「権力分立」の生理──日本では見られない韓米の現実

(弁護士 後藤富士子)

1 「徴用工」裁判は私人間の民事訴訟
 「徴用工」裁判について、専ら1965年に締結された日韓請求権協定の問題として論じられている。しかし、私は、まず「時効」の問題が頭に浮かんだ。原告は第二次大戦中に強制労働をさせられた韓国人、被告は新日鉄住金、三菱重工など日本の私企業であり、第二次大戦中の不法行為責任を問う民事訴訟である。仮に日本の裁判所であれば、「時効」「除斥期間」の問題で、原告の請求を棄却するのではなかろうか。この点は、韓国の本件準拠法がどうなっているのか。この種の被害者の名誉と尊厳の回復のために、請求権の「消滅時効」について特別の立法措置がとられているのかもしれない。
 私人間の問題ではないが、国に対する関係では、盧武鉉政権下の2005年に「過去事整理基本法」が国会を通過し、「真実・和解のための過去事整理委員会」が設立され、足掛け5年の間に8000件に及ぶ事件の真相が明らかにされた。国による恣意的な人権蹂躙、暴力・虐殺などの事案を究明し、国がその過ちを認めて被害者たちの名誉を回復し、金銭賠償をするだけでなく、和解のために、「心からの謝罪」と「過去の事実を整理して被害者の名誉を回復すること」を目指した。「過去事整理基本法」は時限立法で申請期間が定められていたが、「過去の疑問死真相糾明法」や「光州補償法」など類似の法律では、法改正によって申告期間を延長している。
 ちなみに、「過去事整理委員会」の真相究明決定によって、多くの事件で再審が開始され、誤った過去の裁判が正されている。盧武鉉大統領が直接乗り出して取り組んだ「済州島4・3事件」(1948年4月3日、南北に分断された朝鮮半島の南部だけで総選挙を実施するという国連案に、分断が固定化するとして反対する南朝鮮労働党の済州島組織が武装蜂起したことがきっかけとなり、多くの住民が無差別に殺害され、軍事裁判により内乱罪などで関係者が有罪判決を受けた)の元受刑者18人が求めていた再審で、今年1月17日、済州地裁は、事実上の無罪となる公訴棄却の判決をしている。
 なお、2014年に起きたセウオル号事件でも、遺族が長期のハンガーストで求めたのは、「真相究明のための法」であった。日本では、「真相究明のための法」という発想すらなさそうである。真相究明は訴訟でなければできないと考えられがちであるが、私人間の民事裁判で真相が明らかになるとは期待できない。現在問題になっている「強制不妊手術」の被害救済に関する国会論議をみると、国民全体が加害者として謝罪し、僅かな見舞金を定める法律で対応しようとしている。これでは、真相究明も和解もできないが、かといって司法に救済を求めても、期待する結果が得られる保証はない。

2 大法院前院長の逮捕
 今年1月24日、ソウル中央地検は、元徴用工らの訴訟を遅らせた職権濫用などの疑いで大法院前院長・梁承泰を逮捕した。元徴用工が日本企業を相手取った賠償請求訴訟をめぐり、大法院が当時の朴槿恵政権の意向をくみ判決を先送りしたとされる裁判への介入や、憲法裁判所の内部情報不法収集など40あまりの嫌疑がもたれている。余談だが、「職権乱用罪」といえば、共産党の緒方副委員長宅電話盗聴事件で「密かに行えば職権乱用罪に該当しない」という通説・判例に驚愕したけれど、韓国ではどうなっているのであろうか。
 検察は、大統領府による司法への介入は、「憲法秩序を脅かす重大な犯罪」と指摘し、メディアも「大統領府との『裁判取引』は、三権分立と司法権の独立という国家の基本的な枠組みと憲法秩序まで危険にさらす」とし、逮捕について世論の多数も支持している(1月25日赤旗)。安倍首相は、文大統領に対して、大法院判決を無効化するように迫っているが、「陳腐」というほかない。それは、ハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』で指摘したように、「悪の凡庸」を思わせる。
 翻って、韓国でこういう議論が国民多数の常識となっているのは、主権者である国民が「民主憲法争取」の経験をもち、また、弁護士として「民主憲法争取」を国民と共に闘った盧武鉉や文在寅が大統領になっているからではないか。ちなみに、韓国の最低賃金引き上げや労働時間の上限の大幅な引き下げ(「夕方のある暮らし」)など「働き方改革」では、「実現不可能」に見える政策でも、とにかく実行して、それで矛盾が出てきたら、それを解決していく、というやり方をしている(1月28日朝日新聞「課題露呈 国・企業の対策始動」)。

3 トランプ大統領の「政府封鎖」
 メキシコ国境の壁の建設は、トランプ大統領の目玉公約であった。しかし、昨年11月の中間選挙では下院で野党民主党に大敗し、「ねじれ議会」になった。大統領は、壁の建設費を政府機関の閉鎖と絡め、閉鎖を「人質」に民主党に妥協を迫る戦略を取った。
 一方、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、一般教書演説を「人質」に政府再開を迫った。一般教書演説は下院本会議場で開く上下両院合同本会議で行われるが、下院議長が大統領に招待状を送り、同演説のため大統領を招くことを承認する決議案を両院が通して実現する。決議案採決は形式的で、通常は両院とも発声投票で可決される。ペロシ下院議長は、自らの権限である「招待」の時期を遅らせることで対抗したのである。
 世論の多数は政府閉鎖は大統領に責任があるとし、トランプ支持率も40%を切る過去最低レベルとなった。さらに、閉鎖の影響で航空管制職員らが欠勤したため到着便の受け入れを一時停止する空港がでるなど混乱が追い打ちをかけた。そこで、1月25日、大統領は、35日間続いた政府閉鎖を一時解除する決断をした。
 争点は、メキシコ国境の壁の建設予算であり、大統領の前に下院の「壁」が立ちはだかっている。一方、大統領が国家非常事態宣言を利用すれば、自ら歳出法案の成立を認めて政府を再開し、議会の決議がなくても壁建設を独自に進めることができる。しかし、大統領の国家非常事態宣言の権限は憲法で定められたものではなく、その権限濫用を防止するため議会は1976年国家緊急事態法を制定し、宣言時には大統領に何が「非常事態」かを明示するよう求めている。壁の建設で非常事態を証明できるか疑問視され、民主党は大統領を裁判に訴える構えでいる。
 この応酬をみると、「権力分立」の、なんとダイナミックなことか! その基盤にあるのは、政治を法律に変換する能力を有する膨大な法律家の存在であろう。

4 のさばる「行政」、かすむ「立法」「司法」
 韓国でも米国でも、政治が法律に変換されていく。それを日本に当てはめれば、まず、国権の最高機関であり唯一の立法機関である国会でその変換作業が行われ、行政が法律の執行という権限を逸脱すれば、司法の場で法律の適用によってチェックされる。すなわち、法律家は、「司法界の住人」という以上に、立法によって「政治を法律に変換する人」でなければならないのである。
 そうすると、最高裁の統制する「司法修習」によって、法律家(lawyer=弁護士)ならぬ「法曹三者」が養成される現行制度を抜本的に改めることから始めるべきではないか。ちなみに、平成天皇の国会開会最後の「お言葉」で、「国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」と述べられている(1月29日各紙報道)。

〔2019・1・31〕

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