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「共同親権制の導入」か、「単独親権制の廃止」か?

(弁護士 後藤富士子)

1 民法は、父母が婚姻中のみ共同親権としており、父母が法律婚をしていない場合や離婚した場合、父母のどちらか片方の単独親権としている。婚姻中のみであっても父母の共同親権とされたのは、単に「両性の平等」というだけでなく、それが「子の福祉」に適うと考えられたからである。その根本には、「家」制度が否定され、夫婦・親子という家族構成員個人が尊重される「家庭」が措定されている(憲法24条)。
 一方、未婚や子の出生前に父母が離婚したときには、一義的に子を産んだ母の単独親権とされ、父母の協議または家裁の審判により父を親権者とすることができるが、いずれにせよ単独親権である。この場合、子が生まれた時点で父母が法律上の夫婦でないために、共同親権を是とする「家庭」が存在しない。これに対し、子が生まれた後に父母が離婚した場合、共同親権から単独親権に変更される。この場合には、共同親権を是としていた「家庭」が消失するのである。
 すなわち、共同親権か単独親権かの区別は、専ら父母が法律婚関係にあるか否かによっている。それは、法律婚のみを「正統な家庭」とみなし、「家庭の在り方」の多様性を許容しない。だから、父母が法律婚関係になくても、実質的に共同親権行使が可能か否かは一顧だにされない。そして、父母が法律婚関係にない場合には、法制度として単独親権制こそが子の福祉に適うと擬制されている。
 しかしながら、これでは、父母が法律婚関係にあるか否かで親権について極端な差を設けることになり、父母にとっても、子にとっても、社会的身分により社会的関係において差別されることにほかならず、憲法14条に違反する。また、別の視点でみれば、離婚や未婚を「家庭の在り方」として異端視することでもあり、個人の尊重と幸福追求権を定めた憲法13条にも違反する。

2 父母が婚姻中は共同親権とされたのは、それが子の福祉に適うとされたからである。それでは、父母が法律婚関係にない場合には、共同親権は例外なく子の福祉に反するのであろうか?
 1985年に日本でも発効した女性差別撤廃条約16条1項(d)は、子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わない)としての同一の権利及び責任を定め、あらゆる場合において、子の利益は至上である、としている。また、1994年に日本でも発効した児童の権利条約18条では、①子どもの第一次的養育責任は親にあり、国はその責任の遂行を援助する立場にあるとする基本原理を定め、②子どもの発達・養育に対しては、親双方が共同の責任を有するとしている。
 これらの規定からすれば、父母が法律婚関係にないからといって共同親権制が排除される理由はなく、むしろ共同養育が子の福祉に適うと前提されている。そのうえで、親権の行使が子の福祉に反する場合には、父母が法律婚関係にあるか否かに関わらず、また、共同親権であるか単独親権であるかに関わらず、国の介入が認められる。実際、民法でも、親権喪失・停止や管理権喪失の審判が制度化されているが、離婚が親権喪失事由とはされていない。
 しかるに、婚姻中は父母の共同親権であったものが離婚により単独親権となるのは、父母のどちらか片方について離婚を親権喪失事由とするものであって、「子の福祉」が論じられる余地がない。換言すると、婚姻中は父母の共同親権が子の福祉に適うとされているのに、離婚によって単独親権となることが子の福祉に適うと論証することは不可能である。

3 ところで、昨年7月17日の記者会見で、上川陽子法務大臣は「親子法制の諸課題について、離婚後単独親権制度の見直しも含めて、広く検討していきたいと考えています」と述べた。私は、「離婚後単独親権制度の見直し」=「離婚後単独親権制の廃止」と受け止めたが、憲法学の木村草太教授は「共同親権制度導入」と言い換えて論難している。
 私がこの10年余り主張してきたのは、「離婚後単独親権制の廃止」である。それは、ある日突然に妻が幼い子を連れて失踪する「離婚事件」が頻発し、離婚紛争として想像を絶する悲惨な家庭破壊・人間破壊が繰り広げられるのを目の当たりにしたからである。すなわち、離婚が成立していないのに、事実上片親の親権行使が不可能になる事態が生じ、「婚姻中は父母の共同親権」という民法の規定は踏みにじられる。しかも、裁判所がそれを違法としないばかりか、離婚判決では連れ去った親を単独親権者に指定するのである。こうなると、「離婚後の共同親権制導入」などと寝言を言ってはいられない。「単独親権制の前倒し」を止めさせるしかないのである。しかし、離婚前に子を連れ去るのは、離婚後の単独親権者になるためである。したがって、「離婚後単独親権制」がある限り、「連れ去り」「引き離し」の横行を防ぐことはできない。
 また、離婚後単独親権制では、離婚と単独親権者指定が同時決着しなければならない。そのことが、離婚紛争の解決手続を荒廃させ、親にも子にも全く理不尽な辛苦を強いている。この理不尽で不合理な手続を解消するためには、離婚後単独親権制を廃止すれば足りる。すなわち、離婚後の共同親権の具体的なあり方について、家裁の手続により解決すればよいのである。民法766条は、それを想定している。
 こうしてみると、「共同親権制度の導入」と「単独親権制の廃止」と、問の立て方によって答えが正反対になりうることが見て取れる。実際に生起する「リアル」に基づいて論理を構築しなければ、理屈だけの「バーチャル」に打ち勝つことはできない。法律には素人の当事者が、「離婚後単独親権制の廃止」(民法改正)という正確な目標を掲げて運動することが極めて大切と思われる。

