自滅する「法科大学院」 ── 「法曹三者」養成との矛盾

(弁護士 後藤富士子)

1 「法曹コース」「在学中受験」への法改正が意味するもの
 「法科大学院」は、多様な経歴をもつ法曹(裁判官、検察官、弁護士)の育成を目指し、実務を担う専門職大学院として2004年以降に74校が開校した。法学部出身者らが進む既修者コース(2年間)のほか、未修者コース(3年間)もあり、他学部出身者や社会人も受け容れる。修了すれば司法試験の受験資格を得られるが、司法試験の合格率が低迷する中、志願者の減少で定員割れが深刻化し、本年3月までに39校が廃止や学生募集停止を決めている。
 この惨状に照らし、政府は、3月12日、法科大学院の最終学年で司法試験が受験できるようにするなど法曹養成に関する改正法案を一括して閣議決定した。最短5年で法学部入学から法科大学院修了に至る「法曹コース」も導入。受験生の時間的、経済的負担を軽減し、法曹の志願者減に歯止めをかける狙いという。
 しかし、司法試験受験生の時間的・経済的負担という見地からすれば、そもそも法科大学院の創設は、反対に負担が加重になる制度であった。だから、法科大学院を回避して予備試験が繁盛するのも当然である。

2 「法科大学院」が内蔵する制度的矛盾
 そもそも法科大学院が設置されたのは、法律家たる者は「大学院」の高度な専門教育によって養成されるべきだというのが原点である。
 実際、アメリカのロースクール制度をみれば、4年制の大学教育を受けた後に進学するものであり、4年制の大学には法学部がないから、「多様性」と「専門性」が制度自体に内蔵されている。そして、司法試験は、ロースクールの修了試験のようなもので、弁護士試験である。すなわち、ロースクール制度においては、裁判官・検察官・弁護士という「法曹三者」の育成を目的としていない。これを「出口」から見ると、裁判官は弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」が選任されるという「法曹一元」制度に直結している。
 ちなみに、韓国でも、ロースクール制度と法曹一元制度がセットになって実現している。ロースクールを設置する大学は法学部を廃止しなければならないし、修了者が受ける司法試験は「弁護士試験」である。「法曹三者」の育成を目的とする司法修習制度も廃止され、弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」として裁判官が選任される「法曹一元」制度に移行したのである。
 これに比べ、日本の法科大学院は、4年制の法学部を修了した者に「既修コース」のメリットを付与するだけのもので、法学部と連結されている限り「多様性」は期待できなかった。そして、何よりも問題なのは、司法試験が「司法修習生採用試験」であることにある。司法修習制度は「法曹三者」の育成を目的としており、修了者の中から「官僚司法の担い手」として適任者が「判事補」という半人前の裁判官に採用される。このように、「法学部」と「司法修習」に挟まれて法科大学院を設置したのだから、最初から制度的矛盾を抱えていたのである。
 私は、制度設計段階で、「統一修習廃止」「法科大学院生に給費奨学金を」と主張していた。だからこそ、いずれ法科大学院は行き詰るであろうと予見していたが、まさか「元の木阿弥」の方向へ向かうとは考えなかった。それは、「法曹人口増大」という基盤さえできれば、そこから生まれる「法律家」によって「統一修習廃止」と「法曹一元実現」に向かうはずだ、と考えたからである。すなわち、法科大学院こそ純化されて発展し、それが必然的に「統一修習廃止」と「法曹一元実現」を帰結すると期待された。
 しかるに、私が期待した方向で矛盾が止揚されるのではなく、法科大学院が自滅する方向に向かっている。その根幹にあるのは、「国営統一修習」に固執し、司法試験合格者減員を主張してやまない、弁護士の特権依存的体質ではないかと思われる。

