会員ブログ


投稿されるにはユーザー登録が必要です。ご希望の方は kawamoto.kumie@gmail.com にご連絡ください。

徴用工問題を考える

草野好文(完全護憲の会会員)

常軌を逸した日本政府の対応
元徴用工問題に対する韓国大法院(最高裁)の日本企業に対する「慰謝料」支払命令判決(2018年10月30日)以降、日本政府(安倍政権)の韓国文在寅政権に対する対応は常軌を逸しているとしか思えない。
居丈高に「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難を浴びせ、はなからけんか腰なのである。
何より問題なのは、大法院判決と韓国政府(文政権)を一体のものとして、司法府と行政府の区別もなしに批判し文政権を攻撃していることである。文大統領の「政府は司法府の判決を尊重しなければならない」との三権分立を踏まえたまともな発言にも耳を貸そうとしない。
安倍政権にしてみれば、日本では最高裁も内閣の意のままになるのだから、お前も何とかできるだろう、と言いたいのかも知れないが、もはや言いがかりとしか言いようがない。大法院判決に異議があるなら、文政権批判といっしょくたにして論じるべきではない。
日本のテレビを始めマスコミは、こうした安倍政権の理不尽な対応に対して無批判に同調し、韓国の「国際法違反」をオウム返しに唱え、「国と国との約束を守らない国」との韓国たたきを連日の如く垂れ流している。
こうした安倍政権と一体となったマスコミの扇動によって、国内世論は圧倒的に韓国悪者論に吸引され、冷静に真実を見極めようとする姿勢を見失っている。大変危険な状況に陥っていると言わなければならない。
安倍政権の韓国に対するこうした居丈高な対応は、一体どこから出てくるのであろうか。
徴用工問題は「慰安婦」問題と同様、過去に日本が韓国・朝鮮に対して行なった侵略と植民地支配の結果もたらされた問題である、という事実認識、そしてこうした事実への深い反省の意識が安倍政権に欠落しているからなのだと思う。
1993年8月に宮沢内閣の河野洋平官房長官が発表した「慰安婦」問題についての「河野談話」(慰安所の設置や管理、慰安婦の移送について旧日本軍が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」とし、元慰安婦に対して「心からお詫びと反省の気持ち」を表明)。
1995年8月15日に閣議決定した村山富市首相による「村山談話」(「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と公式に植民地支配を認め、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明)。
1998年10月8日、小渕恵三首相と金大中大統領による「日韓共同宣言」(21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ)(小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた)。
戦後50年近くたっての遅きに失したとは言え、こうした歴代政権による「謝罪と反省」を真に継承するならば、韓国政府や元徴用工に対する現在のような横柄で居丈高な態度などとれるはずがないのである。
口先では歴代日本政府の見解と立場を踏襲していると言いながら、内心は不満で折あらばこれを覆したいと思っていることの現れなのではないか。
安倍政権は明らかに韓国を見下している。継承しているのは旧宗主国としての気分なのかも知れない。
これを象徴するかのような信じられない一幕があった。先の外務大臣・河野太郎外相の韓国大使に対する「無礼」発言である。
「『極めて無礼』。河野太郎外相が19日、元徴用工問題を巡り、韓国の南官杓駐日大使を外務省に呼んだ際、韓国側の発言を遮って怒りをあらわにする一幕があった」(毎日新聞 2019年7月19日)という。
河野外相は同じ言葉をアメリカの駐日大使に対して言えるであろうか、絶対に言えるはずがないのである。
河野氏は安倍内閣に入閣する以前には、原発問題等で理性的な発言をする人であっただけに、政治家として取り返しのつかない汚点を残したと言えよう。願わくば、いずれかの時点での謝罪と反省の弁を聞きたいものである。

