徴用工問題を考える

草野好文(完全護憲の会会員)

常軌を逸した日本政府の対応
元徴用工問題に対する韓国大法院(最高裁)の日本企業に対する「慰謝料」支払命令判決(2018年10月30日)以降、日本政府(安倍政権)の韓国文在寅政権に対する対応は常軌を逸しているとしか思えない。
居丈高に「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難を浴びせ、はなからけんか腰なのである。
何より問題なのは、大法院判決と韓国政府(文政権)を一体のものとして、司法府と行政府の区別もなしに批判し文政権を攻撃していることである。文大統領の「政府は司法府の判決を尊重しなければならない」との三権分立を踏まえたまともな発言にも耳を貸そうとしない。
安倍政権にしてみれば、日本では最高裁も内閣の意のままになるのだから、お前も何とかできるだろう、と言いたいのかも知れないが、もはや言いがかりとしか言いようがない。大法院判決に異議があるなら、文政権批判といっしょくたにして論じるべきではない。
日本のテレビを始めマスコミは、こうした安倍政権の理不尽な対応に対して無批判に同調し、韓国の「国際法違反」をオウム返しに唱え、「国と国との約束を守らない国」との韓国たたきを連日の如く垂れ流している。
こうした安倍政権と一体となったマスコミの扇動によって、国内世論は圧倒的に韓国悪者論に吸引され、冷静に真実を見極めようとする姿勢を見失っている。大変危険な状況に陥っていると言わなければならない。
安倍政権の韓国に対するこうした居丈高な対応は、一体どこから出てくるのであろうか。
徴用工問題は「慰安婦」問題と同様、過去に日本が韓国・朝鮮に対して行なった侵略と植民地支配の結果もたらされた問題である、という事実認識、そしてこうした事実への深い反省の意識が安倍政権に欠落しているからなのだと思う。
1993年8月に宮沢内閣の河野洋平官房長官が発表した「慰安婦」問題についての「河野談話」(慰安所の設置や管理、慰安婦の移送について旧日本軍が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」とし、元慰安婦に対して「心からお詫びと反省の気持ち」を表明)。
1995年8月15日に閣議決定した村山富市首相による「村山談話」(「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と公式に植民地支配を認め、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明)。
1998年10月8日、小渕恵三首相と金大中大統領による「日韓共同宣言」(21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ)(小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた)。
戦後50年近くたっての遅きに失したとは言え、こうした歴代政権による「謝罪と反省」を真に継承するならば、韓国政府や元徴用工に対する現在のような横柄で居丈高な態度などとれるはずがないのである。
口先では歴代日本政府の見解と立場を踏襲していると言いながら、内心は不満で折あらばこれを覆したいと思っていることの現れなのではないか。
安倍政権は明らかに韓国を見下している。継承しているのは旧宗主国としての気分なのかも知れない。
これを象徴するかのような信じられない一幕があった。先の外務大臣・河野太郎外相の韓国大使に対する「無礼」発言である。
「『極めて無礼』。河野太郎外相が19日、元徴用工問題を巡り、韓国の南官杓駐日大使を外務省に呼んだ際、韓国側の発言を遮って怒りをあらわにする一幕があった」(毎日新聞 2019年7月19日)という。
河野外相は同じ言葉をアメリカの駐日大使に対して言えるであろうか、絶対に言えるはずがないのである。
河野氏は安倍内閣に入閣する以前には、原発問題等で理性的な発言をする人であっただけに、政治家として取り返しのつかない汚点を残したと言えよう。願わくば、いずれかの時点での謝罪と反省の弁を聞きたいものである。

「国際法違反」とは何か
安倍政権が「国際法違反」と声高に居丈高に叫び、マスコミも同調して喧伝する韓国の「国際法違反」とは何なのか。
安倍首相は韓国大法院判決直後の国会答弁で「一九六五年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決しています。今般の判決は、国際法に照らせば、あり得ない判断であります」(2018年11月1日 第197回国会予算委員会)と述べている。ここから「国際法違反」との言葉が一人歩きを始める。一体、どんな国際法に違反するのかの説明はない。それに国際法という名の法律はない。
国際法と言った場合、一般には国家間または多国間で取り交わす条約と国際慣習法とを指すようであるが、前述の安倍首相の発言からすると、条約の一種である「日韓請求権協定」とは別の、条約に関する取り決めをまとめた「条約法に関するウィーン条約」(1969年国連条約法会議で採択、日本は1980年に署名・81年発効)に違反している、と言いたいようである。
確かにウィーン条約第26条(「合意は守られなければならない」)には「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」とある。誰もが認めうる当然の条規と言えよう。
要するに、「合意は守られなければならない」という「ウィーン条約」に違反しているということは、「日韓請求権協定」に違反している、ということなのである。ここから「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難も生じてくる。すべては「日韓請求権協定」の中身が問題となる。

「日韓請求権協定」のどこに違反しているのか
「日韓請求権協定」は1965年に締結された「日韓基本条約」に付随して結ばれた協定で、正式名称は「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(略称 韓国との請求権・経済協力協定)である。
同協定の焦点は以下の第一条と第二条である。
第一条
1 日本国は、大韓民国に対し、
(a)現在において千八十億円(一〇八、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される三億合衆国ドル(三〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたって無償で供給するものとする。(以下、略 下線引用者)
(b)現在において七百二十億円(七二、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇円)に換算される
二億合衆国ドル(二〇〇、〇〇〇、〇〇〇ドル)に等しい円の額に達するまでの長期低利の貸し付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極めに従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたって行なうものとする。(下線引用者)…(略)…
前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。(下線引用者)

第一条はよく言われているように、日本が韓国に対して無償で3億ドル、有償の貸し付けを2億ドル、計5億ドルを支出するとしていることであるが、注意を要するのがこれら5億ドルのすべてが現金ではなく、現物支給であったということである。また、第一条の末尾に「前記の供与及び貸し付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならい」との条件が付けられていたことである。(下線引用者)
問題は第二条である。安倍首相も含めて韓国非難の論者によってよく口にされる「完全かつ最終的に解決された」との文言がここに出てくる。
確かに第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が」とあり、これが「完全かつ最終的に解決された」となっている。字面を読んでいる限りは日本政府の言っていることが正しいと思えてくる。
だが、果たしてこの文章が、韓国大法院が判決で示した元徴用工らの「慰謝料」まで含んでいるかは定かではない。
大法院判決は「不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は「請求権協定の適用対象に含まれない」とし、請求権協定によって「個人請求権自体が放棄(消滅)されたとの主張」は「受け入れることができない」との立場である。
国家間の協定によって、個人の請求権を消滅させることはできないとするのは、多くの論者の指摘するところである。
韓国大法院の判決論理とこれを正しいとする説得力ある論はすでに多くの学者・弁護士らによってなされている。改めて私が検討を加える余地はないと思われるので目にすることができたいくつかの紹介にとどめる。(実は大法院判決の論理やこれを支持する論者の主張に若干の疑問点があるのではあるが、ここでは省略する)
一つは大法院判決直後の2018年11月5日に出された「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」
http://justice.skr.jp/statement.html
二つは「完全護憲の会」のニュース№64(2019/4/10)にも掲載された経済学者で一橋大学名誉教授の田中宏氏論考「元徴用工・韓国大法院判決確定についての覚書」
http://kanzengoken.com/
三つは元外務省職員・外交官で政治学者の浅井基文氏論考「日韓関係を破壊する安倍政権」
https://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2019/1155.html
以上、紹介した三つの文章は、それぞれ重要な視点と示唆を与えてくれるので、是非とも目を通してもらいたい内容である。

肝心の問題点は解明されたのか
前述の紹介した三つの文章は、いずれも基本的に韓国大法院判決や韓国政府の主張に理があり正しい、とするもので、日本政府の主張する「日韓請求権協定」違反、「国際法違反」はあたらない、とするものである。
とりわけ、国家間の協定で個人の請求権は消滅しないし消滅させることはできない、とするこの問題の核心点は十分に説得力のあるものだと思う。
しかし、私には前述のような正しい主張だけで問題が解決できたとは思えないのである。問題は残っていると思う。特に安倍政権やこれに同調したテレビを始めとするマスコミが「国際法違反」、「国と国との約束を守らない韓国・文政権」、との非難をまき散らした結果、国民の多くが韓国が悪くて日本政府の言っていることが正しい、と信じ込まされている状況を変えるための、もう一つの説得力ある説明が必要なのではないか、と思う。
残された問題点はやはり「国と国との約束」である条約・協定の問題である。
先に見たように、「日韓請求権協定」第二条には「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」となっている。たとえ韓国大法院判決が元徴用工の請求権について「日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権」は請求権協定の適用対象に含まれていないとし、この判決が確定したとしても、「国と国との約束」である「日韓請求権協定」を締結した国の責任が消えてなくなるわけではないからである。
そうであるなら、「日韓請求権協定」第二条にある「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」という文言は一体何を意味するのかが問われる。

日韓双方の思惑を込めた妥協の産物としての「日韓請求権協定」
「日韓請求権協定」第二条の「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決された」との文言だけでは、なぜ、何を根拠としてこのような文言が日韓双方で合意されたのかが不明である。
この意味を理解するためには、詳細な交渉記録と合意議事録が不可欠である。この点に関しては、実は韓国大法院判決がかなり詳細に記している。これに対して日本政府はきちんとした説明もせず「完全かつ最終的に解決された」との文言を繰り返し、「国際法違反」を言いつのるだけに終始してきたが、さすがにまずいと判断したのか、外務省は以下の内容の交渉記録を公表した。
「外務省は29日、韓国最高裁が日本企業に賠償を命じた元徴用工訴訟を巡り、1965年の日韓請求権協定に関する交渉記録を公表した。韓国人の請求権問題は協定により解決済みとする日本の主張を裏付ける証拠としている。元徴用工訴訟問題に関する記者団への説明会で配布した。記録は、61年5月10日に開催された協定交渉小委員会会合の一部。この会合で韓国側代表は『強制的に動員し、精神的、肉体的苦痛を与えたことに対し補償を要求する』と言及。これらの交渉を経て請求権協定では日韓間の請求権問題について『完全かつ最終的に解決された』と明記された」(日本経済新聞 2019/7/29)
この交渉記録公表について「菅義偉官房長官は30日の記者会見で、外務省が元徴用工訴訟を巡り、日韓請求権協定に関する交渉記録を公表したことについて『日本側の考えを対外的に説明し、正しい理解を求めていくことは当然の役割だ』と述べた。『韓国政府に国際法違反の状態の是正を含め、具体的な措置を早急に講じるように強く求める立場に変わりはない』と語った」(日本経済新聞 2019/7/30)という。
通常、交渉記録などは公表しないという不文律があるのかも知れないが、韓国大法院判決から9カ月もたってからの公表には不自然なものがある。日韓請求権交渉の不明朗な内幕を明かしたくない、という思いがあってのことであろう。この点は日本側だけでなく、当時の韓国側にも同じ思いがあったと推測できる。

