アメリカから武器もどんどん購入する。財政難であっても、借金がどんどん増えても。教えて頂きたいと思っていましたが、お忙しいので、スマホで自分なりに調べようとしたら『日本はなぜ戦争のできる国になったのか』矢部宏治著という本があることを知り、その本の内容をあらかじめ紹介していて、疑問に対する答えが分かり納得しました。
そしてこの問題を解決するには、右も左も改憲賛成も反対もなく国民全体で解決しなければ、とありました。どうしたらというのは、スマホでは表示されていませんでした。
完全護憲の会の方々は、この本や、『成立後でも考える なぜ今安全保障関連法が必要なのか』これらを良くご存知だと思います。これもまたスマホで見ました。
正式にきちんと清書していなくて、読み辛いかと。レポート用紙には書かず、間に合わせの紙に書いてしまい、大変申し訳ありません。甚だ僭越ですが(別紙に)書き写しましたので送らせていただきました。
参議院議員選挙、もしかするとダブル選挙もありと――選挙まであまり時間もなくお忙しいことと存じます。
〇安倍一強政治を終わらせたいと思います。護憲の会の活動は素晴らしいです。このメンバーの仲間に入れて頂き光栄に思います。
シリーズ7『安倍政権下の違憲に対する緊急警告』。政治は自分達の暮らしにかかわる問題でけっして無関心ではいられませんよね。お子さんをお持ちの親御さん、これからの日本を背負って立つ若い方々、戦争を体験された方々が、後進者の為に是非読んでもらいたいと願いつつカンパさせてもらいます。
私は車椅子で歩行もできず、耳が全く聞こえず、最近は緑内障と白内障で視力も悪化し、読み辛くてすみません。
会の冊子『戦前の悪夢・戦争への急カーブ』政治現況報告集(シリーズ3)、『平和に向けて活用したい道徳』(シリーズ5)各1冊御送付ください。お願いします。
皆様のご活躍、ご健康をお祈りします。乱文乱筆にて失礼。

2)「ビザ発給拒否、集会妨害」第12回裁判で裁判官を忌避
2015年11月27日から29日にかけて開催された「戦争法の廃止を求め、侵略と植民地支配の歴史を直視し、アジアに平和を作る集い」への出席のため、中国湖南省及び浙江省の日本軍による細菌戦被害者の遺族ら中国人12名を招聘したところ、中国を出発する直前に、外務省は全員のビザの発給を拒否し来日できなかった。その原因は外務省の幹部が、戦争法廃止の声が内外で広がることを恐れていた安倍政権に配慮し、在中国日本大使館や上海総領事館のビザ発給業務に介入する違法行為を行ったためだった。
その経緯を明らかにするためには、当時の外務省幹部、有馬裕証人や小川秀俊証人の証人採用が不可欠だった。
ところが、この度の第12回裁判で前澤達朗裁判長は、この承認請求を却下する暴挙を行った。弁護団は直ちに前澤裁判長以下3名の裁判官全員の忌避を申請、これにより当法廷は閉会され、次回裁判の日程は未定。

3)夏の参院選で自民党単独過半数維持は不可能
自民党の甘利選対委員長は5月16日、BSテレ東番組収録で、現在の自民党単独過半数維持は不可能と語った。甘利氏は2013年参院選で獲得した65議席について、「これ以上取れないぐらいの数字だ」と指摘、改選される124議席の過半数に当たる63議席の確保も「至難の業」と記者団に語った。立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党の野党4党は全国32の改選1人区で候補者を1本化し、改憲勢力の2/3割れを目指している。

4)自民党、参院選公約に早期の改憲
自民党は6月7日、夏の参院選に向けた選挙公約を発表、改憲を重点項目の1つに掲げ、その時期を「早期」とした。党幹部は「参院選を前に憲法論議は進まない」として、次期国会に仕切り直す方針に転じており、参院選では改憲勢力の2/3割れが焦点となる。

5)草野運営・編集委員長の近況
草野委員長の報告によると、今年1月から4月までの第1次治療はかなりの効果を上げたことがわかった。そこで5月下旬から第2次の治療が始まり、7月初め頃には一段落するとのこと。順調な回復が願われている。