3 裁判における「リアル」と「バーチャル」
 2014年5月21日に大飯原発の運転差止を命じた福井地裁の樋口英明・元裁判官は、「危険性に注目すれば結論は明らか」と述べている(週刊金曜日2019.3.15号)。ここでいう危険とは、事故被害の大きさだけでなく、事故の発生確率が高いことである。しかるに、多くの裁判官は、現実的な危険性の有無に目を向けないで、従前の裁判例を踏襲して「規制基準の辻褄が合っているかどうか」に着目している。しかも、踏襲される伊方原発に係る最高裁判決(1992年10月29日)の理解が間違っているという。すなわち、「規制基準の辻褄が合っているかどうか判断する」のではなく、「規制基準が真に国民の安全を確保する内容になっているかを裁判所が確認しなさい、それが確認できなければ住民側が勝つのだ」と言っていると樋口氏は解釈している。
 また、伊方最高裁判決が原発は専門技術訴訟だと指摘し、現在の法体系が原子力規制委員会に大きな権限を与えているため司法消極主義になりがちである点について、樋口氏は、その枠組みに立っても「司法が口出しできるほどおかしい」という立場があっていいはずだという。現に、樋口氏も大飯原発訴訟を担当するまで原発のことは全く知らないまま争点予想を立て、「震度7の地震に原発が耐えられるか」という耐震性に関わる専門性の高い論争になると考えていた。ところが、被告側は「将来にわたって原発の敷地には強い地震は来ない」と主張していたので、樋口氏は「えっ、強い地震が来ないなんて断言できるの」と驚いた。換言すると、「強い地震に原発は耐えられない」ことは前提とされており、「専門技術」訴訟というより、「強い地震は来ない」と断言できるかを判断すれば足りることになる。それで、審理の比較的早い段階で大飯原発が危険であることが分かったという。ちなみに、大飯原発の判決時の基準地震動は700ガルであり、日常的に起きているM5クラスでも700ガルを超えるのである。
 樋口氏は、大飯原発の基準地震動を超える地震が現に発生していたことを重視して「恐ろしい」と思うのが科学だという。ややこしい計算式で緻密そうに見える議論は単なる仮説にすぎないことを認識する大切さを、「私たちの命や生活をロシアンルーレットにまかせるわけにはいかない」と表現している。そして、原発を徐々に減らすという考えは一見穏当そうだが、次の地震の発生場所がわからない以上、この考えを採ることはできないとして、全原発の即時停止を求めている。民主主義の原理に照らせば、国民の過半数が全原発の即時停止を求めれば、全原発は止まるのである。
 法的紛争における真の争点が何かを、理性的にも感性的にも認識できる法律家の存在こそ希望である。法科大学院が、そのような法律家を社会に送り出す基地となることを願ってやまない。

〔2019・3・28〕

2019年3月29日 | カテゴリー : ⑨その他 | 投稿者 : 後藤富士子

仏「黄色いベスト」運動が証しする「人民主権」

(弁護士 後藤富士子)

1 昨年11月17日の土曜日に開始された「黄色いベスト」運動は、フランス全土で展開された。行動の直接的な契機は燃料税の引き上げだった。SNSで拡散された彼らの主張(2018年11月29日発表・12月5日訂正)は、次のようなものである。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 フランスの代議士諸君、我々は諸君に人民の指令をお知らせする。これらを法制化せよ。
 1)ホームレスをゼロ名にせよ、いますぐ。
 2)所得税をもっと累進的に(段階の区分を増やせ)。
 3)全産業一律スライド制最低賃金を手取り1300ユーロに。
 7)すべての人に同一の社会保障制度。自営業者社会福祉制度の廃止。
 8)年金制度は連帯型とすべし。つまり社会全体で支えるべし。マクロンの提案するポイント式年金はNG。
 10)1200ユーロ未満の年金はNG。
 15)雇用の安定の促進:大企業による有期雇用をもっと抑えよ。我々が望んでいるのは無期雇用の拡大だ。
 17)緊縮政策の中止。政府の国内外の不当と認定された債務の利払いを中止し、債務の返済に充当するカネは、貧困層・相対的貧困層から奪うのではなく、脱税されている800億ユーロを取り立てる。
 27)司法、警察、憲兵隊、軍に充分な手立て(予算・設備・人員)の配分を。治安部隊の時間外労働に対し、残業代を支払うか代替休暇を付与すること。
 29)民営化後に値上がりしたガスと電気を再公営化し、料金を充分に引き下げることを我々は望む。
 39)源泉徴収の廃止。
 40)大統領経験者への終身年金の廃止。
・・・・と42項目が挙げられている。そのうえで、 「このリストは網羅的なものではないが、早期に実現されるはずの人民投票制度の創設という形で引き続き、人民の意思は聞き取られ、実行に移されることになるだろう。
   代議士諸君、我々の声を国民議会に届けよ。
   人民の意思に従え。この指令を実行せしめよ。
                             黄色いベストたち」
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 政府は、燃料税引き上げを今年5月まで延期すると発表し、マクロン大統領は「大討論」を呼びかけ、1月15日から2か月間、各地で開催されている。