「韓国の対日請求要綱」(対日請求8項目要綱)
外務省が7月29日に記者団に発表した交渉記録の一部というのは、韓国側が日本に対して請求した「韓国の対日請求要綱」いわゆる「対日請求8項目要綱」に関する交渉記録と思われるが、韓国側はこれを第一次日韓会談(1952年2月15日)の当時から「韓・日間財産及び請求権協定要綱8項目」(大法院判決文)として提示していたものである。
「8項目要綱」の内容は以下である(各項の内訳は省略)。
要綱1 朝鮮銀行を通じて搬出された地金と地銀の返還を請求する。
要綱2 1945年8月9日現在の日本政府の対朝鮮総督府債務の弁償を請求する。
要綱3 1945年8月9日以後韓国から振替又は送金された金員の返還を請求する。
要綱4 1945年8月9日現在韓国に本社、本店又は主たる事務所があつた法人の在日財産の返還を請求する。
要綱5 韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。
要綱6 韓国人(自然人及び法人)の日本政府又は日本人(自然人及び法人)に対する権利の行使に関する原則。
要綱7 前記諸財産又は請求権から生じた諸果実の返還を請求する。
要綱8 前記の返還及び決済は協定成立後即時開始し、遅くとも6ヵ月以内に終了すること。
上記「8項目」中、徴用工問題に関連するのが第5項で、「被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。」とある。(下線引用者)
この文章を見る限り、韓国側が明確に元徴用工に関して請求を行っていたことがわかる。これに関して、7月29日に外務省が公表した交渉記録の内容として産経新聞が以下のようなやりとりがあったことを報じている。
「要綱と併せて公表された交渉議事録によると、1961(昭和36)年5月の交渉で日本側代表が『個人に対して支払ってほしいということか』と尋ねると、韓国側は『国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる』と回答した」(THE SANKEI NEWS 2019.7.29)
一方、韓国側は第5次の日韓会談予備交渉(1961年5月10日)で、「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及し請求の根拠を示すとともに、第6次韓日会談予備交渉(1961年12月15日)において「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求し、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドルを基準とする)」(大法院判決文)し要求した。
これを見ると、最終決着が無償3億ドルであったから、韓国側は当初の請求に対して4分の1に値切られたことになるが、「日韓請求権協定」は13年7次に及ぶ交渉の結果妥結し、1965年6月22日、「日韓基本条約」とともに調印された。
「日韓請求権協定」において、前述の「8項目要綱」の扱いがどうなったかは、次の「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録」に示されている。
議事録は「2 協定第二条に関し」の「(g)同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる八項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがつて、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」(下線引用者)となっており、金額はともかく、8項目の請求がすべて含まれた、ということである。

以上見てきたことから明らかなように、徴用工の「補償」については韓国側が国として請求し、支払いは国内措置として行う、ということが明確に明文化されている。「国と国との約束」は確かに行われたのである。
しかしその実態は、「日韓請求権協定」締結交渉において、韓国側は請求の根拠を「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」(大法院判決文)として日本からの「補償」を含めた援助額をできるだけ多く引き出そうとしたのに対して、韓国大法院判決が「請求権協定の交渉過程で日本政府は植民支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を根本的に否認」し「請求権協定第1条の資金は基本的に経済協力の性格であるというものであった」と指摘するように、両者の主張は基本的に折り合えないまま、政治的妥協が図られたのである。
時の外相・椎名悦三郎が国会答弁で次のような答弁をし、これを裏付けている。
「請求権が経済協力という形に変わったというような考え方を持ち、したがって、 経済協力というのは純然たる経済協力でなくて、これは賠償の意味を持っておるものだというように解釈する人があるのでありますが、法律上は、何らこの間に関係はございません。あくまで有償・無償5億ドルのこの経済協力は、経済協力でありまして、韓国の経済が繁栄するように、そういう気持ちを持って、また、新しい国の出発を祝うという点において、 この経済協力を認めたのでございます」(第50回国会参議院本会議1965年11月19日)
なんという姑息かつ不誠実な態度であろう。日本国内に向けては「賠償」ではなく「経済協力」だと言う。これが「国と国の約束」だ、と安倍政権は胸を張って言えるのだろうか。

韓国政府の責任
締結された「日韓請求権協定」は、日本の韓国への植民地支配と徴用工らへの強制労働に対する不法・不当も認めない、謝罪の文言の一つもないものであった。それにもかかわらず、韓国側はこれを受け入れた。屈辱的と言っていい内容である。
当時の韓国政権は朴正煕(パク チョンヒ)軍事独裁政権であったから、国内世論を強引に抑え込むことができた、ということもあるが、何より日本の植民地支配下でアジア・太平洋戦争に巻き込まれ、日本の敗戦後は南北に分断されたうえ朝鮮戦争によってさらに国内は混乱し、韓国経済が疲弊の極にあったからだと言えよう。
だが、この無償・有償5億ドルの資金(現物支給)によって韓国経済が「漢江の奇跡」と呼ばれる復活を遂げることができたのは事実である。しかし日本がこれを恩着せがましく言えるものではない。韓国経済の復活によって、支給した資金以上の利益が日本に還流したとも言われている。
いずれにせよ、「日韓請求権協定」は「国と国の約束」ではあるが、建前と本音の入り混じった妥協の産物であり、それゆえ曖昧さのある後に紛糾の種になる内容であった。
韓国大法院判決はこうした曖昧さを切り捨てて、「日韓請求権協定」の文言そのものとその背景を緻密に検討して結論を下したものと言えよう。その結果が「国と国の約束」に反するかのような判決になったのだと思う。しかし、大法院判決は「日韓基本条約」も「日韓請求権協定」も否定しておらず、独自の論理でこの判決を導き出したのであるから、「国と国の約束」を破ったわけではない。いや、司法府は「国と国の約束」に反する判決を出すことがあったとしても問題はない。それが司法の役割であり司法の独立というものだ。
日本の最高裁のように、日米安保条約が憲法に違反するかどうか問われている時に、「統治行為」論なるものを持ち出して司法判断を回避し(違憲審査権の放棄!)、結果として行政府の判断と行為を追認することがあってはならないからである。
問題は先に見たような「日韓請求権協定」という「国と国の約束」を結びこれを継承してきた韓国歴代政権にその責任があるということ、したがって現政権の文在寅政権にもその責任がある、ということである。
不思議でならないのは、文在寅政権が日本の安倍政権から「国際法違反」とののしられ、輸出制限やホワイト国から外されたりしながら、何ゆえきちんとした声明を出さないのか、ということである。聞こえてくるのは日本政府の攻撃に対する断片的な反論や対抗処置のみである。これは推測でしかないが、文政権は国内世論への配慮が先行して、きちんとした対応がとれないでいるのではないかと思う。
大法院判決を尊重して受け入れるのであれば、「国と国の約束」が守れなくなる部分があるのは確かなのだから、少なくともこの部分については日本政府に対して遺憾の意を表明し対応策を提案すべきではないかと思う。その上での事態の打開策の提案でなければ、相手側への説得力があるまい。

問題は元徴用工らの人権問題、日韓両政府は打開策を
元徴用工と言われる人々は韓国政府が認定しただけでも22万6千人(死亡者含む)、とも言われる。訴訟に訴えているのはそのごく一部に過ぎない。自由を奪われ過酷な労働を強いられたこれらの人々はすでに高齢である。人権侵害されたこれらの人々の救済が何よりも優先されなければならない。
韓国政府はこれまでこれらの人々への救済・補償をまったくしてこなかったわけではない。大法院判決が認定しているように、歴代韓国政府は1971年に「対日民間請求権申告に関する法律」(「請求権申告法」)、1974年「対日民間請求権補償に関する法律」(「請求権補償法」)、2007年「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」(「2007年犠牲者支援法」)、2010年「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援に関する特別法」(「2010年犠牲者支援法」)などを制定し、一定の救済・補償を行ってきた。
韓国は「日韓請求権協定」に基づく約束を履行してきたと言える。しかし、補償の金額が低かったり、支給対象者範囲が狭かったりして、十分な補償ができなかったことから、韓国政府に対して千数百人規模の訴訟が起こされている現実がある。
しかしながら、韓国政府が行なってきたこれらの措置は、当然のことながら謝罪や賠償ではなく、人道上の見地からの救済措置でしかない。肝心の加害企業や日本政府は「日韓請求権協定」によって解決済みとの対応を取ってきたのである。
文在寅政権が今年の6月19日、韓国外交部を通じて明らかにした打開策は、「訴訟当事者である日本企業を含んだ韓日両国企業が自発的拠出金で財源を作って確定判決被害者に慰謝料該当額を支給することによって、当事者間の和解が成り立つ」ようにしようとの提案だった。
これに対する日本政府の対応は、前河野外相の「無礼」発言に見るように、「日韓請求権協定」によって徴用工らへの支払いは済んでおり、「完全かつ最終的に解決した」問題としてにべもなく拒否、日本製鉄(新日鉄住金)や三菱重工などの当該企業にも同調するよう働きかけている結果、当該企業も同様の対応を取っている。
文在寅政権の提案は当面の対策として妥当と思えるものであるが(請求権協定の交渉過程やその結論から言えば、民間任せではなく韓国政府の関与が求められると思うが)、いかんせん、先にも触れたように、「国と国との約束」が守れなくなったことへの遺憾の意の表明もなしのものであり、外交上の礼を失したものと言え、安倍政権の対応だけを非難して済むものではない。
文在寅政権にはあらためて問題を整理し、韓国政府としての見解をきちんと述べた上で、打開策を提案して欲しいと思う。
日本側、特に加害者としての当該企業は、元徴用工らにきちんと向き合い謝罪するとともに、主体性を持って事態の解決に臨むべきである。
日本政府は何としても現在の韓国に対する対応を改めなければならない。安倍政権は、徴用工問題に対して、従来日本の歴代政権がとってきた見解とは明らかに異なる見解と行動をとっている。国家間の取り決めで個人の請求権が消滅しないということは、歴代政権が踏襲してきたことだし、最高裁の判断も同様である。それにもかかわらず、「日韓請求権協定」に「完全かつ最終的に解決された」という文言があることをもって現在のような対応を取っているのは、別の意図があるのではないかとさえ思えてくる。安倍政権の無知が原因とも思えないのである。
もしかすると、そんなことがあっては欲しくないし、あってはならないことだが、戦勝国のアメリカが日本の政権がアメリカからの自立を強めようとすると、国内の親米利権勢力を使ってその政権をつぶしてきたように、旧宗主国気分の安倍政権は文在寅政権を日米利権勢力から自立を図ろうとする危険な存在と見て、これを潰そうとしているかのようである。
2016年10月から2017年3月にかけて100万、200万規模の市民がソウルを埋め尽くし、腐敗した朴槿恵(パク クネ)政権を退陣に追い込んだ「ローソク革命」によって生み出されたのが文在寅政権である。
韓国民主化運動の前進を妨害し敵対するような行為に、われわれ日本国民が加担するようなことがあってはならないし、これを許してはならないと思う。