「国際法違反」とは何か
安倍政権が「国際法違反」と声高に居丈高に叫び、マスコミも同調して喧伝する韓国の「国際法違反」とは何なのか。
安倍首相は韓国大法院判決直後の国会答弁で「一九六五年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決しています。今般の判決は、国際法に照らせば、あり得ない判断であります」(2018年11月1日 第197回国会予算委員会)と述べている。ここから「国際法違反」との言葉が一人歩きを始める。一体、どんな国際法に違反するのかの説明はない。それに国際法という名の法律はない。
国際法と言った場合、一般には国家間または多国間で取り交わす条約と国際慣習法とを指すようであるが、前述の安倍首相の発言からすると、条約の一種である「日韓請求権協定」とは別の、条約に関する取り決めをまとめた「条約法に関するウィーン条約」(1969年国連条約法会議で採択、日本は1980年に署名・81年発効)に違反している、と言いたいようである。
確かにウィーン条約第26条(「合意は守られなければならない」)には「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」とある。誰もが認めうる当然の条規と言えよう。
要するに、「合意は守られなければならない」という「ウィーン条約」に違反しているということは、「日韓請求権協定」に違反している、ということなのである。ここから「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難も生じてくる。すべては「日韓請求権協定」の中身が問題となる。

「日韓請求権協定」のどこに違反しているのか
「日韓請求権協定」は1965年に締結された「日韓基本条約」に付随して結ばれた協定で、正式名称は「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(略称 韓国との請求権・経済協力協定)である。
同協定の焦点は以下の第一条と第二条である。
第一条
1 日本国は、大韓民国に対し、
(a)現在において千八十億円(一〇八、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される三億合衆国ドル(三〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたって無償で供給するものとする。(以下、略 下線引用者)
(b)現在において七百二十億円(七二、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される
二億合衆国ドル(二〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の額に達するまでの長期低利の貸し付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極めに従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたって行なうものとする。(下線引用者)…(略)…
前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。(下線引用者)

第一条はよく言われているように、日本が韓国に対して無償で3億ドル、有償の貸し付けを2億ドル、計5億ドルを支出するとしていることであるが、注意を要するのがこれら5億ドルのすべてが現金ではなく、現物支給であったということである。また、第一条の末尾に「前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならい」との条件が付けられていたことである。(下線引用者)
問題は第二条である。安倍首相も含めて韓国非難の論者によってよく口にされる「完全かつ最終的に解決された」との文言がここに出てくる。
確かに第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が」とあり、これが「完全かつ最終的に解決された」となっている。字面を読んでいる限りは日本政府の言っていることが正しいと思えてくる。
だが、果たしてこの文章が、韓国大法院が判決で示した元徴用工らの「慰謝料」まで含んでいるかは定かではない。
大法院判決は「不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は「請求権協定の適用対象に含まれない」とし、請求権協定によって「個人請求権自体が放棄(消滅)されたとの主張」は「受け入れることができない」との立場である。
国家間の協定によって、個人の請求権を消滅させることはできないとするのは、多くの論者の指摘するところである。
韓国大法院の判決論理とこれを正しいとする説得力ある論はすでに多くの学者・弁護士らによってなされている。改めて私が検討を加える余地はないと思われるので目にすることができたいくつかの紹介にとどめる。(実は大法院判決の論理やこれを支持する論者の主張に若干の疑問点があるのではあるが、ここでは省略する)
一つは大法院判決直後の2018年11月5日に出された「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」
http://justice.skr.jp/statement.html
二つは「完全護憲の会」のニュース№64(2019/4/10)にも掲載された経済学者で一橋大学名誉教授の田中宏氏論考「元徴用工・韓国大法院判決確定についての覚書」
http://kanzengoken.com/
三つは元外務省職員・外交官で政治学者の浅井基文氏論考「日韓関係を破壊する安倍政権」
https://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2019/1155.html
以上、紹介した三つの文章は、それぞれ重要な視点と示唆を与えてくれるので、是非とも目を通してもらいたい内容である。