6) 集会の案内

① 子どもたちの未来を戦争で奪うな!改憲・戦争を許さず 命を守ろう 6・16神奈川県民集会
6月16日(日)14:00~17:00 横浜市教育会館ホール
・世界の中の日本 金平茂紀(ジャーナリスト)
・暮らしを返せ ふるさとを返せ 村田弘(福島原発かながわ訴訟原告団長)
・沖縄の子供たち~貧困と基地 野本三吉(呼びかけ人)
・貧困は自己責任か 高沢幸男(寿支援交流会事務局長)
前売り¥800 当日¥1000 学生¥500
主催 改憲・戦争阻止!大行進神奈川

② 『週刊金曜日』東京南部読者会
6月28日(金) 18:30~20:30
大田区生活センター 会議室(JR蒲田駅徒歩5分)

③ 映画『田園の守り人たち』 (2017年 フランス・スイス合作)
第1次世界大戦を背景に、夫や息子を戦場に送り出した女たちの静かな戦いと、渦巻く思いを描いた人間ドラマ
岩波ホール 特別鑑賞券1500円 当日一般券1800円
7月6日(土)より公開
上映時間11:00/13:40/16:20/19:00

④ 植村バッシングとは何だったのか――歴史修正主義との闘い
講師:植村隆氏(『週刊金曜日』発行人、元朝日新聞記者)
7月7日(日)13:30~16:30 参加費:1000円
東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)会議室B(飯田橋・セントラルプラザ10階)
*要予約 先着順(定員40名)  申込:peacecreationforum@gmail.com
主催:平和創造研究会(宇井宙) 協賛:『週刊金曜日』

7)当面の日程について
第66回例会・勉強会 6月23日(日) 13:30~16:30 三田いきいきプラザ A集会室
『語られなかった戦争 侵略5 細菌戦部隊731』(60分)上映
第65回運営・編集委員会  6月26日(水) 14:00~ 三田いきいきプラザ 講習室
第67回例会・勉強会 7月28日(日)13:30~16:30 三田いきいきプラザC集会室
第66回運営・編集委員会  7月31日(水)14:00~ 三田いきいきプラザ 講習室

【3】別紙 2  第4回 上映に先立つ勉強会の報告(要旨)
『日本がおこなった戦争をこころに刻む11章』第6章と第7章

◆第6章 靖国神社

0.①大燈籠
爆弾三勇士や上海事変などを描き出す立体レリーフの存在が語るもの
②多くの若手参拝者(30~50歳位の男性)

1.1869(明治2)年 招魂社…戊辰戦争〈1868(慶応4=明治元)年〉の戦死者(天皇制政府側のみ)を合祀
1870(明治3)年 大教宣布の詔…政府の保護で神社神道の普及へ。神社制度で祭式を統一。
1879(明治12)年 靖国神社(別格官幣社)  (246万6千余柱)

2. 福沢諭吉( -1901)
①「学問のすゝめ」1880年までに約70万部発行
②文明…学術・商売・法律 → 国の独立
・一身独立して一国独立する
依存:「我々は客分のことなるゆえ一命を棄つるは過分なりとて逃げ走る」
独立:「国中の人々貴賤上下の別なく、その国を自分の身の上に引き受け、…。日本人は日本国をもって我本国と思い、…本国のためを思うこと我家を思うが如くし、国のためには財を失うのみならず、一命をもなげうって惜しむに足らず」
・薩摩・長州・土佐による資本主義、帝国主義
「百姓車挽」「馬鹿と片輪」
「性質順良にして能く長上の命に服し
(昼夜を徹して器械の運転を中止することなき・職工の指端機敏・賃金の安き)
・社会主義への警戒
「今日の西洋諸国は正に狼狽して方向に迷う者なり」「露国に於ては虚無党と為り、
独逸に於ては社会党と為り、…凡そ欧州文明の国に於て此種の党類を見ざる処なし。
…欧州の危うきこと岌々乎として羅馬帝国の末葉に等しきもの」
③「靖国の思想」…天皇自らが「祭主」となって「全国戦死者の遺族を招待して臨場の栄を得せしめ」。
「人民の王室を知らざること、殆ど七百年に近し」→「宗教」で「人心を維持」し、「一国独立の基」とする。
⇒社説などで帝室尊重を流布
「我大日本国の帝室は尊厳神聖…古来今に至るまで疑を容るるものなし」「皇祚無窮」
④旅順虐殺1894.11…「実に跡形もなき誤報・虚言」
中国や朝鮮への見下した態度「チャンチャンの軍艦を打沈め其陸兵を皆殺しにするは造作もなきこと」「目に付くものは分捕品の外なし。…古書画、骨董、珠玉、珍器等…」
⑤丸山眞男の福沢評価
福沢の思想を良き様に解釈し流布し続ける、現在までの知識人たちの戦前責任としての罪