〔2019・4・7〕

2019年4月8日

自滅する「法科大学院」 ── 「法曹三者」養成との矛盾

(弁護士 後藤富士子)

1 「法曹コース」「在学中受験」への法改正が意味するもの
 「法科大学院」は、多様な経歴をもつ法曹(裁判官、検察官、弁護士)の育成を目指し、実務を担う専門職大学院として2004年以降に74校が開校した。法学部出身者らが進む既修者コース(2年間)のほか、未修者コース(3年間)もあり、他学部出身者や社会人も受け容れる。修了すれば司法試験の受験資格を得られるが、司法試験の合格率が低迷する中、志願者の減少で定員割れが深刻化し、本年3月までに39校が廃止や学生募集停止を決めている。
 この惨状に照らし、政府は、3月12日、法科大学院の最終学年で司法試験が受験できるようにするなど法曹養成に関する改正法案を一括して閣議決定した。最短5年で法学部入学から法科大学院修了に至る「法曹コース」も導入。受験生の時間的、経済的負担を軽減し、法曹の志願者減に歯止めをかける狙いという。
 しかし、司法試験受験生の時間的・経済的負担という見地からすれば、そもそも法科大学院の創設は、反対に負担が加重になる制度であった。だから、法科大学院を回避して予備試験が繁盛するのも当然である。

2 「法科大学院」が内蔵する制度的矛盾
 そもそも法科大学院が設置されたのは、法律家たる者は「大学院」の高度な専門教育によって養成されるべきだというのが原点である。
 実際、アメリカのロースクール制度をみれば、4年制の大学教育を受けた後に進学するものであり、4年制の大学には法学部がないから、「多様性」と「専門性」が制度自体に内蔵されている。そして、司法試験は、ロースクールの修了試験のようなもので、弁護士試験である。すなわち、ロースクール制度においては、裁判官・検察官・弁護士という「法曹三者」の育成を目的としていない。これを「出口」から見ると、裁判官は弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」が選任されるという「法曹一元」制度に直結している。
 ちなみに、韓国でも、ロースクール制度と法曹一元制度がセットになって実現している。ロースクールを設置する大学は法学部を廃止しなければならないし、修了者が受ける司法試験は「弁護士試験」である。「法曹三者」の育成を目的とする司法修習制度も廃止され、弁護士有資格者で経験を積んだ者の中から「成熟した法律家」として裁判官が選任される「法曹一元」制度に移行したのである。
 これに比べ、日本の法科大学院は、4年制の法学部を修了した者に「既修コース」のメリットを付与するだけのもので、法学部と連結されている限り「多様性」は期待できなかった。そして、何よりも問題なのは、司法試験が「司法修習生採用試験」であることにある。司法修習制度は「法曹三者」の育成を目的としており、修了者の中から「官僚司法の担い手」として適任者が「判事補」という半人前の裁判官に採用される。このように、「法学部」と「司法修習」に挟まれて法科大学院を設置したのだから、最初から制度的矛盾を抱えていたのである。
 私は、制度設計段階で、「統一修習廃止」「法科大学院生に給費奨学金を」と主張していた。だからこそ、いずれ法科大学院は行き詰るであろうと予見していたが、まさか「元の木阿弥」の方向へ向かうとは考えなかった。それは、「法曹人口増大」という基盤さえできれば、そこから生まれる「法律家」によって「統一修習廃止」と「法曹一元実現」に向かうはずだ、と考えたからである。すなわち、法科大学院こそ純化されて発展し、それが必然的に「統一修習廃止」と「法曹一元実現」を帰結すると期待された。
 しかるに、私が期待した方向で矛盾が止揚されるのではなく、法科大学院が自滅する方向に向かっている。その根幹にあるのは、「国営統一修習」に固執し、司法試験合格者減員を主張してやまない、弁護士の特権依存的体質ではないかと思われる。