2 パリで2月9日に行われた第13次デモの参加者の声(2月23日赤旗)。
 「それが法だから正しいのではない。正しいことが法とならなければならない」というモンテスキューの言葉をプラカードに掲げた中学校女教師(32歳)。
 2人の子どもを持つシングルマザー(44歳)は「何も変わらないからまた革命をしなければいけない。マクロンは王様気取りで民衆の要求を無視している」という。
 指導者がなく、労組や既存の政党などと無関係にソーシャルメディアを通じて始まった毎週土曜日のデモ。パリの定番のデモコースとは違い、凱旋門から目抜き通りのシャンゼリゼ、高級ブティック街や富裕層の住む通りなどを、宣伝カーやシュプレヒコールもなくひたすら歩く。速度は速く、距離は長い。

3 「黄色いベスト」運動が始まって以来、治安部隊の暴力的弾圧で多くの負傷者が出ている。デモのごく一部が銀行のATMを打ち壊したり、治安部隊に暴力を振るったのは事実だが、平和的参加者に対しても、硬質のゴム弾を装填する「フラッシュボール」銃、催涙手りゅう弾などのデモ鎮圧用兵器を多用している。アムネスティ・インターナショナルによれば、デモに対してこの種の兵器使用を認めているのは欧州ではフランスだけであり、兵器使用を非難している。労働総同盟(CGT)や「連帯」、人権同盟(LDH),弁護士や裁判官の組合もフラッシュボールの使用禁止を求めたが、政府は拒否。
 仏国立科学研究センター(CNRS)のロシェ研究部長は、「フランスでは警察の民主化が完了していない」と述べ、「国民の基本的人権を守る義務」を警察が果たしていないと批判している(2月24日赤旗)。

4 マクロン大統領が呼びかけた「大討論」は、討論相手の殆どが地元首長で、国民が発言の機会を封じられ、大統領の独壇場になっている。しかも、大統領は、「黄色いベスト」の要求を聞き入れる気配もない。一方で、裁判所を通さず、県知事が特定の人物のデモ参加を事前に禁じることができる「破壊分子防止法」を導入した。
 こうした中、「服従しないフランス」(FI)が提案した「市民の発議による国民投票」法案は、議会の絶対多数を握るマクロン与党「共和国前進」に棚上げされた。仏共産党は、富裕税の復活、最低賃金の引き上げ、低年金の是正の3点の法案を提案する予定であるが、与党が絶対多数を握る議会の勢力に照らすと道は険しい。同党のブーレ国際局次長は、「黄色いベスト」運動が「失望」に終わった場合、「破滅的な事態になりかねない」と述べ、左翼による政治的対応の重要性を指摘している(2月26日赤旗)。
 翻って、日本も「安倍1強」である。喫緊の課題は、消費税増税。これは、国民生活の破綻をもたらす「国難」である。保守層も巻き込んだ一大国民運動によって、増税を阻止すると同時に、応能負担の公平な税制を実現しなければならない。

〔2019・3・11〕

「なるちゃん天皇」と「民が代」――戦後生まれの天皇誕生!