3.中曽根首相の靖国参拝
1985.8.15 首相として初の公式参拝
靖国懇(「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」全21回非公開)の議事録、一部存在確認(2019.5.23)

4.丸山議員の発言
「戦争しないとどうしようもなくないですか」(2019.5.11北方四島ビザなし交流の懇談会で)

◆第7章 沖縄の戦争

0.①朝日新聞
1945.4.1 「われわれはすでに三度決戦を呼号した。その一はラバウル決戦であり、その二はマリアナ決戦であり、最近における比島決戦がその三つである。…しかしなほ敢えて琉球決戦といふ…琉球はわが本土であり、その攻防戦は本土決戦である」
1945.5.15 社説、沖縄決戦に総進撃せん「名古屋、京阪方面への大型機の狂[*]なる盲爆…。いまこそ決戦中の決戦に、勇躍奮戦激闘…。サイパン島も遠隔かつ新附の一島嶼なりとも本土の一部である。硫黄島も[*]たる小島に過ぎないが、東京都下のまぎれもなき本土である。ましてや、沖縄諸島に至っては、その地位その歴史その価値から見て、まさに本土中の本土に外ならぬ。…一億特攻」 ([*]:資料が古く判読不能)

②領土問題
〈朝鮮〉1873年 征韓論、西郷隆盛を使節として朝鮮に派遣。1875年 軍艦雲揚の朝鮮沿岸測量、江華島に近づき砲撃を受ける。これに対し雲揚、砲台を砲撃し上陸、永宗城を占領(江華島事件)。1876年 日朝修好条規
〈千島〉1875年 樺太・千島交換条約…樺太全島をロシアにゆずり、千島全島を日本領と定める
〈小笠原諸島〉1876年 アメリカ政府が日本領と認める
〈沖縄〉1872年 琉球藩。1879年 軍隊を派遣し沖縄県を設置(琉球処分)。

1.「集団自決」
約1万人の朝鮮人軍夫や数百人規模の「慰安婦」
満州からの引き揚げ

◆おわりに
※反軍国主義である学者の戦前責任
速度を速める再生産、あるいは再上映。なぜ戦後に検証・清算を怠ったか。
文民統制と軍人の戦争責任(阿南陸相自刃8.14)
差別や生きにくさ(公害・原発・出稼ぎなど)
※前回の補足
朝日新聞1945.3.26「二十三日、一億国民老幼男女を問はず挙げて総力を結集、本土防衛と軍需生産、食糧増産に全きを期し、国民皆兵、神州護持の責務を果すべく国民義勇隊を組織することに決したのである…軍官民一丸、飽くまで戦ひ抜くとの決意」

(参考事項)
1868年 神仏分離令(全国で廃仏毀釈の運動)
1870年 日本最初の日刊新聞「横浜毎日新聞」発行(本木昌造による鉛製活字の量産)
1897年 労働組合期成会・鉄工組合
1900年 治安警察法(労働運動・社会主義運動の弾圧)
1910年 大逆事件(1911年 幸徳秋水ら死刑実行)

(参考文献)
世界史との対話(下)(小川幸司、地歴社)
福沢諭吉のアジア認識(安川寿之輔、高文研)
福沢諭吉と丸山眞男(安川寿之輔、高文研)
学問のすゝめ(福沢諭吉、岩波文庫)
文明論之概略(福沢諭吉、岩波文庫)
〈大逆事件〉と禅僧内山愚童の抵抗(真田芳憲、佼成出版会)
神国日本のトンデモ決戦生活(早川タダノリ、合同出版)
天皇・天皇制をよむ(歴史科学協議会編、東京大学出版会)
断腸亭日常(永井荷風、岩波文庫)
敗戦日記(高見順、中公文庫)
高等学校琉球・沖縄史(沖縄歴史教育研究会 新城俊昭、東洋企画