3 裁判における「リアル」と「バーチャル」
 2014年5月21日に大飯原発の運転差止を命じた福井地裁の樋口英明・元裁判官は、「危険性に注目すれば結論は明らか」と述べている(週刊金曜日2019.3.15号)。ここでいう危険とは、事故被害の大きさだけでなく、事故の発生確率が高いことである。しかるに、多くの裁判官は、現実的な危険性の有無に目を向けないで、従前の裁判例を踏襲して「規制基準の辻褄が合っているかどうか」に着目している。しかも、踏襲される伊方原発に係る最高裁判決(1992年10月29日)の理解が間違っているという。すなわち、「規制基準の辻褄が合っているかどうか判断する」のではなく、「規制基準が真に国民の安全を確保する内容になっているかを裁判所が確認しなさい、それが確認できなければ住民側が勝つのだ」と言っていると樋口氏は解釈している。
 また、伊方最高裁判決が原発は専門技術訴訟だと指摘し、現在の法体系が原子力規制委員会に大きな権限を与えているため司法消極主義になりがちである点について、樋口氏は、その枠組みに立っても「司法が口出しできるほどおかしい」という立場があっていいはずだという。現に、樋口氏も大飯原発訴訟を担当するまで原発のことは全く知らないまま争点予想を立て、「震度7の地震に原発が耐えられるか」という耐震性に関わる専門性の高い論争になると考えていた。ところが、被告側は「将来にわたって原発の敷地には強い地震は来ない」と主張していたので、樋口氏は「えっ、強い地震が来ないなんて断言できるの」と驚いた。換言すると、「強い地震に原発は耐えられない」ことは前提とされており、「専門技術」訴訟というより、「強い地震は来ない」と断言できるかを判断すれば足りることになる。それで、審理の比較的早い段階で大飯原発が危険であることが分かったという。ちなみに、大飯原発の判決時の基準地震動は700ガルであり、日常的に起きているM5クラスでも700ガルを超えるのである。
 樋口氏は、大飯原発の基準地震動を超える地震が現に発生していたことを重視して「恐ろしい」と思うのが科学だという。ややこしい計算式で緻密そうに見える議論は単なる仮説にすぎないことを認識する大切さを、「私たちの命や生活をロシアンルーレットにまかせるわけにはいかない」と表現している。そして、原発を徐々に減らすという考えは一見穏当そうだが、次の地震の発生場所がわからない以上、この考えを採ることはできないとして、全原発の即時停止を求めている。民主主義の原理に照らせば、国民の過半数が全原発の即時停止を求めれば、全原発は止まるのである。
 法的紛争における真の争点が何かを、理性的にも感性的にも認識できる法律家の存在こそ希望である。法科大学院が、そのような法律家を社会に送り出す基地となることを願ってやまない。

〔2019・3・28〕

2019年3月29日

仏「黄色いベスト」運動が証しする「人民主権」

(弁護士 後藤富士子)

1 昨年11月17日の土曜日に開始された「黄色いベスト」運動は、フランス全土で展開された。行動の直接的な契機は燃料税の引き上げだった。SNSで拡散された彼らの主張(2018年11月29日発表・12月5日訂正)は、次のようなものである。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 フランスの代議士諸君、我々は諸君に人民の指令をお知らせする。これらを法制化せよ。
 1)ホームレスをゼロ名にせよ、いますぐ。
 2)所得税をもっと累進的に(段階の区分を増やせ)。
 3)全産業一律スライド制最低賃金を手取り1300ユーロに。
 7)すべての人に同一の社会保障制度。自営業者社会福祉制度の廃止。
 8)年金制度は連帯型とすべし。つまり社会全体で支えるべし。マクロンの提案するポイント式年金はNG。
 10)1200ユーロ未満の年金はNG。
 15)雇用の安定の促進:大企業による有期雇用をもっと抑えよ。我々が望んでいるのは無期雇用の拡大だ。
 17)緊縮政策の中止。政府の国内外の不当と認定された債務の利払いを中止し、債務の返済に充当するカネは、貧困層・相対的貧困層から奪うのではなく、脱税されている800億ユーロを取り立てる。
 27)司法、警察、憲兵隊、軍に充分な手立て(予算・設備・人員)の配分を。治安部隊の時間外労働に対し、残業代を支払うか代替休暇を付与すること。
 29)民営化後に値上がりしたガスと電気を再公営化し、料金を充分に引き下げることを我々は望む。
 39)源泉徴収の廃止。
 40)大統領経験者への終身年金の廃止。
・・・・と42項目が挙げられている。そのうえで、 「このリストは網羅的なものではないが、早期に実現されるはずの人民投票制度の創設という形で引き続き、人民の意思は聞き取られ、実行に移されることになるだろう。
   代議士諸君、我々の声を国民議会に届けよ。
   人民の意思に従え。この指令を実行せしめよ。
                             黄色いベストたち」
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 政府は、燃料税引き上げを今年5月まで延期すると発表し、マクロン大統領は「大討論」を呼びかけ、1月15日から2か月間、各地で開催されている。