終わりに蛇足だが、今回、徴用工問題について自分なりの考えをまとめようと思い立ち、簡単にまとめられるだろうと思って取りかかってみたら、とても難しかった。調べても調べてもきりがなく、調べれば調べるほど自分が知らなかった新たな問題が浮上してきた。それら調べて学んだ多くの事柄の大半を、この文章に反映させることができなかった。
考えて見れば当然のことなのだが、戦前戦後を含む日韓(日朝)関係史やアジア・太平洋戦争敗戦後の日本の歩んだ道にも関係する広範で根の深いテーマだったのである。あらためて我が身の勉強不足も思い知った。
それ故、今回の徴用工問題で、簡単に韓国が悪いと思い込んでいる人には、改めて考え直して欲しいと思う。また、侵略と植民地支配の贖罪もあってか、はたまた安倍政権の問題性の大きさ故にか、一方的に韓国が正しい、という見方も正しくないと思う。自分の頭で考え、学び、行動したいと思う。人生の残り時間がわずかとなっての、いまさらながらの感想である。

韓国の文喜相・国会議長の天皇発言に接し、思い起こすこと

2019、2、19、   田中 宏

 第一報を聞いた時、「やはりね…」というのが私の感想だった。その感想には、それなりの経緯があるので、ここに書き留めておきたい。

 1960年の「安保闘争」の直後、私は、一橋大の指導教授から、北京大学での留学を終え、帰国途中で日本に寄るインド人青年の世話を仰せつかった。中国語を話すインド青年とひと夏を過ごすことになる。岡山の郷里に一緒に帰った時、村の公民館でのインド青年を囲んでの懇談の席での会話を思い出す。村人が「日本にきて一番驚いたことは何ですか」と問うと、インド青年は「天皇が健在で、東京のど真ん中に大きな居を構えていたことです。すでに退位して、どこか遠くに隠居していると思っていました」。村人:声なし。彼はつづけて「あの大戦では、おびただしい人が犠牲になり、皆さんにも大きな苦難をもたらしたのではないですか」。再び、村人:声なし。要するに、話はかみ合わなかった。通訳をした、私も大きな衝撃を受けたことは言うまでもない。

 戦時中、サハリンに送られた韓国人について、戦後、日本政府が、すでに「外国人」であることを口実に、日本人の引揚げから除外し、サハリンに置き去りにした問題は、朝鮮植民地統治が残した問題の一つだった。かつて 「テレビ朝日」の深夜番組≪トゥナイト、司会:利根川裕》が、この問題を取り上げた時のことは忘れられない。ブラウン管に登場した年配の女性の発言は、鮮明に覚えている。「日本政府が何もしないのなら、天皇さまにお願いしたいです、私たちを助けてください」と。利根川氏の番組は1980~94年までであるが、残念ながら、いつの放送かは確認できない。

 1977年9月の日本赤軍によるダッカ事件に関して、アジア人留学生からの意外なコメントを思い出す。パリ発東京行きの日航機が、インド上空で日本赤軍にハイジャックされ、バングラデシュのダッカ空港に強行着陸(乗員14名、乗客142人=5人の犯人クループ含む)。日本赤軍は、「身代金600万ドル=当時約16億円、日本で服役・拘留中の9人の釈放と日本赤軍への参加」を要求。拒否された場合は人質を順次殺害するという。
日本政府は、時の福田赳夫首相が、「一人の生命は地球より重い」として、身代金の支払いと「超法規的措置」により収監メンバーの引き渡しを決定。赤軍参加を拒否した3人を除く6人が釈放され、運輸政務次官を長とする派遣団が、日航特別機で身代金ともどもダッカに向かい、人質は全員救助された。
 この時、東南アジア出身の華人系留学生が、次のようにコメントしたのが忘れられない。「日本赤軍は、自分たちの仲間を得るために、日本政府に「超法規的措置」を取らせることに成功したが、『天皇に戦争責任を取って退位させる』ことを条件としたら、どうなっただろう、その方が『東アジア反日武装戦線』の名にふさわしいように思うのだが…」。日本人とアジアの人びととの間に、「天皇」についての見方に大きな開きがあることは間違いなさそうだ。

 戦後に放置された問題の一つに、台湾人元日本兵の補償問題があった。インドネシアのモロタイ島で「中村輝夫」名を持つ台湾人元日本兵が「発見」されたのは、1974年12月のこと。その少し前に「発見」された横井庄一さんと小野田寛郎さんには、恩給法などにより応分の戦後補償がなされたが、「中村さん」には何もなされなかった。日本の恩給法をはじめとする戦争犠牲者援護法令にはいずれも「国籍条項」が設けられ、旧植民地出身者を悉く除外していたのである。そんなことから、1977年8月、台湾在住の13人の元日本兵又は遺族が、日本政府を相手に国家賠償請求訴訟を東京地裁に起こした。台湾人元日本兵の問題を、TBSの「報道特集」が取り上げ、台湾現地を取材して当事者の肉声などを紹介してくれた。その時、一人の傷痍軍属が発した言葉も、やはり私の脳裏に焼き付いている。「私たちは、天皇の赤子として、お国のために尽くしたわけでしょう。日本政府は放置しても、『一視同仁』を説かれた天皇が、そんなことを許すはずがないでしょう」と。

 いずれにしても、日本では、凡そ登場しない「天皇」が、アジアの人々が「日本の過去」に言及するとき、こうした形で登場することに、私は遭遇してきた。今回の文議長の天皇発言もその一つではないだろうかと、私は思った。
 2016年5月、伊勢志摩サミットの後、オバマ米大統領が広島を訪問し、生存被爆者のお二人に言葉をかけるシーンは印象的だった。原爆投下は、戦争の早期終結のための正しい選択だったとする戦勝国アメリカの大統領が、その被害者と直接対面したのである。その脇に立つ日本の安倍晋三首相は、「米大統領がそこまでされるのなら、自分は韓国のナヌムの家に元慰安婦のハルモニを訪ねよう」と思わないのだろうか。テレビを見ながら、私は、そう感じた。なぜなら、安倍首相は、前年の戦後70年「安倍談話」で、「私たちは、…戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、わが国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい」と述べたのである。
 このように見てくると、文喜相議長の今回の天皇発言に、私はさほど違和感を感じなかったのである。

2019年2月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 管理人

「権力分立」の生理──日本では見られない韓米の現実

(弁護士 後藤富士子)

1 「徴用工」裁判は私人間の民事訴訟
 「徴用工」裁判について、専ら1965年に締結された日韓請求権協定の問題として論じられている。しかし、私は、まず「時効」の問題が頭に浮かんだ。原告は第二次大戦中に強制労働をさせられた韓国人、被告は新日鉄住金、三菱重工など日本の私企業であり、第二次大戦中の不法行為責任を問う民事訴訟である。仮に日本の裁判所であれば、「時効」「除斥期間」の問題で、原告の請求を棄却するのではなかろうか。この点は、韓国の本件準拠法がどうなっているのか。この種の被害者の名誉と尊厳の回復のために、請求権の「消滅時効」について特別の立法措置がとられているのかもしれない。
 私人間の問題ではないが、国に対する関係では、盧武鉉政権下の2005年に「過去事整理基本法」が国会を通過し、「真実・和解のための過去事整理委員会」が設立され、足掛け5年の間に8000件に及ぶ事件の真相が明らかにされた。国による恣意的な人権蹂躙、暴力・虐殺などの事案を究明し、国がその過ちを認めて被害者たちの名誉を回復し、金銭賠償をするだけでなく、和解のために、「心からの謝罪」と「過去の事実を整理して被害者の名誉を回復すること」を目指した。「過去事整理基本法」は時限立法で申請期間が定められていたが、「過去の疑問死真相糾明法」や「光州補償法」など類似の法律では、法改正によって申告期間を延長している。
 ちなみに、「過去事整理委員会」の真相究明決定によって、多くの事件で再審が開始され、誤った過去の裁判が正されている。盧武鉉大統領が直接乗り出して取り組んだ「済州島4・3事件」(1948年4月3日、南北に分断された朝鮮半島の南部だけで総選挙を実施するという国連案に、分断が固定化するとして反対する南朝鮮労働党の済州島組織が武装蜂起したことがきっかけとなり、多くの住民が無差別に殺害され、軍事裁判により内乱罪などで関係者が有罪判決を受けた)の元受刑者18人が求めていた再審で、今年1月17日、済州地裁は、事実上の無罪となる公訴棄却の判決をしている。
 なお、2014年に起きたセウオル号事件でも、遺族が長期のハンガーストで求めたのは、「真相究明のための法」であった。日本では、「真相究明のための法」という発想すらなさそうである。真相究明は訴訟でなければできないと考えられがちであるが、私人間の民事裁判で真相が明らかになるとは期待できない。現在問題になっている「強制不妊手術」の被害救済に関する国会論議をみると、国民全体が加害者として謝罪し、僅かな見舞金を定める法律で対応しようとしている。これでは、真相究明も和解もできないが、かといって司法に救済を求めても、期待する結果が得られる保証はない。

