砂川事件の第1審判決(伊達判決)

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日本政治・国際関係データベース
東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

[場所]

[年月日] 1959年3月30日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),908ー912頁.最高裁判所事務総局編「下級裁判所刑事裁判判例集」第1巻3号,776-783頁.
[備考]
[全文]

一 日本国とアメリカ合衆国との間における安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法第二条と憲法第三一条

二 日本国とアメリカ合衆国との間における安全保障条約第一条に基くアメリカ合衆国軍隊の駐留と憲法第九条

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反

(三二(特わ)第三六七 三六八号

三四・三・三◯ 東京地裁判決)

被告人 坂田茂 外六名

参照 日米安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法第二条・日米安全保障条約第一条・第二条・憲法第三一条・第九条

主文

本件各公訴事実につき、被告人坂田茂、同菅野勝之、同高野保太郎、同江田文雄、同土屋源太郎、同武藤軍一郎、同椎野徳蔵はいずれも無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、東京調達局においては日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法及び土地収用法により内閣総理大臣の使用認定を得て、昭和三十二年七月八日午前五時十五分頃からアメリカ合衆国空軍の使用する東京都北多摩郡砂川町所在の立川飛行場内民有地の測量を開始したが、この測量に反対する砂川町基地拡張反対同盟員及びこれを支援する各種労働組合員、学生団体員等千余名の集団は同日早朝から右飛行場北側境界柵外に集合して反対の気勢をあげ、その中の一部の者により滑走路北端附近の境界柵は数十米に亘つて破壊された。被告人坂田茂、同菅野勝之、同高野保太郎、同江田文雄、同土屋源太郎、同武藤軍一郎は右集団に参加していたものであるが、他の参加者三百名位と意思相通じて同日午前十時四十分頃から同十一時三十分頃までの間に、正当な理由がないのに、右境界柵の破壊された箇所からアメリカ合衆国軍隊が使用する区域であつて入ることを禁じた場所である前記立川飛行場内に深さ四・五米に亘つて立入り、被告人椎野徳蔵は国鉄労働組合の一員として右集団に参加していたものであるが、同日午前十時三十分頃から同十一時五十分頃までの間に、正当な理由がないのに、右境界柵の破壊された箇所から合衆国軍隊が使用する区域であつて入ることを禁じた場所である前記立川飛行場内に深さ二・三米に亘つて立入つたものであるというので、按ずるに、

証人提英雄(第三回公判)、同奥田乙治郎(第十回公判)の当公廷における各供述、昭和二十七年七月二十六日附官報号外第七三号、証人青木市五郎(第十三回公判、被告人土屋、同江田、同武藤については同公判調書中の供述記載部分)、同宮崎伝左エ門(第十四回公判、被告人土屋、同江田、同武藤については同公判調書中の供述記載部分)、同井口久(第四回公判、被告人土屋については、同公判調書中の供述記載部分)の当公廷における各供述、井口久作成の実況見分調書(以上は「アメリカ合衆国軍隊が使用する区域であつて入ることを禁じた場所である」との事実の証拠)、証人森生新市蔵(第五回公判、被告人坂田、同江田については同公判調書中の供述記載部分)の当公廷における供述、米軍憲兵司令官作成の立川警察署長宛「立川空軍基地における日本警察使用要請」と題する書面(以上は「正当な理由がない」との事実の証拠)、証人提英雄(第三回公判)、同岩附忠宣(第六回公判)の当公廷における各供述、東京調達局不動産部管理第一課作成の立川飛行場既提供民有地実測地籍図、井口久作成の実況見分調書、公判準備における当裁判所の検証調書、証人山下健三(第五回公判、被告人坂田、同江田については同公判調書中の供述記載部分)、同小室欽二郎、同吉泉勇吉、同中山元次、同大沼孝太郎(以下第六回公判、被告人坂田、同江田については同公判調書中の供述記載部分)、同中川喜英、同福島清吾、同熊倉留吉、同坂本隆二、同池戸憲幸、同小暮乙丸(以上第七回公判、被告人土屋については同公判調書中の供述記載部分)、同石田登、同横瀬治利、同青木勝吉、同谷合精一、同小山覚造(以上第八回公判、被告人土屋については同公判調書中の供述記載部分)、同永広良弘、同福永敏雄、同多田隆之、同大津勇(以上第九回公判、被告人江田については同公判調書中の供述記載部分)、同古館昭一(第十一回公判、被告人土屋、同江田、同武藤については同公判調書中の供述記載部分)、同飯島正則(第十二回公判、被告人江田については同公判調書中の供述記載部分)、同常山貫治、同中川喜英、同石塚通、同中山元次、同後藤広、同山本繁(第十八回公判、被告人土屋、同江田については同公判調書中の供述記載部分)、証人蕪野栄作(第十三回公判、被告人土屋については同公判調書中の供述記載部分)、同樋口徳次(第十四回公判、被告人土屋、同江田、同武藤については同公判調書中の供述記載部分)、同島田浩一郎(第十五回公判、被告人土屋、同江田、同武藤については同公判調書中の供述記載部分)同森田実(第十六回公判、被告人江田については同公判調書中の供述記載部分)、の当公廷における各供述、写真1乃至4、8乃至34、36乃至38、中山元次撮影の写真五十枚、押収に係る十六ミリフイルム(昭和三二年証第七三九号の一)、日記(同証号の三)、八ミリフイルム(同証号の四)(以上は爾余の事実の証拠)によれば