肝心の問題点は解明されたのか
前述の紹介した三つの文章は、いずれも基本的に韓国大法院判決や韓国政府の主張に理があり正しい、とするもので、日本政府の主張する「日韓請求権協定」違反、「国際法違反」はあたらない、とするものである。
とりわけ、国家間の協定で個人の請求権は消滅しないし消滅させることはできない、とするこの問題の核心点は十分に説得力のあるものだと思う。
しかし、私には前述のような正しい主張だけで問題が解決できたとは思えないのである。問題は残っていると思う。特に安倍政権やこれに同調したテレビを始めとするマスコミが「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難をまき散らした結果、国民の多くが韓国が悪くて日本政府の言っていることが正しい、と信じ込まされている状況を変えるための、もう一つの説得力ある説明が必要なのではないか、と思う。
残された問題点はやはり「国と国との約束」である条約・協定の問題である。
先に見たように、「日韓請求権協定」第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」となっている。たとえ韓国大法院判決が元徴用工の請求権について「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は請求権協定の適用対象に含まれていないとし、この判決が確定したとしても、「国と国との約束」である「日韓請求権協定」を締結した国の責任が消えてなくなるわけではないからである。
そうであるなら、「日韓請求権協定」第二条にある「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」という文言は一体何を意味するのかが問われる。

日韓双方の思惑を込めた妥協の産物としての「日韓請求権協定」
「日韓請求権協定」第二条の「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」との文言だけでは、なぜ、何を根拠としてこのような文言が日韓双方で合意されたのかが不明である。
この意味を理解するためには、詳細な交渉記録と合意議事録が不可欠である。この点に関しては、実は韓国大法院判決がかなり詳細に記している。これに対して日本政府はきちんとした説明もせず「完全かつ最終的に解決された」との文言を繰り返し、「国際法違反」を言いつのるだけに終始してきたが、さすがにまずいと判断したのか、外務省は以下の内容の交渉記録を公表した。
「外務省は29日、韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた元徴用工訴訟を巡り、1965年の日韓請求権協定に関する交渉記録を公表した。韓国人の請求権問題は協定により解決済みとする日本の主張を裏付ける証拠としている。元徴用工訴訟問題に関する記者団への説明会で配布した。記録は、61年5月10日に開催された協定交渉小委員会会合の一部。この会合で韓国側代表は『強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し補償を要求する』と言及。これらの交渉を経て請求権協定では日韓間の請求権問題について『完全かつ最終的に解決された』と明記された」(日本経済新聞 2019/7/29)
この交渉記録公表について「菅義偉官房長官は30日の記者会見で、外務省が元徴用工訴訟を巡り、日韓請求権協定に関する交渉記録を公表したことについて『日本側の考えを対外的に説明し、正しい理解を求めていくことは当然の役割だ』と述べた。『韓国政府に国際法違反の状態の是正を含め、具体的な措置を早急に講じるように強く求める立場に変わりはない』と語った」(日本経済新聞 2019/7/30)という。
通常、交渉記録などは公表しないという不文律があるのかも知れないが、韓国大法院判決から9カ月もたってからの公表には不自然なものがある。日韓請求権交渉の不明朗な内幕を明かしたくない、という思いがあってのことであろう。この点は日本側だけでなく、当時の韓国側にも同じ思いがあったと推測できる。