2 大法院前院長の逮捕
 今年1月24日、ソウル中央地検は、元徴用工らの訴訟を遅らせた職権濫用などの疑いで大法院前院長・梁承泰を逮捕した。元徴用工が日本企業を相手取った賠償請求訴訟をめぐり、大法院が当時の朴槿恵政権の意向をくみ判決を先送りしたとされる裁判への介入や、憲法裁判所の内部情報不法収集など40あまりの嫌疑がもたれている。余談だが、「職権乱用罪」といえば、共産党の緒方副委員長宅電話盗聴事件で「密かに行えば職権乱用罪に該当しない」という通説・判例に驚愕したけれど、韓国ではどうなっているのであろうか。
 検察は、大統領府による司法への介入は、「憲法秩序を脅かす重大な犯罪」と指摘し、メディアも「大統領府との『裁判取引』は、三権分立と司法権の独立という国家の基本的な枠組みと憲法秩序まで危険にさらす」とし、逮捕について世論の多数も支持している(1月25日赤旗)。安倍首相は、文大統領に対して、大法院判決を無効化するように迫っているが、「陳腐」というほかない。それは、ハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』で指摘したように、「悪の凡庸」を思わせる。
 翻って、韓国でこういう議論が国民多数の常識となっているのは、主権者である国民が「民主憲法争取」の経験をもち、また、弁護士として「民主憲法争取」を国民と共に闘った盧武鉉や文在寅が大統領になっているからではないか。ちなみに、韓国の最低賃金引き上げや労働時間の上限の大幅な引き下げ(「夕方のある暮らし」)など「働き方改革」では、「実現不可能」に見える政策でも、とにかく実行して、それで矛盾が出てきたら、それを解決していく、というやり方をしている(1月28日朝日新聞「課題露呈 国・企業の対策始動」)。

3 トランプ大統領の「政府封鎖」
 メキシコ国境の壁の建設は、トランプ大統領の目玉公約であった。しかし、昨年11月の中間選挙では下院で野党民主党に大敗し、「ねじれ議会」になった。大統領は、壁の建設費を政府機関の閉鎖と絡め、閉鎖を「人質」に民主党に妥協を迫る戦略を取った。
 一方、民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、一般教書演説を「人質」に政府再開を迫った。一般教書演説は下院本会議場で開く上下両院合同本会議で行われるが、下院議長が大統領に招待状を送り、同演説のため大統領を招くことを承認する決議案を両院が通して実現する。決議案採決は形式的で、通常は両院とも発声投票で可決される。ペロシ下院議長は、自らの権限である「招待」の時期を遅らせることで対抗したのである。
 世論の多数は政府閉鎖は大統領に責任があるとし、トランプ支持率も40%を切る過去最低レベルとなった。さらに、閉鎖の影響で航空管制職員らが欠勤したため到着便の受け入れを一時停止する空港がでるなど混乱が追い打ちをかけた。そこで、1月25日、大統領は、35日間続いた政府閉鎖を一時解除する決断をした。
 争点は、メキシコ国境の壁の建設予算であり、大統領の前に下院の「壁」が立ちはだかっている。一方、大統領が国家非常事態宣言を利用すれば、自ら歳出法案の成立を認めて政府を再開し、議会の決議がなくても壁建設を独自に進めることができる。しかし、大統領の国家非常事態宣言の権限は憲法で定められたものではなく、その権限濫用を防止するため議会は1976年国家緊急事態法を制定し、宣言時には大統領に何が「非常事態」かを明示するよう求めている。壁の建設で非常事態を証明できるか疑問視され、民主党は大統領を裁判に訴える構えでいる。
 この応酬をみると、「権力分立」の、なんとダイナミックなことか! その基盤にあるのは、政治を法律に変換する能力を有する膨大な法律家の存在であろう。

4 のさばる「行政」、かすむ「立法」「司法」
 韓国でも米国でも、政治が法律に変換されていく。それを日本に当てはめれば、まず、国権の最高機関であり唯一の立法機関である国会でその変換作業が行われ、行政が法律の執行という権限を逸脱すれば、司法の場で法律の適用によってチェックされる。すなわち、法律家は、「司法界の住人」という以上に、立法によって「政治を法律に変換する人」でなければならないのである。
 そうすると、最高裁の統制する「司法修習」によって、法律家(lawyer=弁護士)ならぬ「法曹三者」が養成される現行制度を抜本的に改めることから始めるべきではないか。ちなみに、平成天皇の国会開会最後の「お言葉」で、「国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」と述べられている(1月29日各紙報道)。

〔2019・1・31〕

2019年1月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 後藤富士子

憲法9条の論理と倫理――法規範としての「絶対的平和主義」

                            (弁護士 後藤富士子)
1 「いずも」型護衛艦の「空母化」
 政府は12月11日、与党のワーキングチームに19~23年度の「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」の骨子案を示し、了承された。防衛大綱の骨子案では「現有の艦艇からの(短距離離陸と垂直着陸ができる)STOVL機の運用を可能とするよう、必要な措置」を講じることを盛り込み、中期防にはその一環として、「いずも」型護衛艦の改修を明記した。「いずも」型護衛艦は甲板などを改修し、STOVL機である米国製のF35Bステルス戦闘機の運用を想定している。
 ここでは、憲法9条が「専守防衛」という法規範であることを前提とし、それに照らせば「攻撃型空母」の保有は認められないとの論理は維持する。一方、「攻撃型空母」の定義の一つが「対地攻撃機の搭載」であり、F35Bステルス戦闘機は対地攻撃を主任務にしている。それでも違憲ではないという論理は、同戦闘機を常時艦載しないことで、「攻撃型空母」に当たらない、というのである。
 ちなみに、公明党は、3回にわたり了承を見送ったものの、「攻撃型空母」との指摘をかわすため、「多用途運用護衛艦」とする主張を自民党に受け入れさせたほか、戦闘機の運用についても常時艦載するのではなく、「必要なときに運用する方向性が明確に示された」として了承したのである。ところが、確認書では、呼称は今と同じ「ヘリコプター搭載護衛艦」となった。
 しかし、イラクやアフガニスタンなどで先制攻撃を繰り返してきた米空母艦載機も、年2回の定期航海以外は「母基地」を拠点に運用されており、「常時継続的」な運用などあり得ないという。
 そうすると、憲法9条に反しないとする政府の論理は、第1に「専守防衛」という法規範の読み替えの問題であり、第2に文言のメルトダウンの問題である。この第2の問題については、メキシコの外交官で詩人でもあったオクタビオ・パスの箴言で十分と思われる。曰く「一つの社会が堕落するとき、最初に腐敗するのが言語である。それゆえ、社会の批判は文法と意味の回復とではじまる。」(杉原泰雄『憲法の「現在」』288頁2003年発行)。第1の問題については、9条2項「戦力」概念の変遷が重要であるが、本論では2015年の安保法制をめぐる論点であった「個別的自衛権」のみを加える。

2 「絶対的平和主義」の条文化
 憲法9条1項の戦争等の永久放棄について、「国際紛争を解決する手段としては」と書かれていることで、形式論理的には「国際紛争を解決する手段」でなければ戦争できると解釈する余地はある。また、第2項は、冒頭で「前項の目的を達するため」との文言を置いているので、同様に、戦力不保持も「国際紛争を解決する手段として」に限定されると解釈する余地はある。そして、現実に導かれるのは、「自衛のため」の戦争や戦力保持は憲法9条で禁止されていない、とする解釈論である。ここから更に「言い替え」がされて、「専守防衛」とか「個別的自衛権」とかが、合憲違憲の指標とされるに至っている。
 しかしながら、自衛権を行使しなければならない事態は、まさに「国際紛争」状態であり、その解決手段として「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めたのが9条にほかならない。すなわち、9条は「絶対的平和主義」を定めた条文である。したがって、立法政策としてならともかく、9条の解釈として「専守防衛」とか「個別的自衛権」とかいうのは、「書かれた法文」とは全く別物と言わざるを得ない。
 仮に「9条」に人格があると想定すると、「9条」は、「専守防衛」「個別的自衛権」なんて、「私のことではありません」と言うに違いない。そして、「絶対的平和主義」を定めたものと理解されないのであれば、「私の居場所はありません。天より遣わされたのですから、天に還ります」と言うのではなかろうか? かように、9条の解釈は、解釈する者の倫理が問われているのである。
 ところで、前記した「いずも」型護衛艦の空母化の話に戻ると、希望の党・松沢成文代表は、「防衛のための空母と言えばいい」と述べている。「空母なんですよ、あれは。『攻撃型空母』ではないというのが政府の説明ですよね。特に離島の方は滑走路がないから、緊急事態が起きた時にきちんと防空態勢を図るというのは、日本のしっかりとした抑止力につながる。日本は領海が広いですからね。(政府は)必要だという認識だと思いますし、私たちはそれに賛同します。(空母という名称を使わない政府は)そんなに逃げることはないですよね。空母は空母だから。あくまでも自国防衛のための空母なんだと言えばいいんだと思いますけれどね。」と述べている(朝日新聞12月14日日刊)。
 このような意見は、憲法9条を無視した自己の政策論にすぎず、国会議員が負っている憲法尊重擁護義務に違反している(99条)。そして、深刻なのは、松沢議員に、その自覚がないことである。また、このような見解が、国会において国民代表として表明されないために、有権者が選挙権の行使を誤ることにつながり、議会制民主主義の健全な運用を妨げていると思われる。