(弁護士 後藤富士子)

1 次期天皇になる皇太子は、美智子皇后が定めた「なるちゃん憲法」を指針として育てられた(と記憶している)。多才な美智子皇后は、オリジナル子守唄まで作って歌っていたという。その「なるちゃん」が天皇になるのだ。
 考えてみれば(考えるまでもなく)、次期天皇は、戦後生まれの最初の天皇である。彼は、生まれたときから日本国憲法の下ですごしてきた。彼が天皇になってからも、この憲法がますます輝くことを願わずにはいられない。
 ところが、下村博文・自民党憲法改正推進本部長は、3月5日、国会内の会合で「新たな御世(みよ)に。新たな国家ビジョン」と題して改憲について講演し、5月の新元号の施行など天皇代替わりにあわせて改憲論議を盛り上げるよう呼びかけた、という(3月6日赤旗)。全くアベコベ、転倒、逆立ちというほかない。

2 去る2月24日、政府主催の「天皇陛下在位30年記念式典」が国立劇場で開かれた。その「おことば」では、象徴天皇の道が如何に険しく難しいかが語られ、美智子皇后の一首を引用して胸中が吐露された。それは「ともどもに平らけき代を築かむと 諸人のことば国うちに充つ」であった。閉会に際して、安倍首相は「天皇陛下万歳」の音頭を取って三唱した。NHKテレビで映し出された天皇の顔は苦渋に満ち、かたわらの皇后はうつむいたままだったという(週刊金曜日3月8日号矢崎泰久「下段倶楽部」)。
 平和憲法を守ろうとする象徴天皇と改憲政権の、この冷徹な「亀裂」。「なるちゃん天皇」が改憲勢力に政治利用されないように、主権者である国民は肝に銘じよう。
 それには、国歌「君が代」を「民が代」に歌詞を変更することである。「御世」だの「君が代」だのというのは、象徴天皇制にそぐわない。「民が代」なら、天皇自身が気分よく国歌を歌えるはずだ。新元号も、こうした空気を反映したものにしてほしい。

3 「天皇制」をめぐっては、左右の改憲論が賑々しい。右派の改憲論は時代錯誤であり、戦後生まれの天皇が続く中で力を失っていくはずだ。
 それに比べ、左派の「天皇制廃止」論は、「護憲」の立場からすると、あまりにも有害である。左派は、政治的リアリズムと法的プラグマティズムに欠けている。それでは、「護憲」は不可能というほかない。

〔2019・3・8〕


2019年3月8日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子

「治安維持法拘禁精神病」―― 伊藤千代子の生涯

(弁護士 後藤富士子)

1 「こころざしつつたふれし少女」
 伊藤千代子(1905~29)は、2歳で母と死別し、翌年には実父が離縁になり、養祖母に育てられたが、14年(小学3年生)に亡母の実家へ引き取られた。諏訪高女へ入学した18年、アララギ歌人土屋文明が着任し、高4のときには土屋文明の自宅でテル子夫人から英語の補習を受け、22年、生徒総代で卒業証書授与された。尋常高等小学校代用教員を経て、24年5月、仙台・尚絅女学校高等科英文予科入学、翌25年、東京女子大英語専攻部2年に編入学した。この年(大正14年)は、治安維持法公布、男子普通選挙法公布、日本労働組合評議会結成、『女工哀史』出版という情勢で、千代子は東京女子大学内の社会科学研究会結成に参加している。翌26年、学外のマルクス主義学習会に参加し、浅野晃と出会い、27年には女子学連結成に参画し、9月に浅野晃と結婚した。28年2月下旬に共産党に入党(中央事務局所属)したが、3・15弾圧で検挙され、特高の拷問を受け、起訴、市ケ谷刑務所に勾留された。29年、千代子に直接指示を出していた事務局長水野成夫や夫が獄中で転向するも、千代子は頑強に闘い、8月1日、拘禁精神病を発症し、同月17日、松澤病院へ収容され、9月24日、急性肺炎により24歳で死亡。
 この前後の情勢として、22年に日本共産党創立、26年労農党結成、27年金融恐慌、山東出兵、28年赤旗(せっき)創刊、治安維持法死刑改悪、3・15弾圧(小林多喜二『1928年3月15日』)、29年山本宣治刺殺、4・16弾圧、33年多喜二築地署で虐殺、34年野呂栄太郎品川署の拷問で病状悪化絶命。そして、35年、土屋文明が東京女子大で「伊藤千代子がこと」を講演。6首詠われたうちの3首は、
  まをとめのただ素直にて行きにしを 囚へられ獄に死にき五年がほどに
  こころざしつつたふれし少女よ 新しき光の中におきておもはむ
  髙き世をただめざす少女らここに見れば 伊藤千代子がことぞかなしき