「韓国の対日請求要綱」(対日請求8項目要綱)
外務省が7月29日に記者団に発表した交渉記録の一部というのは、韓国側が日本に対して請求した「韓国の対日請求要綱」いわゆる「対日請求8項目要綱」に関する交渉記録と思われるが、韓国側はこれを第一次日韓会談(1952年2月15日)の当時から「韓・日間財産及び請求権協定要綱8項目」(大法院判決文)として提示していたものである。
「8項目要綱」の内容は以下である(各項の内訳は省略)。
要綱1 朝鮮銀行を通じて搬出された地金と地銀の返還を請求する。
要綱2 1945年8月9日現在の日本政府の対朝鮮総督府債務の弁償を請求する。
要綱3 1945年8月9日以後韓国から振替又は送金された金員の返還を請求する。
要綱4 1945年8月9日現在韓国に本社、本店又は主たる事務所があつた法人の在日財産の返還を請求する。
要綱5 韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。
要綱6 韓国人(自然人及び法人)の日本政府又は日本人(自然人及び法人)に対する権利の行使に関する原則。
要綱7 前記諸財産又は請求権から生じた諸果実の返還を請求する。
要綱8 前記の返還及び決済は協定成立後即時開始し、遅くとも6ヵ月以内に終了すること。
上記「8項目」中、徴用工問題に関連するのが第5項で、「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。」とある。(下線引用者)
この文章を見る限り、韓国側が明確に元徴用工に関して請求を行っていたことがわかる。これに関して、7月29日に外務省が公表した交渉記録の内容として産経新聞が以下のようなやりとりがあったことを報じている。
「要綱と併せて公表された交渉議事録によると、1961(昭和36)年5月の交渉で日本側代表が『個人に対して支払ってほしいということか』と尋ねると、韓国側は『国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる』と回答した」(THE SANKEI NEWS 2019.7.29)
一方、韓国側は第5次の日韓会談予備交渉(1961年5月10日)で、「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及し請求の根拠を示すとともに、第6次韓日会談予備交渉(1961年12月15日)において「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドルを基準とする)」(大法院判決文)し要求した。
これを見ると、最終決着が無償3億ドルであったから、韓国側は当初の請求に対して4分の1に値切られたことになるが、「日韓請求権協定」は13年7次に及ぶ交渉の結果妥結し、1965年6月22日、「日韓基本条約」とともに調印された。
「日韓請求権協定」において、前述の「8項目要綱」の扱いがどうなったかは、次の「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録」に示されている。
議事録は「2 協定第二条に関し」の「(g)同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる八項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがつて、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」(下線引用者)となっており、金額はともかく、8項目の請求がすべて含まれた、ということである。

以上見てきたことから明らかなように、徴用工の「補償」については韓国側が国として請求し、支払いは国内措置として行う、ということが明確に明文化されている。「国と国との約束」は確かに行われたのである。
しかしその実態は、「日韓請求権協定」締結交渉において、韓国側は請求の根拠を「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」(大法院判決文)として日本からの「補償」を含めた援助額をできるだけ多く引き出そうとしたのに対して、韓国大法院判決が「請求権協定の交渉過程で日本政府は植民支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を根本的に否認」し「請求権協定第1条の資金は基本的に経済協力の性格であるというものであった」と指摘するように、両者の主張は基本的に折り合えないまま、政治的妥協が図られたのである。
時の外相・椎名悦三郎が国会答弁で次のような答弁をし、これを裏付けている。
「請求権が経済協力という形に変わったというような考え方を持ち、したがって、 経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らこの間に関係はございません。あくまで有償・無償5億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、 この経済協力を認めたのでございます」(第50回国会参議院本会議1965年11月19日)
なんという姑息かつ不誠実な態度であろう。日本国内に向けては「賠償」ではなく「経済協力」だと言う。これが「国と国の約束」だ、と安倍政権は胸を張って言えるのだろうか。

韓国政府の責任
締結された「日韓請求権協定」は、日本の韓国への植民地支配と徴用工らへの強制労働に対する不法・不当も認めない、謝罪の文言の一つもないものであった。それにもかかわらず、韓国側はこれを受け入れた。屈辱的と言っていい内容である。
当時の韓国政権は朴正煕(パク チョンヒ)軍事独裁政権であったから、国内世論を強引に抑え込むことができた、ということもあるが、何より日本の植民地支配下でアジア・太平洋戦争に巻き込まれ、日本の敗戦後は南北に分断されたうえ朝鮮戦争によってさらに国内は混乱し、韓国経済が疲弊の極にあったからだと言えよう。
だが、この無償・有償5億ドルの資金(現物支給)によって韓国経済が「漢江の奇跡」と呼ばれる復活を遂げることができたのは事実である。しかし日本がこれを恩着せがましく言えるものではない。韓国経済の復活によって、支給した資金以上の利益が日本に還流したとも言われている。
いずれにせよ、「日韓請求権協定」は「国と国の約束」ではあるが、建前と本音の入り混じった妥協の産物であり、それゆえ曖昧さのある後に紛糾の種になる内容であった。
韓国大法院判決はこうした曖昧さを切り捨てて、「日韓請求権協定」の文言そのものとその背景を緻密に検討して結論を下したものと言えよう。その結果が「国と国の約束」に反するかのような判決になったのだと思う。しかし、大法院判決は「日韓基本条約」も「日韓請求権協定」も否定しておらず、独自の論理でこの判決を導き出したのであるから、「国と国の約束」を破ったわけではない。いや、司法府は「国と国の約束」に反する判決を出すことがあったとしても問題はない。それが司法の役割であり司法の独立というものだ。
日本の最高裁のように、日米安保条約が憲法に違反するかどうか問われている時に、「統治行為」論なるものを持ち出して司法判断を回避し(違憲審査権の放棄!)、結果として行政府の判断と行為を追認することがあってはならないからである。
問題は先に見たような「日韓請求権協定」という「国と国の約束」を結びこれを継承してきた韓国歴代政権にその責任があるということ、したがって現政権の文在寅政権にもその責任がある、ということである。
不思議でならないのは、文在寅政権が日本の安倍政権から「国際法違反」とののしられ、輸出制限やホワイト国から外されたりしながら、何ゆえきちんとした声明を出さないのか、ということである。聞こえてくるのは日本政府の攻撃に対する断片的な反論や対抗処置のみである。これは推測でしかないが、文政権は国内世論への配慮が先行して、きちんとした対応がとれないでいるのではないかと思う。
大法院判決を尊重して受け入れるのであれば、「国と国の約束」が守れなくなる部分があるのは確かなのだから、少なくともこの部分については日本政府に対して遺憾の意を表明し対応策を提案すべきではないかと思う。その上での事態の打開策の提案でなければ、相手側への説得力があるまい。