3 「行政国家」現象による権力分立の変容
 安倍首相は、議会で自らを「立法府の長」と1度ならず口にしている。「存在は意識を決定する」との法則に従えば、安倍首相は、権力分立を否定し、自ら「独裁者」であると言い放っているのである。
 しかし、なぜ、そうなるのか?を考えると、たとえば「防衛計画の大綱」や「中期防衛力整備計画」の法形式が、国会の議決を要さない、閣議決定で足りるとされていることに顕れているように、国権の最高機関であり唯一の立法機関と定められている国会が空洞化、形骸化していることに思い至る。「防衛計画の大綱」や「中期防衛力整備計画」が、国会の議決を要さないほど軽い問題とは思えない。「戦力」に関する問題なのだから、憲法9条に直接かかわることを考えると尚更である。また、財政の見地からしても、国会の議決が不要とは思えない。憲法は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」(83条)、「国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。」(85条)と定めている。それにもかかわらず、安倍首相は、日本の安全保障のために必要のない高価な米国製F35Bステルス戦闘機などを勝手に購入している。
 このような現実は、「行政国家」というべき現象であり、それが権力分立制を変容させていることがみてとれる。「行政国家」とは、本来決定された一般的抽象的法規範の執行の部分的担当者にすぎない行政府が、法規範の決定においても中心的かつ決定的な役割を営む国家を意味するといわれる。その特徴として、①法律の発案・審議において行政府が中心になっている、②委任立法(法律事項について立法の権限を行政府に委任して立法を行なわせたり、委任に基づいて行政府が制定した法規範)がエスカレートして立法権の放棄に等しいような立法権の全面的・包括的・白紙委任的な委任、③多数与党であることから、議会は事実上内閣の政治責任を追及できない、④立法府は、事実上、行政府提出の法律案・予算案に機械的な承認を与える「登録院」と化し、行政府が行政権と立法権を併呑し、国政の中枢となる、などがあげられる(杉原泰雄『立憲主義の創造のために/憲法』111頁、岩波書店1991年第3刷)。
 こうしてみると、単に強行採決という運用の問題よりも深刻な事態といえよう。安保法制も多数の法案が一括審議・採決されており、国民にはどんな法律が制定されたのか皆目わからない。入管法改正法案の強行採決も、典型的な白紙委任である。ここまで「行政国家」現象が進行してしまったら、国会を「国権の最高機関であり唯一の立法機関」として再生する改革にも取り組まなければならないのではなかろうか。
                           (2018.12.15) 

「民主化」と「護憲」── 韓国にみる「国民主権」

                          (弁護士 後藤富士子)

1 朴正煕大統領の長期独裁体制 ――「維新憲法」
 1969年、朴正煕大統領は、三選改憲で政権を長期化したが、さらに永久政権を企て、72年10月17日、既存のすべての民主主義制度を停止して超法規的非常措置「維新」を宣布した。各大学の構内に戦車が進駐し、維新の宣布と同時に無期限休校命令が出された。そして、同年12月、憲法上の国民の自由と権利を暫定的に停止させることができる大統領の「緊急措置」を定めた維新憲法が公布された。
 文在寅は、大学法学部1年生であった。既存の法典や法学書はゴミ同然になってしまったのだから、「これでも法学が学問だと言えるのか」「そもそも法学に学ぶ価値があったのだろうか」という疑問が法学部生たちを押し潰した。翌年春に授業が再開されたが、憲法の教授は、休校中に新たに維新憲法の本を書いて講義に使った。
 73年後半から、全国で維新反対闘争が起きた。改憲請願100万人署名、緊急措置1号、4号の発令、74年の全国民主青年学生総連盟事件(政府転覆を企てたとしてメンバー等180人がKCIAに逮捕され非常軍法会議にかけられた)、75年の人民革命党再建委員会事件(党を再建し、民青学連の国家転覆活動を指揮したとして23人が国家保安法違反で逮捕され、8人が死刑となった)などが立て続けに起こった。文が大学で維新反対デモの首謀者の1人として逮捕され、大学を除籍されたのも75年4月のことである。
 79年10月26日、朴正煕大統領が暗殺された。全斗煥や盧泰愚などが中心になって軍事クーデターを起こし、崔圭夏大統領を引きずりおろして間接選挙で全斗煥を大統領とする「第五共和国」政権を樹立した。80年になると、大学を拠点にして全国的に反独裁・民主化闘争が澎湃として巻き起こり、復学した文も熱心に活動した。5月17日に除外されていた済州道にまで非常戒厳令が拡大されると、文は、戒厳布告令違反で再び拘束された。留置所で司法試験合格を知らされ、同年8月に大学を卒業し、司法研修院を経て、82年8月、盧武鉉と合同法律事務所を構えた。

2 全斗煥大統領の「護憲措置」
 87年1月、釜山出身のソウル大学生朴鐘哲が取調中の拷問で死亡した事件が発生し、2月7日、全国各地で一斉に国民追悼集会が開催された。釜山の怒りは沸騰し、警察が会場を完全封鎖する中、急遽、別の場所(路上)で追悼集会を行ったが、警察が白骨団(私服警察官で構成された鎮圧部隊のあだ名。一般警官と区別するために白ヘルメットを着用)とともに押し寄せてきた。恐れ動揺する市民や学生を守るために、釜山民主市民協議会の役員らは市民・学生と警察の間に割って入り、道路に腰を落として座り込みを始めた。盧武鉉と文在寅も座り込み、警察の催涙弾を浴びながら、ごぼう抜きにされて鶏舎車(護送車)に放り込まれ、釜山市警の対共分室(スパイ事件の捜査を担当する部署がある別棟)へ連行された。盧武鉉に逮捕状が請求されたが却下されると、検察は何度も非公式に令状請求するなど、韓国の法治主義の現在地を露呈した。
 4月13日、全斗煥大統領は、国民の民主化要求を拒否して一切の改憲論議を停止させる「護憲措置」を発令したが、国民の民主化の熱気に油を注ぐ結果になった。民主化を求める時局宣言(政府が民意に背を向けたり、社会的混乱が起きたときなどに、知識人など社会的影響力のある人々が憂慮を伝えて解決を促すために発表する宣言文)が洪水のように発表された。5月には、全国のすべての民主化運動団体に野党が加わって「民主憲法争取国民運動本部」(略称「国本」)が結成され、盧武鉉弁護士は「釜山国本」の常任執行委員長になった。6月、全国で連日デモが展開され、ついに同月29日、全斗煥政権は、①大統領の直接選挙への改憲、②軍事独裁の平和的政権移譲、③金大中赦免復権と時局事犯の釈放などを骨子とする特別宣言を与党盧泰愚代表に発表させた。
 こうして韓国の市民社会は、「6月抗争」により軍事独裁政権を倒したのである。

3 盧武鉉大統領を弾劾から救った「民意」
 2002年、盧武鉉は大統領選を制し、翌年1月、文在寅は、「権威主義の打破」を掲げる参与政府(盧武鉉政権)の民情首席秘書官就任に応じた。権威主義の体制が打破されて政治的・市民的民主主義が完成するには、大統領が「憲法や法律にない、超越した権力」を放棄することだと意識された。具体的には、政権の目的のために権力機関を利用しないところから始めなければならなかった。この盧武鉉政権が目指したものこそ、権力分立を中核とする立憲主義であろう。
 ちなみに、今年10月から徴用工をめぐる韓国大法院判決が相次いだが、むしろ、朴槿恵前政権の意向をくんで判決を遅らせたとして、職権乱用などの容疑で前大法院判事2名について、逮捕状が請求されたと報じられている。2017年の「就任の辞」で「国を国らしくつくる大統領になる」と約束した文在寅大統領が、盧武鉉政権のやり残した宿題に取り組んだ成果が表れているように思われる。
 ところで、2004年3月、盧大統領の弾劾訴追案が国会で可決された。弾劾は、大統領、国務総理、法官(裁判官)など身分保障を受けている公務員の非行について、国会在職議員の過半数の発議で訴追され、3分の2以上の賛成で可決されると、憲法裁判所で審理され、裁判官9名のうち6名以上の賛成によって弾劾が決定される。
 大統領の委任を受け、文は、代理人団を立ち上げ、本格的な活動が始まった。法律的に緻密な弁論をすれば絶対に勝てると確信した。弾劾は多数党の数による横暴というほかなく、法的根拠がないことは明らかで、民意に逆らった多数党のクーデターとして、民主憲政の危機が認識された。法廷の弁護活動だけでなく、憲法学者をはじめとする法律の専門家に働きかけて弾劾反対意見を表明してもらうことができた。
 弾劾に反対する市民たちのろうそく集会も開かれた。弾劾裁判の政治的性格や憲法裁判所裁判官たちの保守的な傾向を考えると、世論で圧倒する必要があった。文は、インタビューに応えて、「憲法とは何なのか。はるか遠くの高みにあるものではないはずだ。国民がもつ、民主主義に対する最も普遍的で素朴な思い、それを象徴的に表したものが憲法だ。つまり憲法の解釈も、一般国民の民主主義や法に対する意識から出発しなければならない。それが憲法に反映されなければならない。そうであるなら、街頭に出たこの大勢の市民たちによる弾劾反対のろうそく集会が、すでに弾劾裁判の進むべき方向を示しているのではないだろうか」と述べている。
 弾劾裁判の途中の4月15日、第17代総選挙があり、政権与党「開かれたウリ党」が単独過半数(299議席中152議席)を得て第一党となった。これは、弾劾に対する、恐ろしいほどの民意の審判であり、弾劾裁判の判決への決定打と思われた。そして、5月14日、憲法裁判所は、弾劾棄却の判決を言い渡した。

4 与えられた日本国憲法
 戦前の日本において治安維持法が弾圧したものは、「反戦」と「主権在民」である。共産党は「戦争反対」と「主権在民」を主張して、絶対的天皇制権力により殺人的・壊滅的な弾圧をうけた。だが、これらの暴虐の根拠は、日本国憲法で除去された。すなわち、日本国憲法により「国民主権」と「絶対的平和主義」が実現したのである。
 しかし、問題は、韓国に比べればわかるように、国民が民意により勝ち取ったものではないことにある。共産党の野坂参三がGHQを「解放軍」と規定したというのも興味深い。また、9条については、GHQによる「刀狩り」にすぎず、それゆえにアメリカの安保政策に組み込まれて換骨奪胎の体を露呈している。さらに、4月28日は、本土では「主権回復の日」とされる一方、沖縄では「屈辱の日」とされ、日本国憲法は適用されなかったのである。
 ところで、今日「慰安婦」「徴用工」などの歴史問題が噴出している。それは、日本が過去の歴史問題と真摯に向き合ってこなかったことのツケであり、その問題の現れ方も、解決方策についても、韓国と日本の差は大きい。ちなみに、文大統領は「韓日関係には過去の歴史問題がある。いつでも火がつくし、完全に解決したとみることはできない。歴史問題のために、韓日を未来志向的に発展させる様々な協力関係に問題が起きてはいけない」と述べている。この現実政治の落差は、憲法を自ら闘い取った国民と、与えられた憲法に寄りかかって安穏と過ごしてきた国民の差ではないかと思われる。

 ※本文で韓国に関する記述は『運命 文在寅自伝』によっており、誤解があるかもしれません。
 
                      〔2018・12・5〕 

「愛国」か、それとも「売国」か? ── 国とは国民だ!