被告人坂田茂、同菅野勝之、同高野保太郎、同江田文雄、同土屋源太郎、同武藤軍一郎は共同して昭和三十二年七月八日午前十時三、四十分頃から午前十一時頃迄の間に正当な理由がないのにアメリカ合衆国軍隊が使用する区域であつて入ることを禁じた場所である東京都北多摩郡砂川町所在立川飛行場内に深さ四・五米に亘つて立入り、被告人椎野徳蔵は同日午前十時三十分頃から午前十一時三十分頃迄の間に正当な理由がないのに前記立川飛行場内に深さ二・三米に亘つて立入つたことが認められる。

右事実は日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法(以下刑事特別法と略称する。)第二条に該当するが、同法条は、日米安全保障条約に基いてわが国内に駐留する合衆国軍隊が使用する一定の施設又は区域内における合衆国軍隊及びその構成員等の行動、生活等の平穏を保護するため右施設又は区域にして入ることを禁止した場所に対する、正当な理由なき立入又は不退去を処罰するものであるところ、これに対応する一般刑罰法規としては、軽犯罪法第一条第三十二号の正当な理由なく立入禁止の場所等に入つた者に対する処罰規定を見出すことができ、従つて刑事特別法第二条は右の軽犯罪法の規定と特別法、一般法の関係にあるものと解することができる。しかして、両者間の刑の軽重をみるに、軽犯罪法は拘留又は科料(情状により刑を免除又は併科し得る。)を科し得るに止まるのに対し、刑事特別法第二条は一年以下の懲役又は二千円以下の罰金若しくは科料を科し得るのであつて、後者においては前者に比してより重刑をもつて臨んでいるのであるが、この差異は法が合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏に関する法益を特に重要に考え、一般国民の同種法益よりも一層厚く保護しようとする趣旨に出たものとみるべきである。そこでもしこの合衆国軍隊の駐留がわが国の憲法に何等牴触するものでないならば、右の差別的取扱は敢えて問題とするに足りないけれども、もし合衆国軍隊の駐留がわが憲法の規定上許すべからざるものであるならば、刑事特別法第二条は国民に対して何等正当な理由なく軽犯罪法に規定された一般の場合よりも特に重い刑罰を以て臨む不当な規定となり、何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第三十一条及び右憲法の規定に違反する結果となるものといわざるを得ないのである。

そこで以下この点について検討を進めることとする。

日本国憲法はその第九条において、国家の政策の手段としての戦争、武力による威嚇又は武力の行使を永久に放棄したのみならず、国家が戦争を行う権利を一切認めず、且つその実質的裏付けとして陸海空軍その他の戦力を一切保持しないと規定している。即ち同条は、自衛権を否定するものではないが、侵略的戦争は勿論のこと、自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持をも許さないとするものであつて、この規定は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」(憲法前文第一段)しようとするわが国民が、「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想(国際連合憲章もその目標としている世界平和のための国際協力の理想)を深く自覚」(憲法前文第二段)した結果、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を維持しよう」(憲法前文第二段)とする、即ち戦争を国際平和団体に対する犯罪とし、その団体の国際警察軍による軍事的措置等、現実的にはいかに譲歩しても右のような国際平和団体を目ざしている国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等を最低線としてこれによつてわが国の安全と生存を維持しようとする決意に基くものであり、単に消極的に諸外国に対して、従来のわが国の軍国主義的、侵略主義的政策についての反省の実を示さんとするに止まらず、正義と秩序を基調とする世界永遠の平和を実現するための先駆たらんとする高遠な理想と悲壮な決意を示すものだといわなければならない。従つて憲法第九条の解釈は、かような憲法の理念を十分考慮した上で為さるべきであつて、単に文言の形式的、概念的把握に止まつてはならないばかりでなく、合衆国軍隊のわが国への駐留は、平和条約が発効し連合国の占領軍が撤収した後の軍備なき真空状態からわが国の安全と生存を維持するため必要であり、自衛上やむを得ないとする政策論によつて左右されてはならないことは当然である。

