韓国大統領の「非常戒厳」宣布に学ぶ「緊急事態条項」に関わる自民党改憲案の危険性

12月3日夜、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、突然「非常戒厳」を宣布。軍隊が国会議事堂周辺に出動するという事態が発生し、実際に議事堂周辺で非常戒厳に反対する人たちとの小競り合いも起き、騒然となった。国会はすぐに非常戒厳の解除要求を行い賛成多数で議決。宣布から6時間後に大統領が解除を表明し、大事には至らなかったが、民主主義の危機が現出したのである。

韓国憲法第77条は次の通り大統領の権限として非常戒厳を定めている。

1.大統領は、戦時・事変又はこれに準ずる国家非常事態において、兵力を以つて軍事上の必要に応じ、又は公共の安寧秩序を維持する必要があるときは、法律の定めるところに依り、戒厳を宣布することができる。

2.戒厳は、非常戒厳及び警備戒厳とする。

3.非常戒厳が宣布されたときは、法律が定めるところに依り令状制度、言論・出版・集会・結社の自由、政府又は裁判所の権限に関して、特別の措置を取ることができる。

4.戒厳を宣布したときは、大統領は、遅滞なく国会に通告しなければならない。

5.国会が在籍議員過半数の賛成に依り戒厳の解除を要求したときは、大統領は、これを解除しなければならない。

尹大統領は非常戒厳宣布の理由として、

「北朝鮮の脅威や『反国家勢力』から韓国を守り、自由な憲法秩序を守るため」

だと説明したが、本当の理由は、外部からの脅威ではなく、本人が政治的に追い詰められているからだというのが、間もなくはっきりした。今年4月の総選挙で与党「国民の力」は野党勢力に大敗北し、国会で法案も通すことができずレームダック状態となっていた。「戦時·事変又はこれに準ずる国家非常事態」では全くなかったのである。恐ろしいのは、政敵などの主だった政治家の逮捕を目論んでいたこと。これから大統領には厳しい処罰が下されることは間違いない。憲法77条第5項の「国会の過半数の賛成で解除できる」が働き、事なきを得たのであるが、与党が多数で解除できなかったケースを考えると空恐ろしい事態となっていたのではないか。

さて、日本においても改憲論議が進行しており、国民の過半数が改憲を是認している状況も世論調査結果で報道されている。自民党の改憲案には「緊急事態条項」の新設も含まれ、9条改憲より国民が受入れ易いだろうとの思惑も聞かれる。

自民党の緊急事態条項案は次の通りである。

第73条の2

大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

② 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)

第64条の2

大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

(※国会の章の末尾に特例規定として追加)

ここで問題なのは「大地震その他の異常かつ大規模な災害」の定義である。自民党は東日本大震災のような自然災害を想定していると言うが、それが極めて危険な論理であることは、韓国の今回の非常戒厳でも証明されている。権力者は「災害」をより広くとらえて、自分に都合のいいように解釈する可能性があるのだ。

東日本大震災はあれだけの大災害であったが、緊急事態条項が必要な場面があったとは言えないし、日本全国に被害があったわけではない。議員任期については、元々参議院の緊急集会が現憲法に定められている。こうしてみると、いわゆる立法事実がないのである。にもかかわらず、非常事態が発令され、内閣が勝手に政令を制定して、言論を封殺することも十分に考えられる。内閣の独走が始まるのである。コロナ禍においても議論されたが、首相が勝手に臨時休校を決めてしまうような我が国の現状では、絶対に憲法にうたうべき条項でないことを、韓国の事例で学ぶべきだ。

2024年12月10日

柳澤 修

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