                          (弁護士 後藤富士子)
1 「愛国心」をめぐる奇妙な攻防
 教育現場で起きている「日の丸」「君が代」をめぐる紛争は、日本会議と一体化した政権側が推進している「愛国教育」との軋轢である。ちなみに、自民党の改憲草案3条1項は「国旗は日章旗、国歌は君が代」と定め、第2項で「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」と義務付ける。一方、個人の側とすれば、かつて日本軍国主義の象徴とされた「日の丸」「君が代」を敬う気持ちになれないという理由で、起立や斉唱という「尊重」行為をとれない人もいる。その人たちは、憲法19条の「思想信条の自由」を援用して強制に抵抗する。
 この構図の中で、政権側は、「日の丸」「君が代」を尊重しない個人を「愛国心がない」と指弾し、これに抵抗する側は「愛国心の強制反対」を叫ぶことになる。こうなると、「愛国心」は、あたかも政権側の美徳となり、反対する者は「愛国心なんていらない」と主張しているように見えることになる。すなわち、単に「日の丸」「君が代」を礼賛する歴史修正主義が「愛国」を僭称するのである。ちなみに、「歴史修正主義」は、反対者のことを「自虐史観」と言っている。
 しかし、果たして「愛国心のない人」に国の政治を任せられるだろうか? また、「日の丸」「君が代」を敬う気持ちになれない人が、進んで国政を担おうとするだろうか?
 この点で、「魂の政治家」と国民から敬われた故翁長雄志沖縄県知事の足跡が示唆に富む。2007年9月29日、宜野湾海浜公園で「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が開催された。文部科学省の高校歴史教科書検定で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の日本軍強制の記述が削除修正されたことに対する抗議集会に、復帰後最大となった11万6千人が結集した。翁長沖縄県市長会長(当時)は、「ウチナーの先祖があれほどつらい目に遭った歴史の事実がなかったことにされるのか」と憤り、集会では「国は県民の平和を希求する思いに対し、正しい過去の歴史認識こそが未来の道しるべになることを知るべきだ。沖縄戦の実相を正しく後世に伝え、子どもたちが平和な国家や社会の形成者として育つためにも、県民一丸となって強力な運動を展開しよう」と訴えている。県議で自民党県連幹事長だった99年当時、辺野古移設に関しては推進派だった翁長氏が自民党と距離を置き始めたきっかけが、この教科書検定問題だったという。
 過去の歴史の事実、それも国家と国民の間で生じた事実を「なかった」ことにする歴史修正主義は、「愛国」でありえないことを、翁長氏の足跡が示している。

2 盧武鉉のテーマ「人が暮らす世の中」(サラム・サヌン・セサン)
 1988年4月の第13代総選挙で初当選した盧武鉉の選挙スローガンは「サラム・サヌン・セサン(人が暮らす世の中)」であり、大統領になってからも退任後も変わらぬ目標であった。2002年、盧武鉉は大統領選を制し、翌年1月、文在寅は、「権威主義の打破」を掲げる参与政府(盧武鉉政権)の民情首席秘書官就任を要請された。それは「君臨しない青瓦台」を作るためであった。文は、悩みに悩んだ末、民情首席秘書官だけで辞めること、政治家になれと言わないことを条件に引き受けた。
 任期初年の2003年、苦渋のイラク派兵を決めた。外交・国防・安保ラインは、韓国軍だけで1区域を担当して独自作戦を遂行できるようにするために「1万人以上(師団級)の戦闘部隊の派遣」を主張した。しかし、大統領の苦悩を熟知していたNSC(憲法に明示された機関で、安保・統一・外交に関する最高議決機構)事務処次長が妙案を出した。米国の派兵要求は受け入れるが、規模は最小限にし、非戦闘部隊3000人とする。つまり、戦闘作戦の遂行ではなく、戦後再建事業の支援とする「平和再建支援部隊」とすることであった。外交部が作成した派兵方針を発表する文案は「イラクの大量破壊兵器によって引き起こされた今般の戦争は正義の戦いであり、我々の派兵は今後の戦後復興事業などで有利な位置を占めることによって経済的にも大きく貢献する」などの内容が含まれていた。大統領は、「私にはこの戦争が正義の戦いであるかどうかわからない」と言って、その表現を使わせないようにした。また、「経済的に役立つかどうかもわからないが、経済的利益のためにわが国の若者たちを死地に追いやることはできない」とも言った。代わりに、国民には「朝鮮半島の平和と韓米同盟という現実的利害ゆえに派兵するのだ」と正直に発表するように指示した。
 任期末の韓米FTA(自由貿易協定)をめぐっては、世論も賛成と反対に二分された。大統領は、「商人の論理」を強調し、交渉チームに「交渉がうまくいっても、うまくいかなくても私の責任だ。本部長は商人の論理に徹して、交渉では韓米の同盟関係や政治的な要素については絶対に考えるな。すべての政治責任は私が取る」と100%国益を基準に考えることを求めた。交渉チームは「今晩、米国側が席を立っても私たちは一向に構わない」という姿勢を堅持し、譲歩カードを使うことなく合意に持ち込んでいる。
 米国との関係の2例を挙げたが、いずれも極めて「愛国」的である。国家経営、政権運営は、担当者個人の主義主張だけで断行できるものではない。しかし、個人の信念によって、現実には少なくない差が出てくるのも明らかなように思われる。ちなみに、米国が不義をなせば、「反米感情を少しもって何が悪い」という盧武鉉の有名な発言も、公正・公平に価値を置くリベラル層に健全と受け止められているという。

3 「キャンドル大統領」の「愛国」
 2012年大統領選で政権に就いた朴槿恵大統領は、国民統合、経済民主化という公約を反故にし、相次ぐ失政により政権の機能不全が露呈すると、外交面での2015年末「慰安婦問題合意」、THAAD(終末高高度防衛)ミサイル導入、開城公団閉鎖など国民の理解を得られない政策を強行しては、「北の脅威」を煽ることで状況を乗り切ろうとした。このような中、朴大統領の「友人」崔順実が国政に不当に介入し、権力を私物化するという「国政壟断」の事実が明るみに出た。国民によって選ばれた大統領が、実は一人では何もできない「操り人形」であることが明らかになったのだ。
 ソウルの光化門広場を始め、人々は各地でキャンドルを手に街へ繰り出し、「これが国か」というメッセージを投げかけた。集会は2016年秋から朴槿恵が弾劾される翌年3月まで続いた。デモに参加した1700万のキャンドル市民は、「国民が主人公となる政府」を求め、民主的参与権の平和的行使と平和的集会の自由という民主主義の根幹を体現したのである。ちなみに、韓国の憲法第1条は「大韓民国は民主共和国である」「主権は国民にあり、すべての権力は、国民から発する」と規定している。
 名門大学に不正入学した崔順実の娘は、「金持ちの親をもつのも実力」とSNSへ投稿し、これに憤慨する少女は、「誰よりも一所懸命働いているお父さん、お母さんが、貧しいという理由で子どもにすまないと思わなくてもいい社会へ」と書いて広場に残した。また、ある参加者は、「人をお金や利益に換算することなく」「激しい競争の中で、他人を踏み台にのし上がっていかないと生きていけない社会ではなく」「人間らしく生きられる世の中」を、と訴えた。これらは、キャンドルをもつ一市民として広場にいた文在寅の「人が先」という哲学そのものだった。
 高校生ら304人もの死者・行方不明者を出したセウオル号事件は、文在寅を再び政治の世界に召喚する契機となった。子どもたちを救えない国家、事故発覚から「7時間」何もしなかった大統領は、文在寅の存在を際立たせた。当時、光化門広場では事件の真相究明を求める集会が続いていた。文在寅は、遺族による長期のハンガーストに参加し、インタビューにこう答えている。「国民は多くの子どもたちがセウオル号とともに沈んでいくのを、なす術もなく見守ることしかできなかった。子どもを亡くし、真相究明のための法を求めて断食する父親が弱っていく姿を、またも傍観することはできない」と。
 2017年、文在寅は、その姿勢ゆえにキャンドル革命で大統領に押し上げられた。「就任の辞」では、「尊敬し、敬愛する国民の皆さん」と繰り返し呼びかけ、「大韓民国の偉大さは、国民の偉大さです」「苦しかった過去の日々において、国民は『これが国か』と問いました。大統領である文在寅は、まさにこの問いから始めます。今日から国を国らしくつくる大統領になります」「特権と反則のない世の中をつくります。常識どおりにする人が、きちんと利益を得られる世の中をつくります」「国民の悲しみの涙を拭う大統領になります」「2017年5月10日の今日、大韓民国が再出発します。国を国らしくつくる一大プロジェクトが始まるのです。この道をともに歩んでください。私の身命を賭して働きます」と締めくくられる。「国」は「国民」と同義であり、熱い「愛国」が語られている。

4 「愛国」の奪還
 盧武鉉や文在寅の「愛国」に接すると、その対極にある「安倍=日本会議政権」にむざむざ「愛国」を僭称させておくことに憤激を覚える。彼らは、まがうことなき「売国」である。私たち護憲派は、「愛国」を奪還しなければならない。