「{前1文字ママ}そこで合衆国軍隊の駐留と憲法第九条の関係を考察するに、前記のようにわが国が現実的にはその安全と生存の維持を信託している国際連合の機関による勧告又は命令に基いて、わが国に対する武力攻撃を防禦するためにその軍隊を駐留せしめるということであればあるいは憲法第九条第二項前段によつて禁止されている戦力の保持に該当しないかもしれない。しかしながら合衆国軍隊の場合には、わが国に対する武力攻撃を防禦するためわが国がアメリカ合衆国に対して軍隊の配備を要請し、合衆国がこれを承諾した結果、極東における国際の平和と安全の維持及び外部からの武力攻撃に対するわが国の安全に寄与し、且つ一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によつて引き起されたわが国内における大規模な内乱、騒じよう{前3文字強調}の鎮圧を援助する目的でわが国内に駐留するものであり(日米安全保障条約第一条)、わが国はアメリカ合衆国に対してこの目的に必要な国内の施設及び区域を提供しているのである(行政協定第二条第一項)。従つてわが国に駐留する合衆国軍隊はただ単にわが国に加えられる武力攻撃に対する防禦若しくは内乱等の鎮圧の援助にのみ使用されるものではなく、合衆国が極東における国際の平和と安全の維持のために事態が武力攻撃に発展する場合であるとして、戦略上必要と判断した際にも当然日本区域外にその軍隊を出動し得るのであつて、その際にはわが国が提供した国内の施設、区域は勿論この合衆国軍隊の軍事行動のために使用されるわけであり、わが国が自国と直接関係のない武力紛争の渦中に巻き込まれ、戦争の惨禍がわが国に及ぶ虞は必ずしも絶無ではなく、従つて日米安全保障条約によつてかかる危険をもたらす可能性を包蔵する合衆国軍隊の駐留を許容したわが国政府の行為は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起きないようにすることを決意」した日本国憲法の精神に悖るのではないかとする疑念も生ずるのである。

しかしながらこの点はさて措き、わが国が安全保障条約において希望したところの、合衆国軍隊が外部からの武力攻撃に対してわが国の安全に寄与するため使用される場合を考えて見るに、わが国は合衆国軍隊に対して指揮権、管理権を有しないことは勿論、日米安全保障条約上合衆国軍隊は外部からのわが国に対する武力攻撃を防禦すべき法的義務を負担するものでないから、たとえ外部からの武力攻撃が為された場合にわが国がその出動を要請しても、必ずしもそれが容れられることの法的保障は存在しないのであるが、日米安全保障条約締結の動機、交渉の過程、更にはわが国とアメリカ合衆国との政治上、経済上、軍事上の密接なる協力関係、共通の利害関係等を考慮すれば、そのような場合に合衆国がわが国の要請に応じ、既にわが国防衛のため国内に駐留する軍隊を直ちに使用する現実的可能性は頗る大きいものと思料されるのである。而してこのことは行政協定第二十四条に「日本区域において敵対行為又は敵対行為の急迫した脅威が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府は、日本区域防衛のため必要な共同措置を執り、且つ安全保障条約第一条の目的を遂行するため、直ちに協議しなければならない。」と規定されていることに徴しても十分窺われるところである。

ところでこのような実質を有する合衆国軍隊がわが国内に駐留するのは、勿論アメリカ合衆国の一方的な意思決定に基くものではなく、前述のようにわが国政府の要請と、合衆国政府の承諾という意思の合致があつたからであつて、従つて合衆国軍隊の駐留は一面わが国政府の行為によるものということを妨げない。蓋し合衆国軍隊の駐留は、わが国の要請とそれに対する施設、区域の提供、費用の分担その他の協力があつて始めて可能となるものであるからである。かようなことを実質的に考察するとき、わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘らず、日本国憲法第九条第二項前段によつて禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ないのである。

もとより、安全保障条約及び行政協定の存続する限り、わが国が合衆国に対しその軍隊を駐留させ、これに必要なる基地を提供しまたその施設等の平穏を保護しなければならない国際法上の義務を負担することは当然であるとしても、前記のように合衆国軍隊の駐留が憲法第九条第二項前段に違反し許すべからざるものである以上、合衆国軍隊の施設又は区域内の平穏に関する法益が一般国民の同種法益と同様の刑事上、民事上の保護を受けることは格別、特に後者以上の厚い保護を受ける合理的な理由は何等存在しないところであるから、国民に対して軽犯罪法の規定よりも特に重い刑罰をもつて臨む刑事特別法第二条の規定は、前に指摘したように何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第三十一条に違反し無効なものといわなければならない。

よつて、被告人等に対する各公訴事実は起訴状に明示せられた訴因としては罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人等に対しいずれも無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊達秋雄 清水春三 松本一郎)

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