2 パリで2月9日に行われた第13次デモの参加者の声(2月23日赤旗)。
 「それが法だから正しいのではない。正しいことが法とならなければならない」というモンテスキューの言葉をプラカードに掲げた中学校女教師(32歳)。
 2人の子どもを持つシングルマザー(44歳)は「何も変わらないからまた革命をしなければいけない。マクロンは王様気取りで民衆の要求を無視している」という。
 指導者がなく、労組や既存の政党などと無関係にソーシャルメディアを通じて始まった毎週土曜日のデモ。パリの定番のデモコースとは違い、凱旋門から目抜き通りのシャンゼリゼ、高級ブティック街や富裕層の住む通りなどを、宣伝カーやシュプレヒコールもなくひたすら歩く。速度は速く、距離は長い。

3 「黄色いベスト」運動が始まって以来、治安部隊の暴力的弾圧で多くの負傷者が出ている。デモのごく一部が銀行のATMを打ち壊したり、治安部隊に暴力を振るったのは事実だが、平和的参加者に対しても、硬質のゴム弾を装填する「フラッシュボール」銃、催涙手りゅう弾などのデモ鎮圧用兵器を多用している。アムネスティ・インターナショナルによれば、デモに対してこの種の兵器使用を認めているのは欧州ではフランスだけであり、兵器使用を非難している。労働総同盟(CGT)や「連帯」、人権同盟(LDH),弁護士や裁判官の組合もフラッシュボールの使用禁止を求めたが、政府は拒否。
 仏国立科学研究センター(CNRS)のロシェ研究部長は、「フランスでは警察の民主化が完了していない」と述べ、「国民の基本的人権を守る義務」を警察が果たしていないと批判している(2月24日赤旗)。

4 マクロン大統領が呼びかけた「大討論」は、討論相手の殆どが地元首長で、国民が発言の機会を封じられ、大統領の独壇場になっている。しかも、大統領は、「黄色いベスト」の要求を聞き入れる気配もない。一方で、裁判所を通さず、県知事が特定の人物のデモ参加を事前に禁じることができる「破壊分子防止法」を導入した。
 こうした中、「服従しないフランス」(FI)が提案した「市民の発議による国民投票」法案は、議会の絶対多数を握るマクロン与党「共和国前進」に棚上げされた。仏共産党は、富裕税の復活、最低賃金の引き上げ、低年金の是正の3点の法案を提案する予定であるが、与党が絶対多数を握る議会の勢力に照らすと道は険しい。同党のブーレ国際局次長は、「黄色いベスト」運動が「失望」に終わった場合、「破滅的な事態になりかねない」と述べ、左翼による政治的対応の重要性を指摘している(2月26日赤旗)。
 翻って、日本も「安倍1強」である。喫緊の課題は、消費税増税。これは、国民生活の破綻をもたらす「国難」である。保守層も巻き込んだ一大国民運動によって、増税を阻止すると同時に、応能負担の公平な税制を実現しなければならない。

〔2019・3・11〕

2019年3月11日

会員ブログ」への3件のフィードバック

  1. 今日、朝日新聞に砂川裁判の被告の弁護団のコメントが出てます。
    これも掲載したらどうでしょうか。

  2. 非戦を選ぶ演劇人の会が朗読劇を公演。7月15,16日。詳細は後報。
    福田

  3. 本の紹介

    英語教科書は〈戦争〉をどう教えてきたか

    江利川春雄さん
    研究社刊

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