       【参考文献】
        琉球新報社『魂の政治家/沖縄県知事翁長雄志発言録』
        岩波書店『運命 文在寅自伝』

                        〔2018・11・21〕      

2018年11月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

国営「司法修習」の廃止について──「法科大学院」制度への責任

                             (弁護士 後藤富士子)
1 「法科大学院」創設と法曹養成制度
 2004年に「法科大学院」制度がスタートする前は、国営「統一修習」(裁判官、検事、弁護士の養成)だけが法曹養成制度であった。したがって、司法試験は、「司法修習生採用試験」であり、司法修習修了時の「二回試験」合格によって法曹資格が付与された。司法試験の受験資格についていえば、大学法学部履修はおろか大学卒業さえ要件とされていなかった。私自身が大学法学部を履修していないし、東大闘争の影響で卒業せず中退して司法修習生になった人もいる。
 しかし、法曹人口増員の流れの中で、既に修習期間短縮や多人数修習など、唯一の法曹養成制度である「統一修習」の機能不全が露呈していた。そこで、専門的な法曹教育により法曹の数と質を確保するために、法科大学院制度が創設された。すなわち、法科大学院制度は、旧制度に代わるべき「新しい法曹養成制度」として必然的に生まれたのである。
 ところが、法科大学院修了者が受ける「新司法試験」は、「司法修習生採用試験」であることに変わりはなかった。そのうえ、新司法試験の受験資格に「法科大学院修了」という要件が加えられた。但し、経過措置が必要であり、2010年までは旧試験(法科大学院修了を要しない)が行われることになった。さらに、経済的事情などで法科大学院に進学・修了できない者のために、旧試験が「予備試験」として併存することになった。
 その結果、法科大学院の数は創設時の6割に減り、47都道府県中33県(7割)に法科大学院が存在しなくなった。法科大学院受験出願者の数は激減し、法科大学院修了を受験要件としない「予備試験」に高校生、大学生、法科大学院生が殺到している。
 「時間もお金も節約できる」抜け道があれば、法科大学院を修了する意味は希薄化する。むしろ、若年の「一発勝負」試験合格者が、法曹資格を取得していく。旧制度に代わるべき「新しい法曹養成制度」として法科大学院制度が生まれたにもかかわらず、この有様はどうしたことか。
 考えてみれば、こうなるのは容易に予見できたことである。法科大学院は、統一修習に代わる法曹養成制度なのだから、法科大学院修了者に「司法修習生採用試験」を受験させること自体、制度矛盾である。法科大学院は「司法試験受験予備校」ではないのである。また、法科大学院修了を司法試験の受験要件としない道を残せば、法科大学院が回避されるのも当然である。そして、こうなったのは、偏に弁護士の「統一修習」への妄執が原因としか考えられない。
 
2 韓国のロースクール制度
 韓国では、金泳三大統領が、国際競争力を高めるために法曹人口増と専門性を備えた弁護士需要に応ずるためロースクール導入を決め、その延長線上に司法の民主化の中核となる法曹一元を予定し、経過的にキャリアシステムの下での弁護士からの裁判官任用を求めた。
 ロースクールの概要は、①ロースクールの設置は許可制で、その大学は法学部を廃止しなければならない、②ロースクールの定員は全体で2000名と定められ、修了者が受ける「弁護士試験」の合格者は75%(1500名)と決められている、③「弁護士試験」のほかに旧来の司法試験(合格率3%で日本の予備試験のようなもの)があるが、廃止の方向で議論されている、という。
 その後、2011年7月に「経歴法官制度」(裁判官は弁護士・検事などを10年以上経験した法曹から任用される制度。「法曹一元」ともいう)を制度化する法改正が行われ、2013年1月1日から実施された。経過措置を経て、2017年に司法修習制度と従来の司法試験制度が廃止され、法曹養成制度はロースクールに一本化されることになった。すなわち、ロースクール修了者が受験するのは「弁護士試験」であり、司法修習を要しないのである。
 なお、文在寅自伝『運命』によれば、文は、1982年8月、司法研修院を修了するにあたり判事を志望した。当時は司法試験の合格者数が多くなかった時代で、希望者全員が判事か検事になれたうえ、文は、成績は次席、修了式で法務部長官(法務大臣)賞をもらったから、判事に採用されない可能性など考えてもみなかった。ところが、学生時代にデモを主導して逮捕された経歴が問題とされ、判事任用の審査に落ちた。それを知って有名な複数の法律事務所から破格の報酬、アメリカ留学などのオファーを受けたが、実家の釜山に戻ることにし、盧武鉉と出会った。盧は、1946年に貧しい農家に生まれ、兄の援助で商業高校を卒業したが大学に進学できず、日雇い仕事などしながら独学で司法試験を目指し、29歳で合格した。司法研修院を修了して判事に任用され、78年に弁護士開業していた。

3 法科大学院生に給費奨学金を
 父母が北から南に避難してきて1953年に生れた文の家庭も貧しかった。72年慶煕大学法学部に入学し、75年学生運動を主導、維新憲法に反対するデモで逮捕され、大学を除籍される。強制徴集を受け兵役に就き、78年軍除隊。80年ソウルの春により慶煕大学に復学するも、反独裁民主化闘争で拘束され、留置所で司法試験合格の知らせを聞く。同年8月、大学卒業。その間、文はいろいろな奨学金を得ている。
 一方、盧は、82年に文と合同事務所を経営するようになるまでの数年間は弁護士として成功し、収入も豊かであった。しかし、文と合同事務所を経営するにあたって、事件紹介料や判事接待などの悪習を排除する「クリーンな弁護士」を標榜し、また、業務の専門化、分業化により事務所を大きくしていきたいと考えていた。そんな中、時代の要請ともいえる「時局事件」(労働公安事件、弾圧事件)が殺到し、弁護士事務所は地域の労働・人権センターのようになってしまった。さらに、盧は、労働問題専門の弁護士になることを決意し、事務所内に労働法律相談所まで作ってしまった。当時最も進歩的な労働法学者の論文集に助けられたものの、実際に直面するのはその論文集で取り上げられていない問題の方がずっと多く、結局、自分で勉強するほかなかったという。
 盧と文の弁護士としての「生き様」をみるにつけ、「法曹」の基本は弁護士であり、その数も多くなければ国民の需要に応えられないし、さらに、専門化や分業化が必要ということを痛感する。それを「法曹養成制度」の設計図に落としてみれば、法科大学院になるはずである。
 すなわち、法科大学院修了者が受けるべき試験は「弁護士試験」であり、司法修習は無用である。そして、法科大学院で高い志と専門技能を備える多様な法曹を養成するためには、給費奨学金の充実が不可欠である。一方、現行の司法修習生に対する「給費」は、社会的身分に伴う類例のない特権的優遇であり、憲法14条に違反するのではなかろうか。
 
                      〔2018・11・12〕      

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2018年11月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

憲法9条の「主語」は誰か?――日本国憲法における国民の主体性

                           (弁護士 後藤富士子)

1 日本国民の信念と決意 ― 憲法前文
 日本国憲法は、日本国民の総意に基づく新日本建設の礎として、帝国議会の議決を経た大日本帝国憲法の改正を昭和天皇が裁可し、昭和21年11月3日に公布されたものである。
 その前文で、日本国民は、1つの信念と3つの決意を表明している。
 まず、第1の決意は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすること、である(第1段落)。
 第2の決意は、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持すること、である(第2段落)。
 そして、信念は、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務である」というものである(第3段落)。
 最後の決意は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することの誓い、である(第4段落)。

2 憲法9条で日本国民が宣言した内容
 憲法9条の「主語」は、1項2項を通じて、「日本国民」である。そして、日本国民が9条で宣明した内容を箇条書きにすると、次のとおりである。
(1) 正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。
(2) 国際紛争を解決する手段として、①国権の発動たる戦争、②武力による威嚇、③武力の行使、の永久放棄。
(3) 前記(2)の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力を保持しない。
(4) 国の交戦権は認めない。

3 安倍9条改憲(案)
  現在の9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。
(1) 第1項は、「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」
(2) 第2項は、「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」
 ここでは、9条の「主語」である「日本国民」が消えている。
 そうすると、どういうことになるのか。
 日本国民は、諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持することを決意し(前文第2段落)、国際紛争を解決する手段として、①国権の発動たる戦争、②武力による威嚇、③武力の行使を永久に放棄した(9条1項)。また、自国の主権を維持するには、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という普遍的な政治道徳の法則に従うと宣明している(前文第3段落)。さらに、日本国民は、陸海空軍その他の戦力を保持しないとも宣明している(9条2項)。
 しかるに、同じ「日本国民」が他方で、「9条の2」によって、「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な実力組織として自衛隊を保持する」などという、全く相容れないことを表明することになる。ちなみに、自衛隊は、国連海洋法条約で「軍隊」と定義されている。保持しないと宣明した自衛隊の行動を、「9条の2」の第2項で「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」と、猿芝居のような「シビリアン・コントロール」をかけているつもりのようである。
 すなわち、「安倍9条改憲」は、日本国民をジキル・ハイドのような二重人格者に貶めるものである。また、安倍首相は、臨時国会の所信表明演説で、「国家の理想を語るのが憲法」と述べているが、日本国民は、「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する」ことを誓っている(前文第4段落)。これを否定して、安倍首相の「国家の理想」を国民に強要して、日本国民の名誉を台無しにしようというのである。こうなると、安倍首相は、もはや「国賊」というほかない。

4 「9条主体名誉裁判」を闘おう!
 「安倍改憲」の本質は、「立憲主義」というより「法治主義」の問題であると思われる。そして、素晴らしい日本国憲法の主体である日本国民の一人として、この憲法を誇りに思う。それを、あまりにも低能な「日本語」の濫用によって、日本国民の名誉を完膚なきまで毀損しようとする「安倍9条改憲」は、許すことができない。
 そこで、安倍晋三首相個人と自由民主党を被告にして、名誉毀損の損害賠償訴訟を提起しようではないか。原告は、日本国民なら誰でもなれる。自民党が改憲案を国会に提出したら、直ちに提訴できるように準備したい。
 「国会の発議を阻止する」などといっていたら、改憲を阻止することはできない。「国会の議決」という正当性が付与される段階に勝負を構える前に、提案者の責任を徹底的に追及すべきである。そして、そのことこそ、「国会の発議を阻止する」力にほかならない。

                           (2018.11.5) 

2018年11月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

憲法9条2項と自衛隊――法律文言のメルトダウン

                       (弁護士 後藤富士子)

1 去る10月10~14日に韓国済州島で「国際観艦式」が開かれた。日本は自衛艦旗をめぐる悶着が原因で、参加を中止した。自衛艦旗の「旭日旗」は旧日本軍で使われたもの。だから韓国内にはこの旗に対して「日本軍国主義の象徴」との批判があり、日本に自衛艦旗を使わないよう間接的に要請したのである。
 自衛艦旗は、国連海洋法条約で掲揚を義務付けられている、所属を示す「外部標識」である。日本は当初、旭日旗を掲げて参加する方針であった。しかし、韓国世論が「戦犯国の戦犯旗だ」などと「旭日旗」に対する抵抗が強かったこともあって、「旭日旗を降ろすなら参加しない」と参加を見送った。
 ところで、問題の国連海洋法条約29条は「軍艦」の定義規定であり、「この条約の適用上、『軍艦』とは、一の国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮下にあり、かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているものをいう。」と定められている。すなわち、「自衛艦」は、国際法上「軍艦」にほかならない。そうすると、自衛隊も「軍隊」ということになる。

2 日本国憲法9条1項は、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と定め、第2項は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めている。すなわち、9条2項によれば、自衛隊は「軍隊」であってはならない、のである。一方、国際法上、自衛隊は「軍隊」である。
 こうなると、憲法9条2項は法規範として死滅している。法律文言のメルトダウン!