問題は元徴用工らの人権問題、日韓両政府は打開策を
元徴用工と言われる人々は韓国政府が認定しただけでも22万6千人(死亡者含む)、とも言われる。訴訟に訴えているのはそのごく一部に過ぎない。自由を奪われ過酷な労働を強いられたこれらの人々はすでに高齢である。人権侵害されたこれらの人々の救済が何よりも優先されなければならない。
韓国政府はこれまでこれらの人々への救済・補償をまったくしてこなかったわけではない。大法院判決が認定しているように、歴代韓国政府は1971年に「対日民間請求権申告に関する法律」(「請求権申告法」)、1974年「対日民間請求権補償に関する法律」(「請求権補償法」)、2007年「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」(「2007年犠牲者支援法」)、2010年「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援に関する特別法」(「2010年犠牲者支援法」)などを制定し、一定の救済・補償を行ってきた。
韓国は「日韓請求権協定」に基づく約束を履行してきたと言える。しかし、補償の金額が低かったり、支給対象者範囲が狭かったりして、十分な補償ができなかったことから、韓国政府に対して千数百人規模の訴訟が起こされている現実がある。
しかしながら、韓国政府が行なってきたこれらの措置は、当然のことながら謝罪や賠償ではなく、人道上の見地からの救済措置でしかない。肝心の加害企業や日本政府は「日韓請求権協定」によって解決済みとの対応を取ってきたのである。
文在寅政権が今年の6月19日、韓国外交部を通じて明らかにした打開策は、「訴訟当事者である日本企業を含んだ韓日両国企業が自発的拠出金で財源を作って確定判決被害者に慰謝料該当額を支給することによって、当事者間の和解が成り立つ」ようにしようとの提案だった。
これに対する日本政府の対応は、前河野外相の「無礼」発言に見るように、「日韓請求権協定」によって徴用工らへの支払いは済んでおり、「完全かつ最終的に解決した」問題としてにべもなく拒否、日本製鉄(新日鉄住金)や三菱重工などの当該企業にも同調するよう働きかけている結果、当該企業も同様の対応を取っている。
文在寅政権の提案は当面の対策として妥当と思えるものであるが(請求権協定の交渉過程やその結論から言えば、民間任せではなく韓国政府の関与が求められると思うが)、いかんせん、先にも触れたように、「国と国との約束」が守れなくなったことへの遺憾の意の表明もなしのものであり、外交上の礼を失したものと言え、安倍政権の対応だけを非難して済むものではない。
文在寅政権にはあらためて問題を整理し、韓国政府としての見解をきちんと述べた上で、打開策を提案して欲しいと思う。
日本側、特に加害者としての当該企業は、元徴用工らにきちんと向き合い謝罪するとともに、主体性を持って事態の解決に臨むべきである。
日本政府は何としても現在の韓国に対する対応を改めなければならない。安倍政権は、徴用工問題に対して、従来日本の歴代政権がとってきた見解とは明らかに異なる見解と行動をとっている。国家間の取り決めで個人の請求権が消滅しないということは、歴代政権が踏襲してきたことだし、最高裁の判断も同様である。それにもかかわらず、「日韓請求権協定」に「完全かつ最終的に解決された」という文言があることをもって現在のような対応を取っているのは、別の意図があるのではないかとさえ思えてくる。安倍政権の無知が原因とも思えないのである。
もしかすると、そんなことがあっては欲しくないし、あってはならないことだが、戦勝国のアメリカが日本の政権がアメリカからの自立を強めようとすると、国内の親米利権勢力を使ってその政権をつぶしてきたように、旧宗主国気分の安倍政権は文在寅政権を日米利権勢力から自立を図ろうとする危険な存在と見て、これを潰そうとしているかのようである。
2016年10月から2017年3月にかけて100万、200万規模の市民がソウルを埋め尽くし、腐敗した朴槿恵(パク クネ)政権を退陣に追い込んだ「ローソク革命」によって生み出されたのが文在寅政権である。
韓国民主化運動の前進を妨害し敵対するような行為に、われわれ日本国民が加担するようなことがあってはならないし、これを許してはならないと思う。