2 「治安維持法拘禁精神病」の発見
 35年に松澤病院に勤務した秋元波留夫医師は、拘禁精神病という診断で入院している、治安維持法で投獄された人たちがいるのに驚愕した、という。それらの患者の病状は、激しい興奮や幻覚妄想で、分裂病(統合失調症)の急性期と殆ど区別できないものであった。これは単なる拘禁が原因ではなく、苛酷な取調べと、良心の囚人としての精神的葛藤でおこる心因反応である。その発症のメカニズムは、第一に、治安維持法によって逮捕勾留された人が拘禁中に精神障害におちいるのは、特高警察の残酷な取調べ(拷問、転向の強要など)による身体的、精神的苦痛に加えて、自分の信念と肉親の情愛との葛藤、将来の不安、その他、様々な解決困難、精神的苦悩が限界を越えること。第二に、治安維持法による拘禁精神病が一般の受刑者のそれと異なり病像が重く、多項で、分裂病に酷似するのは、原因となった精神的苦悩、精神的外傷が強烈であり、分裂病症状が強烈な精神的外傷に対する生体反応であること。この意味で、治安維持法による拘禁精神病は「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)というべきものである、という(『実践精神医学講義』第32講「治安維持法と拘禁精神病」2002年刊)。
 なお、千代子の直接の死因である急性肺炎は、当時、硫黄の湯が気分の鎮静に効果があるとして取り入れられていたことによる。千代子が収容されていた狂躁患者病棟では、日中、食事の時間を除く大部分を硫黄の湯に入れられ、夕食がすむと、湯の中から追い上げられ、裸のままで看護婦の持ち出した布団を病室に敷いて、その中にもぐりこむのである。千代子は、裸のまま監禁され、ついに肺炎を起こして死んでしまった(中本たか子『わが生は苦悩に灼かれて』1973年刊)。

3 「国家賠償要求」―「哲学の貧困」
 暴虐を極めた治安維持法に関して、現在も運動している「治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟」という組織がある。しかし、この「同盟」の目的・目標は、誰が考えても実現不可能である。それは、治安維持法の真の「犠牲」を克服するための要求ではなく、安直に既存の法律枠に流し込むことによって、市民的・政治的自由の確固たる実現を圧殺するからである。
 治安維持法が断罪され、その犠牲者の名誉回復がされなければ、歴史的に清算できない。それをなしうるのは、韓国の「過去事整理法」のような法律を成立させる政権である。ちなみに、文在寅大統領は、3・1独立運動100年の記念式典における演説で、「親日(日本の朝鮮半島統治に積極的に協力した人)は反省すべきで、独立運動は礼遇されなければならないという、最も単純な価値を定めることだ」「親日残滓の清算は、あまりに長く先送りされた宿題だ」と述べている(3月1日朝日夕刊)。
 翻って、日本では、人間を破壊する治安維持法が歴史的に清算されただろうか? 治安維持法など法律は「支配の道具」であったが、日本国憲法の下で、それは変わったのだろうか?
 驚くべきことに、3月2日未明の衆院本会議において、日本維新の会の足立康史議員が共産党と立憲民主党など野党の共闘を批判する文脈の中で「破防法(破壊活動防止法)の監視対象と連携する政党がまっとうな政党を標榜するのはおかしいと考えているし、そう思う国民は少なくない」と発言した。ちなみに、2016年3月22日、国会議員の質問主意書に対し、共産党を「現在においても、破防法に基づく調査対象団体である」と指摘する答弁書を閣議決定している(3月3日朝日日刊)。共産党は政党交付金を受領拒否しているが、同法では正当な受領資格を認められているにもかかわらず、破防法調査対象団体とはどういうことか。憲法が保障する政治結社の自由は侵害され、法律の解釈適用者の責任も曖昧である。「破防法に基づく調査対象団体である」としている責任(誰なのか)の究明と足立議員に謝罪させることができないのでは、現在が治安維持法と地続きにあるというほかない。

※本文は、藤田廣登『時代の証言者 伊藤千代子』(2017年改訂新版)を引用しています。

(2019.3.5)