3 同じような「法律文言のメルトダウン」現象は、日本では随所に見られ、法治国家というより「放置国家」の様相が顕著である。
 たとえば、民法818条3項で「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。」と定められているのに、ある日突然に妻が子どもを拉致同然に連れ去って父子関係を断絶させても、父の親権妨害として不法行為責任が追及されることはない。それどころか、離婚後の単独親権者指定に際しては、連れ去った親が「監護の継続性」を理由に、親権者と指定される。むしろ、離婚後の単独親権者指定を目指して、離婚前の婚姻中に「連れ去り」「引き離し」をするのである。こうなると、民法818条3項の規定はメルトダウンしてしまう。
 また、婚姻費用分担について、民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と定めている。ところが、実務では、収入だけで算出する「標準算定方式」という「算定表」で決する。すなわち、「資産」も「その他一切の事情」も考慮されないのだから、条文がメルトダウン。
 さらに、離婚に伴う財産分与について、夫婦間で協議が調わない場合、民法768条3項は「家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与させるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。」と規定している。しかるに、実務では、「婚姻関係財産一覧表」を作成させて、夫婦の財産の合計の半分から分与をうける側の財産を控除した残額を分与させる。つまり、機械的に夫婦の名義の財産を2分の1に清算するのである。ここでも、条文がメルトダウン。
 憲法でも、同じ現象がある。憲法76条3項は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定めている。しかるに、裁判所法では、司法修習を終えて採用される裁判官を「判事補」とし、27条で、判事補は、「他の法律に特別の定めのある場合を除いて、一人で裁判をすることができない」とか、「同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない」と規定されている。すなわち、日本では、憲法76条3項の裁判官ではない「裁判官」が存在するのである。
 このように条文がメルトダウンしたのでは、「法の支配」も「法治」もあり得ない。

4 ところで、安倍政権は、憲法9条について改正を企図している。まず、9条1項2項には手を触れず、「9条の2」として次のような条文を加えるという。その1項は「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置を執ることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」とし、第2項は「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」である。
 すなわち、自衛隊は「自衛の措置をとるための実力組織」であって、9条2項が保持しないとしている「軍隊」ではない、という論理である。だからこそ、安倍首相は、「自衛隊を憲法に明記するだけで何も変わらない」と説明するのである。
 しかし、少なくとも国際法上、自衛隊は「軍隊」である。したがって、国際法上の「軍隊」を国内法で「自衛の措置をとるための実力組織」と言い換えても、「軍隊」でなくなるはずがない。このような、法律文言をメルトダウンさせることが横行したのでは、もはや日本は法治国家とはいえない。
 「安倍改憲」問題は、根の深いところで、私たち市民の日常生活を律する法規範のメルトダウンと繋がっているのである。

                           (2018.11.2) 

2018年11月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野

自衛隊はなぜ「旭日旗」に拘るのか?――「安倍9条改憲」が狙うもの

                            (弁護士 後藤富士子)

1 朝日新聞記事によれば、韓国は、10月10~14日に韓国済州島で開かれた「国際観艦式」に関し、参加国に「自国の国旗と太極旗(開催国である韓国の国旗)だけを掲揚するのが原則」だと8月31日付で通知していた。
 日本の「国旗」は「日の丸」であるが、海上自衛隊は1954年の発足時に艦の国籍を示す自衛艦旗として「旭日旗」を採用した。旭日旗は旧日本軍で使われたものであり、韓国内にはこの旗に対して「日本軍国主義の象徴」との批判がある。そのため、韓国海軍が対応を検討した結果、日本の海上自衛隊に自衛艦旗を使わないよう間接的に要請したのである。但し、「国際法や国際慣例上いかなる強制もできない」とも説明している。
 これに対し、日本側は、「非常識な要求。降ろすのが条件なら参加しないまで。従う国もないだろう」(防衛省関係者)としている。また、小野寺五典防衛相は「国内法令で義務づけられており、当然(自衛艦旗を)掲げることになる」と述べ、要請にかかわらず従来通り自衛艦旗を掲げる考えを強調した。
 ところが、10月5日、岩屋毅防衛相は、護衛艦の派遣を中止すると発表した。4日には、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長が定例会見で「海上自衛官にとって自衛艦旗は誇りだ。降ろしていくことは絶対にない」と述べている。

2 国連海洋法条約は「軍艦」に対し、所属を示す「外部標識」の掲揚を求める。海自艦にとっては自衛艦旗が外部標識で、自衛隊法などは航海中、自衛艦旗を艦尾に掲げることを義務づけている。日本側は、これを根拠に韓国側に条件の変更を求めてきたという。
 なお、98年と2008年に韓国で開かれた観艦式で海自艦は旭日旗を掲げてきたのに、今回こじれた背景には韓国世論がある。韓国政府は当初、「行事の性格や国際慣例などを考慮願いたい」などと国内世論に対して理解を求めていたが、大統領府ホームページの掲示板に「戦犯国の戦犯旗だ」「国家に対する侮辱だ」などとする書き込みが相次いだため、国民の支持を失うことを恐れた大統領府が対応を変えたという。
 ちなみに、昨年5月、アジア・サッカー連盟(AFC)は、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)のアウェー水原(韓国)戦で、サポーターが旭日旗を掲げたJ1川崎に対し、1年間の執行猶予付きでAFC主催大会のホーム1試合を無観客試合とする重い処分と、罰金1万5000ドル(約170万円)を科している。AFCの規律委員会は、旭日旗は国籍や政治的主張に関連する差別的象徴と認定し、倫理規定に違反するとされたのである。
 この経緯をみると、自衛隊は、「国籍や政治的主張に関連する差別的象徴」と認定されるような旭日旗をやめて、国旗「日の丸」を掲げればいいじゃないか、と単純に思う。それに、こんな忌まわしい旭日旗を自衛官に強制して「誇り」をもたせるというのは、「歴史修正主義」による洗脳というほかない。また、「安倍日本会議政権」の日本と文在寅大統領の韓国とでは、現時点で未来の方向が真逆になっている政治の現実がある。文大統領の訪日の具体的な日程は決まらず、旭日旗に拘ることで海自艦の韓国寄港が実現する見通しが立たなくなっているというのであり、「旭日旗」は、明らかに日本の国益を損なっている。

3 国連海洋法条約29条は、軍艦の定義規定であり、「この条約の適用上、『軍艦』とは、一の国の軍隊に属する船舶であって、当該国の国籍を有するそのような船舶であることを示す外部標識を掲げ、当該国の政府によって正式に任命されてその氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮下にあり、かつ、正規の軍隊の規律に服する乗組員が配置されているものをいう。」と定められている。すなわち、「自衛艦」は、国際法上「軍艦」にほかならない。
 一方、自衛隊法4条は、「自衛隊の旗」についての規定であり、1項は「内閣総理大臣は、政令で定めるところにより、自衛隊旗又は自衛艦旗を自衛隊の部隊又は自衛艦に交付する。」とされ、2項で「前項の自衛隊旗及び自衛艦旗の制式は、政令で定める。」としている。その自衛隊法施行令で、自衛艦旗は、日章が中心より左下に寄った光線16本の旭日旗であり、陸上自衛隊の連隊旗は、日章が中心にあり光線8本の旭日旗とされている。すなわち、旭日旗を自衛隊旗と定めている法的根拠は「政令」にすぎないのである。また、小野寺防衛相が「国内法令で義務づけられている」というのは自衛隊法102条1項のことであり、「自衛艦その他の自衛隊の使用する船舶は、防衛大臣の定めるところにより、国旗及び第4条第1項の規定により交付された自衛艦旗その他の旗を掲げなければならない。」と規定している。したがって、自衛艦旗である旭日旗の不掲載は、防衛大臣が決めれば足りることである。

4 自衛艦旗が定められたのは、1954年の自衛隊発足時である。一方、「日の丸」が国旗とされたのは、平成11年(1999年)に制定された「国旗及び国歌に関する法律」による。そして、「国旗」を「軍旗」としても、国連海洋法条約29条に抵触しない。ちなみに、米国、フィリピン、インドネシア、ベトナムなどは国旗と軍旗は同じである。
 このようにみてくると、自衛隊を憲法に明記させる「安倍9条改憲」は、制服組トップが望む「旧日本軍」の復権を意味すると思われる。しかし、自衛隊が旭日旗を掲げることは、日本が「加害の歴史」を反省していない証であり、日本国憲法の出自と矛盾する。また、自衛隊は、憲法9条2項で「保持しない」とされた「軍隊」であってはならないのだから、旧日本軍が使っていた「軍旗」などやめるべきだ。
 一方、国は、法律で国旗と定められた「日の丸」を国民に強制している。したがって、改憲論議よりも優先して、忌まわしい旭日旗を自衛隊旗とすることは止め、自衛隊法施行令を改正して自衛隊旗を「日の丸」とするべきである。
                           (2018.10.26)

2018年10月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 草野