終わりに蛇足だが、今回、徴用工問題について自分なりの考えをまとめようと思い立ち、簡単にまとめられるだろうと思って取りかかってみたら、とても難しかった。調べても調べてもきりがなく、調べれば調べるほど自分が知らなかった新たな問題が浮上してきた。それら調べて学んだ多くの事柄の大半を、この文章に反映させることができなかった。
考えて見れば当然のことなのだが、戦前戦後を含む日韓(日朝)関係史やアジア・太平洋戦争敗戦後の日本の歩んだ道にも関係する広範で根の深いテーマだったのである。あらためて我が身の勉強不足も思い知った。
それ故、今回の徴用工問題で、簡単に韓国が悪いと思い込んでいる人には、改めて考え直して欲しいと思う。また、侵略と植民地支配の贖罪もあってか、はたまた安倍政権の問題性の大きさ故にか、一方的に韓国が正しい、という見方も正しくないと思う。自分の頭で考え、学び、行動したいと思う。人生の残り時間がわずかとなっての、いまさらながらの感想である。

2019年10月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

「消費税廃止」が発信する「格差是正」―― 経済にデモクラシーを!

(弁護士 後藤富士子)

1 私は、昨年話題になった『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を発刊の早い時期に大変興味深く読んだ。
まず本の表帯の「アイデンティティ政治を超えて『経済にデモクラシーを』求めよう」に同感だ。裏帯はブレイディみかこさんの「『誰もがきちんと経済について語ることができるようにするということは、善き社会の必須条件であり、真のデモクラシーの前提条件だ』 欧州の左派がいまこの前提条件を確立するために動いているのは、経世済民という政治のベーシックに戻り、豊かだったはずの時代の分け前に預かれなかった人々と共に立つことが、トランプや極右政党台頭の時代に対する左派からのたった一つの有効なアンサーであると確信するからだ。ならば経済のデモクラシー度が欧州国と比べても非常に低い日本には、こうした左派の『気づき』がより切実に必要なはずだ」というフレーズ。これだけで「読みたくなる」ではないですか? (さらに…)

「安全保障」で「平和」は創れない ――「安倍9条改憲」の本質

(弁護士 後藤富士子)

1 現在焦眉の急となっている「安倍9条改憲」案は、憲法9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。その1項は「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」とし、第2項は「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」である。すなわち、自衛隊は「自衛の措置をとるための実力組織」であって、9条2項が保持しないとしている「戦力」ではないから、「自衛隊を憲法に明記するだけで何も変わらない」と説明される。 (さらに…)

2019年5月20日 | カテゴリー : ①憲法 | 投稿者 : 後藤富士子
› 続きを読む