(2019.5.26報告 山岡)

【4】別紙 3『テレビ報道の深刻な事態』(広瀬隆・著)より抜粋

※以下、前号抜粋に続く「◆南朝鮮の民衆が起こしたアメリカ軍政に対する反乱」(「0503改訂版」P35~38)のみ抜粋。ルビはすべて行内の()に移した。

◆南朝鮮の民衆が起こしたアメリカ軍政に対する反乱

しかしこの間、南朝鮮の民衆は、折角日本人を追い出したのに、自分の国で自分たちがいつまでも解放されない立場にあることに気づくと、当然のことながら次第に激しい憤懣(ふんまん)を覚えるようになり、アメリカ軍政と、それに追随する反共右翼と、戦時中の売国奴に対する抵抗運動が起こった。当時の一般の南朝鮮の民衆は、貧しいままで、救いようがない生活苦に追いこまれていたからである。というのも、日本の植民地統治時代には、日本人が南朝鮮の資産の90%以上を略奪して、裕福となった日本人が富を独占していた。日本敗戦後は、日本人が日本に帰国して朝鮮に残したその巨大な資産を、アメリカ軍政が本来の所有者である朝鮮人に返却すべきところ、すべて軍政下に置いてしまったのだ。そのうち一部の資産は、李承晩政権にコネを持ってアメリカ軍政に寄生する商人と、地主などの特権層にだけ、安価で払い下げられてきたのだから、大半の南朝鮮の民衆は、貧困のどん底から抜け出られなかった。
かくして1946年6月には、南西部地方、全羅南道(チョルラナムド)の光州(クァンジュ=17頁の地図参照)にある和順(ファスン)炭鉱の労働者が、こうしたアメリカ軍政の寄生者である警察と右翼に反対して決起し、無実で投獄されている者の釈放を要求してデモをおこなった。その時、米軍の歩兵部隊と、韓国警察の武装騎馬隊がこのデモを鎮圧し、500人以上が死傷する光州虐殺事件が起こり、大惨事となった。さらに7月には、同じ全羅南道の農民が決起して、南朝鮮における最初の農民闘争が勃発し、9月24日には、南朝鮮の釜山(プサン)の鉄道労働者8000人が決起して「米よこせ、テロ反対」のゼネストが起こり、鉱業、電気、印刷、郵便局など、労働組合傘下の産業部門の全土にストが拡大し、大都市の学生を含めて25万人が参加した。このゼネストをまたしてもアメリカ軍政が呵責(かしゃく)なく弾圧し、9月30日にはソウルの龍山(ヨンサン)駅の鉄道労働者のストライキに対して、アメリカ軍政の指示のもとに警察が一斉射撃を加えて500人以上を死傷させたのである。

10月1日には、南東部の大都市・大邱(テグ=17頁の地図参照)に「十月人民抗争」と呼ばれる大規模な反米闘争が起こると、民衆鎮圧のために、ここでも日本の植民地統治時代の売国奴が雇われた。これをきっかけとして、反米デモが南朝鮮全土に広がり、230万人の民衆が参加した。参加者のこの大きな数字は、南朝鮮におけるほとんど全国民の怒りを表わしていた。こうした反米闘争に対して、朝鮮の民衆の苦しみを顧(かえり)みない失政の責任者である米軍は、「デモは共産主義者の煽動である」とアカ呼ばわりして非常戒厳令を敷き、警察と、警備隊と称する軍人のほか、反共右翼団体を動員して彼らに対して苛烈な武力弾圧をおこなった。この70日間続いた十月人民抗争における「公式発表」の死者は136人だったが、実際の死者・行方不明者は何と3900人以上、負傷者は実に2万6000人以上、検挙者1万5000人以上を数えたのである。こうして南朝鮮の各地でアメリカ軍政に反対するデモが続発した。

追いつめられたアメリカ軍政のホッジ司令官は、1946年12月12日に、南朝鮮の過渡立法院と称する臨時国会を開いて、南朝鮮の民衆に政治的な首輪をはめようとした。アメリカ軍政が立法権を完全に握っているのだから、この立法院に対して朝鮮人は何の権力もなく、加えて議員たちは買収工作のほか、警察とテロ団による暴力などの不正選挙によって選出される有様であった。

1947年3月1日には、日本の植民地統治時代に朝鮮人が〝三・一独立運動〟を起こしたこの記念日に、朝鮮南部の済州島(チェジュド=17頁の地図参照)で3万人の民衆が結集し、烈しいデモをおこなっていたところ、前年の大邱(テグ)抗争で民衆を弾圧した警官が出てきて民衆が虐殺された。3月22日には、南朝鮮全土で24時間ゼネストが実施されて、ソウルでは大規模デモが挙行され、その結果、ゼネスト参加者2000人が大量に検挙されたのである。
1947年6月3日には、アメリカの軍政庁を「南朝鮮過渡政府」と改称し、李承晩がアメリカの財閥と結びついて、アメリカ軍政下の資本関係を利用しながら権力の座についた。

一方この頃、日本に関して、1948年1月6日に、サンフランシスコのコモンウェルス・クラブでアメリカ陸軍長官ケネス・ロイヤルが不思議な演説をおこなった。「日本は現状のままでは食糧の飢餓に動揺し、内外の煽動主義者(共産主義者)に動かされて、(アメリカの)援助がなければ非民主主義的な侵略思想の餌食となるであろう。これまで日本の全体主義(天皇制軍国主義)に代る自由主義の土台を築くことを可能にしたのはGHQ司令官マッカーサー元帥らの功績である。しかし今後の政治的な安定のためには、日本に健全な自立経済がなければならないことを、陸軍省と国務省は認識している。戦後日本の戦争力を弱めるためにおこなってきたことが、この国の最も有能な実業指導者(戦争財閥)を無力化させてきた。こうした過度の措置(財閥解体)に修正を加えなければならない。日本に、自立し、かつ今後、極東に生ずる全体主義的(共産主義者による)戦争の脅威を食い止める対抗手段としての政治を建設することを、われわれの確固たる目的とする」と主張したのだ。

彼はなぜ唐突にマッカーサーの日本占領政策を批判し、明らかに「日本を反共の砦」として「日本再軍備の狼煙(のろし)」をあげる声明を発表したのであろうか。実は、このロイヤル陸軍長官と、彼の上官である初代国防長官ジェームズ・フォレスタルは、米軍の最高幹部でありながら、いずれも弁護士と投資銀行家であって、生粋の軍人ではなかった。つまりアジア極東の朝鮮半島と日本の情勢に対して、ウォール街を支配するモルガン=ロックフェラー連合の軍需財閥たち資本家の巨大な政治力が背後にのしかかってきたのである。それは、世界大戦で肥え太ったアメリカの軍部と軍需産業が、世界大戦が終ったあとに膨大な数の失業者を出している経済事情が原因であった。

1948年2月7~9日には、李承晩が「南朝鮮における単独の選挙」をめざしていることに南朝鮮労働党傘下の労働者が反対し、南朝鮮と北朝鮮の分裂を食い止めようとゼネストを挙行し、農民と学生200万人がこの反対行動に参加して全国に広がり、検挙者・死傷者とも数万人に達した。続く4月3日には、済州島(チェジュド=17頁の地図)に武装蜂起という大事件が勃発し、これが米軍による〝四・三大虐殺事件〟を招いた。韓国南部の現在のリゾート地・済州島全域で、朝鮮半島の南北分断政策をめざす李承晩派が南朝鮮だけの単独選挙を挙行することに反対して、島の人々が武装蜂起したのである。

この武装蜂起に対しては、最初からアメリカ軍政が警備隊を送りこみ、軍と警察が島に火を放って焦土化し、島民を虐殺しつくした。人口30万余の済州島で実に死者が3万人を超え、女性と子供だけでも1万人以上が殺される大虐殺を引き起こしたのだ。加えて、逮捕された無実の島民は、逮捕された意味も分らずに殴られ、激しい拷問を受け、軍法会議にかけられてアッという間に2530人にデタラメの有罪判決が下されたのである。

当時、米軍にとっての済州島は、日本における沖縄と同じ軍事基地であった。3つの軍用飛行場があり、中国本土とソ連のウラジオストック、ハバロフスクおよび日本を射程に入れた攻撃基地だったので、米軍は何としてもここを死守しなければならなかった。ここで朝鮮人を大量虐殺し、焦土作戦を強行した韓国軍の国防警備隊第9連隊の隊長・宋堯讃(ソン・ヨチャン)は、またしても大日本帝国軍の陸軍特別志願兵訓練所で教育を受けた売国奴であり、先に述べた米軍の軍事英語学校の卒業生であった。

この歴史的な〝済州島四・三大虐殺事件〟については、島民の三つの地域の住民が、のちに韓国政府を相手どって賠償を請求する訴訟を起こし、すべて住民の勝訴が確定したので、歴史問題は解決したとみなされていた。ところがつい先年2013年に朴槿恵(パク・クネ)政権が発足すると、〝四・三事件〟は共産主義者が煽動した暴動だったと言い出し、政権高官が済州島を訪問したとき、処刑された無実の人々を事件の虐殺犠牲者と認定したことについて「再審査する必要がある」と暴言を吐いたため、済州島民の猛反発を受けてほうほうの体でソウルに逃げ帰った。2015年には、〝四・三事件追悼式典〟への出席を朴槿恵大統領が拒否するという無様(ぶざま)な姿をさらけ出した。そこで昨年2018年4月7日には「済州(チェジュ)の民衆を大量虐殺した責任は、李承晩政権とアメリカにある」として、韓国人の遺族がアメリカ大使館に抗議し、今年2019年1月17日には、事件当時に内乱罪などで軍法会議に引き渡され、懲役1年~20年の刑に服した数少ない生き残りの元受刑者18人が訴えた再審裁判で、済州(チェジュ)地裁が「当時の軍法会議の有罪には根拠がなかった」と公訴棄却の「無罪判決」を下して、歴史の清算活動が、今になってようやく実ったばかりである。この時、裁判長は、実に70年以上前の事件で、高齢になるまで受刑者が冤罪によって味わってきた無念の思いに対して、「これまでご苦労様でした。裁判所の立場から、そう申し上げたいと思います」と、丁寧な言葉で労(ねぎら)ったほどである。

 

【5】 運営・編集委員会の報告

“第64回 運営・編集委員会の報告
5月29日 14:00~
出席:大西、鹿島、堀、福田

1.当会ニュース読者からの来信(三重県・藤井利之氏から)
歴史修正主義者に正義はありません。日本全国で強制労働に関した碑などを撤去する地方自治体がふえています。正しい歴史を認識して、一番近い国同士が仲良くゆくことが大切だと思います。
私も10連休あけの5月8日、韓国ソウルの日本大使館前の水曜抗議集会に参加してきました。ソウルに行かれる沢山の日本人にぜひ参加してほしい。韓国語ができなくても大丈夫です。米大使館から徒歩5分のところです。現地で考えましょう。私たちの父親や祖父が外国でしたことを。
どこか水曜抗議集会のツアーを組んでもらえるところがあるといいのですが。
観光・ショッピング・エステでなく現地の活動に参加してください。平日の午前、高校生、大学生の参加も多いです。民主化教育は日本よりも進んでいます。

2.冊子『日本がおこなった戦争をこころに刻む11章』
前号ニュースで紹介した上記冊子の注文が3件12冊あり、折り返し発送した。

3.次回のDVDドキュメンタリー作品上映について
映画『語られなかった戦争・侵略5 細菌戦部隊731』(60分)を取り寄せる。

4.冊子『戦争体験記』(福田玲三)の発行
夏季の発行予定冊子を「体験記」とし、原稿作成期限を6月末とする。
敗戦後、日本当局は「捕虜」ではなく「JSP」(Japanese Surrendered Personnel降伏日本軍人、非武装軍人)の名称を選択した。JSPの労役実態はほとんど解明されていないので、その実情を詳述するようにとの教示を内海愛子先生から受けたので、その体験報告に、かなりの紙面を当てる由。

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